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下拵えB③

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 その報告がルドルフの元に届いたのはハルトのもとから家に戻る途中だった。
王子時代から仕えてくれている影が侍従に変装して手紙を渡してきた。
 手紙の内容を確認し、ルドルフは思わず人の目がある場所なのを忘れ、冷笑を浮かべてしまった。
 ララスティがシシルジアに会うために本邸に行くことは把握していたが、そこでアーノルトに頬を打たれることになるというのは予定外だ。

(大人の男が小さな娘を打つなど、愚かな)

 潜り込ませている使用人の報告によれば、侍医の見立てで一ヶ月ほど痕が残るそうだ。
 そうなると軽く打ったのではなく、だいぶ力を込めていたということになる。

(さて、どうしてくれようか)

 ララスティの目的の邪魔をしないよう、秘かに手助けをするようにだけ動くよう心に決めているが、これはさすがに見過ごすことができない。
 ルドルフは表情を元に戻し、侍従を下がらせると何事もなかったように歩き始める。
 夕方ということもあり、それなりに人の往来がある。
 そんな中、カイルが暗い表情を浮かべて歩いているのが見え、何かあったのかと内心で首をかしげた。
 先日のララスティとのお茶会がうまくいかなかったと報告を受けており、カイル自身からも相談を受けた。
 ララスティに綺麗な刺繍糸を選んで贈ればいいとアドバイスをしたのはルドルフだ。

(いい反応が貰えなかったのか?)

 カイルとの良好な関係の維持も、ララスティの目的であるはずだが、と思いつつルドルフはカイルに声をかけた。

「叔父上」
「浮かない顔をして、課題で何か困っていることがあるのかい?」

 あえてララスティの話題に触れずにいると、カイルは「勉強はいまのところ問題ないと思います」と困ったように言った後、言いにくそうに「えーと」「あの」などと言いはじめた。

「どうしたんだい?」

 「悩みがあるなら相談に乗ろう」と言うルドルフに、カイルは意を決したように「じゃあ、ちょっと時間をもらえますか?」と泣きそうな顔を向けてきた。

 場所を王宮の廊下から手近な応接室に移動した。
 ソファーに座り、メイド達がお茶の準備をする間、カイルは何を言うべきか悩むように無言となり、ルドルフは邪魔をしないように口をつぐんだ。
 すぐにお茶の準備が終わりメイドや侍従が壁際に下がると、さすがに何かを言わなければと考えたのか、カイルが「あの……」と口を開いた。

「この間相談したことの続き、なんですけど……」
「うん、ララスティとの痴話げんかについてだね」

 ルドルフがわざとからかうように言えば、カイルは顔を赤くして「そんなんじゃないですよっ、僕たちは婚約者だけど、そういう仲じゃないですし」と否定する。

「……そんなんじゃないです、けど……叔父上の言うようにあの後ララスティ嬢に刺繍糸を贈ったんです」
「もしかして、喜んでもらえなかったのかい?」

 「それは申し訳ない」というルドルフに、カイルは「いいえ!」と慌てて否定する。

「喜んではもらえましたし、ハンカチに刺繍をしてほしいとお願いしたら承諾の返事ももらえました」
「ふむ……それで何が問題なんだい?」
「………………ララスティ嬢が、急に都合がつかなくなったと、次のお茶会を断ってきて、やっぱり怒ってるのかなと不安になってしまいまして」
「なるほど。次のお茶会はいつなのかな?」
「五日後です」

 五日後となれば頬の腫れがまだ引いてないため、カイルに見せないように断ったのだろう。
 ルドルフは情報を得ているためそう推測できるが、カイルは情報を得ていないため混乱しているようだ。

「それは、今後一切お茶会をしたくないという感じの連絡だったのかな?」
「あ、いえ……次のお茶会はという内容でした」

 カイルは不安そうな表情でルドルフに答えるが、今までの人生で人に避けされることがなかったため、ララスティにお茶会を断られ、本当にどうしていいのかわからないようだ。
 そこまで考え、ルドルフはどう動くのがララスティのためになるのかを考える。

(カイルに会いに行くように焚きつけるのは違うな)

 不安に思うのであれば会いに行ってみればいいというのは簡単だ。
 しかしララスティがカイルに怪我の状態を見せないとしているのならば、ルドルフはそれに従うべきだと考えてしまう。

「なら、お茶会の中止ではなく、日程変更の提案をしてみるのはどうかな」
「日程変更……」

 カイルは「なるほど」と目を輝かせたが、痕が消えるのに一ヶ月かかるのであれば、今回のお茶会はこのまま中止になり、次のお茶会の日程変更で返事がくるだろうが、ルドルフは知らない・・・・のでカイルにも伝えない。

「そうですよね。都合が合わないのなら僕が合わせればいいだけですよね。ありがとうございます、叔父上」
「このぐらいどうということはないさ」

 表面上はあくまでもララスティとカイルの応援をする叔父を装うべきだ。
 それが本来の目的への近道であり、ララスティのためになる。

「それにしても、ララスティが急に都合がつかなくなるなんて、珍しいな」
「そうですよね。なんか、王太子妃教育の教師の方にも、しばらくは自宅学習をしたいって連絡があったそうなんです」
「へえ?」

 内心でそうだろうな、と思いつつもルドルフは驚いたように目を大きくした。

「熱心に教育を受けているのに、どうしたんだろうね。体調でも崩したのかな?」
「叔父上もそう思いますか?」

 カイルは心配そうな表情を浮かべたが、その発想があったのに先にお茶会を断られた不安があったのかと、ルドルフは内心で嘲笑してしまう。
 婚約者の心配よりも自分の感情を優先するところは前回と変わらない。
 あのエミリアに対してですら、【王太子】としてどのようにふるまうのが正解なのかを常に考えていた。
 もちろん、王族として考えれば正しい姿だが、愛する相手に対する行いとしては正しいとルドルフは思えない。

「でも、体調を崩したらちゃんと報告してくれる子だと思うけど、難しいな」

 「私はそこまでララスティと親しいわけではないし」とあえて口にし、ララスティとの距離感をカイルに植え付けていく。
 カイルは疑問に感じることもなく「そうですよね」と頷き、取り敢えず日程変更をしようと提案するとルドルフに伝え、先に応接室を出ていった。
 残ったルドルフは一人で紅茶を飲みながら、今後の動きについて考える。

(兄上公認で二人の仲を良好にする役目だし、ララスティの様子を見に行くのもありか?)

 だが、自分だけで行動すれば過剰に関わりすぎていると言われる可能性もある。
 それを理由に二人に関わることが出来なくなるのはよくない。

(……コール兄上を使うか)

 ちょうど話をすることもあるし、とルドルフは口の端を持ち上げた。

 翌朝、ルドルフは当たり前の顔をしてアインバッハ公爵家の門をくぐる。

「朝早くにすみません、コール兄上」
「いや、構わない。昨日のうちに一応・・連絡をもらっているし」

 明らかな嫌味だが、ルドルフは気にせずににっこり笑う。

「コール兄上にとっても重要な話ですよ」

 そう言ってルドルフはコールストにララスティの怪我について話す。
 話を聞いたコールストは静かな怒りを浮かべ、執事にすぐに紙を用意させると、ララスティに午後に訪問するという内容をしたためた。
 手紙を送る指示を出したコールストは大きく息を吐きだした後、「下種が」と悪態を吐く。
 普段は品のいい言動が多いコールストの珍しい言葉を、ルドルフは興味深く聞いてしまう。

「コール兄上がそのような言葉を使うなんて、珍しい」
「他の表現が思いつかなくてな」

 ため息を吐いてカップに残っていた紅茶を飲んだコールストは執事にお代わりを淹れさせつつ、胡乱げにルドルフを見る。
 コールストが用意した使用人から、ララスティの怪我についてまだ報告が来ていない。
 ララスティが口止めしているわけではないようなので、こちらにもすぐに情報は来るだろうが、それを待っていれば状況確認の訪問は明日になっていたかもしれない。
 それを考えれば、夜が明けたばかりの早朝にルドルフが来たことはありがたい。

「……それで、ルドルフ様は一緒に行きたいと?」
「コール兄上は話が早いですね」

 にっこりと微笑むルドルフに、コールストは疲れたようにため息を吐きだす。

「貴方の秘密を聞いて二年ですかね? その間にルティに対する気遣いと愛情は飽きるほど聞いています。このタイミングで我が家に来たということは、ルティが打たれたことがよほど腹に据えかねたのでしょう」

 コールストの言葉にルドルフは頷くことも否定することもしない。
 それが答えと受け取ったのか、コールストは呆れたように紅茶に口を付けた。

「……ところで、朝食は?」
「期待しています」

 悪びれなく、言外にごちそうになるというルドルフに、こういう部分が憎めないとコールストは肩をすくめた。
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