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下拵えC②
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十月のはじめ、ランバルト公爵家では分家の夫人や令嬢を集めたお茶会が開かれた。
一応、マナーの仮合格をもらったクロエの社交デビューと、エミリアがララスティに言ったように、エミリアのプレ社交デビューを兼ねている。
「ようこそ皆さま」
シシルジアの音頭で始まったお茶会は、クロエをフォローするシシルジアの努力の甲斐あってか、出だしは問題なく進んだ。
エミリアのフォローにはマナーの講師がつきっきりになり、ララスティもさりげなくフォローをしていた。
「えっと、あー……」
「ロクシア様は観劇がお好きなのですよね? 最近の流行はどのようなものなのでしょうか?」
「あれ? ぇ?」
「エミリアさん、そちらのスコーンにはこのジャムもオススメですの。よろしければどうぞ」
「あら、エミリアさん。ちょっとよろしくて?」
「なんですか?」
「……ちょっと髪が乱れていましたの。でも、これで元のように可愛らしいですわ」
「え? 触ったの、口元———」
「しー」
だが、ララスティがエミリアのフォローをしているのに気づかれないわけがなく、今はしていないとはいえ、ララスティの物を散々奪ったエミリアが、当たり前のようにララスティのフォローを受けている姿を見て、ララスティに好印象を持っていた令嬢や婦人たちがいい気分になるわけがない。
「ララスティ様、そちらの髪飾りですが、初めて見ます。もしかして、噂に聞くカイル殿下からの贈り物でしょうか?」
とある令嬢がにっこりと微笑みながらララスティに質問をした。
いいタイミングだとララスティは内心で笑いながら、表面上は恥ずかしそうに頷く。
「ええ、お揃いの耳飾りとネックレスもあるのですが全部一緒につけると少し仰々しくなってしまうので、こうして今日は髪飾りだけを使わせていただいておりますの」
「まあまあ! やっぱりそうなんですね!」
ララスティの返事に質問した令嬢だけでなく、他の令嬢も黄色い声を出し、夫人たちは微笑ましそうにララスティを見る。
この国の王太子と、自分たちの主家の令嬢がうまくいっているのを喜ばないわけがない。
「えー、あたしだったら喜んで全部つけるけど、お姉様ってば愛情が足りないんじゃないですか?」
だが、よく思っていない人物も存在するらしく、エミリアがララスティを睨みながら言った。
「愛情は確かに足りないかもしれませんわね。わたくしとカイル殿下は政略的に結ばれた婚約者ですし、お互いに愛情はありませんもの。でも、又従兄妹でもありますし、親しい仲ではありますわ」
「それって誤魔化しですよ。っていうか、愛情がないのに婚約とか、カイル様じゃなかった、カイル殿下が可哀相ですよね」
エミリアの言葉に、フォローをしているマナー講師が焦りの表情を浮かべる。
恋愛感情のないまま婚約する貴族など普通にいるし、何よりも愛情のない夫婦の元に生まれたのがララスティ自身だ。
このお茶会だけでも散々エミリアをフォローしていたというのに、それに感謝するどころか無に帰すようなエミリアの態度。
流石にどうフォローしていいのかわからない。
「あらあら、エミリアさんはわたくしをそんなに心配してくださるの?」
「はい?」
「だって、わたくしたちはお互いに愛情がありませんの。カイル殿下が可哀相なら、わたくしも可哀相と思ってくださるのですよね? それって、わたくしを心配してくださっているのでしょう?」
にこにこと微笑みを崩さないララスティに、機嫌は悪くしていないようだと、マナー講師は安堵した。
ここでララスティが機嫌を損ねればお茶会が台無しになってしまう。
「エミリアさん、気遣いが出来るのはとてもいいことですわ」
あくまでもエミリアをフォローするララスティ。
だが、そう言った後に僅かだが寂しそうな表情を浮かべ俯くのを、多くの人が目にした。
「ごめんなさい、私が妙なことを聞いてしまったからですね」
ララスティに髪飾りについて質問した令嬢が謝ったので、ララスティは慌てて顔を上げる。
「違いますわシャーメリン様。どうか気に———」
「そうですよ! 今回の主役はお母さんとあたしですし、お姉様の髪飾りについて質問とか、そもそもマナー違反ですよね?」
エミリアの言葉に誰もがぎょっとしてしまう。
謝罪した令嬢をこのような場でさらに責めるなど、それこそが場の雰囲気を悪くするマナー違反だからだ。
本音ではよく思っていなくとも、謝罪されたのであれば別の話題に変えるべきだ。
「エミリアさん、きっとカイル殿下のセンスがすばらしいから、シャーメリン様も気になってしまったのだわ」
だから責めるな、と暗にララスティが間をとりなした。
カイルの名前を出された方か、エミリアも今度は何も言わず、無言で皿の上のケーキを持って食べ始める。
本来ならフォークを使うべきなのだが、場の雰囲気を悪くされるよりは、と誰もがそのマナー違反を指摘しない。
「あらエミー! そんな風にケーキを手づかみなんてだめよ! おこちゃまなんだから」
クロエ以外は……。
先ほどまでエミリアを庇いもしなかったのに、急に出しゃばってきたのか、と誰もが内心で舌打ちをしたが、誰よりも面倒なことをしたと思っているのはシシルジアだろう。
このままおとなしくしていれば、クロエに社交デビューさせつつ、身内の多い社交から少しずつステップアップをさせていけたのだが、このように折角ララスティが整えた場の雰囲気を乱してしまった。
この悪い心証を消すことは難しい。
「な、なによお母さん! ちょっとぐらいいいじゃない!」
「もう、エミーは立派な淑女なんだから、マナーもお母さんみたいにしっかりね。ええと、あなた」
「え? 私ですか?」
クロエが突然先ほど謝罪したシャーメリンを見る。
「ええ、そう。エミーがごめんなさい? 悪気はないのよ」
「気にしておりませんわ」
「そう? だったらよかった。分家の子にとはいえ、エミーが悪く思われたらやっぱり嫌だもの。これからもよろしくしてあげてね」
「…………肝に銘じます」
言われた令嬢はクロエの言葉に驚くも、ちらっと自分の母親を見た後でそう言って頷いた。
その様子にララスティは内心でクロエの社交デビュー失敗を察する。
「……シャーメリン様、以前お話しいただいたご自宅の花は咲きましたか? ほら、社交界が閉ざされていた間にお花の世話を始めたとおっしゃっていましたよね」
「え? ええ、この時期からですと逆に———」
ララスティの強引な話題転換に驚きつつも返事をした令嬢だが、すぐにその意図を理解してにっこり笑う。
「秋の花を愛でるのもいいかもしれませんね。今度ぜひ我が家にお越しくださいな」
「ありがとうございます」
秘かなお茶会開催の要求とその承諾。
目の前で堂々と行われているのに、クロエとエミリアは気づきもしない。
だが、二人以外にはこれでシャーメリンの面目は保たれたと理解できた。
主家の娘が、わざわざ分家の令嬢のお茶会に参加するために出かけると言っているのだ。
通常であれば喜ばしい。
たとえそれが今回のように義母と異母妹のフォローのためとはいえ、シャーメリンにとっては憧れの又従姉妹が遊びに来るのだ。
喜ばないわけがない。
そのことを察したシシルジアは安堵しながらも、クロエのうかつさを恨んでしまう。
ララスティが取りなさなければ、シャーメリンの家との仲が悪くなっていたかもしれないのだ。
自分の弟が婿入りした家との仲が悪くなったと知れば、スエンヴィオとも気まずい思いをしなければならない。
そもそも、アーノルトの従兄妹とシャーメリンの母親を紹介し、その流れでシャーメリンも紹介したはずなのに、クロエはそのことを忘れていたように思える。
(平民は物覚えも悪いのかしら)
クロエやエミリアのマナー授業の進みは遅い。
それでも、女主人の証をクロエが持っていると知ったシシルジアが、クロエに対してマンツーマンで指導し何とか形にした。
何とか形になったはずだったが、やはり貴族独特の場の空気を読むという部分については、全くできていないようだ。
内心でまだ早かったと自覚しながらも、アマリアスからクロエが女主人の証を持っていると言われてしまえば、社交デビューを急がせるしかない。
(女主人の証はララスティが持っていると思ったのに)
他のアクセサリーと同じように全部持っていけばいいとでも思ったのかもしれない。
きっと今も、身につけている証のブローチの意味など分かっていないのだ。
(それにしても……)
シシルジアはさりげなくララスティを見る。
始まってからのエミリアへのフォローは素晴らしく、こうして被害者へのフォローも忘れない。
(やはり、当家の女主人にはララスティこそがふさわしいわ)
何の意味も分かっていないクロエに証を持たせているよりも、ララスティにこそ証を持たせるべきだ。
シシルジアはそう考え、視線をララスティからクロエに移した。
その目の奥には獲物を狙う猛禽類のような獰猛さが隠れていたが、クロエは終ぞ気づくことはなかった。
一応、マナーの仮合格をもらったクロエの社交デビューと、エミリアがララスティに言ったように、エミリアのプレ社交デビューを兼ねている。
「ようこそ皆さま」
シシルジアの音頭で始まったお茶会は、クロエをフォローするシシルジアの努力の甲斐あってか、出だしは問題なく進んだ。
エミリアのフォローにはマナーの講師がつきっきりになり、ララスティもさりげなくフォローをしていた。
「えっと、あー……」
「ロクシア様は観劇がお好きなのですよね? 最近の流行はどのようなものなのでしょうか?」
「あれ? ぇ?」
「エミリアさん、そちらのスコーンにはこのジャムもオススメですの。よろしければどうぞ」
「あら、エミリアさん。ちょっとよろしくて?」
「なんですか?」
「……ちょっと髪が乱れていましたの。でも、これで元のように可愛らしいですわ」
「え? 触ったの、口元———」
「しー」
だが、ララスティがエミリアのフォローをしているのに気づかれないわけがなく、今はしていないとはいえ、ララスティの物を散々奪ったエミリアが、当たり前のようにララスティのフォローを受けている姿を見て、ララスティに好印象を持っていた令嬢や婦人たちがいい気分になるわけがない。
「ララスティ様、そちらの髪飾りですが、初めて見ます。もしかして、噂に聞くカイル殿下からの贈り物でしょうか?」
とある令嬢がにっこりと微笑みながらララスティに質問をした。
いいタイミングだとララスティは内心で笑いながら、表面上は恥ずかしそうに頷く。
「ええ、お揃いの耳飾りとネックレスもあるのですが全部一緒につけると少し仰々しくなってしまうので、こうして今日は髪飾りだけを使わせていただいておりますの」
「まあまあ! やっぱりそうなんですね!」
ララスティの返事に質問した令嬢だけでなく、他の令嬢も黄色い声を出し、夫人たちは微笑ましそうにララスティを見る。
この国の王太子と、自分たちの主家の令嬢がうまくいっているのを喜ばないわけがない。
「えー、あたしだったら喜んで全部つけるけど、お姉様ってば愛情が足りないんじゃないですか?」
だが、よく思っていない人物も存在するらしく、エミリアがララスティを睨みながら言った。
「愛情は確かに足りないかもしれませんわね。わたくしとカイル殿下は政略的に結ばれた婚約者ですし、お互いに愛情はありませんもの。でも、又従兄妹でもありますし、親しい仲ではありますわ」
「それって誤魔化しですよ。っていうか、愛情がないのに婚約とか、カイル様じゃなかった、カイル殿下が可哀相ですよね」
エミリアの言葉に、フォローをしているマナー講師が焦りの表情を浮かべる。
恋愛感情のないまま婚約する貴族など普通にいるし、何よりも愛情のない夫婦の元に生まれたのがララスティ自身だ。
このお茶会だけでも散々エミリアをフォローしていたというのに、それに感謝するどころか無に帰すようなエミリアの態度。
流石にどうフォローしていいのかわからない。
「あらあら、エミリアさんはわたくしをそんなに心配してくださるの?」
「はい?」
「だって、わたくしたちはお互いに愛情がありませんの。カイル殿下が可哀相なら、わたくしも可哀相と思ってくださるのですよね? それって、わたくしを心配してくださっているのでしょう?」
にこにこと微笑みを崩さないララスティに、機嫌は悪くしていないようだと、マナー講師は安堵した。
ここでララスティが機嫌を損ねればお茶会が台無しになってしまう。
「エミリアさん、気遣いが出来るのはとてもいいことですわ」
あくまでもエミリアをフォローするララスティ。
だが、そう言った後に僅かだが寂しそうな表情を浮かべ俯くのを、多くの人が目にした。
「ごめんなさい、私が妙なことを聞いてしまったからですね」
ララスティに髪飾りについて質問した令嬢が謝ったので、ララスティは慌てて顔を上げる。
「違いますわシャーメリン様。どうか気に———」
「そうですよ! 今回の主役はお母さんとあたしですし、お姉様の髪飾りについて質問とか、そもそもマナー違反ですよね?」
エミリアの言葉に誰もがぎょっとしてしまう。
謝罪した令嬢をこのような場でさらに責めるなど、それこそが場の雰囲気を悪くするマナー違反だからだ。
本音ではよく思っていなくとも、謝罪されたのであれば別の話題に変えるべきだ。
「エミリアさん、きっとカイル殿下のセンスがすばらしいから、シャーメリン様も気になってしまったのだわ」
だから責めるな、と暗にララスティが間をとりなした。
カイルの名前を出された方か、エミリアも今度は何も言わず、無言で皿の上のケーキを持って食べ始める。
本来ならフォークを使うべきなのだが、場の雰囲気を悪くされるよりは、と誰もがそのマナー違反を指摘しない。
「あらエミー! そんな風にケーキを手づかみなんてだめよ! おこちゃまなんだから」
クロエ以外は……。
先ほどまでエミリアを庇いもしなかったのに、急に出しゃばってきたのか、と誰もが内心で舌打ちをしたが、誰よりも面倒なことをしたと思っているのはシシルジアだろう。
このままおとなしくしていれば、クロエに社交デビューさせつつ、身内の多い社交から少しずつステップアップをさせていけたのだが、このように折角ララスティが整えた場の雰囲気を乱してしまった。
この悪い心証を消すことは難しい。
「な、なによお母さん! ちょっとぐらいいいじゃない!」
「もう、エミーは立派な淑女なんだから、マナーもお母さんみたいにしっかりね。ええと、あなた」
「え? 私ですか?」
クロエが突然先ほど謝罪したシャーメリンを見る。
「ええ、そう。エミーがごめんなさい? 悪気はないのよ」
「気にしておりませんわ」
「そう? だったらよかった。分家の子にとはいえ、エミーが悪く思われたらやっぱり嫌だもの。これからもよろしくしてあげてね」
「…………肝に銘じます」
言われた令嬢はクロエの言葉に驚くも、ちらっと自分の母親を見た後でそう言って頷いた。
その様子にララスティは内心でクロエの社交デビュー失敗を察する。
「……シャーメリン様、以前お話しいただいたご自宅の花は咲きましたか? ほら、社交界が閉ざされていた間にお花の世話を始めたとおっしゃっていましたよね」
「え? ええ、この時期からですと逆に———」
ララスティの強引な話題転換に驚きつつも返事をした令嬢だが、すぐにその意図を理解してにっこり笑う。
「秋の花を愛でるのもいいかもしれませんね。今度ぜひ我が家にお越しくださいな」
「ありがとうございます」
秘かなお茶会開催の要求とその承諾。
目の前で堂々と行われているのに、クロエとエミリアは気づきもしない。
だが、二人以外にはこれでシャーメリンの面目は保たれたと理解できた。
主家の娘が、わざわざ分家の令嬢のお茶会に参加するために出かけると言っているのだ。
通常であれば喜ばしい。
たとえそれが今回のように義母と異母妹のフォローのためとはいえ、シャーメリンにとっては憧れの又従姉妹が遊びに来るのだ。
喜ばないわけがない。
そのことを察したシシルジアは安堵しながらも、クロエのうかつさを恨んでしまう。
ララスティが取りなさなければ、シャーメリンの家との仲が悪くなっていたかもしれないのだ。
自分の弟が婿入りした家との仲が悪くなったと知れば、スエンヴィオとも気まずい思いをしなければならない。
そもそも、アーノルトの従兄妹とシャーメリンの母親を紹介し、その流れでシャーメリンも紹介したはずなのに、クロエはそのことを忘れていたように思える。
(平民は物覚えも悪いのかしら)
クロエやエミリアのマナー授業の進みは遅い。
それでも、女主人の証をクロエが持っていると知ったシシルジアが、クロエに対してマンツーマンで指導し何とか形にした。
何とか形になったはずだったが、やはり貴族独特の場の空気を読むという部分については、全くできていないようだ。
内心でまだ早かったと自覚しながらも、アマリアスからクロエが女主人の証を持っていると言われてしまえば、社交デビューを急がせるしかない。
(女主人の証はララスティが持っていると思ったのに)
他のアクセサリーと同じように全部持っていけばいいとでも思ったのかもしれない。
きっと今も、身につけている証のブローチの意味など分かっていないのだ。
(それにしても……)
シシルジアはさりげなくララスティを見る。
始まってからのエミリアへのフォローは素晴らしく、こうして被害者へのフォローも忘れない。
(やはり、当家の女主人にはララスティこそがふさわしいわ)
何の意味も分かっていないクロエに証を持たせているよりも、ララスティにこそ証を持たせるべきだ。
シシルジアはそう考え、視線をララスティからクロエに移した。
その目の奥には獲物を狙う猛禽類のような獰猛さが隠れていたが、クロエは終ぞ気づくことはなかった。
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