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下拵えB①

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 ララスティがルドルフと話をしているころ、カイルは父親であるハルトと話をしていた。
 執務室は人が出入りするという理由で、その隣の応接室を使う事になったが、必要最低限の物だけを用意した小さな会議室のような印象をカイルは受けた。
 侍従がお茶を用意して壁際に下がったのを確認し、ハルトが口を開く。

「最近ララスティとはどうだ? 定期的に開いているお茶会ではどんなことを話している?」
「普通ですよ。勉強の内容とか興味のある事とか……貰ったハンカチについてとか」
「ほう?」

 ハルトもカイルがララスティから二枚目のハンカチを貰ったことは聞いていた。
 女避けだと笑って渡されたと報告を受けたがこの様子だと好感触のようだ。
 心配するほど仲が進展していないわけではないのかと安堵する一方、幼いからなのか恋人のような甘い雰囲気もないとも感じてしまう。

「これで二枚目か。ララスティは刺繍が得意だと聞くし、さぞかし出来のいい一品だろうな。どんな絵柄なんだ?」
「スミレの花で、女性向けのような刺繍でしたよ」

 不服なのか少しすねたように言うカイルに、ハルトは思わず吹き出しそうになってしまう。

「婚約者の可愛いいたずらじゃないか」
「そうですけど、それを他の令嬢の前で出す僕の身にもなって欲しいですね」

 出さなかったら女避けの意味がないだろう、とハルトが笑うが、カイルは「恥ずかしいんです!」と子供らしい抵抗をする。
 その様子に微笑ましいと思いながらも、このまま順調に親しくしていけば問題など起きないだろうとも考える。
 ララスティがどのように考えているのかはわからないが、今頃ルドルフが聞きだしているころだ。
 ランバルト公爵家とアインバッハ公爵家の契約について、第三者として仲介に入ったこともあり、コールストと交流が頻繁にあるルドルフならば、自分よりもララスティに近づきやすいと提案を飲んだが、この様子ならいらぬ心配をしたかもしれないと思えてしまう。
 大人が余計なことをして、関係がこじれてしまう場合もあると身をもって体験しているのだ。

(いや、私の時はもう私たち自身も大人だったか)

 ハルトは内心でそう自嘲しながらも、ララスティとどんな話をしたのか照れながら話す息子のカイルを微笑ましく見る。

「そういえば、前にララスティに渡した蜂蜜のアメですが、気に入ったそうです。帝国からの品物なんですよね? また入手するにはどうすればいいですか?」
「あれは私の戴冠祝いの品物だからな、また要求するのはどうなんだろう? まあ、帝国では高位貴族の女性や女の子に人気の品物だと説明書きにあったな……。輸入するなら、外交関係になるからルドルフに聞いてみるといい」
「叔父上にですね、わかりました」

 カイルは頷くと他にも気になったものがあったとお菓子の名前を上げていく。
 どれもカイルだけだったら興味を持たなそうな品名に、カイルなりにララスティに対して興味があるのだろうと、改めてハルトは安心する。

「あ、そういえば」
「どうした?」
「ララスティ嬢の友人のマリーカ嬢なのですが、領地の実益と趣味を兼ねて染色をしているそうなんです」
「ほう?」
「ララスティ嬢もその染色で出来た布や糸で刺繍をしたり、ドレスを作るときもあるそうなんですけど、よかったら国としても改めて注目しませんか?」

 カイルは純粋に思いついたことをハルトに話しただけなのだが、染色と聞いてハルトは何とも難しい表情を浮かべた。
 そのことに少々驚きつつもカイルは首をかしげてしまう。

「帝国から多くの布や糸を輸入しているからな。自国で染めたものとなると、貴族の間では質が劣ると考えられているんだ」
「それは知っていますが……」

 だが、実際にララスティに見せてもらった刺繍糸は美しかったし、特産品として扱ってもよさそうだとカイルは判断していた。
 ハルトとしてはカイルの意見はぜひとも取り入れたいのだが、アンソニアン王国で作られた布や糸は基本的に帝国に輸出し、そちらで加工し、それを輸入するという形になっているのだ。
 これは加工技術が帝国よりも低いという原因もあるが、帝国との和平条約に組み込まれているからでもある。
 特に今は特効薬の開発関係で帝国に恩がある状態なので機嫌を損ねたくない。

「だが、そうだな……ララスティやその友人が趣味の範囲で作る品物なら、帝国も目をつぶるだろう」
「それは、ララスティ嬢が帝国の皇帝の親族だからですか?」
「ああ。アマリアス様は皇帝が大切にしている妹だからな。その孫ともなれば多少だがお目こぼしがあるだろう」

 帝国の皇族が身内に甘いことは知られているが、他国に嫁入りした妹の親族まで気にかけるとは思っていなかったカイルは、帝国皇族の懐の深さに感心してしまう。

「まあ、シェルクは少々特殊な生き物から作られるし、我が国の産業の一つでもあるし、今後の参考の一つにさせてもらおう。今後も意見を持ってきてくれ」
「はい!」

 ハルトに褒められて嬉しいのかカイルは元気よく返事をした。

「そうそう、先日カイルがララスティに贈ったアクセサリーはどうだったんだ? 報告では次のお茶会でネックレスは着用していたと聞いたが、髪飾りと耳飾りもあっただろう」
「あ、はい。それが……」

 カイルは恥ずかしいのか顔を赤くしてしまう。

「髪飾りは普段使いするには少々豪華なものだそうで、パーティーでないとつけにくいと言われてしまいました」
「ははは、耳飾りも同じ理由か?」
「いえ、耳飾りは重くて耳が引っ張られていたいと言われてしまいました」
「あはははは。なるほどなるほど」

 もう少し年齢が上がれば少々派手な髪飾りをうまく使う方法もあるし、重い耳飾りも我慢できるようになるだろうが、まだ十歳の誕生日を迎える前のララスティには難しい問題だったらしい。
 これはカイルの母親である王妃のコーネリアが普段から着飾っているから、いまいち加減が分からなかったことが原因だろうし、伝染病もあり同じ年頃の令嬢と交流する機会が少なかったことも原因なのかもしれない。

「次に贈るものの参考にすればいい。アドバイスをするのなら、同じモチーフのアクセサリーなんてどうだ? お前はカフスかラペルピン、ララスティはブローチやネックレスがいいかもしれないな。もちろん、派手さを抑えて」
「なるほど! さすが父上ですね!」

 カイルは早速部屋に戻ったら商人を呼んでいいかと聞いてくるので、ハルトは笑顔で承諾する。
 その後もカイルはハルトにララスティにプレゼントするのならどんなデザインがいいかなど尋ね、ハルトは時間を前もって作っていたのか焦った様子もなく丁寧に答えていく。
 そうしているとドアがノックされて開けられるとルドルフが入ってきた。

「叔父上。こんにちは」
「やあ、カイル。兄上と楽しく話しているところにお邪魔して済まないね」
「いえ、大丈夫です」

 ルドルフはハルトに許可をもらってからカイルの正面のソファーに座る。

「ここに来る途中でララスティに会ったが、婚約者同士としてよりも友人としてうまくいっているようだね」
「あっ、はい。ララスティ嬢はなんというか気心の知れた相手になってきていますね」

 カイルの率直な言葉に、婚約者に対して恋愛感情的にそれはどうなんだろうと思うハルトだが、とりあえずはルドルフに任せてみることにした。

「婚約者に無駄な気を張らずにいるのは重要だが、だからと言って甘えっぱなしもよくないよ。甘えさせることも大切だ。ねえ、兄上」
「うん? まあ、そうだな」

 話を振られて少々驚くも、ルドルフの言う事はもっともなのでハルトは頷く。
 その様子にカイルは「なるほど」と真剣に頷いた。

「あとこれは一般論だが、本当に大切な存在は失ったときに気づくこともある。今のこの時を大切にしなければいけないよ」
「はい」

 カイルは一般論と言っているが、ルドルフの亡くなった婚約者の事を考える。
 幼い時に何度か会ったことがあるという仲でしかなかったが、ルドルフとは信頼関係を築いた親密な関係だったように感じていた。
 伝染病で亡くなってしまった際、ルドルフが寂しそうにしていた背中をカイルは今も覚えている。
 そんな風に大切な存在を失ったルドルフだからこそのアドバイスなのだと考え、この言葉を忘れないようにしようとカイルは胸に刻んだ。

「だが、婚約者ともなれば友人関係だけではうまくいかない場合もある。知っての通りわが国では重婚はもちろん、離婚も不可能だ。友情以上の感情も築いておくべきだろう」
「それは信頼とかですか?」
「信頼関係は大事だな。だが、愛情があることも重要じゃないか?」

 ルドルフが愛情と言うとカイルは顔をわずかに赤くして照れたように目を泳がせた。
 カイルもまだ十歳だ。大人の話す愛情について照れる感情が出てきてもおかしくはない。

「愛情がないが故の悲しい家族があることは、カイルだってわかっているだろう?」
「あっ……はい」

 まさにララスティの家庭が愛情のない家族だった。
 父親は愛人とその間にできた娘のところに入り浸り、母親からも求めた愛情は与えられない。
 母親が亡くなった後は新しい家族が来たものの、迎え入れられず搾取されてばかり。
 カイルは改めてララスティの現状に胸を痛める。

 その様子を見てルドルフは優しげな表情を浮かべながらも、内心でカイルのことを何も知らない子供と笑っていた。
 ララスティはやり直したいと求め、それを叶えたのはルドルフであり、やり直しの先にあるのが復讐であっても破滅であっても、ルドルフは最期までララスティを愛しつくすと決めている。
 中途半端な同情を向けているカイルとは違うと嗤った・・・
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