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下拵えA⑦

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 夏の盛りの八月の下旬。
 その日、カイルとのお茶会のために王宮に行ったララスティだが、どこかぼんやりとしていて、カイルが話しかければしっかり会話をするが、いつものような快活さは感じられない。
 なにかあったのだろうかとカイルが尋ねても、「なんでもありませんわ」としか答えを返さず、どうすることもできずにいる。
 そんな中、ふとララスティがカイルと視線を合わせたので、カイルの心臓がドクリと高鳴った。

「先日のお茶会以来、妹が何度か別邸に来ておりまして」
「そうなんだ?」
「次にカイル殿下がいらっしゃるのはいつかと何度も聞いてくるので、実は困っておりますの」
「それは、困るね……」

 カイルは警備の都合もあり、基本的に王宮の外に出ることはない。
 先日ランバルト公爵家に行ったのだって事前に計画を立て、問題ないと判断されてやっと叶ったことだ。

「エミリア嬢はなんというか、ユニークなご令嬢だ。今まで僕の周囲にはいなかったタイプかな」
「ご興味が?」

 ララスティが首をかしげて尋ねると、カイルは「うーん」と悩ましい声を出す。
 カイル自身エミリアに興味がないわけではないが、あくまでも婚約者の妹としての興味であり、今まで周囲に居ないタイプだからこその興味だ。
 積極的に関わりたいかと聞かれると、それはないと言ってしまいたくなる。
 その気持ちを正直にララスティに伝えていいものか、少し悩んでしまうのだ。

「興味がないと言えばうそになるけど、特に興味があるわけでもないかな」

 カイルの反応にララスティは内心で「おや?」と首をかしげた。
 エミリアに対してカイルの感情があまりいいものではなさそうなのを察したのだ。
 前回は婚約者になったカイルの好感度を得ようと一生懸命で、エミリアに対する感情を聞いたことはなかった。
 もしかしたら前回も最初はこのようにあまり好意的ではなかったのかもしれない。
 それが次第に好意に変わっていったのはどうしてなのだろう。
 相手に求める愛しか知らないララスティはそのタイミングがわからない。

「そうですの。少し残念ですわ」
「え?」

 ララスティの言葉にカイルが首をかしげた。

「エミリアさんのような子が、カイル殿下に刺激を与えるのではと思いましたの」
「刺激?」

 カイルの返しにララスティが頷く。
 堅苦しい王侯貴族の決まり事に囚われすぎず、型破りで自由な発想を持っている。
 その一方で自由な心が表の顔に疲れた心をいやすのではないか。
 そう言ったララスティだが、それはあくまでも前回のカイルが言った言葉を、少しだけ簡潔に伝えただけだ。
 エミリアと一緒に居ると楽に呼吸ができるというのは、前回の最後にカイルがララスティに言った言葉だ。

「それはどうかな」
「え?」

 逆にカイルに首を傾げられ、ララスティが驚いたように声を漏らしてしまう。

「エミリア嬢は確かにユニークだけど、刺激というのはどうかな。あまりいい刺激にはならなそうだ」
「そうでしょうか?」
「うん。僕と交流するなら最低限のマナーは必要だし。先日の様子を見ると、そっちがもっと頑張る必要があると思うな」
「そうですか」

 確かにエミリアのマナーはまだ勉強不足だが、ララスティはこんなにはっきりとカイルがエミリアを拒絶するとは思ってもいなかったので驚いてしまう。
 本当に、どうしてこのような関係から相思相愛の関係になったのだろうかと、疑問が浮かんでしまうほどだ。

「困ってるって言ってたけど、もしかしてエミリア嬢が僕に会わせて欲しいとか、そういう無茶な頼みごとをしているのかい?」
「そうですわね、会いたいとは言われておりますわ」
「やっぱりそうなんだね」

 同情するようなカイルの視線と言葉に、ララスティは想像と違うと内心で焦ってしまう。
 『真実の愛』の相手同士である二人は、出会ってすぐに惹かれ合い、ララスティがいなくても幸せな恋人になるはずなのだ。

(それとも、恋愛には刺激は必要なのでしょうか)

 前回はカイルに愛を求めるばかりで、恋などしたことがないララスティにはわからない。
 婚約者なのだから愛してくれて当然だと思っていた。
 婚約者だからカイルを愛していた。

(難しいものですわね)

 結局その日のお茶会は微妙な空気を残したままになってしまう。

 婚約者同士のお茶会は勉強の進み具合も加味されているが、だいたい二週間に一度開催されている。
 周囲で様子を見ていた使用人たちの感想と、当人たちの感想が集められ責任者に伝えられ、その反省を生かした上で次回の方針が決まるのだ。
 そしてこのお茶会の責任者は国王であるハルトだ。
 ここ数回のお茶会で、カイルとララスティの間にあった和やかな空気が、以前より少し硬くなっていると報告を受け、どうしたものかと考えていたところに弟のルドルフがやってくる。

「陛下、どうしました?」
「ああ、ルドルフか。いや、カイルとララスティの仲が思ったより進んでいないようでな」
「そうなんですか? 以前見かけた時は幼い恋人とは言えなくとも、かなり仲良く見えましたよ」

 ルドルフは表向きは平然と言うが、ララスティとカイルがうまくいくわけがないと内心ではほくそ笑む。
 ララスティに問題があったかもしれないが、周囲を頼ることなく自分でどうにかしようとした結果、ララスティの心を壊して全てを台無しにするきっかけを作ったのはカイルなのだ。

「そう思っていたが、最近はうまくいっていないようなんだ」
「そうなんですか。まあ、あの子たちは子供ですからね。そんなときもあるでしょう」

 「今は見守っておけばいいのでは?」と言うルドルフだが、ハルトはこの婚約がすべてだとばかりに大きくため息を吐きだした。

「この婚約の重要性はルドルフも理解しているだろう」
「それはそうですよ。この婚約を言い出したのは私ですしね」

 去年、とある悩みに苛まれていたハルトに解決策としてこの婚約を提案したのがルドルフだった。
 ハルトはその手があったと提案を呑み、すぐさま手続きを済ませて周囲を納得させてララスティとカイルの婚約を結んだ。
 その時、ランバルト公爵家に庶子として育ったとはいえ、子供がもう一人増えたことも追い風になった。
 嫡出の令嬢を王太子の婚約者にすることはなかなかに難しい。
 ルドルフのように王妃が生んだ子供の一人が、確実に実家の籍に戻る事が前提となるため、よく思わない王族の血を尊ぶ貴族の中にはこの方法をよく思わない派閥もある。
 その筆頭がルドルフの母親の実家、王籍を抜けたルドルフが籍を移したシングウッド公爵家だ。
 今にして思えば、前王妃となったセレンティアが王妃候補に選ばれた時は大変だった。
 ハルトの母親が亡くなったことで王妃の役目を担う者が必要だったのだが、その時には年頃の令嬢は結婚を済ませていたり、婚約者を決めているものばかり。
 かといって幼すぎても王妃候補にする意味もなく、家格と王妃教育の時間を考えれば、十二歳の年の差があってもセレンティアを王妃候補にするしかなかった。
 結果、数年の王妃教育を受け、早期に王室に入り公務に慣れた頃に、ちゃんと予定通りにルドルフを妊娠し出産した。

「二人は年齢的にも血の濃さ的にもちょうどいいと思いましたし、ララスティを王家に取り込むことが出来れば、アインバッハ公爵家も今まで以上に王家と親密になれるでしょう」
「そうだな」

 コールストはハルトとルドルフの叔父であるが、帝国の皇女を妻に迎えているため、王家とは少し距離がある。
 だが、国一番の穀倉地帯を領地に持っているのは確かなので邪険にすることもできない。
 アインバッハ公爵家に令嬢が生まれれば王家との縁組もあったが、子供はエルンストだけだったので次代にと考えていた。
 だが今回の伝染病で結果的にララスティがアインバッハ公爵家と縁深くなった。
 養女の話についてはルドルフ経由で話を聞いているハルトも賛成で、タイミングを見てもう一度打診させるつもりでいる。

「なんとかカイルとララスティの仲を深める方法はないものか」

 ハルトが苦悩の声を出したので、少し考えるふりをしたルドルフが「それなら」とにっこり笑う。

「婚約者を亡くしたとはいえ長い間婚約をしていた身です。経験者として二人にアドバイスをしましょうか?」
「お前が?」
「ええ」

 「他の人に手を出されるよりはましでは?」と言うルドルフにハルトは少し考えたが、最終的には「それもそうだな」と頷いた。
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