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下拵えA④

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 お茶会が進んでいき、ララスティがマリーカとシルフォーネを改めてカイルに紹介する。

「二人には姉妹のように親しくしていただいておりますのよ」
「ララスティ嬢が親しくしているのなら、ぜひとも僕とも親しくしてほしいな」

 カイルがそう言ってにっこり笑うと、マリーカは淑女らしく微笑み、シルフォーネはきょとんとした後に「それは少し変ネ」と首をかしげた。

「ワタシたちはララスティサマだから仲良くしてるのですヨ。友達の友達は友達じゃないですネ。カイル殿下とワタシたちが仲良くするのなら、それはララスティサマを絡ませずに、当人同士で仲良くすべきですヨ」

 あくまでもにこやかに、けれどもきっぱりと否定するシルフォーネの態度に、カイルが逆に驚いてしまう。
 いままで近寄ってきた子女は、何をきっかけにしてでも親しくなろうと画策するばかりで、このように仲良くなろうという提案を断られたことはなかったのだ。

「えっと……」

 戸惑うカイルにララスティはシルフォーネをフォローするように笑う。

「カイル殿下。シルフォーネ様は仲良くなるのなら、わたくしを理由にせず個人的にといっておりますのよ。確かに婚約者が自分の女友達と個人的に親しいとなると気になるかもしれませんが、確かにわたくしとしても親しくなる理由に使われるのは好みませんわね」
「そんなものなのかい?」
「ええ」
「そっか」

 カイルがマリーカも同じ考えなのだろうかと視線を向ければ、マリーカは笑みを崩さないまま頷いた。
 そこでララスティが親しくしている二人は、普段自分の周囲に居る人とは違うのだと理解し、カイルとしては不思議な気分になる。

「ララスティ嬢の友人は欲深くないのかな」
「そんなことないですヨ」
「ええ、わたしもちゃんと自分の望むべきことは叶える強かさを持っている自覚があります」

 シルフォーネとマリーカがそれぞれ言うが、それでもカイルは今まで自分の周囲に集まる人々とは違うと思った。
 ララスティ自身も王太子の婚約者という立場はちゃんと意識しているが、それをひけらかすような真似はしていない。

(類は友を呼ぶということかな)

 少しだけ羨ましいと思いながらも、その後も和やかな時間が続く。
 話の中でララスティたちが限られた相手だけの時は、互いに愛称で呼んでいるとわかり、カイルが少しだけ羨ましいと漏らす。

「カイル殿下はお名前が短いから」
「もし愛称を付けるとしたら……カイでしょうか?」

 ララスティがくびをかしげて言うと、カイルは「いいね」と笑う。

「でも、実際にお呼びするのは照れてしまいますわ」
「そう? 残念」

 婚約者なら呼んで欲しいのに、と顔に書いてあるカイルにララスティは笑う。

「だってカイル殿下だってわたくしを愛称で呼ばないじゃないですか。わたくしだけ呼ぶのはおかしいですわ」
「じゃあ、僕がララスティ嬢を愛称で呼べばいいのかな?」

 思わぬ言葉にララスティがぱちくりと目を瞬かせる。
 愛称で呼ぶなどという提案は、前回では一度も話題に上る事がなかった。
 これは自分の婚約者が、母方の家族や仲のいい令嬢同士とはいえ愛称で呼ばれている事を知り、のけ者にされているように感じてたのだろうかと考えていると、「ララスティサマは、親しい人間の前だけじゃないと愛称を許してくれないですヨ」とシルフォーネが笑った。

「どうして親しい人間の前だけなんだ? 友好関係のいいアピールになるのに」

 カイルが思ったままに質問をすると、本当に親しい人間はここぞという時にこそ披露すべきだと考えているからだとララスティは答えた。
 前回もララスティは、本当に大事な友人であるマリーカとシルフォーネを巻き込みたくないと考え、エミリアへの報復を繰り返すうちに距離を取るようなった。
 何度も一人で悩まないでほしいと言われたが、大事だからこそ自分の事情に巻き込みたくなかったのだ。
 それに、異母妹に何もかも奪われていく自分が彼女たちの友人であることを情けなく感じていた。
 二回目の人生となる今回は、前回のように自分から二人を離すことがないよう調整しつつ、やはり二人に被害がいかないようにしようと心に決めている。

「もし、わたくしと親しいとアピールする方がいて、勝手に愛称を呼んだとしますでしょう?」
「うん」
「そのとき、例えばマリーカ様がわたくしをどのような愛称で呼んでいるのか聞けば、本当に親しいかがわかると思いますの。そうでしょう、マリーカ様」

 急に話を振られたマリーカは驚いたけれど、確かに親しくしていると隠してはいないものの、「ルティお姉様」と愛称で呼ぶのは親しい人の前でだけ。
 他の人の前ではララスティ様と呼んでいるため、「お姉様」呼びは知られていないと頷いた。

「なるほど。ちなみになんて呼んでるんだい?」

 カイルの言葉にララスティとマリーカは視線を合わせ、くすりと笑った。
 そのまま教えてくれるのかと期待するカイルに視線を戻したララスティは、唇に人差し指を当て「内緒ですわ」と柔らかく笑う。
 「ずるい」と頬を膨らませたカイルを見てさらに微笑むララスティの姿に、アマリアスは、前回の復讐にとらわれず、今回はララスティとカイルは良好な関係を築けるのではと期待してしまう。
 ララスティは一度人生を終えてしまったとはいえ、今はまだ幼く、未来がどうなるのかはわからない。
 あえて『決まった結末』に誘導しなくてもいいのではないかと考えてしまうのだ。
 だが、ララスティがアインバッハ公爵家に訪れ、コールストと計画を考える姿は真剣で、その思いを無駄にしたくないとも思える。
 アマリアスが難しいものだと考えていると、別邸に続く道からにぎやかな声が聞こえてくる。
 何か問題が起きたのかと考えて全員が視線を向ければ、そこには妙に着飾ったエミリアが、こちらに向かってくるところだった。

「まあ……」

 ララスティは表面上は不安そうな表情を浮かべつつも、内心で「やっときた」とほくそ笑む。
 午前中にカイルが来ると聞いたエミリアが、王子様という存在に居てもたっても居られずに別邸に顔を出したのだ。
 エミリアはガゼボに近づいてくると、驚いたように「えぇ!?」とわざとらしい甲高い声を上げた。

「お姉様ってば、今日はここでお茶会なんかしてたんですね。知らなかったです」
「カイル様や親しい友人とだけだったので、そちらに知らせがいかなかったのかしら。エミリアさんは、別邸に何か御用がありましたの?」

 ララスティの質問に、エミリアは「えーっと」と視線を泳がせる。

「ちょっと散歩をしてて、お姉様を誘おうかなぁーって思ったんですけど、あたしってば、お邪魔ですねー」

 「寂しいですー」と言うエミリアに、ララスティは困ったように首をかしげる。

「誘ってくださるのは嬉しいけれど、今日はタイミングが……」
「そうですよねー。あっ! よかったらあたしも一緒にお茶してもいいですか? 場所はまだ空いてますよね」

 そう言って、ララスティの了承を得ずにエミリアはカイルの左隣に座る。
 あまりの態度に驚きを隠せないカイルだが、このように貴族の常識がないのなら、ララスティから様々なものを奪ったという報告も納得がいくとも思える。
 庶子だからか、貴族の令嬢らしさはほとんどなく、明るく大声で話し、その行動には遠慮というものを感じられない。
 ララスティはマナー不足をフォローするため、偶然をよそおってエミリアを紹介すると言っていたが、この状況は、明らかにエミリアの方から狙ってカイルに会いに来ている。
 王族に自主的に会うのにマナーがなっていない状態は不敬であり、ランバルト公爵がこの事実を知っていたら抗議文を送る可能性がある問題だ。

「エミリアさん、勝手に座るのはよくありませんわ」
「それって、あたしはこういう場所に居ちゃいけないってことですか? 庶子だったから、身の程をわきまえろってことですか?」

 途端に目を潤ませ始めるエミリアに、「変わってない」とララスティは内心で思いつつも困ったように自分の頬に手を当てて息を吐いた。

「違いますわ。カイル殿下は尊いお方です。急に隣に許可なく座るなど、よくないと言っていますの」
「王族って……尊き身とか言いますけど差別ですよね! カイル様だって一人の人間じゃないですか!」

 そう言う問題でもないし、そもそもカイルは「一人の人間」と称していい存在ではない。
 ララスティがそう言おうとする瞬間に、カイルが「まあまあ」とララスティを宥める。

「僕は構わないよ」
「カイル殿下がそうおっしゃるなら」

 ララスティは困ったように眉を寄せた後、エミリアの分のグラスを用意させる。
 目の前にソルトレモンアイスティーが置かれると、喉が渇いていたのかグラスを掴んで一気に飲んだエミリアは、メイドに向かって「おかわり」と言った。
 メイドは戸惑いながらも新しく注ぎ直したが、それもすぐに飲み干し「はぁーおいしい!」とエミリアは満足そうに言ってから、無言でメイドにグラスを差し出す。
 メイドはそれにまたお茶を新しく注ぐが、物言いたげにエミリアを見る。

「な、なんですか? 庶子だった娘はお茶をおかわりしちゃダメなんですか?」

 メイドの視線が気になったのかエミリアがそう言うが、ララスティが「違いますわ」とメイドの代わりに答える。

「そのようにお茶を一気に飲む行為を見慣れていないだけですわ。許してあげてもらえないかしら?」
「……ふーん?」

 そう言われれば許すしかなく、エミリアは不承不承頷いた。
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