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下拵えA①
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年が明けて半年が過ぎた六月。
グレンジャー国王が退位し、新しくハルトが新国王として戴冠した。
前回の記憶では十月頃にカイルの婚約者として選ばれたララスティは、今回はそれよりも早い六月の下旬に婚約者として選ばれることとなった。
婚約の話自体は年が明けてすぐに来ていたため、正式に婚約が決まっても驚きはなく、淡々とその事実を受け入れた。
元々カイルとララスティは又従兄妹であり、伝染病で社交が途絶える前や再開された後も普通に交流が何度かあったため、婚約を結ぶにあたって改めて交流を図るさいも、特段変わりなく接していた。
「ララスティ嬢、先日はハンカチをありがとう。これはお礼に」
「まあ、蜂蜜のアメでしょうか? ふふ、嬉しいですわ」
穏やかな交流を続ける二人に周囲も安心している中、ララスティとカイルの間には秘密の約束がただ一つだけあった。
『お互いに好きな人が出来たら、婚約の白紙に向けて協力をする』
これは実の父母と、今の家族を見ているララスティの要望であり、王命であっても無理をして好きではない相手と一緒に居ても、そこに幸せはないという経験からの申し出だった。
初めはララスティの提案に驚いたカイルだったが、事前に調査させていたララスティの家庭環境を考慮し承諾した。
それからは無理に又従兄妹同士の関係以上を築こうともせず、つかず離れずの距離を維持している。
カイルとしては、家族の愛情に飢えていると調査報告が上がっているララスティが、婚約者になる自分に対して愛情を求めないことが不思議だったが、本人から気持ちに無理強いをしたくないと言われて納得した。
それと同時に、自分は期待されていないのだとがっかりもしたが、カイル自身もララスティを恋愛対象としてみていないため、急に結婚相手として愛情を持って欲しいと要求されるより、ずっと楽な提案だった。
「そういえばもうすぐカイル殿下のお誕生日ですね」
「ああ、やっと十歳になる。少しは父上の手伝いも出来るようになりたいが、それに関しては叔父上任せだな」
ハルトの戴冠に伴い、ルドルフは早々に王籍を離れてシングウッド公爵家に籍を移している。
今は次期公爵として仕事をしながらも、元王族としてハルトの補佐をしているようだ。
「叔父上は本当に父上に頼りにされていて、この婚約も叔父上が提案したらしい」
「それは存じませんでした」
「伝染病で貴族にダメージを受けているだろう。僕としては、無理に王家の血を濃くする必要はないと思ったんだけど、叔父上はこんな時だからこそ王家の血を濃くしなければって。父上もそれに賛成みたいなんだよ」
「なるほど」
前回はこのような会話はなかったが、流れ自体は同じで、ルドルフの推薦で婚約者になったのかもしれないとララスティは考える。
ルドルフとはあまり交流がないが、血統を重視してララスティを選んだというのであれば、婚約者になった理由もわかるというものだ。
現時点で国内にはララスティ以外に王族の血が濃い令嬢はいないのだから。
「血統に関しては伝染病のこともあってか、各家で混乱を招いているようですし、王家だけでも固めたいというご意思なのかもしれません」
「わかるけどね。この国では重婚は許されていないし、離婚もできない」
だから庶子なんて存在する、と言いかけてカイルは口をつぐむ。
王族に会うほどの教育が出来ていないという理由でまだ対面はしていないが、ランバルト公爵家に新しくやってきたクロエは元愛人で、エミリアはその間に出来た庶子なのだ。
「……そうだ、今度カイル殿下を我が家にご招待してもよろしいでしょうか」
「家って、ランバルト公爵家?」
「ええ」
ランバルト公爵家の別邸で暮らしているララスティだが、基本的に面倒を見てもらうという名目のもと、アインバッハ公爵家で過ごすことも多いのだ。
だからこその確認だったのだが、招待された先はランバルト公爵家で間違いないらしい。
「妹のエミリアは確かに公の場でカイル殿下にお目見えするには勉強不足ですが、わたくしがご招待している時にたまたま会うぐらいでしたら、かまわないのではないでしょうか」
カイル殿下も気になっているでしょう? とララスティは珍しくいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
初めて見たその笑顔にカイルは自分の心が跳ねたように感じたが、一瞬のことだったので気のせいだということにした。
「確かに、偶然少し会うぐらいなら問題ないんじゃないかな。自分の家で気を抜くのは仕方がないことだし」
「カイル殿下ならそう言ってくださると思いましたわ」
では誕生日パーティーの後にでも、と話を進めていくララスティに、カイルは異母妹と婚約者を会わせようとするララスティの真意を探る。
簡単に調査をしただけで、エミリアがララスティからアクセサリーなどを奪っている事実が判明している。
そのことだけでも姉妹仲が良くなるとも思えないのに、婚約者のカイルに紹介する理由はなんなのか。
会わせることで逆にエミリアのひどさをカイルに見せたいのだろうか。
結局、カイルの誕生日パーティーの数日後にランバルト公爵家を訪れることに決め、その日の婚約者同士のお茶会は終了する。
ララスティが部屋から出ていったのを確認し、少し時間をおいてカイルも部屋を出る。
王宮の廊下を歩いていると、執務帰りなのか向かいからルドルフが歩いてくるのが見え、思わずという感じに笑みを浮かべてしまう。
「叔父上」
「やあ、カイル殿下」
「うーん、叔父上に殿下と呼ばれるのはまだ慣れません」
公私の区別をつけるためと、王籍を離れてから変えられた呼び方に、カイルは照れたように笑う。
「臣下に下った身だ。慣れてもらうしかないな。…………今日は、婚約者とのお茶会だったか?」
「はい。ララスティ嬢は先ほど帰りました」
「そうか。どうかな、ララスティとはうまくやっていけそうかい?」
不意に聞かれ、カイルはどう答えたものかと考える。
ララスティとの間に嫌悪感のようなマイナスの感情はないが、だからといって恋愛感情があるわけでもない。
互いに政略での婚約と割り切っており、なんだったら好きな人ができれば婚約の白紙に協力し合うなどと、王侯貴族らしからぬ約束までしている。
「仲良くはしていると思います。でも……」
「兄上と義姉上のような夫婦になれるかわからない?」
「そうですね」
ハルトと正妃のコーネリアは王族には珍しい恋愛結婚と有名だ。
婚約者候補の一人であったコーネリアを見初めたハルトが、長い時間をかけて口説き落とした。
もちろんそこには家の関係も含まれるのだろうが、大衆が知っているのは誰もが憧れるような恋物語。
「時間をかけていけば変わるかもしれないさ。兄上と義姉上だって出合ってすぐに恋仲になったわけじゃない」
「でも、父上の一目ぼれなのでしょう?」
「どうかな? あの二人が結婚した時は私も幼かったから聞いた話でしかないけど、貴族同士としての対面だけなら幼少期に済ませていたはずだ。婚約者候補になったのは今のカイルくらいだとしても、実際に婚約者になったのは結婚の二年前。十八歳だったか? その間ずっと口説き続けてたっていうのは、少し間が開いている気がするね」
ルドルフの言葉にカイルは「確かに」と頷く。
「僕とララスティ嬢の婚約は叔父上の口添えだと聞きました」
「ああ、そうだよ。カイルの婚約者候補に大勢の令嬢をキープするのは、他の令息に悪いだろう。今は貴族全体が混乱しているから、まずは上をまとめないと」
「…………叔父上は?」
「ん?」
「叔父上だって婚約者を亡くされたじゃないですか。代わりはどうするのですか?」
「私は後でも問題ないんだ。急ぐ案件でもないからね」
何ともないように言うルドルフが無理しているようにも見えず、カイルは素直に頷く。
大人の事情はまだ分からない部分も多いが、父のハルトが信頼しているルドルフの言葉だ。
カイルも信じるしかないのだろう。
そのまま二人で雑談を交わし別れる間際、ルドルフは「そういえば」とカイルを引き止めた。
「兄上から聞いたよ。帝国から輸入した珍しい蜂蜜のアメ、ララスティにあげたいからと分けてもらったんだって? 十分に婚約者らしいことをしているじゃないか」
あの子は甘いものが好きだから、とルドルフは微笑む。
「あれは、ハンカチのお礼にと思って。今日渡したのですが、喜んでもらえました」
「それはよかったね」
「…………あ、叔父上はララスティ嬢が甘いものを好きだと知っているのですね。僕も先日知ったばかりなのに」
「ああ、コール兄上に聞いたんだ。あの子はアインバッハ公爵家で過ごすことも多いから」
「なるほど」
「引き止めて悪かったね。その調子でね」
「はい」
離れていくカイルを見ながら、ルドルフは笑みを深くした。
グレンジャー国王が退位し、新しくハルトが新国王として戴冠した。
前回の記憶では十月頃にカイルの婚約者として選ばれたララスティは、今回はそれよりも早い六月の下旬に婚約者として選ばれることとなった。
婚約の話自体は年が明けてすぐに来ていたため、正式に婚約が決まっても驚きはなく、淡々とその事実を受け入れた。
元々カイルとララスティは又従兄妹であり、伝染病で社交が途絶える前や再開された後も普通に交流が何度かあったため、婚約を結ぶにあたって改めて交流を図るさいも、特段変わりなく接していた。
「ララスティ嬢、先日はハンカチをありがとう。これはお礼に」
「まあ、蜂蜜のアメでしょうか? ふふ、嬉しいですわ」
穏やかな交流を続ける二人に周囲も安心している中、ララスティとカイルの間には秘密の約束がただ一つだけあった。
『お互いに好きな人が出来たら、婚約の白紙に向けて協力をする』
これは実の父母と、今の家族を見ているララスティの要望であり、王命であっても無理をして好きではない相手と一緒に居ても、そこに幸せはないという経験からの申し出だった。
初めはララスティの提案に驚いたカイルだったが、事前に調査させていたララスティの家庭環境を考慮し承諾した。
それからは無理に又従兄妹同士の関係以上を築こうともせず、つかず離れずの距離を維持している。
カイルとしては、家族の愛情に飢えていると調査報告が上がっているララスティが、婚約者になる自分に対して愛情を求めないことが不思議だったが、本人から気持ちに無理強いをしたくないと言われて納得した。
それと同時に、自分は期待されていないのだとがっかりもしたが、カイル自身もララスティを恋愛対象としてみていないため、急に結婚相手として愛情を持って欲しいと要求されるより、ずっと楽な提案だった。
「そういえばもうすぐカイル殿下のお誕生日ですね」
「ああ、やっと十歳になる。少しは父上の手伝いも出来るようになりたいが、それに関しては叔父上任せだな」
ハルトの戴冠に伴い、ルドルフは早々に王籍を離れてシングウッド公爵家に籍を移している。
今は次期公爵として仕事をしながらも、元王族としてハルトの補佐をしているようだ。
「叔父上は本当に父上に頼りにされていて、この婚約も叔父上が提案したらしい」
「それは存じませんでした」
「伝染病で貴族にダメージを受けているだろう。僕としては、無理に王家の血を濃くする必要はないと思ったんだけど、叔父上はこんな時だからこそ王家の血を濃くしなければって。父上もそれに賛成みたいなんだよ」
「なるほど」
前回はこのような会話はなかったが、流れ自体は同じで、ルドルフの推薦で婚約者になったのかもしれないとララスティは考える。
ルドルフとはあまり交流がないが、血統を重視してララスティを選んだというのであれば、婚約者になった理由もわかるというものだ。
現時点で国内にはララスティ以外に王族の血が濃い令嬢はいないのだから。
「血統に関しては伝染病のこともあってか、各家で混乱を招いているようですし、王家だけでも固めたいというご意思なのかもしれません」
「わかるけどね。この国では重婚は許されていないし、離婚もできない」
だから庶子なんて存在する、と言いかけてカイルは口をつぐむ。
王族に会うほどの教育が出来ていないという理由でまだ対面はしていないが、ランバルト公爵家に新しくやってきたクロエは元愛人で、エミリアはその間に出来た庶子なのだ。
「……そうだ、今度カイル殿下を我が家にご招待してもよろしいでしょうか」
「家って、ランバルト公爵家?」
「ええ」
ランバルト公爵家の別邸で暮らしているララスティだが、基本的に面倒を見てもらうという名目のもと、アインバッハ公爵家で過ごすことも多いのだ。
だからこその確認だったのだが、招待された先はランバルト公爵家で間違いないらしい。
「妹のエミリアは確かに公の場でカイル殿下にお目見えするには勉強不足ですが、わたくしがご招待している時にたまたま会うぐらいでしたら、かまわないのではないでしょうか」
カイル殿下も気になっているでしょう? とララスティは珍しくいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
初めて見たその笑顔にカイルは自分の心が跳ねたように感じたが、一瞬のことだったので気のせいだということにした。
「確かに、偶然少し会うぐらいなら問題ないんじゃないかな。自分の家で気を抜くのは仕方がないことだし」
「カイル殿下ならそう言ってくださると思いましたわ」
では誕生日パーティーの後にでも、と話を進めていくララスティに、カイルは異母妹と婚約者を会わせようとするララスティの真意を探る。
簡単に調査をしただけで、エミリアがララスティからアクセサリーなどを奪っている事実が判明している。
そのことだけでも姉妹仲が良くなるとも思えないのに、婚約者のカイルに紹介する理由はなんなのか。
会わせることで逆にエミリアのひどさをカイルに見せたいのだろうか。
結局、カイルの誕生日パーティーの数日後にランバルト公爵家を訪れることに決め、その日の婚約者同士のお茶会は終了する。
ララスティが部屋から出ていったのを確認し、少し時間をおいてカイルも部屋を出る。
王宮の廊下を歩いていると、執務帰りなのか向かいからルドルフが歩いてくるのが見え、思わずという感じに笑みを浮かべてしまう。
「叔父上」
「やあ、カイル殿下」
「うーん、叔父上に殿下と呼ばれるのはまだ慣れません」
公私の区別をつけるためと、王籍を離れてから変えられた呼び方に、カイルは照れたように笑う。
「臣下に下った身だ。慣れてもらうしかないな。…………今日は、婚約者とのお茶会だったか?」
「はい。ララスティ嬢は先ほど帰りました」
「そうか。どうかな、ララスティとはうまくやっていけそうかい?」
不意に聞かれ、カイルはどう答えたものかと考える。
ララスティとの間に嫌悪感のようなマイナスの感情はないが、だからといって恋愛感情があるわけでもない。
互いに政略での婚約と割り切っており、なんだったら好きな人ができれば婚約の白紙に協力し合うなどと、王侯貴族らしからぬ約束までしている。
「仲良くはしていると思います。でも……」
「兄上と義姉上のような夫婦になれるかわからない?」
「そうですね」
ハルトと正妃のコーネリアは王族には珍しい恋愛結婚と有名だ。
婚約者候補の一人であったコーネリアを見初めたハルトが、長い時間をかけて口説き落とした。
もちろんそこには家の関係も含まれるのだろうが、大衆が知っているのは誰もが憧れるような恋物語。
「時間をかけていけば変わるかもしれないさ。兄上と義姉上だって出合ってすぐに恋仲になったわけじゃない」
「でも、父上の一目ぼれなのでしょう?」
「どうかな? あの二人が結婚した時は私も幼かったから聞いた話でしかないけど、貴族同士としての対面だけなら幼少期に済ませていたはずだ。婚約者候補になったのは今のカイルくらいだとしても、実際に婚約者になったのは結婚の二年前。十八歳だったか? その間ずっと口説き続けてたっていうのは、少し間が開いている気がするね」
ルドルフの言葉にカイルは「確かに」と頷く。
「僕とララスティ嬢の婚約は叔父上の口添えだと聞きました」
「ああ、そうだよ。カイルの婚約者候補に大勢の令嬢をキープするのは、他の令息に悪いだろう。今は貴族全体が混乱しているから、まずは上をまとめないと」
「…………叔父上は?」
「ん?」
「叔父上だって婚約者を亡くされたじゃないですか。代わりはどうするのですか?」
「私は後でも問題ないんだ。急ぐ案件でもないからね」
何ともないように言うルドルフが無理しているようにも見えず、カイルは素直に頷く。
大人の事情はまだ分からない部分も多いが、父のハルトが信頼しているルドルフの言葉だ。
カイルも信じるしかないのだろう。
そのまま二人で雑談を交わし別れる間際、ルドルフは「そういえば」とカイルを引き止めた。
「兄上から聞いたよ。帝国から輸入した珍しい蜂蜜のアメ、ララスティにあげたいからと分けてもらったんだって? 十分に婚約者らしいことをしているじゃないか」
あの子は甘いものが好きだから、とルドルフは微笑む。
「あれは、ハンカチのお礼にと思って。今日渡したのですが、喜んでもらえました」
「それはよかったね」
「…………あ、叔父上はララスティ嬢が甘いものを好きだと知っているのですね。僕も先日知ったばかりなのに」
「ああ、コール兄上に聞いたんだ。あの子はアインバッハ公爵家で過ごすことも多いから」
「なるほど」
「引き止めて悪かったね。その調子でね」
「はい」
離れていくカイルを見ながら、ルドルフは笑みを深くした。
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