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下準備A⑧
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別邸に移るためのララスティの荷造りは二日で済み、ランバルト公爵家側から付き添う三人の使用人も決まった。
三人とも前回のララスティにも馴染みがなく、経歴を聞いてみると、ミリアリスが亡くなった後にランバルト公爵家に新しく雇われた使用人だという。
古くからの使用人をララスティに付けたくなかったという、アーノルトの嫌がらせなのかはわからないが、もし嫌がらせであるのなら子供っぽいと呆れてしまう。
ランバルト公爵家から付ける使用人は監視の意味も含めているだろうに、忠誠心の薄い者を選んだのでは意味がない。
もっとも、この三人はルドルフが潜り込ませた手の者であり、元々ララスティのためにしか動いていないため、今回ついて行くのは決定事項であったのだが、ララスティはその事実を知らない。
別邸の使用人は下女に至るまで総入れ替えされ、配属されている者は三人を除き全員がアインバッハ公爵家の息がかかっている。
短期間で別邸への移動が完了し、入れ替わるように前ランバルト公爵夫妻が本邸に戻れば、アーノルトは認めないだろうが、別邸の女主人は正式にララスティとなった。
使用人の人選がよいこともあり快適な一人暮らしではあるが、対外的には家族に追いやられた可哀相なララスティでいなければならない。
年が変わり王家主催の春のお茶会が開催されると、エミリアはシシルジアに同伴してもらい参加し、ララスティはアマリアスに同伴してもらい参加した。
クロエはまだ社交界になれていないという理由で顔を出していない。
「あ~ら、お姉様ってばお久しぶりです」
「ごきげんよう、エミリアさん。お婆様もお久しぶりです」
「ええ、ララスティも元気そうで何よりだわ。アマリアス様もご無沙汰しております」
「ごきげんよう」
会場で遭遇した四人はそっけなくも感じる挨拶をして別れる。
その姿を見た事情を知らない子女や貴族夫人は、ララスティの付き添いがなぜアマリアスなのか尋ね、ランバルト公爵家に住みながらも本邸ではなく、ララスティが別邸で一人で暮らしているという事実を知り、眉をひそめた。
使用人がいるとはいえ、誕生日を迎えていないララスティはまだ8歳だ。
同い年の異母妹は両親や祖父母に囲まれてるにもかかわらず、扱いの差に不信感を抱かずにはいられない。
「まあ! 昨年末からララスティ様がお一人で別邸になんて、ご家族は心配なさいませんの?」
知り合いの令嬢が尋ねたが、ララスティはほんの少し寂しそうに笑みを浮かべる。
「お父様はそもそもわたくしに興味はありませんし、お義母様も同じだと思いますわ。お爺様たちもわたくしよりお仕事が優先のようですから……それに、孫娘ならエミリアさんもいますし」
暗に自分の優先順位は低いのだと言えば一気に同情の視線が集まる。
「以前はエミリアさんが何度か別邸にいらっしゃったのですが、最近ではいらっしゃらなくなりました。わたくしが持っているドレスやアクセサリーは地味なものばかりですから、興味がなくなってしまったようです」
「まだララスティ様のものを持っていくような真似をしていらっしゃいましたの?」
話しかけてきた令嬢が驚いたように言ったが、ララスティは静かに首を横に振った。
「もう奪う価値がないと思っているようですが……仕方ないことですわ。だって、お爺様たちから頂いた物も、お母様の形見も全てなくなってしまいましたから。今着用しているのは、アインバッハ公爵家の支援で購入させていただいた物なのです」
それもエミリアに目を付けられないようにしていると言えば、「お気の毒に」と周囲の子女だけではなく、その保護者も同情をララスティに向けた。
「私もルティをもっとかわいらしく見せびらかしたいのですが、このような状態でも籍はランバルト公爵家にあるでしょう? 祖母とはいえアインバッハ公爵家の私があまり口を出しても角が立ってしまうから、遠慮しているのです」
アマリアスが残念そうに周囲の保護者に言えば、苦労しているのだとこれまた同情が寄せられた。
「コールストがララスティを養女にと希望したのだけれど、まだエミリア嬢の教育に不安があるからと断られたそうなのです。ルティが正式に我が家の娘になってくれれば、今のような不自由な暮らしはさせないのに、残念だわ」
「まあ、養女に……。けれども、確かにアインバッハ公爵は妻子を亡くされましたものね。姪のララスティ様を養女にと考えても不思議はありませんね」
これだけララスティを蔑ろにしておきながら、エミリアの教育に不安があるという理由で養女の話を蹴ったランバルト公爵家には、不信感が募っていく。
8歳の子供を別邸で一人にさせ、母親の形見や祖父母からもらったものを異母妹が奪うのを容認する。
この状態だけを見ても、十分に飼い殺しと言えるだろう。
「養女の話は断られたけれど、さすがにコールストもララスティの現状をよく思わなかったのか、別邸での暮らしは全面的にアインバッハ公爵家が責任を持つことにしたのです」
「それでアマリアス様が今日の付き添い人になったのですね」
祖母とはいえ他家のアマリアスがどうして付添人になったのか、ようやく理解できたと頷く貴族夫人たちは、改めて離れた位置で楽しそうに大声で笑っているエミリアを冷めた目で見た。
少し前まで平民として暮らしていたものの、公爵令嬢となったのにもかかわらず、作法のなっていない態度は場の空気に馴染んでいない。
他の家が迎えた庶子が目立たないようにしていたり、ちゃんと学んだ作法を披露しようとしていたりする分、余計に平民の時と変わらないように行動しているエミリアが目立ってしまう。
「シシルジア様には申し訳ないけれど、ケーキをつかんだ手でカップを持つ子とルティを同列に並べたくないもの。こうして、別に参加させて良かったと思うわ」
アマリアスの言葉に夫人たちが「ああ」と苦笑した。
エミリアは提供されたケーキを自分の手で皿に取り、フォークを使わずに手づかみで食べたのだ。
その後もその手をナプキンで拭かずに、紅茶のカップを握って持ったため、給仕のメイドが悲鳴を上げそうになっていた。
「おばあ様、エミリアさんは公爵令嬢になってまだ半年ですもの。平民として暮らしていたくせがまだ抜けないだけですわ。ちゃんとお勉強を頑張ればどこに出しても恥ずかしくない淑女になれます。だって、彼女はお父様に愛されている娘ですもの」
「まあ、ルティ……あの子をかばいたい気持ちはわかるけれど、無理をしなくていいのよ。そもそも半年も教育を受けているのに、ケーキを手づかみするなんてこと自体がおかしいのだから」
「きっとケーキが美味しそうで我慢できなかったのでしょう」
エミリアのフォローをするララスティの健気さに、親しい友人たちが目を潤ませた。
お茶会がない時に続けられている文通の内容に、今は離れて暮らしているが、家族としていつか認めてもらいたいとララスティが望んでいるとあったからだ。
友人であるララスティの願いを応援したいが、エミリアの行動を見ているとその気もなくなってしまう。
なによりもランバルト公爵家の人間がララスティを幸せにするとは思えないのだ。
「公爵令嬢としての教育は始まったばかりですわ。今はまだ平民としての感覚が抜けずとも、一年……二年経っていけばまた変わりますわよ」
言いながらもララスティは多少の令嬢らしさは身についても、エミリアが真の貴族令嬢としての振舞いを身につけなかったのは記憶している。
エミリア自身が勉強にさして積極的でなかったということもあるが、アーノルトも無理に勉強をさせなかったという理由もあった。
その勉強不足ゆえの貴族らしくない行動が、カイルの興味を引いたという部分もあった。
王太子妃教育を必死で行っていた前回のララスティにとって、その部分も気に入らない原因の一つになっていた。
楽に生きてララスティの欲しいものを当たり前のように手に入れる。
ふいにエミリアの居る方向から大きな歓声が聞こえて目を向ければ、庶子から貴族になった子供たちがエミリアのブローチを見て驚いていた。
大きなルビーを見せびらかしているようだが、そのブローチもまたララスティから奪ったものだった。
そのことに気づいた友人の一人が眉を顰める。
「あのブローチ、ララスティ様のお母様の形見ですのに……あのように自慢気に見せびらかして、盗人猛々しいことっ」
「……あのブローチはランバルト公爵の女性に受け継がれたものですから」
友人の言葉にフォローなのか判断のつかない返事をして、ララスティは寂しそうな視線をエミリアに向けた後、目を伏せた。
三人とも前回のララスティにも馴染みがなく、経歴を聞いてみると、ミリアリスが亡くなった後にランバルト公爵家に新しく雇われた使用人だという。
古くからの使用人をララスティに付けたくなかったという、アーノルトの嫌がらせなのかはわからないが、もし嫌がらせであるのなら子供っぽいと呆れてしまう。
ランバルト公爵家から付ける使用人は監視の意味も含めているだろうに、忠誠心の薄い者を選んだのでは意味がない。
もっとも、この三人はルドルフが潜り込ませた手の者であり、元々ララスティのためにしか動いていないため、今回ついて行くのは決定事項であったのだが、ララスティはその事実を知らない。
別邸の使用人は下女に至るまで総入れ替えされ、配属されている者は三人を除き全員がアインバッハ公爵家の息がかかっている。
短期間で別邸への移動が完了し、入れ替わるように前ランバルト公爵夫妻が本邸に戻れば、アーノルトは認めないだろうが、別邸の女主人は正式にララスティとなった。
使用人の人選がよいこともあり快適な一人暮らしではあるが、対外的には家族に追いやられた可哀相なララスティでいなければならない。
年が変わり王家主催の春のお茶会が開催されると、エミリアはシシルジアに同伴してもらい参加し、ララスティはアマリアスに同伴してもらい参加した。
クロエはまだ社交界になれていないという理由で顔を出していない。
「あ~ら、お姉様ってばお久しぶりです」
「ごきげんよう、エミリアさん。お婆様もお久しぶりです」
「ええ、ララスティも元気そうで何よりだわ。アマリアス様もご無沙汰しております」
「ごきげんよう」
会場で遭遇した四人はそっけなくも感じる挨拶をして別れる。
その姿を見た事情を知らない子女や貴族夫人は、ララスティの付き添いがなぜアマリアスなのか尋ね、ランバルト公爵家に住みながらも本邸ではなく、ララスティが別邸で一人で暮らしているという事実を知り、眉をひそめた。
使用人がいるとはいえ、誕生日を迎えていないララスティはまだ8歳だ。
同い年の異母妹は両親や祖父母に囲まれてるにもかかわらず、扱いの差に不信感を抱かずにはいられない。
「まあ! 昨年末からララスティ様がお一人で別邸になんて、ご家族は心配なさいませんの?」
知り合いの令嬢が尋ねたが、ララスティはほんの少し寂しそうに笑みを浮かべる。
「お父様はそもそもわたくしに興味はありませんし、お義母様も同じだと思いますわ。お爺様たちもわたくしよりお仕事が優先のようですから……それに、孫娘ならエミリアさんもいますし」
暗に自分の優先順位は低いのだと言えば一気に同情の視線が集まる。
「以前はエミリアさんが何度か別邸にいらっしゃったのですが、最近ではいらっしゃらなくなりました。わたくしが持っているドレスやアクセサリーは地味なものばかりですから、興味がなくなってしまったようです」
「まだララスティ様のものを持っていくような真似をしていらっしゃいましたの?」
話しかけてきた令嬢が驚いたように言ったが、ララスティは静かに首を横に振った。
「もう奪う価値がないと思っているようですが……仕方ないことですわ。だって、お爺様たちから頂いた物も、お母様の形見も全てなくなってしまいましたから。今着用しているのは、アインバッハ公爵家の支援で購入させていただいた物なのです」
それもエミリアに目を付けられないようにしていると言えば、「お気の毒に」と周囲の子女だけではなく、その保護者も同情をララスティに向けた。
「私もルティをもっとかわいらしく見せびらかしたいのですが、このような状態でも籍はランバルト公爵家にあるでしょう? 祖母とはいえアインバッハ公爵家の私があまり口を出しても角が立ってしまうから、遠慮しているのです」
アマリアスが残念そうに周囲の保護者に言えば、苦労しているのだとこれまた同情が寄せられた。
「コールストがララスティを養女にと希望したのだけれど、まだエミリア嬢の教育に不安があるからと断られたそうなのです。ルティが正式に我が家の娘になってくれれば、今のような不自由な暮らしはさせないのに、残念だわ」
「まあ、養女に……。けれども、確かにアインバッハ公爵は妻子を亡くされましたものね。姪のララスティ様を養女にと考えても不思議はありませんね」
これだけララスティを蔑ろにしておきながら、エミリアの教育に不安があるという理由で養女の話を蹴ったランバルト公爵家には、不信感が募っていく。
8歳の子供を別邸で一人にさせ、母親の形見や祖父母からもらったものを異母妹が奪うのを容認する。
この状態だけを見ても、十分に飼い殺しと言えるだろう。
「養女の話は断られたけれど、さすがにコールストもララスティの現状をよく思わなかったのか、別邸での暮らしは全面的にアインバッハ公爵家が責任を持つことにしたのです」
「それでアマリアス様が今日の付き添い人になったのですね」
祖母とはいえ他家のアマリアスがどうして付添人になったのか、ようやく理解できたと頷く貴族夫人たちは、改めて離れた位置で楽しそうに大声で笑っているエミリアを冷めた目で見た。
少し前まで平民として暮らしていたものの、公爵令嬢となったのにもかかわらず、作法のなっていない態度は場の空気に馴染んでいない。
他の家が迎えた庶子が目立たないようにしていたり、ちゃんと学んだ作法を披露しようとしていたりする分、余計に平民の時と変わらないように行動しているエミリアが目立ってしまう。
「シシルジア様には申し訳ないけれど、ケーキをつかんだ手でカップを持つ子とルティを同列に並べたくないもの。こうして、別に参加させて良かったと思うわ」
アマリアスの言葉に夫人たちが「ああ」と苦笑した。
エミリアは提供されたケーキを自分の手で皿に取り、フォークを使わずに手づかみで食べたのだ。
その後もその手をナプキンで拭かずに、紅茶のカップを握って持ったため、給仕のメイドが悲鳴を上げそうになっていた。
「おばあ様、エミリアさんは公爵令嬢になってまだ半年ですもの。平民として暮らしていたくせがまだ抜けないだけですわ。ちゃんとお勉強を頑張ればどこに出しても恥ずかしくない淑女になれます。だって、彼女はお父様に愛されている娘ですもの」
「まあ、ルティ……あの子をかばいたい気持ちはわかるけれど、無理をしなくていいのよ。そもそも半年も教育を受けているのに、ケーキを手づかみするなんてこと自体がおかしいのだから」
「きっとケーキが美味しそうで我慢できなかったのでしょう」
エミリアのフォローをするララスティの健気さに、親しい友人たちが目を潤ませた。
お茶会がない時に続けられている文通の内容に、今は離れて暮らしているが、家族としていつか認めてもらいたいとララスティが望んでいるとあったからだ。
友人であるララスティの願いを応援したいが、エミリアの行動を見ているとその気もなくなってしまう。
なによりもランバルト公爵家の人間がララスティを幸せにするとは思えないのだ。
「公爵令嬢としての教育は始まったばかりですわ。今はまだ平民としての感覚が抜けずとも、一年……二年経っていけばまた変わりますわよ」
言いながらもララスティは多少の令嬢らしさは身についても、エミリアが真の貴族令嬢としての振舞いを身につけなかったのは記憶している。
エミリア自身が勉強にさして積極的でなかったということもあるが、アーノルトも無理に勉強をさせなかったという理由もあった。
その勉強不足ゆえの貴族らしくない行動が、カイルの興味を引いたという部分もあった。
王太子妃教育を必死で行っていた前回のララスティにとって、その部分も気に入らない原因の一つになっていた。
楽に生きてララスティの欲しいものを当たり前のように手に入れる。
ふいにエミリアの居る方向から大きな歓声が聞こえて目を向ければ、庶子から貴族になった子供たちがエミリアのブローチを見て驚いていた。
大きなルビーを見せびらかしているようだが、そのブローチもまたララスティから奪ったものだった。
そのことに気づいた友人の一人が眉を顰める。
「あのブローチ、ララスティ様のお母様の形見ですのに……あのように自慢気に見せびらかして、盗人猛々しいことっ」
「……あのブローチはランバルト公爵の女性に受け継がれたものですから」
友人の言葉にフォローなのか判断のつかない返事をして、ララスティは寂しそうな視線をエミリアに向けた後、目を伏せた。
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