Energy vampire

紫苑

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前編

多忙な日々

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  舞花は、洗脳騒動で話題になったシンガーのTが好きだったので、彼の美術展に足を運んだこともあったのだが、彼の三部作を見て、闇が深い…そう感じたのを思い出した。表面は明るく優しいのに、心の奥の深いところで深淵の闇をかかえている。

 LANDYもそうだ。電話で話していたり、Railで会話のやりとりをしていたりするだけでは、普通の人なら彼の背後の闇にまで気づかないだろう。猜疑心の強い彼は誰かれに心を開くわけではないと思われたからだ。

 LANDYとの初めてのコラボは、互いの感性が見事に融合し合って、素朴で美しい曲が仕上がった。

舞花にとっては、自分が初めて音のフレーズを考えて、それが形になったのだから感無量だった。

もちろん、それはLANDYが予想を遥かに超えた協力をしてくれたからに他ならなかったので、舞花は深く感謝していた。

彼女は素直に純粋に、世界中の人がこの人に背を向けても、私だけは彼の味方でいよう。出会って1ヶ月余り。お人好しの舞花にも、彼が人から理解されるにはかなり難しい性格であることに気づき始めていた。

彼とのRailや電話のやりとり。歌の練習や機材の勉強などで、舞花の自由時間はいつのまにかほとんどなくなっていった。以前は家事や掃除などをきちんとしていた舞花だったが、この頃は、部屋はだんだんと荒れ果てて、食事もジャンクフードで済ませることが多くなっていた。このままで良いわけはなかったが、完全に仕事と趣味と生活のバランスが壊れていた。

LANDYはまるで舞花のプロデューサーででもあるかのように、色んな事に口を挟むようになっていた。元々音楽のことは何も知らない舞花は彼の言われるがままに動いた。素人なりに一生懸命だった。その原動力は、ただ彼に喜んで貰いたかったからだ。

その後も彼からのオファーは続いた。
ある時は、舞花の以前知り合ったバンドマンの人に自分の曲の編曲をしてもらって、舞花が歌ってくれというものだった。だが、渡された資料は、音楽として出来上がったものではなく、ピッチの悪い1番の仮歌のみで、イントロや間奏はそちらでつくってくれという乱暴なものだった。少し年配のそのバンドマンには「この抑揚のない曲でこの酷い音割れの仮歌からメロディを拾うんですか?」と渋い顔をされたが、舞花が頭を下げてなんとか頼み込んでOKしてもらった事があった。

バンドマンのアレンジと舞花の努力が功を奏して、なんとか完成したその曲は、舞花の歌声によくマッチしていて爽やかな夏の歌に変貌していた。

この頃になると、舞花は、YouTubeに上がっている彼の曲は歌のクオリティはともかく、曲の完成度が高いのに、彼が即興で作る歌はどうして抑揚がないんだろう?と不思議に思い始めていた。

彼のYouTubeの曲は全て優秀なスタジオミュージシャンとエンジニアがついていたから完成度が高いのだということを彼女が知ったのはずっと後になってからだった。

彼は作曲が出来るだけで編曲が出来なかった。ピッチの補正もミックスマスタリングも何も出来なかったのだ。

音楽の売れない昨今、素人の作品を聴いてもらうのはかなり難しい。

プロでさえ、音楽だけで食べていくのは至難の業だ。YouTubeで数千回の再生回数は、それなりの音楽活動をしている人だと元ガールズバンドのベースだった友人が教えてくれた。彼の曲はどれも数千回は超えていたので、舞花は凄い人なんだなと思い込んでいたのだ。

この世界、素人といっても実際は金銭のやりとりが発生する事が多い。舞花のように無料で歌うシンガーは少なかったので、何曲か発表した頃には、歌ってくれというオファーがかかることも少なくなくなっていた。

彼女は自分の歌だけでなく、人の歌を歌う機会も増えてますます多忙になっていった。そんな中で舞花はTatsuyaとの曲もさらに2曲完成させて、他の作曲家とのコラボもこなすようになっていたのだから、自分のプライベートな時間も創作をする時間も無くなっていった。舞花は今の生活に徐々に息切れをするようになっていったのだった。
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