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4.放課後。
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いつまでも脳内お花畑な将が、ふらりふらりと向かったのは、所属している文芸部だった。
もっとも文芸部というのは表向き。
実質的には「オタク部」と化している。
通っているこの第六区高校は、校舎がコの字になっている。その上部の端っこ三階に図書室がある。部室はその下、二階にある図書準備室に間借りしていた。
ちなみにコの字の上の辺部分に、図書室、理科室その他もろもろな移動教室が密集している。
コの字の下の辺が教室、縦辺が一階は下駄箱など出入り口、上に職員室などという間取りになっている。。
教室からは下駄箱前か職員室前を通る。
一階の一年生教室からは下駄箱前を通るのが近いわけで、今日も将はその通路を歩いていた。
「あ、お友達の人」
ぴくん。
ふらふらと歩いていた足が、ぴたりと止まった。
その声は。
そうっとスローモーションで振り返ったそこには。
「かかかか香奈ちゃ……あ、いやっ、井倉さんんんっ?」
いつも脳内の香奈を呼ぶように、つい呼びかけて噛みながら言い直す。
香奈は、靴に履き替えるべく屈もうとしていたが、将に気付いて身体を起こした。
学生鞄を両手で前に持って、癖なのか、最初はかくんと首を傾げる。
「ええっと……香奈でいいですよ? そんな畏まらなくても……」
反応にやや引いているかのような笑みをちらりと浮かべた香奈の横には、良太よりも上背があるんじゃないかと思えるような身長の、すらりとした女子がいた。
実際にはまだ良太の方が高いのだが、小柄な香奈の隣に立っているせいでそう思わせたのかも知れない……というコトは、将といる良太もそんな効果が……とまではさすがに将には考えが及ばなかったようだ。
「ちょっと、香奈。なに声かけてんの? 知り合いなの、このチビ」
男子よりもガラが悪い口調で香奈に話しかけているのは、確か、こいつも香奈たちと同じクラスだったはず、くらいの認識しか将にはない女子だ。
「ちょっと、ケイちゃん、そんなふうに人のコト言っちゃダメだってば……ごめんなさい、ケイちゃん、口が悪くて……」
代わりに謝る香奈に、将はふるふると首を振る。
いつもなら、チビとかちっこいとか言われると怒り出しているのだが、香奈がいるコトで舞い上がっている方が勝っていた。が。
すぐに我に返り、そうだそうだと香奈の後押しを受けた気になって言い返す。
「チビで悪かったなっ。男はこれからが成長期なんだからなっ」
「あらぁ~? 事実を突きつけられてそんなにショックだったぁ~? なんか手がぷるぷる震えてるのはどうしてかしらねぇ~?」
はっ、と気付けば、怒りで確かに手が震えていた。
そんなコトにも気付かったと浮き足だった自分を、小さく深呼吸して落ち着かせる。
怒っていないつもりでいたのに、やっぱりけっこう怒ってた、地雷ワードだ、コレ……。
呆れられていないかと、香奈に視線を移せば、香奈は片手拝みするように、ごめんなさいとジェスチャーで示した。
香奈ちゃんが謝る必要はないのに、と思いながらもなんだか嬉しい。
更になにか畳みかけるように言いかけたところに、ケイのスマートフォンが鳴りだした。
意外や、呼び出し音はクラシック調の楽曲だったが、元々スマホに入っている楽曲だとは将にはわからない。
スカートのポケットから取り出して画面を見る。イヤそうな顔とため息。
あああ、と小さく呻くような声を絞り出し、香奈を見詰める。
「ごめん、部活から呼び出しだわ。ほんっと、ごめんね~。レギュラー発表は明日だって聞いてたんだけど……気をつけて帰ってね、こういう変なのに捕まらないようにねぇ~」
「変なのってどういうコトだよっ、おいっ」
すぐに反応したものの、向こうはさらりと交わし、香奈に振り返り振り返り、ごめん~っと謝りつつ、小走りに体育館の方へと姿を消した。
妙な沈黙が流れた。
他にも生徒はたくさん通り過ぎていくのだが、いわゆるふたりだけの別空間が出来上がっていた。
当人たちには微妙に長く、ちょっぴり気まずさを覚える沈黙を破ったのは、香奈の方だった。
「お友達さん……なんでしたっけ、名前……」
「あ、将……平沢将……っ」
覚えられてはいなかったのかな、と心の中で昆布涙をだらだら流す。
香奈は、少しだけ、もじもじした様子だ。
「将くん、でもいいかしら?」
今どきの女子から聞かないようなお上品な言い回しに、どきんっと鼓動が撥ねる。
「いいいいいよ、じゃあ、オレは、香奈ちゃんって呼んでも……いいの?」
こくり、と黒髪を揺らして頷く香奈に、将は完全に心を持って行かれていた。
「ねぇ、将くんのおうちはどちら?」
「えっ、うち……っ? あ、六区公園の西側の方だけど……」
え? なに? 初対面にも近い男子のうちに行きたいとかそんな夢みたいな展開があるわけがない、いやあるわけがない、でもあってもいいんだけどぉおおっ。
将はすっかり混濁した……のだが、香奈が切り出したのは至極当然の話だった。
「よかった~、方角がいっしょなら、途中まででいいから、送ってもらえる?」
どくんっ。
心臓が撥ねる。
今日だけで壊れそうだ、オレの心臓……。
こくこくこくっと大きく頷きながら、片手は胸を押さえる将だった。
もっとも文芸部というのは表向き。
実質的には「オタク部」と化している。
通っているこの第六区高校は、校舎がコの字になっている。その上部の端っこ三階に図書室がある。部室はその下、二階にある図書準備室に間借りしていた。
ちなみにコの字の上の辺部分に、図書室、理科室その他もろもろな移動教室が密集している。
コの字の下の辺が教室、縦辺が一階は下駄箱など出入り口、上に職員室などという間取りになっている。。
教室からは下駄箱前か職員室前を通る。
一階の一年生教室からは下駄箱前を通るのが近いわけで、今日も将はその通路を歩いていた。
「あ、お友達の人」
ぴくん。
ふらふらと歩いていた足が、ぴたりと止まった。
その声は。
そうっとスローモーションで振り返ったそこには。
「かかかか香奈ちゃ……あ、いやっ、井倉さんんんっ?」
いつも脳内の香奈を呼ぶように、つい呼びかけて噛みながら言い直す。
香奈は、靴に履き替えるべく屈もうとしていたが、将に気付いて身体を起こした。
学生鞄を両手で前に持って、癖なのか、最初はかくんと首を傾げる。
「ええっと……香奈でいいですよ? そんな畏まらなくても……」
反応にやや引いているかのような笑みをちらりと浮かべた香奈の横には、良太よりも上背があるんじゃないかと思えるような身長の、すらりとした女子がいた。
実際にはまだ良太の方が高いのだが、小柄な香奈の隣に立っているせいでそう思わせたのかも知れない……というコトは、将といる良太もそんな効果が……とまではさすがに将には考えが及ばなかったようだ。
「ちょっと、香奈。なに声かけてんの? 知り合いなの、このチビ」
男子よりもガラが悪い口調で香奈に話しかけているのは、確か、こいつも香奈たちと同じクラスだったはず、くらいの認識しか将にはない女子だ。
「ちょっと、ケイちゃん、そんなふうに人のコト言っちゃダメだってば……ごめんなさい、ケイちゃん、口が悪くて……」
代わりに謝る香奈に、将はふるふると首を振る。
いつもなら、チビとかちっこいとか言われると怒り出しているのだが、香奈がいるコトで舞い上がっている方が勝っていた。が。
すぐに我に返り、そうだそうだと香奈の後押しを受けた気になって言い返す。
「チビで悪かったなっ。男はこれからが成長期なんだからなっ」
「あらぁ~? 事実を突きつけられてそんなにショックだったぁ~? なんか手がぷるぷる震えてるのはどうしてかしらねぇ~?」
はっ、と気付けば、怒りで確かに手が震えていた。
そんなコトにも気付かったと浮き足だった自分を、小さく深呼吸して落ち着かせる。
怒っていないつもりでいたのに、やっぱりけっこう怒ってた、地雷ワードだ、コレ……。
呆れられていないかと、香奈に視線を移せば、香奈は片手拝みするように、ごめんなさいとジェスチャーで示した。
香奈ちゃんが謝る必要はないのに、と思いながらもなんだか嬉しい。
更になにか畳みかけるように言いかけたところに、ケイのスマートフォンが鳴りだした。
意外や、呼び出し音はクラシック調の楽曲だったが、元々スマホに入っている楽曲だとは将にはわからない。
スカートのポケットから取り出して画面を見る。イヤそうな顔とため息。
あああ、と小さく呻くような声を絞り出し、香奈を見詰める。
「ごめん、部活から呼び出しだわ。ほんっと、ごめんね~。レギュラー発表は明日だって聞いてたんだけど……気をつけて帰ってね、こういう変なのに捕まらないようにねぇ~」
「変なのってどういうコトだよっ、おいっ」
すぐに反応したものの、向こうはさらりと交わし、香奈に振り返り振り返り、ごめん~っと謝りつつ、小走りに体育館の方へと姿を消した。
妙な沈黙が流れた。
他にも生徒はたくさん通り過ぎていくのだが、いわゆるふたりだけの別空間が出来上がっていた。
当人たちには微妙に長く、ちょっぴり気まずさを覚える沈黙を破ったのは、香奈の方だった。
「お友達さん……なんでしたっけ、名前……」
「あ、将……平沢将……っ」
覚えられてはいなかったのかな、と心の中で昆布涙をだらだら流す。
香奈は、少しだけ、もじもじした様子だ。
「将くん、でもいいかしら?」
今どきの女子から聞かないようなお上品な言い回しに、どきんっと鼓動が撥ねる。
「いいいいいよ、じゃあ、オレは、香奈ちゃんって呼んでも……いいの?」
こくり、と黒髪を揺らして頷く香奈に、将は完全に心を持って行かれていた。
「ねぇ、将くんのおうちはどちら?」
「えっ、うち……っ? あ、六区公園の西側の方だけど……」
え? なに? 初対面にも近い男子のうちに行きたいとかそんな夢みたいな展開があるわけがない、いやあるわけがない、でもあってもいいんだけどぉおおっ。
将はすっかり混濁した……のだが、香奈が切り出したのは至極当然の話だった。
「よかった~、方角がいっしょなら、途中まででいいから、送ってもらえる?」
どくんっ。
心臓が撥ねる。
今日だけで壊れそうだ、オレの心臓……。
こくこくこくっと大きく頷きながら、片手は胸を押さえる将だった。
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