35 / 38
第四章
らいぶ・らいふ。8
しおりを挟むステージの方へと、ふらりふらりゆらゆらしながら酒寄が近付く。
空虚そのものの瞳を向けて。
「……殺す……んですよぅ……みんな……血が途絶えるまで……消えるまで……でないと、あたしゃ、独りで……永遠に……」
ぶつぶつと呟いている酒寄は、喰らった式鬼たち以上の瘴気も漂わせ始めた。
今の、聞こえたか?と鬼里は口端を自虐的に吊り上げて笑う。
「何代か前にな、一度、うちの先祖が出会ったらしいんだ。ご一新の後らしいけどな。その時ゃあ、あいつ、先祖を見た途端に式神飛ばして来やがったらしい。だから、裕福そうでむかついたお前らの子孫だけじゃなくて、親ごと呪って……いや、一族郎党のつもりで呪いをかけてたんだろうってな」
「……ごいっしん……?」
「あ~……明治維新な。お前、学生だろが」
脱力気味に突っ込んだあと、一度は口を噤んだ鬼里だったが、やがて緩く頭を振りながら、くぁははははっ、と片手で顔を押さえて笑い出した。
「ああそうだよ、お前が子孫のひとりだとわかったからこそ、なんであいつ、お前を殺さねぇんだろうって不思議でよぅ。確認と、ついでに試そうってな。いろいろちょっかい出してみたのさぁ。なにか企んでんじゃねぇかってなぁ。まさかよぅ、記憶なくしてるとか思わねぇだろ、式がさぁ?」
「……あんた……オレをダシに……」
「でもまぁ、それもおしまいだなぁ。式鬼強くしたら勝てるかもってさ。思ったんだが、そうかぁ……あいつ、喰っちまうのか……悪食も極まれりってとこだな」
そういう対策は考えてなかったと、近寄る酒寄を遠い目で見つめる。
和泉も、どうしていいのかわからない。
唯一この場で関係のない木山は、さすがにもう自分は要らないか、避難してもいいかな、と逃げ腰になっている。それは誰にも責められない。それでもなにかあった時の証人であり、貴重な映像が録れているだろう。
ふらりふらぁりと近寄る動きは、相変わらずののんびりゆったりだが、吹き付けてくる瘴気めいたものは喰らった式鬼のものか。
「急急如律令~」
いつもの全く急を要していない調子で、酒寄が式を飛ばす。それは鋭い小刀の形を取り、鬼里を狙っていたが、ひらりと頭を傾げて躱した。
小刀は木山の脇を掠めるようにしてステージのセットに刺さる。
「……っわぁっ」
甲高い声を上げた木山に、和泉ははっと振り返る。正直すっかり忘れていた。もし無関係の木山にまで何かあったら、悔やんでも悔やみきれない。慌ただしく木山にアイコンタクトを送る。
「ありがとなっ、木山。もういいから、離れた安全なとこに隠れててっ」
「うむ、そうさせていただくっ」
やっとその場を脱けられるタイミングが見つかり、木山も安心したように手を挙げるとカメラを抱えたまま後退っていった。
これで、ステージの上に和泉と鬼里、ステージ脇とすぐ下に式鬼、そのすぐ向こうに酒寄という布陣になった。
「やっぱしあいつ、お前は後回しにするんじゃねぇのか?」
鬼里が怪訝な目つきで睨む。知るか、と返す和泉にも、実際にどうだかはわからない。
「酒寄っ、目を覚ませよ、どうしたんだよ、ごはんたくさん喰らってご機嫌じゃねぇのかよっ」
必死の思いで和泉が叫ぶが、酒寄の表情には変化がない。
まっすぐに進む酒寄は、ふわり、宙を舞うような軽さで、ステージの上へと飛び上がった。まるで風で紙が巻き上がったようにしか見えない動きだ。
声を掛けられたせいか、酒寄のぼんやりした視線は和泉に向いていた。ふらりゆらりと和泉へと歩み寄る。鬼里は様子を見ようとやや後退る。
酒寄の手が、和泉の喉元へと伸ばされたその時。
和泉の胸ポケットからまばゆい光が溢れた。
あと少しで和泉の喉に触れるその直前、ぴたりと動きが止まる酒寄。
「な、お前、なにを持ってる……っ?」
鬼里が何かに気付いたように怒鳴ると、和泉はそのポケットから小さな袋を取り出した。
母親の架純が以前持たせてくれた、父親の形見の数珠が入った小袋だった。
その数珠が、まるで透明の袋にはいっているかの如く輝いているのだ。
「……親父……」
和泉はその小袋を、酒寄の目の前に突き出した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
僕のペナントライフ
遊馬友仁
キャラ文芸
〜僕はいかにして心配することを止めてタイガースを愛するようになったか?〜
「なんでやねん!? タイガース……」
頭を抱え続けて15年余り。熱病にとりつかれたファンの人生はかくも辛い。
すべてのスケジュールは試合日程と結果次第。
頭のなかでは、常に自分の精神状態とチームの状態が、こんがらがっている。
ライフプランなんて、とてもじゃないが、立てられたもんじゃない。
このチームを応援し続けるのは、至高の「推し活」か?
それとも、究極の「愚行」なのか?
2023年のペナント・レースを通じて、僕には、その答えが見えてきた――――――。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
神の居る島〜逃げた女子大生は見えないものを信じない〜
(旧32)光延ミトジ
キャラ文芸
月島一風(つきしまいちか)、ニ十歳、女子大生。
一か月ほど前から彼女のバイト先である喫茶店に、目を惹く男が足を運んでくるようになった。四十代半ばほどだと思われる彼は、大人の男性が読むファッション雑誌の“イケオジ”特集から抜け出してきたような風貌だ。そんな彼を意識しつつあった、ある日……。
「一風ちゃん、運命って信じる?」
彼はそう言って急激に距離をつめてきた。
男の名前は神々廻慈郎(ししばじろう)。彼は何故か、一風が捨てたはずの過去を知っていた。
「君は神の居る島で生まれ育ったんだろう?」
彼女の故郷、環音螺島(かんねらじま)、別名――神の居る島。
島民は、神を崇めている。怪異を恐れている。呪いを信じている。あやかしと共に在ると謳っている。島に住む人間は、目に見えない、フィクションのような世界に生きていた。
なんて不気味なのだろう。そんな島に生まれ、十五年も生きていたことが、一風はおぞましくて仕方がない。馬鹿げた祭事も、小学校で覚えさせられた祝詞も、環音螺島で身についた全てのものが、気持ち悪かった。
だから彼女は、過去を捨てて島を出た。そんな一風に、『探偵』を名乗った神々廻がある取引を持ち掛ける。
「閉鎖的な島に足を踏み入れるには、中の人間に招き入れてもらうのが一番なんだよ。僕をつれて行ってくれない? 渋くて格好いい、年上の婚約者として」
断ろうとした一風だが、続いた言葉に固まる。
「一緒に行ってくれるなら、君のお父さんの死の真相、教えてあげるよ」
――二十歳の夏、月島一風は神の居る島に戻ることにした。
(第6回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった方、ありがとうございました!)
【完結】陰陽師は神様のお気に入り
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
キャラ文芸
平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。
非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。
※注意:キスシーン(触れる程度)あります。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品
こちら夢守市役所あやかしよろず相談課
木原あざみ
キャラ文芸
異動先はまさかのあやかしよろず相談課!? 変人ばかりの職場で始まるほっこりお役所コメディ
✳︎✳︎
三崎はな。夢守市役所に入庁して三年目。はじめての異動先は「旧館のもじゃおさん」と呼ばれる変人が在籍しているよろず相談課。一度配属されたら最後、二度と異動はないと噂されている夢守市役所の墓場でした。 けれど、このよろず相談課、本当の名称は●●よろず相談課で――。それっていったいどういうこと? みたいな話です。
第7回キャラ文芸大賞奨励賞ありがとうございました。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
約束のあやかし堂 ~夏時雨の誓い~
陰東 愛香音
キャラ文芸
高知県吾川郡仁淀川町。
四万十川に続く清流として有名な仁淀川が流れるこの地には、およそ400年の歴史を持つ“寄相神社”と呼ばれる社がある。
山間にひっそりと佇むこの社は仁淀川町を静かに見守る社だった。
その寄相神社には一匹の猫が長い間棲み付いている。
誰の目にも止まらないその猫の名は――狸奴《りと》。
夜になると、狸奴は人の姿に変わり、寄相神社の境内に立ち神楽鈴を手に舞を踊る。
ある人との約束を守る為に、人々の安寧を願い神楽を舞う。
ある日、その寄相神社に一人の女子大生が訪れた。
彼女はこの地域には何の縁もゆかりもない女子大生――藤岡加奈子。
神社仏閣巡りが趣味で、夏休みを利用して四国八十八か所巡りを済ませて来たばかりの加奈子は一人、地元の人間しか知らないような神社を巡る旅をしようと、ここへとたどり着く。
**************
※この物語には実際の地名など使用していますが、完全なフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。
戦国姫 (せんごくき)
メマリー
キャラ文芸
戦国最強の武将と謳われた上杉謙信は女の子だった⁈
不思議な力をもって生まれた虎千代(のちの上杉謙信)は鬼の子として忌み嫌われて育った。
虎千代の師である天室光育の勧めにより、虎千代の中に巣食う悪鬼を払わんと妖刀「鬼斬り丸」の力を借りようする。
鬼斬り丸を手に入れるために困難な旅が始まる。
虎千代の旅のお供に選ばれたのが天才忍者と名高い加当段蔵だった。
旅を通して虎千代に魅かれていく段蔵。
天界を揺るがす戦話(いくさばなし)が今ここに降臨せしめん!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる