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第四章

らいぶ・らいふ。8

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 ステージの方へと、ふらりふらりゆらゆらしながら酒寄が近付く。
 空虚そのものの瞳を向けて。

「……殺す……んですよぅ……みんな……血が途絶えるまで……消えるまで……でないと、あたしゃ、独りで……永遠に……」

 ぶつぶつと呟いている酒寄は、喰らった式鬼たち以上の瘴気も漂わせ始めた。
 今の、聞こえたか?と鬼里は口端を自虐的に吊り上げて笑う。

「何代か前にな、一度、うちの先祖が出会ったらしいんだ。ご一新の後らしいけどな。その時ゃあ、あいつ、先祖を見た途端に式神飛ばして来やがったらしい。だから、裕福そうでむかついたお前らの子孫だけじゃなくて、親ごと呪って……いや、一族郎党のつもりで呪いをかけてたんだろうってな」
「……ごいっしん……?」
「あ~……明治維新な。お前、学生だろが」

 脱力気味に突っ込んだあと、一度は口を噤んだ鬼里だったが、やがて緩く頭を振りながら、くぁははははっ、と片手で顔を押さえて笑い出した。

「ああそうだよ、お前が子孫のひとりだとわかったからこそ、なんであいつ、お前を殺さねぇんだろうって不思議でよぅ。確認と、ついでに試そうってな。いろいろちょっかい出してみたのさぁ。なにか企んでんじゃねぇかってなぁ。まさかよぅ、記憶なくしてるとか思わねぇだろ、式がさぁ?」
「……あんた……オレをダシに……」
「でもまぁ、それもおしまいだなぁ。式鬼強くしたら勝てるかもってさ。思ったんだが、そうかぁ……あいつ、喰っちまうのか……悪食も極まれりってとこだな」

 そういう対策は考えてなかったと、近寄る酒寄を遠い目で見つめる。
 和泉も、どうしていいのかわからない。
 唯一この場で関係のない木山は、さすがにもう自分は要らないか、避難してもいいかな、と逃げ腰になっている。それは誰にも責められない。それでもなにかあった時の証人であり、貴重な映像が録れているだろう。

 ふらりふらぁりと近寄る動きは、相変わらずののんびりゆったりだが、吹き付けてくる瘴気めいたものは喰らった式鬼のものか。

「急急如律令~」

 いつもの全く急を要していない調子で、酒寄が式を飛ばす。それは鋭い小刀の形を取り、鬼里を狙っていたが、ひらりと頭を傾げて躱した。
 小刀は木山の脇を掠めるようにしてステージのセットに刺さる。

「……っわぁっ」

 甲高い声を上げた木山に、和泉ははっと振り返る。正直すっかり忘れていた。もし無関係の木山にまで何かあったら、悔やんでも悔やみきれない。慌ただしく木山にアイコンタクトを送る。

「ありがとなっ、木山。もういいから、離れた安全なとこに隠れててっ」
「うむ、そうさせていただくっ」

 やっとその場を脱けられるタイミングが見つかり、木山も安心したように手を挙げるとカメラを抱えたまま後退っていった。
 これで、ステージの上に和泉と鬼里、ステージ脇とすぐ下に式鬼、そのすぐ向こうに酒寄という布陣になった。

「やっぱしあいつ、お前は後回しにするんじゃねぇのか?」

 鬼里が怪訝な目つきで睨む。知るか、と返す和泉にも、実際にどうだかはわからない。

「酒寄っ、目を覚ませよ、どうしたんだよ、ごはんたくさん喰らってご機嫌じゃねぇのかよっ」

 必死の思いで和泉が叫ぶが、酒寄の表情には変化がない。
 まっすぐに進む酒寄は、ふわり、宙を舞うような軽さで、ステージの上へと飛び上がった。まるで風で紙が巻き上がったようにしか見えない動きだ。
 声を掛けられたせいか、酒寄のぼんやりした視線は和泉に向いていた。ふらりゆらりと和泉へと歩み寄る。鬼里は様子を見ようとやや後退る。

 酒寄の手が、和泉の喉元へと伸ばされたその時。
 和泉の胸ポケットからまばゆい光が溢れた。
 あと少しで和泉の喉に触れるその直前、ぴたりと動きが止まる酒寄。

「な、お前、なにを持ってる……っ?」

 鬼里が何かに気付いたように怒鳴ると、和泉はそのポケットから小さな袋を取り出した。

 母親の架純が以前持たせてくれた、父親の形見の数珠が入った小袋だった。
 その数珠が、まるで透明の袋にはいっているかの如く輝いているのだ。

「……親父……」

 和泉はその小袋を、酒寄の目の前に突き出した。
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