21 / 38
第二章
鈍いのろい呪い。12
しおりを挟む
和泉には数十分以上に感じられていたが、あとでふたりに尋ねたところ、はぐれていたのはほんの二、三分のことだったらしい。
すっかり口数が少なくなってしまった和泉に、今は構わない方がいいだろうとふたりは判断した。残りはキャンプ地で過ごし、おとなしく一泊すると帰路を辿った。
「どうしたんですかぁ、和泉くん……顔色がとても悪いじゃあないですかぁ?」
駅に着いた和泉は、家よりも先に酒寄の元へと寄った。
酒寄が言うように、夏だというのに顔色は土気色で、生気がなかった。げっそりとした表情に、これは和泉の方にもなにかあったのだな、と酒寄は瞬時に理解した。札を神社の周りに飛ばし、いわゆる結界を張る。張りながらもイヤな気配はしていたのだが、まずは和泉が優先だった。
「なんか……怖いのがいた……」
ぽつりと和泉が呟く。
酒寄はちゃぶ台に熱々のお茶を淹れて置くと、和泉の正面に腰を下ろす。
「怖いというのは……幽霊的な怖いのです? それとも、危険という怖さです?」
「……殺されるかと思った……こないだの、鬼みたいなのじゃなくて……相手は人間だったんだけど……」
「おやまあ、人間だったらおまわりさんの出番じゃあないんですかぁ?」
「なんてぇの?……オレが持ってたバッグに、札とか入ってるの、見抜かれた……んで、そいつが、オレが見えるようになったきっかけを作ったヤツだったんだ……」
和泉は、夏だというのに震えを押さえるように腕を組んで自分の身体を抱いた。
思い出すだけでなぜだか震えがくる。情けないとしょんぼりしつつも、ぽちぽちと出来事を説明しだした。
そして、話を聞きながら、酒寄は核心に似たなにかを感じていた。
「それで、式神は呼び出さなかったんですか……余裕もなかったと」
「も、ラスボスって感じだったし。いつか絶対こいつが立ちはだかるぞ、みてぇな」
うんうん、と頷きながら聞いていた酒寄は、あのですねぇと、ちゃぶ台の下に置いたまま裸してあった本を取り、角を折ってあるページを開いた。
旅行専門雑誌だが、発行されたのは数十年前のものだ。古本屋でタダ同然の値段のものを買ったらしい。
「和泉くんが行ったその山……ここじゃあありませんかぁ?」
本をちゃぶ台に置くと、和泉に向けて差し出す。和泉も身を乗り出して見つめているうちに、あれ?と眉を寄せた。
それは、キャンプ地で行こうとして結局行けなかった沢。
「……神沢村……?」
「気付きましたぁ? 和泉くんの名字と同じ、神沢の村ですよぅ。最近、昔の地名とかがどんどん変えられているらしくて、ここも、今、本屋さんにあるような本だと、神の字がなくなってて、ただの沢の村になっていましたぁ」
「それ……どういう……」
和泉の表情が険しくなる。
なんだこれ、もしかして、オレは巻き込まれるべくして巻き込まれたのか?
「あたしもですねぇ、和泉くんがいない間に、ちょっぴり具合が悪くなっていましてねぇ」
え?と和泉は不安そうな視線を酒寄に向ける。
「昔のこと、思い出したんですよぅ。今までずっと、どんなに思い出そうとしても……いえいえ、思い出そうとか考えもしてなかったのに、ですよ、いきなり、頭の中に映写機でも仕込んであるのかと思うくらい、ぱぁああ~っと、再生するみたいに思い出しましてねぇ」
「……それ、で、なにか……」
和泉の口が重くなった。
訊いてもいいんだろうか。
聞いてしまったら、なにか、変わってしまうんだろうか。
知らなければよかったって、後悔しちまうんだろうか。
「やっぱりですねぇ。あたし、呪われてここにいるようなんですねぇ……そして、あたしを召喚した主の子孫にしか解けないらしいんですよぅ」
「子孫……」
「それでですねぇ……その地図見てたら、和泉くんと同じ、神沢の村ってあるじゃあないですか……主の名前が、神沢の太郎治さんなんですよぅ」
和泉がぽかんとした顔で酒寄を見つめた。
「そうなんですよぅ、きっと、和泉くんがその、神沢の村出身の、あたしの探さなきゃなんなかった、主の御子孫さまだったんですよぅ」
いきなりでなかなか意味が飲み込めない和泉に、酒寄はゆっくりと説明を始めた。
自分はその山の農家で育てられた神沢太郎治という人物に召喚された。
どうやらその農家では、式神が農作業の担い手として重宝されていた。
ところが、その式神を召喚していた人物が、太郎治に恨みがあり、式神に呪いを掛けていた。
農家が立派になったところで、反乱して田畑を壊して火を放つような呪いを。
そして、唯一自分ではなく、太郎治がはじめて自分で召喚したという酒寄には、太郎治の子孫だけに解ける呪いを。
「それであたしゃ、ずっと人間にされて生き続けていたようなんですねぇ。きっと、その子孫とやらに出会うまでは、それすらも思い出せないようになっていたみたいですぅ」
和泉は頭を抱えていた。いきなりすぎて頭が追いつかない。
自分のことで精一杯で恐怖にすら囚われていて、不安で怖くて酒寄に話を聞いてもらおうと思っていたら、自分絡みの壮大な話を教えられてしまったのだ。
整理がつかない。
「ご、ごめん、酒寄……ちょっと今は、頭が受け付けない……許容量をオーバーしてる……明日、出直すから、改めて説明頼むよ」
「お安いご用ですよぅ。何百年もぼんやりしていたんですからぁ、そんな、数日数ヶ月、いえいえ、数年のこと、どうってことないですしぃ」
時間の感じ方の違いに目眩を覚えつつも、和泉はごめんと呟いた。
うちまで送るという酒寄に甘えて社務所を出たところで、境内は異様な暗さに包まれていた。
「どうしたんでし……」
酒寄が不審に思ったその時、結界として張った札が青く燃え上がる。
と同時に、和泉の背からも青い炎が上がった。
慌てて酒寄が手で払い落としたそれは、一枚の焦げた札だった。
「……もしかして……山で付けられてた……?」
「心当たりがあるのですね?」
頷く和泉だが、ぐ、と胃から熱いものがこみ上げ、草むらに走る。
緊張と不安と恐怖と……わけのわからないもろもろの負の感情が和泉にのしかかっていた。
屈み込んで胃の中を空にする姿を、おろおろと見守るしかできずにいる酒寄の背後、落とされた札の辺りで、ごおっと黒い竜巻にも似た渦が巻き起こった。
その轟音は、あの男の笑い声にも似ていた。
すっかり口数が少なくなってしまった和泉に、今は構わない方がいいだろうとふたりは判断した。残りはキャンプ地で過ごし、おとなしく一泊すると帰路を辿った。
「どうしたんですかぁ、和泉くん……顔色がとても悪いじゃあないですかぁ?」
駅に着いた和泉は、家よりも先に酒寄の元へと寄った。
酒寄が言うように、夏だというのに顔色は土気色で、生気がなかった。げっそりとした表情に、これは和泉の方にもなにかあったのだな、と酒寄は瞬時に理解した。札を神社の周りに飛ばし、いわゆる結界を張る。張りながらもイヤな気配はしていたのだが、まずは和泉が優先だった。
「なんか……怖いのがいた……」
ぽつりと和泉が呟く。
酒寄はちゃぶ台に熱々のお茶を淹れて置くと、和泉の正面に腰を下ろす。
「怖いというのは……幽霊的な怖いのです? それとも、危険という怖さです?」
「……殺されるかと思った……こないだの、鬼みたいなのじゃなくて……相手は人間だったんだけど……」
「おやまあ、人間だったらおまわりさんの出番じゃあないんですかぁ?」
「なんてぇの?……オレが持ってたバッグに、札とか入ってるの、見抜かれた……んで、そいつが、オレが見えるようになったきっかけを作ったヤツだったんだ……」
和泉は、夏だというのに震えを押さえるように腕を組んで自分の身体を抱いた。
思い出すだけでなぜだか震えがくる。情けないとしょんぼりしつつも、ぽちぽちと出来事を説明しだした。
そして、話を聞きながら、酒寄は核心に似たなにかを感じていた。
「それで、式神は呼び出さなかったんですか……余裕もなかったと」
「も、ラスボスって感じだったし。いつか絶対こいつが立ちはだかるぞ、みてぇな」
うんうん、と頷きながら聞いていた酒寄は、あのですねぇと、ちゃぶ台の下に置いたまま裸してあった本を取り、角を折ってあるページを開いた。
旅行専門雑誌だが、発行されたのは数十年前のものだ。古本屋でタダ同然の値段のものを買ったらしい。
「和泉くんが行ったその山……ここじゃあありませんかぁ?」
本をちゃぶ台に置くと、和泉に向けて差し出す。和泉も身を乗り出して見つめているうちに、あれ?と眉を寄せた。
それは、キャンプ地で行こうとして結局行けなかった沢。
「……神沢村……?」
「気付きましたぁ? 和泉くんの名字と同じ、神沢の村ですよぅ。最近、昔の地名とかがどんどん変えられているらしくて、ここも、今、本屋さんにあるような本だと、神の字がなくなってて、ただの沢の村になっていましたぁ」
「それ……どういう……」
和泉の表情が険しくなる。
なんだこれ、もしかして、オレは巻き込まれるべくして巻き込まれたのか?
「あたしもですねぇ、和泉くんがいない間に、ちょっぴり具合が悪くなっていましてねぇ」
え?と和泉は不安そうな視線を酒寄に向ける。
「昔のこと、思い出したんですよぅ。今までずっと、どんなに思い出そうとしても……いえいえ、思い出そうとか考えもしてなかったのに、ですよ、いきなり、頭の中に映写機でも仕込んであるのかと思うくらい、ぱぁああ~っと、再生するみたいに思い出しましてねぇ」
「……それ、で、なにか……」
和泉の口が重くなった。
訊いてもいいんだろうか。
聞いてしまったら、なにか、変わってしまうんだろうか。
知らなければよかったって、後悔しちまうんだろうか。
「やっぱりですねぇ。あたし、呪われてここにいるようなんですねぇ……そして、あたしを召喚した主の子孫にしか解けないらしいんですよぅ」
「子孫……」
「それでですねぇ……その地図見てたら、和泉くんと同じ、神沢の村ってあるじゃあないですか……主の名前が、神沢の太郎治さんなんですよぅ」
和泉がぽかんとした顔で酒寄を見つめた。
「そうなんですよぅ、きっと、和泉くんがその、神沢の村出身の、あたしの探さなきゃなんなかった、主の御子孫さまだったんですよぅ」
いきなりでなかなか意味が飲み込めない和泉に、酒寄はゆっくりと説明を始めた。
自分はその山の農家で育てられた神沢太郎治という人物に召喚された。
どうやらその農家では、式神が農作業の担い手として重宝されていた。
ところが、その式神を召喚していた人物が、太郎治に恨みがあり、式神に呪いを掛けていた。
農家が立派になったところで、反乱して田畑を壊して火を放つような呪いを。
そして、唯一自分ではなく、太郎治がはじめて自分で召喚したという酒寄には、太郎治の子孫だけに解ける呪いを。
「それであたしゃ、ずっと人間にされて生き続けていたようなんですねぇ。きっと、その子孫とやらに出会うまでは、それすらも思い出せないようになっていたみたいですぅ」
和泉は頭を抱えていた。いきなりすぎて頭が追いつかない。
自分のことで精一杯で恐怖にすら囚われていて、不安で怖くて酒寄に話を聞いてもらおうと思っていたら、自分絡みの壮大な話を教えられてしまったのだ。
整理がつかない。
「ご、ごめん、酒寄……ちょっと今は、頭が受け付けない……許容量をオーバーしてる……明日、出直すから、改めて説明頼むよ」
「お安いご用ですよぅ。何百年もぼんやりしていたんですからぁ、そんな、数日数ヶ月、いえいえ、数年のこと、どうってことないですしぃ」
時間の感じ方の違いに目眩を覚えつつも、和泉はごめんと呟いた。
うちまで送るという酒寄に甘えて社務所を出たところで、境内は異様な暗さに包まれていた。
「どうしたんでし……」
酒寄が不審に思ったその時、結界として張った札が青く燃え上がる。
と同時に、和泉の背からも青い炎が上がった。
慌てて酒寄が手で払い落としたそれは、一枚の焦げた札だった。
「……もしかして……山で付けられてた……?」
「心当たりがあるのですね?」
頷く和泉だが、ぐ、と胃から熱いものがこみ上げ、草むらに走る。
緊張と不安と恐怖と……わけのわからないもろもろの負の感情が和泉にのしかかっていた。
屈み込んで胃の中を空にする姿を、おろおろと見守るしかできずにいる酒寄の背後、落とされた札の辺りで、ごおっと黒い竜巻にも似た渦が巻き起こった。
その轟音は、あの男の笑い声にも似ていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
呪配
真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。
デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。
『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』
その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。
不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……?
「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
式鬼のはくは格下を蹴散らす
森羅秋
キャラ文芸
陰陽師と式鬼がタッグを組んだバトル対決。レベルの差がありすぎて大丈夫じゃないよね挑戦者。バトルを通して絆を深めるタイプのおはなしですが、カテゴリタイプとちょっとズレてるかな!っていう事に気づいたのは投稿後でした。それでも宜しければぜひに。
時は現代日本。生活の中に妖怪やあやかしや妖魔が蔓延り人々を影から脅かしていた。
陰陽師の末裔『鷹尾』は、鬼の末裔『魄』を従え、妖魔を倒す生業をしている。
とある日、鷹尾は分家であり従妹の雪絵から決闘を申し込まれた。
勝者が本家となり式鬼を得るための決闘、すなわち下剋上である。
この度は陰陽師ではなく式鬼の決闘にしようと提案され、鷹尾は承諾した。
分家の下剋上を阻止するため、魄は決闘に挑むことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる