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第二章

鈍いのろい呪い。6

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 和泉たちが泊まるテントは、中央にテーブル一台と、ベッドにもなるソファが三脚、出入り口付近にはバーベキューセットが一式、あらかじめ用意してあった。
 荷物を下ろすと、和泉は防水タイプのサコッシュにスマホと札を入れて紐をしっかり締める。財布はポケットだ。ふたりには、防水スマホじゃないのかよ、と笑われたが、札は濡らすわけにいかなかったので、笑って済ませる。

「六時頃には食糧配給があるらしいで、それまでは自由行動とす」
「よぉし、いっくぞ~っ」
「あ、おい、待てってば、はしゃぐなっ」

 三人はちびっ子かっというノリで走る。
 途中に、矢印看板がいくつか出ていたが、茂みに隠れてよく見えないままに、先行している木山が、こっちだな、と判断して矢印の方へと進んでいた。ふたりはついていくだけだ。

「木山、ちびっこい分、すばしっこいのな」

 ぜえぜえと息を切らす島井は、割と文化系だ。木山もオタク系で文化系なのだが、来る途中の電車の中で、実はな、とコスプレイヤーだと知らされた。意外と脱いだらすごいらしいが、知ったこっちゃない、と笑い飛ばしたふたりだ。
 和泉はごくごく一般的な体力は持ち合わせているが、部活からも引退していて身体を動かすのは久し振りだった。
 三人の歩く速さがばらばらで、どんどん距離が開いていく。

「ちょい待て、木山。島井がおしまいになってる」
島井しまいがおしまい……」

 前を歩く木山が足を止めて振り向いた。

「ひねりが足りん」
「いやいや、ただの偶然の駄洒落だってば。じゃなくて、違う、木山、足速すぎ」

 和泉も深く息継ぎしながらとりあえず木山を止めさせた。
 少し、違和感があった。
 ゆっくりと周囲を見回す。
 確かにキャンプをするような山なのだから、ある程度は鬱蒼としていても当然だ。しかし、なにかおかしいと感じたのは、和泉だけのようだ。
 耳を澄まし、意識して気配を探るが、札の効果は抜群だった。

「それにしても、道、こっちでいいのか? すげぇさっさと歩いてるけど」
「矢印看板があるから、それを辿っているのだが……むう、そういえば、先に行ってたカップルはとても軽装だったな。あんなビーチサンダルではここまで来るのにもひと苦労で、もう追いついていてもいいはずだが……」
「……それ、道を間違えてるって言うんじゃないの? なぁ、いずみん……て、あ?」

 島井はなにかに感づいたらしい。渋い顔つきで和泉を見つめた。
 こくりと小さく頷いて応える。

「木山がさっきから見ていた看板って、どれ?」
「ほれ、さっきもそこにあったぞ……て、ちょっと待て、あれ?」
「なんて書いてあったんだ? 沢はこちら的な?」

 木山は腕組みをして考え込んでいる。和泉は小さく溜め息をついて、島井は木山もかっと頭を抱える。

「木山、看板を見ただけか? 他に何も気にならなかったか?」
「矢印が書かれてる古い木の看板を見つけてな、なんか、これについて行けばいいと思っていたんだが……これ、化かされてるってヤツか?」

 目をまん丸く見開いて驚いている木山は、おおっこれはすごい体験だっ、すぐに上げねばっ、と、早速SNSにネタを提供すべくスマホを弄りだした、が、アンテナ表示が立たないことに気付いた。

「圏外……? そんなはずは……」

 あああああ、と今度は和泉は頭を抱えた。
 巻き込んだ……?と、困惑して申し訳なさそうに島井を見る。
 島井もわかっていながら誘ったので、仕方ないさと肩を竦める。
 そのふたりの様子に、木山もなにか感づいたらしい。

「貴様ら、なにか知っていたのか?」

 ふたりは顔を見合わせてアイコンタクトを交わすと、まぁ、ちょっと腰掛けて話そうか、と近くの倒木に腰を下ろした。

「……んと……木山はさぁ、心霊現象とか超常現象とか、そういうの、気にする……?」

 おそるおそると、それでも割と直接的に尋ねてみる。
 木山はむむ?と口先を尖らせて、首を傾げた。

「気にするというのも変だろうが。いやそれ、美味しかろう? やっぱりコレ、そういう事案なのか?」

 オタク系はいい意味で話が早かった。ふたりはほっとして、今回の話に乗ったところから話しだした。

 ここは以前、遠足で来た時にはじめて和泉が見えるとわかったところで、それからずっといろいろ見えてしまう体質で困っていたこと。先日、助けてくれた人に出会って以来、どういうわけか一気にすごく見えるようになって日常生活にも不便だったこと。今はその助けてくれた人が札とかくれてどうにか生活はできていること。

 酒寄がどうやら本来は式神だったらしい、とは伏せておいた。言う必要もないだろう。

「おおお~っ、俺は今、とんでもなく興奮しておるぞっ」

 木山の瞳がきらきらと子どものように煌めいている。話してよかったんだか悪かったんだか、判断に苦しむが、否定されなかったのは幸いだった。

「そういうことだから……まずは、元のキャンプ地に戻ろう」

 島井は立ち上がって、促すように和泉の肩を叩く。それに和泉も頷いて見上げた空に、大きな鴉が飛んでいた。
 見たこともない大きさの鴉が、三人を見下ろして鋭い視線を向ける。大鷹よりも大きい、鳥として見たこともない大きさだ。

 かぁかぁあああああぁ。

 奇妙で耳障りな鳴き声に、和泉だけでなく、島井も木山も見上げて驚きの声をあげる。
 ふたりにも認識される異常に、和泉はなんだか安心してしまったが、そんな場合ではない。

「とにかく、急いで戻ろうっ」

 三人は元来た道を探りながら走り出した。

  その時。

 キャンプ地へと急ぐ三人を少し離れた岩場から見下ろしている男がいた。
 年の頃は三十代か、無精髭を生やしてミリタリー系ファッションで身を固めていた。それが似合う程度には体躯もしっかりしている。
 髪は黒いが瞳がやけに明るい色をしている。

「鴉が見えたのか……?」

 肩に届く長さのぼさぼさした髪は、数日洗ってもなさそうだ。男はその頭をわしわしと掻いて、ふぅん、と興味深そうに口角を上げた。

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