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第二章

鈍いのろい呪い。4

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 夏休み。
 学生時代でいちばん楽しみな行事と言っても過言ではない。
 今年の夏は猛暑でも冷夏でもない、普通の夏になりそうだと、どこの長期天気予報でも言われていた。

 島井と木山は、背中にリュックを背負って待ち合わせ場所にやってきた。
 中味は、着替えの他にはお菓子類ばかりだ。食べ物は現地にあって、バーベキューの用意も調っているらしい。

「いずみん、遅いな。遅刻とかしない方なんだけど……」
「あいつ、少し気乗りしない感じだったが、大丈夫なのか?……というか、お前いつも神沢のコト、いずみんって呼ぶけど、そういう仲か?」
「へ? 子どもん時からだから、変える方が気恥ずかしいっつーか」
「ふむふむ。今度、オレも使ってみよう」
「どやされるぞ~……にしても、来ないな~」


 そんな会話が繰り広げられているとは知らずに、和泉は神社に寄っていた。

「おやまぁ、そんな、見えるようになったきっかけの場所に行くんですかぁ?」

 いつものように拝殿前の石段に腰掛けていた酒寄は不思議そうに首を揺らした。

「で、念の為にってぇか、追加のお札が欲しいなぁって」
「もう全部、使われてしまったんですかぁ?」
「いや、小分けにしてあちこちに入れて持ち歩くんだけどさ、いつの間にか勝手に焦げてたりするんだよ。そもそも、使うもなにも、使い方、よくわかってねぇし」

 なんだか心配だという酒寄は、懐から式神の札を取り出した。ちゃんと人の形に切り抜いてある。別に人の形にしなくてもいいのだろうが、気持ちの問題だと笑っていた。
 拝殿へと入り、いらっしゃいなと手招きする。

「ホントはちょいとヤぁなんですけどねぇ~」

 ちょいとと言う割にはずいぶんイヤそうに、式神の札を床に置いて、その前に跪いた。
 そして、小刀のような刃物を帯の間から取り出すと、小さく指を傷つけて、札にわずかの血を吸わせた。

「おかしいですよねぇ~、痛いんですから~」
「……っあ、いや、なんか、だいじょうぶか?」

 何をするんだろうと見守っていた和泉は、自分が指を切ったように顔を顰めている。
 酒寄はひらひらと手で振って乾かすと、はい、と渡した。

「これをですねぇ、口元に添えて、急急如律令~って命令してくれるといいですぅ」
「……これ、は?」
「あたしを呼び出せますよぅ~。ホントのホントに困ったら、使ってみてくださいねぇ~……まぁ、絶対失敗やミスがないとは言い切れないんですけどぉ~」
「酒寄……本人をか?」
「あたしのコピーですけどねぇ~、ちっこい子よりも使えると思いますよぅ」

 あっさりとある意味すごいコトを言う酒寄に、和泉は真面目に頭を下げた。
 だが。

「あたしが元に戻れたら、持ち運びは便利なんでしょうねぇ~」
「……元に、戻れたら……こないだも言ってたけど、戻れないの、なんで戻れねぇんだ?」
「それがですねぇ。もう術をかけた本人はいないんですけどねぇ。どうも、他に誰かがいた気がするんですねぇ。もしかしたら、和泉くんといると思い出しやすいんですかねぇ~」

 のんびり口調の酒寄につられてのんびりしかけていた和泉は、はっと時間をスマホで確認した。余裕がなくなっている。いくら急いでるからって、駅の傍のあの魔の分離帯を越える気はない。

「やべぇ、時間がねぇや。ごめん、帰ってきたら、ゆっくり話そうぜ。あ、札と式神さん、ありがとなっ。使わずに済むのを祈っててくれっ」
「はぁい、気をつけていってらっしゃいですよぅ~」

 和泉は、多めの札と式神を、あらかじめ用意していた防水ケースに入れて首から下げると、後ろ手に手を振って走り出した。


 そして、駅で合流した三人は大急ぎでホームに走り、ぎりぎりで電車に駆け込むハメになった。これを逃したら、乗り換えなどの時間が倍はかかってしまうのだ。かろうじて間に合いはしたが、ふたりは和泉に、帰ったら学校前のお好み焼きを奢る、と誓わせたのだった。


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