上 下
9 / 38
第一章

出会い。或いは「出遭い」7(第一章・終)

しおりを挟む
 鬼に掴まれていた足が痛む。やっぱり今日のことも夢じゃねぇんだなぁ、と湯船に浸かりながら和泉は思う。見れば足首には掴まれていた手形に見えなくもない痕がついている。
 熱い湯なのに、ぞくぞくっと寒気がした。

 あのあと、酒寄にたっぷりのお札を渡された。
「いいですかぁ? 知らない人に声を掛けちゃダメですからねぇ? 声を掛けられても、できる限り、知らないふりをしてくださいねぇ? もしも一緒にいるお友だちとかが反応したら、その時、気付いてくださいよぅ?」
 小さな子じゃああるまいし、と笑い飛ばしてみたが、家に送ってもらっている間にも「すいません、道に迷ってしまったのですが」という声掛けに振り返ってしまった。
 もちろん、振り返ったら人間じゃなかった。いわゆる地縛霊というヤツらしい。
 おとなしく、はい、と酒寄に頭を下げた和泉だった。

「和泉~、あんた、洗面所にタオル持ってってって頼んだのに、忘れたでしょう」

 風呂場の曇りガラスの向こうで、母親のシルエットが動いている。
 メンタルが疲れ切ってんだよ、もう、と思っても言わずに、とりあえずの「ごめん」を返す。

「そういえばあんた、ちゃんと学校行ってるの? 先生からさっき電話があったよ」
「……っえええ?」

 島井にメッセージを送ったのになぁ、と唇を尖らせる。無造作に大きく湯を掬って顔を洗って湯船から出た和泉は、ふと両親の会話を思い出した。

『かあさんはな、強いんだぞ』

 父親のこととか、ちゃんと聞き出してみよう。
 タオルでわしわしと頭を拭きながら、リビングへと急ぐ和泉だった。



 その頃。
 神社では酒寄が神妙な顔つきでじっと人の形をした式神の札を手にして見つめていた。
 拝殿の入り口の石段に腰を下ろして、ゆらぁり、頭を揺らす。
 周りは雑木林に囲まれているのに、蚊も寄ってこない。

「忘れちゃいけないことを、すっかり忘れている気がしますねぇ……覚えていないのとは違う感じがしますよぅ……」

 今まで、ずっと、長い間、ひとりでぽつんと暮らしていた気がするのだが、あまりに変化のない日常で、全てが麻痺していた。

「いつから……こうしていましたかねぇ。この辺りが、田んぼしかないような田舎で、山の中で……人じゃあないのは、わかっているんですがねぇ……」

 今まで、ずっと、考えもしなかった。こんなに長い時間があったのに、ふわふわふらふらと、そこらに散らばる小鬼や邪鬼、時には幽霊じみたモノ、そんな物の怪を摂って暮らしていた自分に、疑問もそれほど抱かなかった。札を書いたり、式神を扱えたり、どうして知っているんだろうなどと考えなかった。

「おかしいですねぇ……どうして思い出したように、考えて悩むようになってしまったんでしょうねぇ……」

 ゆら、と宙を見上げる。
 月が煌々と照らし出す手元の式神の札。

「……あたしゃ……」

 酒寄の脳裏に今までの記憶の断片が駆け巡り始めた。

「……探さないと……あの人を……」

 ぼんやりと、ほとんど無意識に、酒寄は呟いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...