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第一章

出会い。或いは「出遭い」1

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「大丈夫ですかぁ~?」

 間の抜けた声が神沢和泉かみさわいずみの頭上から降りかかった。

 すでにあたりは真っ暗で、人の気配がない寂れた神社に聞こえるのは、鳥かなにかの鳴き声くらいか。昼間は半袖でもいいくらいの気候になっていたが、日が落ちるとまだまだ肌寒い。半袖のシャツ着用の制服姿では風邪をひく。

 ぶるっと身を震わせて、和泉は寒さに自分で自分を抱くようにして目を閉じたまま丸まる。
 寒い、寒いけど、これは気温が低くて寒いだけだろうか。
 また、なにかおかしなモノがいるんじゃあ。いやいやそれどころか取り囲まれていたらどうしよう。意識がはっきりしてくるほどに、心臓がばくばくする。
 うっすらと滲む汗は、かえって身体を冷やす。これはこのままじゃいられないと、おそるおそる目を開いた。

「あ、よかったですよぅ~、大丈夫です~?」

 二度目に聞こえたその声に、和泉の意識は完全に覚醒した。
 がばっと身を起こして向き直ると、相手を指差して叫んだ。

「ああああああ~~っ?」

 その声に、相手はわずかに引いたが、動じたというほどでもなく、すぐにきょとんとした顔になる。

「あんただ、あんたっ。あんたを探してたんだよっ……ああよかったぁ、見つかったぁ……」

 はぁああ~っと深く嘆息を漏らすと、落ち着け~、落ち着け~、と呪文を唱え、辺りを見回す。
 近所の神社に飛び込んだまではなんとなく覚えている。男は拝殿前の賽銭箱の上に腰掛けていた。賽銭箱は石造りなので壊れはしないだろうが、罰当たりな。そして、寒かったのは石段になったところに寝かされていたからか、と納得した。
 周囲の状況が飲み込めると、ポケットからスマホを出して時間を確かめた。
 工場へ行ったのは朝。今はもう夜の八時。
 スマホにはいくつもの通知がずらりと並んでいた。それだけでも時間の経過と状況がわかる。だが今はそれどころじゃない。
 こいつに逃げられたら、ふりだしどころか最初のコマでゲームオーバーだ。
 和泉は相手を見上げて、まじまじと相手を見つめる。

 白い肌、黒い髪と瞳、ごく普通の人に見える……が、どうにも違和感が強い。
 白い長着を着ているせいで幽霊っぽく見えているだけでもなくて、なんというか、存在感のようなモノが希薄なのだ。
 ふわふわと飛んで行きそうな、触れたら破れそうな、と、そこまで考えて、和泉は頭を振った。まるで女の子への比喩じゃないか。目の前の男は、そんな外見ではけっしてないのに。自分とそんなに変わらない背格好だったはず。
 男はそんな和泉の様子を見て困ったように笑った。

「えぇ~っと……探してた、んですかぁ? こないだの、道で会った人、ですよねぇ。見えてる人」
「そうっ、それでっ。困ったコトになっちまってるんだよっ」
「おやまぁ、それはたいへんですねぇ」
「いやいや、そんなすっとぼけたコトぬかしてんじゃないよ、あんたと会ってから、たいへんなんだよっ」
「おやおや……と、そういえば……」

 呑気にも見えた男が、ふいに眉を寄せた。

「あたしもあなたに会ってから、ちょいとおかしいと言えばおかしいようなぁ……」

 和泉の瞳に光が宿った。
 微かに希望が見えた気がした。

「おかしな話なんですけどぉ……前に、あなたと会ったこと、ありましたかねぇ~?」

 男は首を左右にゆらゆらと揺らした。右手で軽く揺れる頭を支え、それでもゆらゆら揺らしている。考える時の癖なのだろうか。風にそよぐ柳のようだ。

「なぁんか、あたしゃいろいろ忘れているんですけどね、ここまで出てるのにぃ~ってなってきたの、はじめてでしてねぇ~」

 喉の辺りに右手を移して、ここまで~っと苦笑いを浮かべる。

「記憶喪失、なのか?」
「どうなんですかねぇ。あたしも普通の人間とはちぃっと違うみたいなんで、よくわからないんですよねぇ~」

 困った困った、とのんびり笑う男を見て、恐怖や焦りでいっぱいになっていた和泉は、少しだけだが気持ちが和んだ。
 がちがちに強張っていた緊張がほぐれて泣きそうな顔になっていた。

 その時、手元のスマホが鳴った。

「あ、ちょっとごめん……、そこにいてくれよ?」

 頷いて寛いだ姿勢になる男を視野に入れながら、和泉はスマホの画面を見て、電話に出た。

「あ、母さん……うん、うん……ごめん、どうしてもって頼まれて、バイト、代わってやってて……うん、忙しすぎて電話忘れてた……ああ、スマホ、鞄に入れっぱだった……うん、もう終わったから帰るとこ……ん、わかった、じゃ」

 とっさについた嘘に辻褄を合わせて電話を切る。

「母親かい?」
「……ああ、親父がいないから、心配性になっちまってて……って、ああそうだ」

 手元のスマホを持ち直し、連絡先教えろ、と男に催促する。

「ええっと……あたしゃそういうの、持ってないんですよねぇ~……というか、持てませんしぃ」
「え? じゃあうちの番号でも」
「あぁ~……そういう、身元が必要なもの、持てないんですよぅ~」
「……え?」
「だってほら~、人間じゃあ、ありませんしぃ~」

 男の言葉に一度はふむふむと頷きかけた和泉は、次の瞬間、はぁあああああ~~っ?と大きな声を上げてしまった。もちろんすぐに口を両手で塞いで、確認するように周りを見回す。

「……えぇっと……人間、じゃあ、ない……」
「一応は、人間じゃあないようなんです~。あたしにもよくわからないんですけどねぇ」

 ずずずっと無意識に座ったまま後退る。

「ちょいと待ってくださいよぅ~、幽霊とか、怖がらせるようなことはない、つもりですし~……」

 今度は男が泣きそうな困惑顔で和泉を見つめた。

「あなたも困ってあたしを探してたんですよねぇ? あたしも困ってたんですよぅ。もしかしたら、助け合えるんじゃあないですかぁ?」

 男は、ずっと腰掛けていた賽銭箱からひらりと下りて、和泉に近寄り目線の高さを合わせるべくしゃがみ込んだ。

「あたしゃ、酒寄……酒が寄ってくるサカキと呼ばれてましたぁ」
「酒寄……お、オレは、和泉……神沢和泉……」
「……かみ……さわ……?」

 男……酒寄は、和泉の名字にぴくりと反応したが、和泉はそれを見落とした。

「あ~……、みんな、和泉の方が呼びやすいらしいから、あんたもそれでいいよ。あ、それと、どうやって連絡つければいいんだ?」

 問われてゆらゆらとまた頭を揺らす。

「基本的には、あたしゃここらにいますから」
「わかった……明日、またここに来る……けど、その……、帰り道、いっしょにうちまで来てくれねぇか?」
「あ。見たくないんですねぇ?」

 酒寄はにまにまと口角を上げた。

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