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序章
見る見える見ない
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霊感があるだのないだの、そんなのは気のせいだし、ありえねぇ。
オレはずっとそう思ってきた、いや、思おうとしていた。
そんなのあっちゃダメだ、ねぇんだ、気のせい。
イヤでもそうでも思わないと。
あるんだと認めたら、オレのこの繊細なガラスのハートが粉々になっちまわぁ。
見ても見ないふり、いや、そもそもフリも何もオレはなぁんにも見ていませんんんんんっ。
そんな頑な、じゃない、強固な意志で日常を送っている、健気だけれど健全な男子高校生は、今日も真面目に学校へと向かっていた。
高校最後の夏をいかに有意義に過ごすかが当面の課題だったりするのだが。
家から徒歩で十分ほどの高校への通学路の途中には、分離帯を設けられた片側二車線の道路がある。ここは街のメインストリートのひとつでそこそこの交通量だが、駅が近い。なのに駅へ行くには遠回りしないと交差点がないのだ。そこで渡れないようにと街路樹で分離帯を作ったらしいんだが、どうしても強引に分離帯を縫って渡る輩が後を絶たない。その結果、人影は街路樹で見えにくく発見が遅れ、交通事故、死亡事故が起きやすくなっている。
通称、魔の分離帯、だ。
遅刻遅刻~っとパンを咥えて走っていれば、確かに信号までぐるりと回らず向こうへ行きたくもなる。だがしかし、それをやっちまったら辿り着く向こうってのはあの世だ。
言い換えれば、この道路が三途の川ってコトでもある。
「ほんっと、バカだよな。死んで花実の咲くものかってな諺が昔からあるくらいなのに……って、咲くような花も実もなきゃしょうがねぇか」
今日も今日とて新しい花が添えられている交差点の前方の角にちらりと目をやり、すぐに逸らした。
ああ、見てない……いやいやいや、なにも見えないよ~、オレ、眼鏡ないとよく見えないんだからね~っ。
心の中で絶叫しつつ、真っ直ぐに前だけを見て交差点を渡っている……と、後ろから、とんとんっと誰かが背を叩いた。
叩いたというより、突かれた感じだ。
なんともぞわぞわとした感触に、ひあぁっ?と変な声を上げて振り返る。
……誰もいない。
同じく交差点を渡っている通勤通学の人たちはたくさんいるのに、オレの背を突いたと思われるヤツは見当たらない。
ええっと……あれ?
ふいに、渡っている人たちの姿が揺らぐ。
なに?
なにが起きている……?
おろおろとするオレの背を、また誰かが突いた。
「気付いているのに気付いていないフリをしているからですよぅ」
どこか間の抜けた声がした。
今度は振り向かないで立ち尽くす。
「あ、こらこら、まっすぐ進んでください。でないと……」
言い終わる前に、激しいクラクションがオレの目を覚まさせた。
横断歩道の半ばで立ち止まってぼんやりしているオレの。
「わ、わわわわわわっ」
声もなにも忘れて、とりあえず猛ダッシュで道路を渡りきると、ようやく周囲がいつもの情景に戻った。
あぶないだの、寝惚けてるのかだの、ひそひそ話す声がするが、無視して辺りを見回した。
そいつはオレの正面にいた。
「あぶなかったですねぇ。もうちょっとで取り込まれてあちら側に渡ってしまうところでした」
目の前にいるのは、ごくごく普通の工事現場で見かけるような作業着を着た小柄なあんちゃんだった。
とは言え、現場の人というよりは自由業っぽいフリーランスさが漂っている。
話す言葉に似合った柔和な表情も、そう感じてしまう手助けをしていた。
「そこの人が、ずっと、あぶないよって教えてくれていたのに、無視するからいけないんですよぅ、ちゃんと謝ってあげてくださいねぇ」
「そこの……人……」
言われて見たのは、手向けられた花の脇。
小さな影。
こどもよりも小さい影だが、人の姿をなんとなく残した影。
───悲惨な事故で亡くなったとわかる影───
ひっ、と身を捩ったオレに、こらこら、とそいつが手をひらひらさせた。
そいつは、手に、もっともっと小さな「なにか」をつまんでいる。
小さい、鬼。
いや、鬼と言っていいのかはわからないが、鬼しか思い当たる言葉がない。
三つ叉の槍のようなモノを持って振り回している。
「こいつがずっと背中にくっついていましたよ。なんとか背中を刺そうとしてましたし。どこで拾ってきたんですかぁ、珍しいモノを」
「や、拾わないしっ。てゆか、オレの背中突いてたの、あんたじゃなかったのかいっ」
「ですよですよ、こいつがずっとちくちくちくちく。ちゃんと周りを見ていたら、みんなして注意してたの、見えたでしょうに」
そいつはなむなむと唱え……たかと思うと、その子鬼をぱくりと、口へ放り込んでしまった。
「え……? ええええええっ?」
「ごちそうさま。げぷ……あ、失礼。それではまた」
そういうと、そいつはするすると通勤通学の人混みに紛れて、立ち去った。
「そういえば……線路沿い以外での事故って、みんな、急に横断歩道の真ん中で立ち止まって撥ねられたって……あれ? オレ?」
ぼそぼそと呟くオレに、花の脇の影が、こくこくと頷いているように見えた。
「ありがちな都市伝説かと思ってスルーしてたけど……」
しばらくもうココは通りたくない。
そう思ったが、通らないとすっごい遠回りをしないと帰れない。でなければ三途の川ならぬ分離帯の街路樹を越えるしかないのか?と気付き、オレは朝からとっても憂鬱な気分になったのだった。
それにしても、あいつ……なんだったんだろう。
なんて悪食な……。
思い出したついでに不気味な子鬼も脳裏をよぎる。
オレは頭を振って、学校へと駆け出した。
オレはずっとそう思ってきた、いや、思おうとしていた。
そんなのあっちゃダメだ、ねぇんだ、気のせい。
イヤでもそうでも思わないと。
あるんだと認めたら、オレのこの繊細なガラスのハートが粉々になっちまわぁ。
見ても見ないふり、いや、そもそもフリも何もオレはなぁんにも見ていませんんんんんっ。
そんな頑な、じゃない、強固な意志で日常を送っている、健気だけれど健全な男子高校生は、今日も真面目に学校へと向かっていた。
高校最後の夏をいかに有意義に過ごすかが当面の課題だったりするのだが。
家から徒歩で十分ほどの高校への通学路の途中には、分離帯を設けられた片側二車線の道路がある。ここは街のメインストリートのひとつでそこそこの交通量だが、駅が近い。なのに駅へ行くには遠回りしないと交差点がないのだ。そこで渡れないようにと街路樹で分離帯を作ったらしいんだが、どうしても強引に分離帯を縫って渡る輩が後を絶たない。その結果、人影は街路樹で見えにくく発見が遅れ、交通事故、死亡事故が起きやすくなっている。
通称、魔の分離帯、だ。
遅刻遅刻~っとパンを咥えて走っていれば、確かに信号までぐるりと回らず向こうへ行きたくもなる。だがしかし、それをやっちまったら辿り着く向こうってのはあの世だ。
言い換えれば、この道路が三途の川ってコトでもある。
「ほんっと、バカだよな。死んで花実の咲くものかってな諺が昔からあるくらいなのに……って、咲くような花も実もなきゃしょうがねぇか」
今日も今日とて新しい花が添えられている交差点の前方の角にちらりと目をやり、すぐに逸らした。
ああ、見てない……いやいやいや、なにも見えないよ~、オレ、眼鏡ないとよく見えないんだからね~っ。
心の中で絶叫しつつ、真っ直ぐに前だけを見て交差点を渡っている……と、後ろから、とんとんっと誰かが背を叩いた。
叩いたというより、突かれた感じだ。
なんともぞわぞわとした感触に、ひあぁっ?と変な声を上げて振り返る。
……誰もいない。
同じく交差点を渡っている通勤通学の人たちはたくさんいるのに、オレの背を突いたと思われるヤツは見当たらない。
ええっと……あれ?
ふいに、渡っている人たちの姿が揺らぐ。
なに?
なにが起きている……?
おろおろとするオレの背を、また誰かが突いた。
「気付いているのに気付いていないフリをしているからですよぅ」
どこか間の抜けた声がした。
今度は振り向かないで立ち尽くす。
「あ、こらこら、まっすぐ進んでください。でないと……」
言い終わる前に、激しいクラクションがオレの目を覚まさせた。
横断歩道の半ばで立ち止まってぼんやりしているオレの。
「わ、わわわわわわっ」
声もなにも忘れて、とりあえず猛ダッシュで道路を渡りきると、ようやく周囲がいつもの情景に戻った。
あぶないだの、寝惚けてるのかだの、ひそひそ話す声がするが、無視して辺りを見回した。
そいつはオレの正面にいた。
「あぶなかったですねぇ。もうちょっとで取り込まれてあちら側に渡ってしまうところでした」
目の前にいるのは、ごくごく普通の工事現場で見かけるような作業着を着た小柄なあんちゃんだった。
とは言え、現場の人というよりは自由業っぽいフリーランスさが漂っている。
話す言葉に似合った柔和な表情も、そう感じてしまう手助けをしていた。
「そこの人が、ずっと、あぶないよって教えてくれていたのに、無視するからいけないんですよぅ、ちゃんと謝ってあげてくださいねぇ」
「そこの……人……」
言われて見たのは、手向けられた花の脇。
小さな影。
こどもよりも小さい影だが、人の姿をなんとなく残した影。
───悲惨な事故で亡くなったとわかる影───
ひっ、と身を捩ったオレに、こらこら、とそいつが手をひらひらさせた。
そいつは、手に、もっともっと小さな「なにか」をつまんでいる。
小さい、鬼。
いや、鬼と言っていいのかはわからないが、鬼しか思い当たる言葉がない。
三つ叉の槍のようなモノを持って振り回している。
「こいつがずっと背中にくっついていましたよ。なんとか背中を刺そうとしてましたし。どこで拾ってきたんですかぁ、珍しいモノを」
「や、拾わないしっ。てゆか、オレの背中突いてたの、あんたじゃなかったのかいっ」
「ですよですよ、こいつがずっとちくちくちくちく。ちゃんと周りを見ていたら、みんなして注意してたの、見えたでしょうに」
そいつはなむなむと唱え……たかと思うと、その子鬼をぱくりと、口へ放り込んでしまった。
「え……? ええええええっ?」
「ごちそうさま。げぷ……あ、失礼。それではまた」
そういうと、そいつはするすると通勤通学の人混みに紛れて、立ち去った。
「そういえば……線路沿い以外での事故って、みんな、急に横断歩道の真ん中で立ち止まって撥ねられたって……あれ? オレ?」
ぼそぼそと呟くオレに、花の脇の影が、こくこくと頷いているように見えた。
「ありがちな都市伝説かと思ってスルーしてたけど……」
しばらくもうココは通りたくない。
そう思ったが、通らないとすっごい遠回りをしないと帰れない。でなければ三途の川ならぬ分離帯の街路樹を越えるしかないのか?と気付き、オレは朝からとっても憂鬱な気分になったのだった。
それにしても、あいつ……なんだったんだろう。
なんて悪食な……。
思い出したついでに不気味な子鬼も脳裏をよぎる。
オレは頭を振って、学校へと駆け出した。
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