魔法使いの生首が異世界への架け橋でした。

桐谷雪矢

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激動の一日。

9.白い光と黒い光

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 あれから、おそらく目黒はすぐには来ないはず、という古くからの知り合いである白神の言葉を信じて、シャワーを借りて、デリバリで頼んだカツ丼を食べ、モバイルバッテリーとノートパソコンとスマホに充電させてもらいながら、ソファでそのまま寝た。完全に空調が効いていて暑くも寒くもない快適な部屋だ。疲れ切っていたせいで、横になったらすとんと眠りに落ちてしまった。
 たまにシルバーの、帰る帰りたいもうやだ、という泣き声にも似た声が聞こえたような気がした。

 翌朝、とは言っても雨戸が閉まっている部屋には煌々と明かりがついたままで、スマホで確認したらすでに九時を回っていたわけだが、インターホンがしつこく鳴らすチャイムの音に起こされた。
 まだ眠い目をこすりこすり起き上がり、充電していたノートパソコンやらをディパックに詰め直し、またいつでも飛び出せるように支度した。
 あれは目黒だ。
 しつこいチャイムに眉を顰めていると、奥から白神が入って来た。
 ここは四○二号室で、この広い白い部屋は四○三号室とぶち抜きになっている。だから広いわけだが、その向こうの四○四号室が、一般的に知られている白神の部屋、というコトになっているらしい。全ての部屋は隠し扉で繋がっているそうで、厨二心をくすぐる仕組みにときめいてしまったのは仕方ないだろう。
 それはともあれ、インターホンも全室に共有されていてしっかり聞こえる。

『おぉい、白神ぃ、あいつを返しちゃくれねぇかあ?』
『いるんだろぉ? おおおぉい』

 しつこく繰り返される呼び出しに、オレも近くのインターホンにそっと近付いてモニタを見た。
 確かにあの時ぶつかった黒尽くめだし、落ち着いて見て見たら店長本人にしか見えない。モニタに映っている姿も、しっかり黒尽くめだ。
 ああ、すぐにオレだってわかってたんだ。だから逃げてもすぐに諦められたんだ。個人情報は会員証を作った時に申込書に書いている。オレがその場で気付いていたら、こんなコトにならずに、バッグ戻して終わってたんだろう。
 でも、そうしたら、シルバーはずっとあいつの元で……。白神も、脱出できたとか逃げられたとか、そんな言い方をしていたし、シルバーにとってはよかったんだと思いたい。

『おぉい、来いっつって出て来ねぇのかよ、だったら強硬手段に出るぜぇっ?』

 はぁ、と小さく溜め息をついて、どうしましょうかね、と白神は呟いてオレを見た。
 シルバーはキャスター付きのワゴンに座布団を敷いて乗っている。魔法で動かして白神の後をついて来たらしい。

「だからさ、オレ、元の村に帰りたいんだってば」
「ええ、ええ、だから最終的に確かめてからじゃないと怖いでしょう? まだ試せませんよ、何かあったら……」
「んなコト言われたって、オレ、こんなんでずっと暮らすの、イヤすぎるしっ、バカもいるしっ」
「しっ、静かに……」

 ふっ、とモニタから目黒の姿が消えた。
 と同時に、四○四号室の方から凄まじい轟音が轟いた。
 壁が崩れ、砂塵がこちらの室内まで流れ込む。燃えてはいないようだ。
 瞬間、アパートに車で突っ込まれた記憶が蘇って膝が震える。それでも背中のディパックを背負い直し、ソファに置いたままになっていたシルバーが入っていたバッグをよたよたと取ってきた。
 いざとなったら、またここにシルバーぶち込んで逃げよう。

「しぃるぅばぁあああ~?」

 まるで地獄の底から呼ぶような声が砂塵の向こうで唸った。
 こんな人だったっけ、店長さん。店にいた時はホントにやさしくて、人当たりもよくて、とっても普通の、普通すぎるくらいの人だったのに、いったいどうしてこんなに……。

「そういえば、あまり具体的な話は出来ないままでしたね。目黒くんは、たびたびうちに来て、魔方陣を真似て描いては、おかしなモノを召喚してました。そうですね……漫画とかで見るような錬成失敗したイメージでいいですよ」

 白神はオレを庇うように前に立ち、シルバーが乗ったワゴンをオレに掴ませた。

「四○四号室は、ここのコピーみたいな部屋です。目黒くんの遊び場になっていました。そこでシルバーくんを召喚したのはこの春ごろでした」
「ちょ、今、この状態で話すコト?」
「……はい、今しかもう時間がありませんから」

 淡々と、言い聞かせるように白神は続ける。その間にも、目黒はにたにたとした笑みを浮かべて近付いてくる。舞い上がっていた砂塵が落ち着くほどに、その黒尽くめの姿が鮮明になる。

「それからずっと、シルバーくんはわたしのところに置いたままになっていて、わたしは元の世界に帰してあげようと、魔方陣の研究に余念がありませんでした……が、梅雨に入った頃でしょうか、気がついたらシルバーくんがいなくなっていました。彼が連れ出したのです。それっきり、目黒くんからは連絡もなくなりました」
「そんな最近のコトだったんだ?」

 オレは、嫌がるシルバーをむんずと掴んでバッグに押し込みながら聞いている。
 顔を上げると、目黒は白い砂塵を浴びて灰色に、白神はその砂塵で黒ずみ灰色になっているように見えた。

「でも、その間に急いで魔方陣を編み出して、実は一度は成功していたんです」
「成功?」

 オレと目黒が同時に尋ねた。ハモりたくないわっと呟いていると、目黒が一気に距離を詰めてきた。白神は背中でオレを押して後退らせる。

「すいません、念の為に君が寝ている間にちょっと仕込みました。たぶん、気付いてくれると信じてますからっ」
「え……っ?」
「いいかい、シルバーくん、詠唱頼むよ。ついさっきは試せないと言ったけれど、状況が許さないようだ」
「まっかせろっ」

 なにが?と問う間もなく、世界が真っ白に弾けた。
 光だ。
 真っ白なのに目に痛くない。優しい白い光。
 白神の手元から光が広がっていく。
 魔法か?と思ったが、白神はこの世界の人間、のはず。
 ファスナーは閉めていないバッグの中で、シルバーが詠唱した。

『光よ眷属たる風よ、我の世界を呼び寄せよ。我が光を贄に風を興せ』

 詠唱に合わせて空間に立体的な魔方陣が出現した。
 ぐるぐるとランダムな回転をする虹色のそれは、花火のように丸く見える。
 もう、目黒のコトは頭から消えた。それくらい強いインパクトと衝撃がオレを包んだ。
 ごおごおと鳴る音は、渦巻く風か。
 白く柔らかな光は煌めく丸い魔方陣を際立たせる。

 ふわり。

 身体が宙に浮いた……いや、重力もなにも感じなくなった。
 上下左右、なにも感知出来ない。
 その中でちりちりとした産毛が逆立つような感覚が襲う。
 手にしたバッグをぎゅっと抱える。

「いつか、必ず、緋川くんを呼び戻してあげますからっ」
『ポータルビレッジへ導かん。シルバーライトの名において眷属全てに命ず。跳べっ』
「ちょ、なんでオレまで……っ?」

 白神と目黒の姿が遠くなり近くなり、距離感も感じない中、白神の手にあるモノがスマホだと見て取れた。光を発したのはスマホか。あの立体魔方陣はスマホアプリ……?
 と、ふたりが争いだし、白神の手のスマホから黒い光が一筋走った。
 それの直撃を受けた目黒は、黒尽くめがさらに黒い何かに包まれるようにして、消えてしまった。
 目を見開いて、あああ、と言葉にならない声を上げる白神は、もうオレたちのコトは意識にない。

『弾けろ』

 無重力状態の中、シルバーの声とともに、空間が弾け飛んだ。

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