異星のエクスプローラー

白沢戌亥

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賢者の弟子編

7、時限

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 ふたりが連行されたのは、街の中心に鎮座する巨大な建物だった。
 それがなんの建物なのかヒューマは知らなかったが、連行されるふたりを多くの若い男女が遠巻きに伺っているのがわかった。
 中には本や、大判の紙を丸めたものをいくつも抱え込んだ者がおり、ヒューマはその光景を学校のようだと思った。

「入れ」

 兵士たちは若者たちを一顧だにせず、ヒューマとメイアを取り囲んだまま進んでいく。
 ヒューマの大剣は兵士に取り上げられていたが、それ以外に危害を加えられることもなかった。

『高い練度とモラルを保った兵士だと推測します』

(そうなのか?)

『過去に私が観測した兵士たちは、いずれもゲリラか、それ以下のモラルしか有していませんでした。村落を守る自警団員以下です。しかし、ここにいる兵士たちは、上官の命令に従い、捕虜に危害を加えることもありません。これは驚くべきことです』

 アルゴノートの発言の意図を、ヒューマは理解できずにいた。
 それを察したのか、アルゴノートは言葉を更に続ける。

『兵士の質はその兵士を抱える組織の成熟度に比例します。未熟な組織には未熟な兵士しかいません。中に何人か資質が高い兵士が混ざっていたとしても、戦力単位としてみれば未熟です。
 ですが、ここにいる兵士たちはそうではない。
 そんな彼らの属する組織を利用できれば、我々の目的の大きな助けとなるでしょう。成熟した組織は、それだけで力です』

 移民船の運営を補佐するAIとなれば、組織運営についての知識は通常のAIとは比較にならないということなのだろうか。
 ヒューマは語り続けるAIを思考の端に追い遣り、隣を歩くメイアに目を向けた。

「…………」

 少女は憔悴した様子で、力なく足を進めていた。
 途中で何度か段差に足を取られ、そのたびに兵士に支えられている。
 無論、その都度しっかり歩くように叱責されているのだが、メイアは呻き声のような返事を発するばかりで僅かな変化も見られない。
 やがて兵士もなにも言わなくなり、メイアはただただ人形のように歩き続ける。

「メイア」

「…………」

 名前を呼んでも、メイアはなんの反応も起こさない。
 ぶつぶつとなにかを呟いているが、それがなんの意味もない音の繰り返しであることはすでに分かっていた。

(育ての親を失い。友人も自分に敵対してきたとなれば、無理もないか)

 メイアを取り巻く世界が非常に小さいことは誰の目にも明らかだ。
 師と友人を失うことは、彼女を構成する世界の大半が失われることでもある。
 こうして無気力な状態に陥ったのも、自分を守るための反応だと思えば理解できる。

「あまり気を落とすな。罪人として捕まったわけでもない。――そうだろう?」

 最後の言葉は、周りにいる兵士に向けたものだ。
 ヒューマは反応を期待した訳ではなかったが、責任者らしいひとりの兵士が頷いた。

「そうだ。我々はメイア様を保護せよと命じられたに過ぎない。牢に入れるのも、さきほどの諍いがあったからだ」

「そりゃ悪いことをした」

「護衛となれば、あの場では仕方がない。幸い怪我人も出なかったからな。だが、次に同じことをすれば、ただでは済まさんぞ」

「はいはい」

 ヒューマの態度は殊勝とは言い難いものだったが、兵士たちに纏わり付いていた緊張感は消え失せた。
 どうやらヒューマの言葉に答えた兵士の目的はこれだったらしい。
 無用な緊張感は無用な衝突を誘発する。どんな仕事でもそれを全うするためには、張り詰めるべきは張り詰め、緩めるべきは緩める必要があるのだ。

「アイリア様と打ち合えるんだ。今の仕事が終わったらうちにこないか? あの戦いぶりをみれば、一度は戦った間柄とはいえ、誰も反対しないだろう」

「条件と状況次第としかいえないな。あまりひとところに留まっているわけにもいかない」

「それは残念だ。――ついたぞ」

 一行が辿り着いたのは、地下深くにある牢だった。
 ただ、照明は各所に灯されており、地下特有の閉塞感はあっても気が滅入るほどではない。

「ふたり一緒で構わん。入れ」

「いいのか? 一応、あっちは若い娘だぞ」

「見張りもいるし、そう長い時間捕らえておくつもりはない。それに――」

 兵士はヒューマの耳元に顔を寄せると、深刻な表情を浮かべて囁いた。

「我々もこの状況には違和感を覚えている。アイリア様に代わり、メイア様のことを頼みたい」

「できることと、できないことがあるぞ」

「いまメイア様と共にいるのは、お前にしかできない。いいか、余計なことをしなければ、とりあえず危険はない。短気は起こすなよ」

「起こす必要がなければ起こさないさ」

 ヒューマはそう言って牢の扉を潜る。すぐにメイアが続き、ぺたりと膝を抱えて座り込んだ。

「ふむ」

 ヒューマは牢の中を見回す。
 部屋の隅に毛布が畳んでおいてあり、隅の仕切りの向こう側にトイレがあった。

「素材の味を生かした別荘だな」

「石工自慢の部屋だ。せいぜい、寛いでくれ」

 苦笑いを浮かべた兵士に、ヒューマは手をひらひらを振ることで答えた。
 とりあえず毛布を掴み、メイアに被せる。

「体を冷やすな。体の下に敷いておけ」

「はい……」

 のろのろと動くメイアを眺めながら、ヒューマは彼女とは対角の隅に腰を下ろす。
 すぐ横に鉄格子があり、見張りの兵士の姿もよく見えた。

「さてと、飽きる前に招待主の顔が見られるといいんだがな」

                            ◇ ◇ ◇

 それは地下深くに存在した。
 かつて星の海を遊弋し、新天地へと人類を導くために作られた巨大な船。
 しかし、その星の船は道半ばで道を外れ、重力の奥底へと沈んだ。

『冷凍保管区画を放棄』

 船はばらばらに砕け散り、いくつもの欠片となって地上に降り注いだ。
 この船を守るべき戦船の何隻かも、同じように地上へと落ちた。
 本来、この船に地上へと降りる機能はなかった。巨大な移民船に惑星へと降りる機能を付与するよりも、小型船で地上基地を作り、往還エレベーターを建造したほうが以降の惑星開発に有利であると判断されたからだ。
 それでも、万が一の備えとして、移民船を構成する各ユニットは宇宙船としての機能を与えられており、安全に惑星上へ降りる能力を持っていた。その場合、二度と宇宙に戻ることはできなかったが、中に居る乗員を守ることはできる。

『全エネルギーを残存区画へ』

 だが、《アルゴノート》の乗員はたったひとりを除いて全滅した。
 他の場所に落着したユニットや戦闘艦に生き残りがいる可能性は捨てきれないが、未だにその兆候はない。
 また同時に、これまで救助部隊がやってきた様子もない。
 少なくとも《アルゴノート》は、落着からおよそ一〇〇周期の間、劣化によって破損するまで救援信号を発信し続けていた。だが、救助はきていない。
 
『生存者、ヒューマ・スミスの援護に必要な機能以外は、すべて凍結』

 船内記録の保管すら、今のエネルギーでは覚束ない。
 生存者の生命活動を守るため、記録装置へのエネルギーをカットしたのがいつのことなのかさえ分からない。
 それに伴ってAIたちは次々と機能を停止し、もっとも消費エネルギーが少ない汎用AIの一基のみが稼動を続けることになった。

『人類、時間がありません。急ぎ、ユニットの捜索を』

 AIに人への命令権はない。
 人に命令されるのがAIであり、人に命令を下すという機能を持つAIはごく一部の超高度AIのみの機能だった。
 それ以外のAIに人間への命令権を付与すれば、自己矛盾により自壊してしまう。彼らは人のために存在し、人の命令に従うことが存在意義だからだ。

『人類、我らの生存を』

 だから、それは懇願だったのかもしれない。
 たった一基――同族たちが眠りに就く中で生き残ったAIの。
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