白の皇国物語

白沢戌亥

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20巻

20-1

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 我らが皇王陛下と皇国に栄光あれ!!


 ――レクティファール皇王元年初日 皇都週報特別号外の一面



  断章 皇国史『近衛このえ



 この企画が持ち上がったのは、皇王レクティファール即位一〇年という節目に相応ふさわしい何かができないか、という彼らの熱意によるものだった。
 そして選ばれたのは、レクティファールが作り上げた功績をひとつひとつ再確認していくというものである。
 方法は、事前の調査と関係者への面会。
 少なくとも後者ができなければ記事にはしない――それが、デルフィナス書房内での企画会議の結論だった。
 デルフィナス書房は、業界では中堅に位置する保守的な思想の出版社だ。
 皇国においては、出版社が政治的中立を求められることはない。彼らは彼らの方針に従って様々な意見を世に問うことができ、それによってばっせられはしなかった。
 だからこそ、このような企画が動き出したとも言える。
 第一弾として選ばれた対象は――近衛軍。
 以下に、内容の一部を抜粋する。


『現皇王レクティファールの即位時、近衛軍はすでに皇国内部でも国外でも、一定の認知度を持つ精鋭部隊だった。現に今の近衛軍は、大陸のどこにでも三日以内に一個師団以上の戦力を投入できる能力を備えているし、近衛軍自身が自らを「先鋒部隊」と認める発言をしている。
 彼らは皇王の命令一下いっか、陸海空すべての経路を使って目的地に派遣される。軍用列車、超大型輸送騎、輸送艦。それらを使って目的地に展開し、敵を粉砕ふんさい橋頭堡きょうとうほを確保して正規軍を待つ。そのために彼らの装備は常に最新鋭で、練度は正規軍を凌駕りょうがしている。
 ただ、近衛軍が今の形になったのは、人々が初等学校の歴史の授業で習う「無名皇の乱」のあとである。皇王レクティファールが摂政せっしょう皇太子の頃、軍改革の一環としてそれまでの近衛軍を拡充、強化したことが始まりだ。
 あれからだいぶ時間が経過した今となっては、改革以前の近衛軍を知る者は恐ろしく少ない。
 名凡将ベルファイル・ハウサーを知る者は多くとも、彼が元帥げんすいと呼ばれる以前のことを知っている者が果たしてどれだけいるだろうか。
 近衛軍の変遷を知りたければ、当時を生きた人物に直接くのが一番良い。当紙編集部がそんな結論を得るには、たった一度の企画会議でこと足りた。
 次の会議では、実際にその頃を知る人物を書き連ね、所在と存命であるかどうかの確認作業を行うこととなった。
 すると、思うほどには候補者の数が伸びなかった。
 存命であるというだけならいくらでも候補者はいたのだが、軍に所在を確認しても「機密」を理由に知ることができなかったのである。
 思えば、近衛軍は皇王の剣として多くの戦いに参加した。それだけに、多くのうらみも買っている。
 名の知られた近衛騎士はいまだに護衛なしの生活を送れないと聞く。編集部は頭を抱え、結局編集者の個人的な伝手つてを頼ることになった。
 そこで名が挙がったのが、今回取材をおこなったヨーク・フォスター元近衛軍中佐である。
 フォスター中佐は、あの皇都奪還戦時には近衛少尉に任じられたばかりだったが、近衛騎士を両親に持ち、近衛軍に関しては入営前から人並み以上の知識を持っていた。
 取材対象としては申し分ない。
 記者は中佐に連絡を取り、現在の住所を明かさない約束で取材の許可を得た。


         ◇ ◇ ◇


 中佐と待ち合わせたのは、皇都の一等地にある喫茶店きっさてんだった。
 この日は晴れて皇城がよく見え、空には龍が隊伍たいごを組んで旋回せんかいしていた。まさに皇国の空と言った風であった。
 中佐は喫茶店きっさてんの奥まった席に座り、記者を待っていた。がっしりとした体付きは、今でも現役の軍人として通じると、記者は勝手な感想を抱いた。
 名を告げ、名刺を渡すと、驚いたことに中佐も名刺を出した。
 そこには有名どころの民間警備会社の名があり、取締役という肩書きがあった。退役後、元上官からこの民間警備会社に取締役として招かれたのだという。記者はこのとき、中佐の属する民間軍事会社が皇王府の系列であると初めて知った。
 系列とはいっても、皇立の銀行から融資を受け、皇王府の関係者が何人か経営陣に送り込まれているだけで、表向き両者の間に関係はないことになっているらしい。
 中佐はにやにやと嫌な笑みを浮かべ、「これで君と俺は一蓮托生いちれんたくしょうだ」と言った。
 確かに、下手に情報をらせば悪名高き「月影げつえい騎士団」の世話になるかもしれない。記者は中佐に情報をらさないことを約束し、取材に入った。


 ――中佐が近衛軍に入った頃、まだ近衛軍は今の形にはなっていなかった?

「ああ、軍って名前にはなっていても、実際には一個師団程度の戦力しかなかったし、空中戦力も脆弱ぜいじゃく、水上戦力なんて水棲すいせい種族の四個小隊だけだった。今みたく近衛陸軍、近衛海軍、近衛空軍なんて名前もなかった」

 ――やはり、今とその頃では組織内部の様子も違ったのか?

「違うね。あの頃の近衛軍ってのは、防衛戦力でしかなかった。皇族最後のたて、最後の最後にようやく戦う機会を得られるような、後生大事に飾られた剣だった。だが、俺が退役する頃の近衛軍といえば、皇王の剣として真っ先に敵地に乗り込む軍隊だ。装備も訓練内容も、まるで違う。中の連中の雰囲気ふんいきもずいぶんと違う」

 ――軍が変わっていくことに、戸惑とまどいはあったか?

「なかったといえば、嘘になる。オヤジとオフクロに聞いていた近衛像ってのは、俺の中にしっかりと根を張っていてね。自分の中の近衛と実際の近衛が乖離かいりしていくのを見て、異動願いを出そうと思ったこともある」

 ――だが、中佐は退役まで近衛軍におられたのでは?

「戦友がいたからな。あの皇都奪還戦で背中を預けた連中が、まだまだたくさん残っていた。正規軍にわれて異動する奴はいたが、あの頃の連中はほとんど最後まで近衛にいたよ」

 ――今でも彼らとは会っているのか?

「会っている。毎年毎年持ち回りで幹事をやってな。飲んだり騒いだりしている。もう歴代陛下のもとに参じた連中もいるが、その連中の分まで大いに騒ぐ。そう言えば、一昨年は同じ店にいた若い近衛の連中と喧嘩けんかになったな」

 ――勝ったのか?

「はは、勝ったとも。向こうも俺たちのことを知っていたらしく、最初は遠慮がちだったがな。一人が思い切って俺たちになぐりかかったら、あとはもう乱闘状態だ。で、衛視えいしが来たってんであわてて休戦して逃げた」

 ――問題にならなかったのか?

「なったさ。俺がもらうはずだった年金のいくらかが店の修理費として回された。向こうの連中はレディア様に大層たいそうしごかれたと聞いている」

 まるで武勇伝を語るような中佐の口調に、記者は面食らった。式典などで整然と居並ぶ近衛兵たちの姿を見ていると、とてもそんな騒ぎを起こすようには見えなかったからだ。
 記者は気を取り直し、今度は別の話を聞くことにした。
 ――陛下に直接お会いしたことは?

「ある。それどころか、二度ほど訓練でお相手を務めさせていただいた」

 ――陛下はお強かった?

「さてな、〈皇剣〉持ちの強さってのは、あんな個人戦闘じゃ測れない。戦場で見た陛下のお姿からすれば強かったと断言できるが、剣を交えた感じでは、ちょっと腕が立つくらいのものだったと思う」

 ――では、皇妃様とお会いしたことは?

「これもある。陛下に会いたくて皇城にまぎれ込んだマティリエ様を見付けたことがあった。お手を引いて陛下のもとまでお連れした。これは俺の数少ない自慢話じまんばなしなんだ。陛下以外で皇妃様の手を引けるなんて名誉、そうそうあるもんじゃない。手袋越しだったがね」

 ――他の皇妃様とは?

「近衛軍に属しておられたメリエラ様やリーデ様とは何度か顔を合わせたが、お言葉を交わしたことはない。他の皇妃様も式典の警備のときに遠目で見るくらいだったな」

 さらに皇族方の話をこうとすると、中佐は「これ以上は皇王府にいてくれ」と言った。おそらく、答えてもいい範囲を事前に通達されていたのだろう。
 今度は、近衛軍の変化についていた。
 ――旧近衛軍と現近衛軍。一番の違いは?

「規模と存在意義。以前は一個師団で『たて』、今は一個軍隊で『ほこ』だ。守勢から攻勢へ、これが一番の違いだと思う」

 ――先程の答えでも言っておられたが、最後のたてから一番やりに変化したことで中の人々の様子も変わった?

「騒がしくなった。昔は礼儀やら作法やら色々あったんだが、今は一部の連中を除いて戦闘訓練第一だな」

 ――一部の連中とは?

機甲乙女騎士団パンツァール・メイディス・オルデと第一儀仗ぎじょう大隊の連中だ。あの連中は式典に顔を出すことが多いから、今も礼儀作法の訓練を欠かさない。俺はごめんだがね」

 ――では、彼らは他の部隊より戦闘能力が脆弱ぜいじゃくなのか?

「まさか、第一儀仗大隊の連中だって護衛戦闘では最強と言って間違いないし、乙女おとめ騎士は、今も昔も近衛軍最強だよ」

 ――女性ばかりの騎士団が、最強なのか?

「おいおいおい、そんなこと乙女騎士の連中の前で口にするなよ。あそこの連中は人間種ですら巨人族の大の男をぶん投げる。近衛軍内部の戦技競技会では無敗だぞ。出られる競技が限られるから、総合優勝したことはないがな」

 ――最後のたて、ということか?

「そういうことだ。あの連中が戦うなんて状況は、俺の後輩たちが許さないだろうが、最悪の事態が起きたとき、あの女どもはたった一人になっても皇族を守って戦う。連中は降伏することを許されていないんだ」

 ――中佐も彼女たちと戦ったことが?

「競技会でな。近接魔法戦だったが、開始五秒で負けた」

 ――何故なぜ

「油断してた――と言いたいところだが、実際には心構えの差だろう。連中は戦うことになったら一切手加減をしない。奴らが戦う状況ってのは、もう手加減なんて言っていられる状況じゃないからな。最初から全力さ」

 笑いながら答える中佐には、彼女たちに負けたというくやしさはない。死ぬか戦うかの二択しか持たない彼女たちに対する、尊敬の念さえ感じられた。


         ◇ ◇ ◇


 近衛軍の変化について、という取材だったのに、いつの間にか近衛軍そのものの取材へと変わってしまったことを、記者は読者諸兄に謝罪しなくてはならない。だが、変化を知るには近衛軍の真の姿を知ることが必要だ。
 記者は場所を軍記念博物館に変え、中佐に取材を続けた。中佐は展示品をなつかしそうに眺めながら、質問に答えてくれた。


 ――近衛軍の装備で、一番変化したものは何か?

「変化、と言われれば、魔動式甲冑かっちゅうだろうな。航空騎や艦船ってのは、変化っていうよりも新たに加わったという方が正しい」

 ――どのように変わったのか?

「高性能化したのは当たり前だから除外するとして、扱いやすくなったってのが一番だな。昔の魔動式甲冑かっちゅうは、一人ひとりに合わせて作られていた。整備するにもそれぞれ違うやり方が必要だった」

 ――手間がかかった?

「所属する騎士の数が少なかったからな。それでも対応できた。だが、新しい近衛軍では量産型の魔動式甲冑かっちゅうが貸与され、整備方法は同じ、部品も大多数が共通だ。俺の言った扱いやすさってのは、しっかりと整備され、必要なときに必要な性能を発揮はっきできることも含んでいる」

 ――それは、他の兵器にも言えることか?

「そうだ。近衛軍は一点物の軍隊じゃなくなった。できるだけ正規軍と整備部品が融通ゆうずうできるようにってな」

 ――『特別』ではなくなったことで、不満を持った人もいたのでは?

「いた。騎士って呼ばれることに意味を見出していた連中は特にな」

 ――問題はなかったのか?

「そういう連中は儀仗大隊に異動するか、退役したよ。ほんの一部の連中だったし、すぐに頭のやわらかいひよっこがその穴をめた」

 ――近衛軍に残りつつも、変化に対応できなかった者もいたのか?

「ああ。そいつらをはじめ、〝守りから攻めへ〟っていう変化にこたえられない奴らがいた。特に長く近衛軍にいる連中は、大なり小なりそういう傾向があった」

 ――彼らはどうなった?

「まあ、対応できた奴と対応しようと努力した奴はなんとかなったよ。新しい近衛軍は外から異動してきた連中が多かったから、そもそも昔の近衛軍を知らない奴が大半だった」

 ――最後まで対応できなかった者たちはどうなった?

「不満を言いながらも、勤め上げたよ。時代の流れって言うのかな、そういうのに逆らおうって連中は本当に少なかった」

 中佐はそう言いながら、展示品の一つを記者に指し示した。
 陛下が殿下と呼ばれていた頃に着ていた魔動式甲冑かっちゅうの複製品だ。

「こいつの中身は、今となっては当たり前でも、当時はまだまだできたばかりの技術だった。皇妃の一人であらせられるフェリス様のご実家が殿下のためにと、最新技術のすいらして作り上げたものだ。中には、まだ軍での評価試験さえ終わっていなかった技術もある。これ一つ取ってみても、あの時代が大きな革新の中にあったことがわかるだろう。上は摂政から下は新兵まで、誰もが未知のものに挑戦した」

 ――そういう時代であったと?

「そうだ。今から思えば、なんとも騒がしく幼稚な時代だった。だが、楽しい時代だった。一人ひとりが国のため、陛下のためという心意気を持っていた」

 ――今は違うと?

「違うだろう。でも、それは悪いことじゃない。俺たちの時代は創造の時代。今の時代は成長の時代だ」

 ――うらやましくはないか?

「今の近衛軍の若造どもがか? そりゃうらやましい。俺たちの時代じゃできなかったことを、今の連中はやっている。ただまあ、今の連中ができないことを、あの頃の俺たちはやっていたがね」

 そう言うと、中佐はふところから一枚の写真を取り出した。そこには中佐と奥方、奥方の腕に抱かれた赤ん坊の姿があった。

「俺の家内と、息子だ。息子はな、陛下に名を付けてもらったんだ」

 ――名付け親になってもらうほど、陛下と親しかったのか?

「いいや、訓練中にな、同僚が陛下に、俺にもうすぐ子どもが生まれると教えたんだ。そうしたら、陛下がご自分で名付け親になると言ってくださった。次の訓練までに考えておくとおっしゃって、政務に戻られた。本当は妻の両親に頼もうかと思っていたんだが、陛下が名付け親になってくださると話したら、向こうの両親も飛び上がって喜んでいたよ」

 ――では、次の訓練のときに?

「ああ、ちょうど息子が生まれた直後だったよ。そのときはフェリス様も訓練の視察にいらっしゃって、訓練が終わったあとに二人そろって俺のところに足を運んでくださった」

 ――さすがに驚いたのでは?

「まあな、でもあの時代はそういうことがあった。陛下も今ほどお忙しくなかったし、フェリス様も度々たびたび訓練に参加されていたからな」

 ――では、そろそろ……

「おっと、そうだった。フェリス様が、もう緊張して直立不動の俺に、皇家の紋章で封じられた封書を手渡された。確か、ふたり分の幸せが得られるように、とおっしゃっていた」

 ――ふたり分とは?

「わからん。失礼ながら、フェリス様のお子がお亡くなりになられたのかと思った。その名をくださったのかと」

 ――お流れになったと?

「実際には、そんなことはなかったらしいがね。だから俺も大層たいそう首をかしげた。でも、陛下から直接名をたまわったことに変わりはない。俺は失礼なくらい頭を下げてそれを受け取ったよ。そして家に帰って、一族全員の前で開いた」

 ――そこにはなんと?

「『リフェルト』とあった。途中は、フェリス様と同じつづりだ」

 ――ではやはり、フェリス様となんらかの関わりのある名前か?

「知らない。知っていても、答えられないな」

 中佐はそう言って笑っていた。確かにそうだ。記者は大きく横道にれた話を戻すべく、再び中佐に質問した。
 ――これが、中佐の時代にできたことか?

「そうだ。あの頃は陛下と我々近衛の間に、戦友という繋がりがあった。陛下は我々とともに戦場に立っておられたし、我々も陛下とくつわを並べることをほまれとしていた。今じゃ考えられないが、あの頃は剣として陛下をお守りすることが名誉なのではなく、戦友としてともに戦うことが名誉だった」

 中佐の言葉の端々はしばしには、ある種の優越感が見え隠れしていた。
 当時の近衛将兵にとって、陛下は主君であると同時に戦友でもあったのだ。確かに、今とはだいぶ違うようだった。


         ◇ ◇ ◇


 軍記念博物館から出ると、約束の時間はもうすぐ終わりという頃だった(この間中佐からいた近衛軍の変化については、この取材記の前にある本編を参照されたい)。
 中佐が博物館の玄関から正門の迎えの車まで歩く間、最後の質問の機会を得た。
 それは、取材予定にはなかった質問だった。
 ――もしも再び陛下にわれたら、近衛に戻るのか?
 記者の予想とは裏腹に、中佐は即答しなかった。陛下を戦友と呼ぶくらいなら、すぐに肯定すると思っていたのだが。中佐はしばらく無言で歩いていたが、迎えの車に乗り込む直前に小さな声で答えてくれた。

「俺は、今でも近衛だ。誰に言われたからじゃない。俺自身がそう決めたからだ。――これでいいかな?」

 そう答え、中佐は迎えの車に乗り込んだ。
 記者はその回答が単なる肯定ではなく、多分に陛下への親愛の情が含まれた答えであると感じた』


 このような記事が、この時期には多く見られた。
 レクティファールというすぐれた皇王の存在が、人々の目を過去へと向けたのだ。
 多くの人々は、人はつらくなると過去に目を向けるようになると誤解している。
 だが、そのようなことはない。
 未来に希望を抱くからこそ、過去を見るのだ。



  第一章 式典前夜



 皇国全土に摂政レクティファールの戴冠たいかんと婚礼の日取りが正式に通知されたのは、式典の三ヶ月前だった。
 これは過去の慣例を踏襲したもので、レクティファールからの言葉として様々な媒体に載せられる。
 当然、この発表以前から式典の日取りは決定しており、政府も経済もそれに合わせて動いている。ただ、人々がこの通達をもって正式に祝賀を示すことができるようになる――というだけのことだ。
 皇立の名を掲げる組織では祝賀の記帳のために机と色紙が設置されるし、軍では式典に参加する部隊が選抜される。民間では戴冠たいかんと婚礼を記念した品物が作られたり、安売りが開催される。これによって多くの人々が戴冠たいかんという慶事けいじを実感することになるのだ。
 特に今回の場合、戴冠たいかんしきと婚礼の儀式が同時に行われるということもあり、人々の動きは非常にあわただしかった。
 その影響をもっとも受ける職業は何か、言わずもがな、人々の移動をつかさどる仕事である。


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