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第五章:因果去来編
第六話「終末への標」その三
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遥か上空より眺める者たちからすれば、その他高いは奇妙なものだっただろう。
なにせ一方は姿が見えず、僅かな空間の揺らぎと共に砲火が瞬き、魔導弾や実体弾がもう一方の艦隊へと吸い込まれていくのだから。
「第九八突撃隊全滅! 我が方の損害甚大!」
「光学迷彩という話ではなかったのか!? 我々の攻撃は、すべて擦り抜けているとでもいうのか!」
トラン艦隊は果敢に攻めた。
彼らの常識からすれば常識外れの巨大艦隊である。気が大きくなるのも無理はない。
だがそれ以上に、彼らの政府が敢闘を求めた。軍人たちはそれに応えた。
命を尽くして応え、しかし敵にまったく損害を与えられずに沈んだ。
戦闘開始から半時間。
トラン艦隊は艦隊の三割をすでに喪失、組織だった戦闘行動はごく一部のみで行われているに過ぎなかった。
「分かりません! あ、前衛駆逐艦部隊の斉射魚雷、接触まで一〇秒……」
管制官の声に、外を見る余裕があった者たちが一斉に前方の敵が存在するであろう場所を見詰める。
決死の覚悟で前に出た駆逐艦部隊が、投網のように魚雷を放ったのだ。
たとえ姿が見えなくとも、そこに存在するならば必ず命中する。
味方の損害から敵の兵装を推測する限り、相当な大型艦が目の前にいるのは間違いない。
「あと四、三、二、一……今!!」
固唾を呑んで見守る前で、魚雷は敵がいるであろう場所へと殺到する。
そして――
「魚雷、通過……!!」
放射状に広がる航跡を残し、魚雷はそのまま走り去った。
「回避されました!!」
管制官はもはや悲鳴に似た声を上げるしか、自分の精神を保つ手段を持っていなかった。
敵の姿が見えないにも関わらず攻撃はこちらに届き、味方は次々と沈んでいく。それはこれまでの戦いの常識では考えられない光景であり、艦隊の誰ひとりとして対抗策を持ち合わせていなかった。
彼らの戦い――いや、過去にこの惑星上で行われた戦いのいずれも、このような光景を作り出すことはなかった。
戦いはすでに悲劇ではなく、喜劇の域に入りつつあった。
「陛下!!」
これまで幕僚と共に戦いを見守っていたイザベルが、血の気を失った顔で立ち上がる。
レクティファールは可能な限り冷静に、それに答えた。彼とてあの一方的な戦いの様子に動揺していないわけではない。〈皇剣〉がその動揺を吸収し、ひたすらに分析を続けているだけだ。
「どうした、海軍元帥」
「海軍参謀本部に至急、臨時研究部を立ち上げとうございます! 官民軍問わず人材を確保する許可を頂きたい!」
イザベルがこの場でレクティファールの裁可を仰いだのは理由がある。
海軍元帥である彼女には、当然自分の監督下にある部署に新たな研究部署を設置する権限がある。だがそれはあくまで彼女の監督下にある設備と人員を用いたものであり、それ以上手を広げるならば、然るべき手続きが必要となる。
皇国は官僚たちの動きが速く、イザベルが求める官民軍の合同研究であっても、ものの一週間で形になるだろう。
しかし、彼女はそれでは遅いと判断した。
戦いが継続している今研究を始めなければ、あの姿の見えない艦の秘密を逃してしまう可能性がある。
沈んだ艦を調査するにしろ、あの海域に調査船団を派遣するにしろ、動きは早い方がいい。
イザベルは海軍元帥としての自分の権限を最大限利用することにした。
すなわち、皇王への直接意見奏上である。
「付近の情報収集艦、及び戦略潜航艦を調査に当たらせる許可を頂きたい!」
イザベルの言葉に、どよめきが広がる。
情報収集艦はともかく、戦略潜航艦の存在は軍のみならず皇国全体、さらには大陸安全保障会議という同盟にも関わる大事である。
運用こそ海軍が担っているものの、そう簡単に動かしていいものではない。
「陛下!」
イザベルが重ねてレクティファールに迫る。
歴戦の海軍士官である彼女の剣幕に圧倒されずに済んでいるのは、同じだけの軍歴を持つ一部の軍高官と、官僚だけだった。
レクティファールでさえ、目を見開いている。
ただ、彼は皇王だった。
皇王としての責任を理解していた。
目の前の姿なき敵が、皇国にとってどれほど危険な存在か分かっていた。
「『姿なき艦隊』か、我々の戦略潜航艦隊と同じか、それ以上の存在だろうな」
「はっ! このまま放置すれば、世界の海運が止まります」
どこに存在するか分からず、その目的も分からない。
そんな艦隊がいるという事実だけで、世界の海上流通は麻痺する。
今回の戦いが秘匿されたとしても、噂は広がっていくだろう。そうなれば、通商国家である皇国の経済は大きな打撃を受ける。
早急に対抗手段を見つけ出し、姿なき艦隊の脅威を払拭しなければならない。
「――よろしい、許可する。宰相、大陸安全保障会議の緊急招集を各国に打診。この戦いの情報を共有し、対策を講じる」
「はっ!!」
イザベルとハイデルが同時に敬礼し、部下を伴って退出する。
「空軍、陸軍も人員の選定を始めよ。必要ならば予備役の招集も許可する」
「はっ」
残ったふたりの元帥は傍らの部下に指示を下し、海軍からの要請に応える体制を整えた。
今回の対処はイザベルを中心にして行われるだろう。彼らふたりはイザベルの邪魔をしないよう、最小限の干渉のみ行うつもりだった。
「空軍は念のため、同海域の継続偵察を行え。可能なら周辺海域にも目を広げるように」
「はっ」
レクティファールの命令で、待機中だった高高度偵察騎が次々と投入されることになる。
そしてその中の一騎が、この海戦のもうひとつの戦いを記録することになる。
なにせ一方は姿が見えず、僅かな空間の揺らぎと共に砲火が瞬き、魔導弾や実体弾がもう一方の艦隊へと吸い込まれていくのだから。
「第九八突撃隊全滅! 我が方の損害甚大!」
「光学迷彩という話ではなかったのか!? 我々の攻撃は、すべて擦り抜けているとでもいうのか!」
トラン艦隊は果敢に攻めた。
彼らの常識からすれば常識外れの巨大艦隊である。気が大きくなるのも無理はない。
だがそれ以上に、彼らの政府が敢闘を求めた。軍人たちはそれに応えた。
命を尽くして応え、しかし敵にまったく損害を与えられずに沈んだ。
戦闘開始から半時間。
トラン艦隊は艦隊の三割をすでに喪失、組織だった戦闘行動はごく一部のみで行われているに過ぎなかった。
「分かりません! あ、前衛駆逐艦部隊の斉射魚雷、接触まで一〇秒……」
管制官の声に、外を見る余裕があった者たちが一斉に前方の敵が存在するであろう場所を見詰める。
決死の覚悟で前に出た駆逐艦部隊が、投網のように魚雷を放ったのだ。
たとえ姿が見えなくとも、そこに存在するならば必ず命中する。
味方の損害から敵の兵装を推測する限り、相当な大型艦が目の前にいるのは間違いない。
「あと四、三、二、一……今!!」
固唾を呑んで見守る前で、魚雷は敵がいるであろう場所へと殺到する。
そして――
「魚雷、通過……!!」
放射状に広がる航跡を残し、魚雷はそのまま走り去った。
「回避されました!!」
管制官はもはや悲鳴に似た声を上げるしか、自分の精神を保つ手段を持っていなかった。
敵の姿が見えないにも関わらず攻撃はこちらに届き、味方は次々と沈んでいく。それはこれまでの戦いの常識では考えられない光景であり、艦隊の誰ひとりとして対抗策を持ち合わせていなかった。
彼らの戦い――いや、過去にこの惑星上で行われた戦いのいずれも、このような光景を作り出すことはなかった。
戦いはすでに悲劇ではなく、喜劇の域に入りつつあった。
「陛下!!」
これまで幕僚と共に戦いを見守っていたイザベルが、血の気を失った顔で立ち上がる。
レクティファールは可能な限り冷静に、それに答えた。彼とてあの一方的な戦いの様子に動揺していないわけではない。〈皇剣〉がその動揺を吸収し、ひたすらに分析を続けているだけだ。
「どうした、海軍元帥」
「海軍参謀本部に至急、臨時研究部を立ち上げとうございます! 官民軍問わず人材を確保する許可を頂きたい!」
イザベルがこの場でレクティファールの裁可を仰いだのは理由がある。
海軍元帥である彼女には、当然自分の監督下にある部署に新たな研究部署を設置する権限がある。だがそれはあくまで彼女の監督下にある設備と人員を用いたものであり、それ以上手を広げるならば、然るべき手続きが必要となる。
皇国は官僚たちの動きが速く、イザベルが求める官民軍の合同研究であっても、ものの一週間で形になるだろう。
しかし、彼女はそれでは遅いと判断した。
戦いが継続している今研究を始めなければ、あの姿の見えない艦の秘密を逃してしまう可能性がある。
沈んだ艦を調査するにしろ、あの海域に調査船団を派遣するにしろ、動きは早い方がいい。
イザベルは海軍元帥としての自分の権限を最大限利用することにした。
すなわち、皇王への直接意見奏上である。
「付近の情報収集艦、及び戦略潜航艦を調査に当たらせる許可を頂きたい!」
イザベルの言葉に、どよめきが広がる。
情報収集艦はともかく、戦略潜航艦の存在は軍のみならず皇国全体、さらには大陸安全保障会議という同盟にも関わる大事である。
運用こそ海軍が担っているものの、そう簡単に動かしていいものではない。
「陛下!」
イザベルが重ねてレクティファールに迫る。
歴戦の海軍士官である彼女の剣幕に圧倒されずに済んでいるのは、同じだけの軍歴を持つ一部の軍高官と、官僚だけだった。
レクティファールでさえ、目を見開いている。
ただ、彼は皇王だった。
皇王としての責任を理解していた。
目の前の姿なき敵が、皇国にとってどれほど危険な存在か分かっていた。
「『姿なき艦隊』か、我々の戦略潜航艦隊と同じか、それ以上の存在だろうな」
「はっ! このまま放置すれば、世界の海運が止まります」
どこに存在するか分からず、その目的も分からない。
そんな艦隊がいるという事実だけで、世界の海上流通は麻痺する。
今回の戦いが秘匿されたとしても、噂は広がっていくだろう。そうなれば、通商国家である皇国の経済は大きな打撃を受ける。
早急に対抗手段を見つけ出し、姿なき艦隊の脅威を払拭しなければならない。
「――よろしい、許可する。宰相、大陸安全保障会議の緊急招集を各国に打診。この戦いの情報を共有し、対策を講じる」
「はっ!!」
イザベルとハイデルが同時に敬礼し、部下を伴って退出する。
「空軍、陸軍も人員の選定を始めよ。必要ならば予備役の招集も許可する」
「はっ」
残ったふたりの元帥は傍らの部下に指示を下し、海軍からの要請に応える体制を整えた。
今回の対処はイザベルを中心にして行われるだろう。彼らふたりはイザベルの邪魔をしないよう、最小限の干渉のみ行うつもりだった。
「空軍は念のため、同海域の継続偵察を行え。可能なら周辺海域にも目を広げるように」
「はっ」
レクティファールの命令で、待機中だった高高度偵察騎が次々と投入されることになる。
そしてその中の一騎が、この海戦のもうひとつの戦いを記録することになる。
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