白の皇国物語

白沢戌亥

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17巻

17-3

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「嫌がらせか! 一度でも突っぱねたのだから、責任を持って安全を確保しろということか!! くそったれめ! そっちの方が予算も食いつぶすからなぁッ!!」

 数世代前は機族だったというフェレンツだが、先祖の感情のとぼしい姿が想像できないほどに怒り狂っていた。
 彼女は皇国の打診以前から、使節団の安全を考慮して領空の通過を認めるべきだと政府に進言していた。

「はははっ、予備費がどんどん減っていくぞ、フェリ。俺の妻の宝石でも減らそうか?」

 そんなフェレンツを楽しそうにながめているのは、国民によってこの国の主とされたシェルミア国王、ルシェールその人だった。

「笑いごとじゃない! なんなんだ国防省の連中は! 国の名誉? 国家の威信? ふざけるな! しょうもない戦争で皇国に借りを作った挙げ句、またこうやって狭量きょうりょうさらして余計な借りを相手にくれてやった!」
「そのようだな、うん。実際そうなってしまったものはしょうがない」
「貴様も貴様だ! こうなることは分かっていただろう。なぜ止めない!」
「止められるものか。俺は国王だが、軍の指揮権を持っていないからな」

 軍の指揮権どころか、なにひとつ実権など持ち合わせていない。それがシェルミアの国王というものだ。
 国王という存在を打ち倒すよりも、国家の象徴として議会の管理下に置いた方が面倒が少ない。共和国建国の立役者たちはそう考え、その通りに実行した。
 共和国の最強戦力である装甲機兵パンツァール・アイアトスを駆る国の守護者。周辺に軍事国家がひしめき合う状況下で、これほど国民を安心させられる存在はなかった。
 幸い、装甲機兵の操縦者は機族でなければならず、機族とは自らの欲望というものをほとんど持たない。共和国政府は国民選挙によって象徴国王制の導入を決め、ルシェールの先祖は実権を持たない国王となった。
 一応、即位選挙制度があり、即位は主権者である国民にゆだねられている。だからこそ、共和国は国王をいただきながらも共和国のままなのだ。

「だが、無視はするまいよ。助言でも提案でも、独り言でも構わんじゃないか」
「あまりやりたくないのさ。政府の連中は、俺が皇国の若き摂政せっしょうと同じことをするんじゃないかとおびえているからな」
「同じこと?」
「軍事政変さ」

 自嘲じちょう気味に笑うルシェールに、フェレンツは目を白黒させる。

「おい、あの摂政せっしょうがいつ軍事政変やらかしたって? むしろあるべき形に政府を立て直しただけだろう」
「でも、法の上では軍事力を用いて国権を掌握しょうあくしたということになっているようだよ。まあ、権力の空白期を作るよりも、多少非合法に近くとも、間断なく政府が連続している方が、厄介やっかいごとは少なくて済む。いちいち政府の正当性なんて主張している暇はないからな」

 当代皇王――無名皇と呼ばれる――からレクティファールに国事国政のすべてが継承される間について、どのような体裁ていさいを整えるかは、皇国内でも多いにめた。
 名を抹消まっしょうされた無名皇が正式な皇王として記されているのも、その結末のひとつだ。

「その辺の面倒ぶりはうちとよく似てるぞ。法律の弾力的運用は結構なことだが、いい加減に法律の方をいじった方がいいんじゃないかね。皇国をならってな」

 最後のひと言をつぶやくルシェールの声は、これぞ機族の声と言わんばかりの冷徹なものだった。
 フェレンツは彼女の声に身を震わせる。

「俺も元々は軍にいたからな。軍というのが、平時ではこの上なく非効率的な組織であることは分かってる。そして政府では、平時も有事も効率なんて関係ない、ただ頑丈がんじょうで復元性が高いことばかり考えられている」
「――いいことじゃないか」

 フェレンツは目の前の『国王』が、共和国以外ならばなんの障害もなく本物の『国王』として振る舞えるだけの才覚を持っていると知っていた。
 それこそ彼が望むなら、旧来の意味でもこの国の王になることができただろう。
 軍は元々国王に対する忠誠心が高い。自分たちの守護神に対して忠誠を抱かない方がおかしい。
 たとえそれが象徴的なものだとしても、自分たちの命を守るだけの力が備わっているならば、兵士たちはそれにすがろうとするだろう。そうすることで心の均衡を守ることができるとしたら、士官さえ国王を信仰するはずだ。

「あのまま軍でお前と一緒にいられたら、どれだけ良かったか」
「その話はしない約束だ」

 ふたりは軍にいた頃、いや、それ以前から親しい間柄だった。
 ルシェールは国王になる可能性がさほど高くなかったこともあり、比較的自由に青春時代を過ごすことができたのだ。
 事情が変わったのは彼が士官学校に入った直後で、機族にのみ強い毒性を持つ細菌性さいきんせいの病が王族内で蔓延まんえんするという事件が発生した。
 多数の国王候補者が命を落とし、流行の外にいたルシェールが、玉突き的に次期国王候補の筆頭になってしまった。
 それでも彼は、フェレンツとの交際をやめようとはしなかった。彼女は機族に連なる系譜けいふだ。その気になれば王妃になることもできる。少なくともルシェールはそう考え、近しい者たちにその意思を打ち明けた。
 だが、そんな彼の考えは認められなかった。
 議会によって、より先祖の血統に近い現在の王妃が婚約者として選ばれ、ルシェールはそれにあらがうという選択肢を持つことさえ許されなかった。

「俺は何もできなかったし、きっとこれからも何もできない。議会の使いっ走りとして、あの古臭い人形に乗り続けるさ」

 共和国は決して裕福な国ではない。
 かつての独立戦争の折、国の基幹産業となり得る前文明の遺産のうち、半分以上が破壊されてしまったためだ。
 もともと皇国に次ぐ品質の魔導鉱石が採掘できる大鉱床があるシェルミア地方は、その産出と加工でうるおっていた。先史文明の遺産である産出機構と加工施設は、シェルミアを分不相応な地位へと押し上げ、それを維持させるに十分すぎた。
 しかし、戦争がそれを変えてしまう。
 装甲機兵をようする政府軍に対し、反体制派は徹底的な非正規戦を展開。政府の財政に打撃を与えるために、各地の産出機構及び加工施設を破壊して回った。
 当時、アニュア・ハイストなどの民主活動家に率いられた民衆の力はかなり強かった。彼らは、戦争が続けば続くほど味方を増やしていく。
 破壊工作によって国の財政が悪化すれば、政府がどれだけ取りつくろっても国民の生活への影響は避けられない。
 そして民衆は、自分たちの苦境の原因だったはずの反体制派に身を投じる。反体制派の言う「一部の特権階級による搾取さくしゅ」は、決して嘘ではなかったのだ。
 王侯貴族による先史文明の独占。装甲機兵の占有による軍事力の支配。それはくつがえしようのない事実として人々の心に刻まれ、それはそのまま反体制派の力となった。
 またそれについては、隣国が皇国であったのが最大の不幸だったと言う歴史家もいる。
 皇国は絶対君主制を敷きながら、国民はまったくと言っていいほど搾取さくしゅを受けていなかった。国境ひとつ向こう側の民はあんなにも幸せそうなのに、なぜ自分たちは苦しい思いをしなければならないのか。
 国交があり、国民の交流が盛んであるからこそ、その差は人々の目に鮮明に映ったことだろう。

「――まあ、今も昔も変わらないか」

 ルシェールは、黙り込むフェレンツの頭を軽くたたき、窓の外をながめる。
 こうして自分が好き勝手に歩き回れるのは、政府の目が皇国使節団に向いているからだ。そして皇国使節団に視線を向けているのは、政府ばかりではない。
 フェレンツの執務室には、共和国首都で発行されている新聞がいくつも積んであった。どれもが皇国の首都で発生した事件を報じ、その決着を模索するための使節団の派遣を喧伝けんでんしている。
 大多数の論調は皇国に同情的で、批判的なのはそもそも絶対君主制を心の底からにくむ、民主原理主義をかかげる新聞だけだった。
 当然だ。
 今回の騒動は、軍同士のぶつかり合いではない。
 首都という、各国の民間人がいる場所で引き起こされた戦闘だ。
 無論、皇国側の防備の甘さを指摘することはできるし、実際にそうしている者も少なくはない。だが、皇都に対する攻撃が正しかったと言える者はいない。
 民間人への攻撃は、それが軍事的措置そちであったとしても批判されるのだ。軍事的目的もない偶発的な攻撃は、批判されるのが当たり前だった。

「上手いものだ。俺も見習いたいな」

 新聞社の手綱たづなの握り方についてだろう。皇国はシェルミアの新聞社でさえ、自分たちに優位な記事を書かせられる。
 フェレンツはルシェールの気持ちがよく分かった。
 シェルミア国内の新聞は様々な企業によって運営されている。政府に対する姿勢も様々だ。
 政府だけではなく国王制度に対する姿勢も様々で、敬意を払う新聞もあれば、単なる制度のひとつとして機械的に捉える者もいる。廃止論は下火だが、失われることはない。

「君との仲を完全に断ったのも、彼らだった」
「あれは仕方のないことだ。誰が悪いわけでもない」

 その言葉は果たして誰に対するものか、ルシェールは頭を振るフェレンツを一瞥いちべつする。
 国王は装甲機兵をあやつる力を持たなければならない。
 それは、国を維持するための大前提だ。そしてその力とは機族としての能力であり、機族の血が薄まれば能力も薄れると考えられていた。
 後世の研究からすると、この考えは正しくもあり、間違ってもいた。
 装甲機兵の操縦については、機族でなければならないという理由はない。装甲機兵は何らかの手段で機体の統括とうかつ機構と同期可能な者が操縦できるのであり、これは機族である必要はまったくなかった。
 実際、ここから百年も経たない内に装甲機兵の操縦者は機族ではなくなっている。ルシェールの血統ではあるものの、身体組成は機族ではなく混血種の女性が操縦するのだ。
 ただ、この当時にそれを知る者はなく。さらにさかのぼること十数年前のシェルミアでそれを理解している者などいなかった。
 だから、シェルミアの命運はこの時点で決まっていたと言える。
 その他の国と同じように、命脈を保つには彼らは遅すぎたのだ。

「あと三〇年ってところか」
「何がだ?」

 フェレンツはルシェールの言葉の意味が分からない。
 ルシェールが何を見ているのか、もう彼女には分からない。

「いや、俺が悠々自適ゆうゆうじてきの隠居生活をできるまでの時間さ」
「おいおい、三〇年も現役を続けるつもりか? もっと前に後進に道を譲れよ」
「はは、そうだな。――そうなると、いいな」

〈シェルミア共和国〉国王ルシェール。
 後に軍事政変によって国を奪い取り、その全権をもって降伏。
 結果、彼は最初にして最後の真のシェルミア王となる。


         ◇ ◇ ◇


 列車が急に速度を落としたのは、ケルブとエーリケが昼食をっているときだった。列車の現在位置は、グラッツラーまであと一日の峡谷きょうこく地帯。
 地図の上では〈ライバッハ王国〉と呼ばれる国でのことだった。
 制動機の甲高かんだか摩擦音まさつおんに、食堂車の給仕きゅうじを務めていた乙女騎士が小さく悲鳴を上げ、二人は顔を見合わせると、昼食を放り出して状況の把握はあくに走る。

「もし、何があったのですか?」

 ケルブが、客室から飛び出してきた男に声を掛ける。

「ああ、どうにも私には事情が分からず……」

 男は〈ライバッハ王国〉の外交局が送り込んできた連絡官僚だった。
 皇国使節団の領内通過について、あらゆる便宜べんぎを図るために列車に同乗しており、ケルブたちとも何度か会合を持った。しかしその官僚も停車した理由については心当たりがないらしい。

「分からねえならしょうがない。直接確かめてみるさ」

 ふたりは官僚とともに動力車へと向かうが、途中で周囲の風景を見る機会があった。今列車がいるのは、切り立ったがけの途中――片や下まで百メイテル以上のがけ、片や数百メイテルの絶壁だった。

「どうした」

 操縦席に入ったエーリケが問うと、列車の運転手役だった乙女騎士が困惑したように前方を指し示す。大陸中のあらゆる乗り物に精通しているという乙女騎士で、よくレクティファールと楽しげに会話をしているのを、彼とケルブも見たことがある。
 男というのは、乗り物に対して並々ならぬ興味を抱くものなのだ。
 そんな楽しそうな一幕をそっと物陰から見詰めている二対の目があることなど、レクティファールは知らないだろう。
 知っているのは、その嫉妬しっとに満ちた視線をさえぎるべく、様々な努力を重ねたエーリケとケルブだけである。

「曲線道を抜けたら、あれが……」

 乙女騎士が指しているのは、線路の上を占有する巨大な岩だった。
 よく見れば軌条きじょうゆがんでおり、かなりの力で線路にぶつかったことがわかる。
 周囲に細かい岩石が散らばっているところを見ると、がけの上から落ちてきたものなのかもしれない。

「――おい」

 エーリケに対し、ケルブがうなずく。

「分かっている。前の列車がここで落石を確認したという情報がない以上、前の列車が通過したあと、この列車がここに来るまでの間に落ちてきたことになる」

 それは偶然だろうか。
 重要な連絡路である軌道きどうが走っているこの路線は、恩恵を受ける複数の国が合同で管理している。
 運転席からがけを見上げれば、落石防止用の鋼杭こうくいが打ち込まれ、鋼索こうさくあみが張られているのが見えた。

「そんな莫迦ばかな……。三日前に点検したばかりだぞ……」

 連絡官僚のつぶやきに、エーリケたちは聞かない振りをしてやった。
 彼らにとっても予想外なのは分かる。こんなところでレクティファール一行を足止めしても、彼らにはなんの利益もないのだから。

「事情は分からないが、殿下には列車から出ないようお伝えしろ。部隊の責任者は――」

 ケルブが、特別護衛旅団の最上位者の居場所について確認しようと口を開くが、返答は動力車の入り口からすぐにもたらされた。

「こちらに」

 花浅葱はなあさぎの髪を一つにまとめた乙女騎士。瞳は複数の素子が集まった複眼だった。光を反射し、様々な色合いを見せている。

「近衛軍侍女大佐、カリメーラ・ギガス。お呼びでしょうか」

 精霊種薄翅族はくしぞく。瞳が特徴的な亜人種族だ。そして、女性しか生まれない種族でもある。
 乙女騎士の中にいくらか交じっている、〝皇王の血を取り込むために配属された〟乙女騎士のひとりだった。
 ケルブは複眼の中に幾人いくにんも映し出されている自分の顔を見詰めながら、カリメーラに向き直る。

「失礼、大佐殿。あの岩の撤去てっきょについてご相談したいと思っておりました」
「そうでしたか、ならば、先ほど殿下より『万事任せる』とお言葉をいただきましたので――」

 列車の横を数十名の乙女騎士が駆け抜けていく、ケルブとエーリケはその光景を見て、お互いの顔を見た。
 まさか、あんな人数で対応するつもりなのだろうか。

「では、五分お待ちください」
「五分ッ!?」

 二人は同時にさけんだ。
 魔導師を要する部隊であっても、一時間は掛かる仕事だ。
 それ以外の工兵部隊なら、数日掛かるかもしれない。

「ええ、五分ならば列車の運行速度の調整で吸収できますので。――何か問題が?」
「いえ……」
「別に……」

 薄翅族はくしぞくの目ににらまれるのは、他の種族にとってあまりいい気分ではない。
 その際立った差異のため、過去にはヒトとは違う種族として迫害されていた。

「問題ありません。五分ですべ撤去てっきょいたします」

 一礼して操縦席を出るカリメーラの背を、二人は恐々としながら見送った。


         ◇ ◇ ◇


「侍女大佐殿! 破砕準備完了しました!」

 カリメーラが車輌しゃりょうの外に出ると、彼女の副官がそんな報告を持ってきた。
 破砕準備と言いつつも、重機などを使う予定はない。大規模な魔法も必要ない。

「分かりました。では、破砕はルルリ侍女一等兵に」
「了解!」

 駆け出す副官のあとをゆっくりと追いながら、カリメーラは自分の指揮下にある部隊を見渡した。
 特別護衛旅団の遠征大隊。臨時編成とはいえ、これだけで小国の軍隊を凌駕りょうがする戦闘能力を持っている。
 落石の処理など、何の問題もない。
 部下たちの能力をひとりひとり脳裏に思い浮かべていたカリメーラは、この状況下でもっとも適した力を持つ部下の名前を呼んだ。

「ルルリ侍女一等兵」
「はい、侍女大佐殿!」

 混血種の乙女騎士が、カリメーラの言葉にこたえる。
 明るい橙色だいだいいろの髪とよく動く瞳を持つ、活発な印象の新人騎士だった。
 カリメーラ自身が選んでこの部隊に配属させた娘だ。

「あなたがあの岩を破砕する。問題はありませんね?」
「は……はッ! ありません!」

 ルルリは岩を一瞥いちべつし、生唾なまつばみ込んだあとに大きく返事をした。
 カリメーラは満足そうにうなずいたあと、鋭い声で命じる。

「では、破砕開始!」
「了解しました!」

 ルルリが敬礼し、岩の近くへと走り寄る。
 近くには補助役の騎士たちが並び、破砕後の処理に備えた。
 軌道きどうが曲がっていれば、錬金術を使って修正する必要がある。

「準備よし!」
「破砕係準備よーし! 防御係準備よーし! 錬金係準備よーし!」

 ルルリの準備完了の声に、次々と新たな完了報告が加えられていく。
 最終的な準備完了の合図まで、展開から二分だった。

「総員準備よし!」
「状況を開始せよ」

 カリメーラの命令がくだり、ルルリは肩幅に開いた足を地面に押しつける。
 呼吸を整え、整流した魔力を右の拳に集中させる。

「――――」

 全身の筋肉に術式を展開し、最後に拳の先に魔法陣を投影した。
 魔法陣は直径三〇サンチ程度の小さなものだ。描かれた文様は、それが伝播でんぱ型の魔法陣であることを示している。

「――騎士ルルリ、参ります!」

 体外に魔力は漏らさない。
 練り上げた魔力は腕の回路を通り、魔法陣を抜け、拳を突き立てた巨岩へと伝達される。

「――抜きました」

 ごうん、と空気が鳴る。
 その音に触発されるように、岩に無数のひびが入った。

「粉砕します」

 術式の展開。
 橙色だいだいいろの魔力が岩を砕き、残骸ざんがいがけの下に吹き飛ばす。

「術式消去。破砕、完了しました」

 ルルリは大きく深呼吸し、そう宣言した。
 それに対し、喝采かっさいはない。
 乙女騎士にとっては、特筆するほどの技術ではなかった。
 似たような技術を持つ乙女騎士は少なくない。ただ、ルルリの得意とする拳という身体の延長線上から放たれる術は制御がしやすく、こうした場では非常に役に立つ。
 カリメーラは、自分が選んだ部下が自分の望む通りの仕事を成し遂げたことに満足し、大きくうなずいた。

「錬金係、軌道きどうの補修開始!」
「錬金、交替します!」

 駆け寄ってきた先輩騎士たちが、ルルリの肩をたたいていく。
 そんな無言の賞賛だけで、新人騎士の胸は温かくなった。

(よかった……役に立てて……)

 ルルリは錬金班に場所を譲りながら、列車側へと下がる。
 そこで、背後に立った人物が、彼女の肩を軽くたたいた。

「――うん、見事な手際てぎわで結構。人材が豊富なのは良いことだ」
「は、ありがと――」

 男の声。
 ルルリは列車の中にいる派遣団の誰かだと思い、振り返った。
 しかし、そこにいたのは派遣団の一員でも、その長を務める人物であったのだ。

「で、でんか……?」
「うん、良い仕事だった。ご苦労」

 そこにいたのは、摂政せっしょうレクティファールだった。
 カリメーラが非常にめずらしいことに驚愕きょうがくの表情を浮かべているところをみると、なんの前触れもなく現れたらしい。

「私がさっくり斬ろうかとも思ったけど、必要なかったようだ」
「ひゃ、ひゃい! ありゅがとうごじゃましゅ!」

 既に言葉のていをなしていないルルリの声。
 レクティファールはそんな返答にも笑みを浮かべ、もう一度彼女の肩をぽんとたたいて列車へと戻っていった。
 ルルリは今しがたたたかれた自分の肩を見詰める。

(殿下? 摂政せっしょう殿下? あのレクティファール殿下? えええええええッ!?)

 何故なぜだどうしてだ自分はいったいどのような状況におちいったのだ。
 ルルリはぐわんぐわんと頭蓋の中で音が響いているような錯覚さっかくを感じたあと、すべてを手放した。

「きゅう」

 緊張のあまり、気絶したのだった。


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