白の皇国物語

白沢戌亥

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16巻

16-1

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 進め、進め、と上官ががなり立てている。
 どこへ進めというのか。目の前にあるのは、つい先ほどまで隣で震えていた戦友のむくろで、自分はそのむくろたてにして銃弾を避けている。
 あの上官は、この戦友の身体を足蹴あしげにしても進めというのか、あの地獄へ。
 銃弾が飛び交い、砲弾の欠片かけらが吹きすさび、悲鳴が悲鳴を覆い隠し、引き千切ちぎられたはらわた湯気ゆげを上げているあの地獄へ行けというのか。
 あんなちっぽけな鋭剣サーベルの指し示す先、あんなひょろひょろした貴族の息子の命令に従って突き進めというのか。
 こんなくだらない戦いを始めたのは誰だ?
 ろくでもない貴族が、ろくでもない法をたてに、ろくでもない暴虐ぼうぎゃくを働いたからではないのか?
 俺たちが何故なぜ、他人の不始末を取りつくろわなければならない。
 不始末のむくいを受けるのは、あのうるさい士官ではないのか。
 俺は、目の前の戦友に問い掛ける。
 なにも言えぬ戦友は、はるか遠くの未来を見つめているかのように見えた。
 そうだ、こいつは戦わずに済む場所に行ったのだ。
 俺もまた、あのくそったれをぶちのめして同じ場所へ行くのだ。
 俺はそっと、旋条銃ライフルの狙いを横に向けた。
 隣にいた別の戦友が驚いたような顔をしたが、すぐに目をらす。誰もが、自分以外の誰かがそうしてくれることを願っていたのだ。
 俺は、口の中でくそったれと言いながら引き金をしぼった。


                  ――皇国暦一三〇三年刊行 『中原傭兵物語』冒頭より抜粋



   第一章 中立国



 小国乱立のアルマダ大陸中原にあって、その国は一際ひときわ小さな国だった。
〈グラッツラー伯国〉――古い時代にこの地の領主として封じられた伯爵はくしゃく家が、時流に乗って独立し、国主となった国だ。
 一時期国王を自称することもあったが、結局は名乗るだけの名分がある伯爵という肩書きに落ち着いた。
 しかし、国を支えるほどの基幹産業はなく、農業などで食いつなぎながら、各国家の間を水上の木の葉のように漂うことで独立を維持してきた。
 あえて他国が侵略するほどの価値を持たないことで国を保ってきたのである。

「ふわぁ……ぁ」

 その伯都の城壁の上に、ひとりの少女がいる。
 黄白色おうはくしょくの髪を三つ編みにまとめて一本背後に垂らし、綿の襯衣しんい羊皮ようひの上衣と、膝上丈ひざうえたけ娘袴むすめばかま以外はまるで少年のような出で立ちだ。そういった格好もあってか、年齢的にも肉体的にも大人と言っていい彼女なのだが、どこか子どもっぽさが残っている。
 少女は街を囲む城壁のへりに寝転び、上空を旋回せんかいする高原鷲こうげんわしを眺めつつ、街の商店で買い求めた林檎りんごをかじった。

「あー、いい天気」

 その言葉通り、今日の伯都はくとの天気はこの季節には珍しいほど暖かかった。いつもならこの時期は雪に閉ざされる直前で、少女が着ているような薄着ではとうてい外出できなかっただろう。

「今日は一日ここで寝てようかなあ」

 まぶしい日差しを受けながら、彼女はぼんやりと空を見る。
 それが正しいことのように思えるほど、この日の陽気は貴重なものだった。

「おいおい、姫さん、勘弁かんべんしてくれよ」

 ガチャガチャと金属がこすれ合う音を立てて姿を見せたのは、伯都の警備をけ負っているガイエンルツヴィテ傭兵だ。
 四人組の傭兵たちは、自分らの仕事場に現れた少女を見て、苦虫をつぶしたような表情を浮かべている。

「ここは一応、一般人立入禁止なんだぜ?」

 もっとも年嵩としかさの男が、装甲靴そうこうぐつで城壁を踏み付けながら言えば、少女は男たちをらすようにゆっくりと起き上がり、ぐっと伸びをした。

「大丈夫だって、わたし一応お姫様だもん。きっとなんとかなるよ」
「ならねえよ! ていうか、兵団本部からあんたを見付けろって連絡きてんだよ! さっさと城に戻っちゃくれませんかねえ!?」

 ここにいるな、迷惑だ、と全身で訴える傭兵に、少女はにこりとほがらかな笑みを浮かべる。
 笑顔に一瞬毒気を抜かれた傭兵たちだが、少女がその一瞬のすきに城壁のへりから姿を消したのを見て顔色を変えた。

「おいぃいいっ!?」

 あわてて城壁のへりに駆け寄った彼らは、眼下六メイテルほど、城壁のすぐ内側に展張てんちょうされた通信用伝纜でんらんの上に立つ少女の姿を見付ける。
 少女は親指ほどの太さの伝纜でんらんの上で傭兵たちを振り返ると、そのまま市街地の方角へと走っていってしまった。

「――隊長、どうすんです? 見付けたって連絡しますか?」
「そんなことできるわきゃねえだろ! あの姫さんがどこに行ったのかも分からねえってのに……」

 ですよね、と肩をすくめる部下の脳天に拳骨げんこつを落とし、〝隊長〟は大きな溜息ためいきこぼした。

「はあ、さっさとどっかに嫁に行ってくれねえかな。俺たちゃ傭兵であって学校の先公じゃねえんだしさ」
「いてて……。そういや、あのうわさは本当なんですかねえ」

 頭を押さえながら部下が言った言葉に、彼は反応する。

「ああ、あの話か……」

うわさ』――大陸の半分を支配する大陸安全保障会議、その主導的立場にある東の大国〈アルトデステニア皇国〉と、この〈グラッツラー伯国〉の政府が活発に接触している。そういった話が、同僚の間で広まっていることを傭兵は知っていた。
 そもそも傭兵というものは、政治にも鼻が利かなければ生き残れない。特に部隊を指揮する者ともなれば、ただ命令通りに戦えばいいわけではないのだ。
 それに、派遣された先での情報収集は、本国の兵団本部から命じられた重要な任務であり、自分たちが得た情報が同じガイエンルツヴィテ傭兵の生死を左右するかもしれないことを、彼は良く理解していた。
〈ガイエンルツヴィテ〉が、決してすぐれた産業とは言えない傭兵の輸出を続けている理由のひとつが、対外諜報ちょうほうの大半を各地に派遣した傭兵部隊に頼っているという現状にあった。
 各国の大使館や公使館に派遣されている駐在武官と並び、ガイエンルツヴィテ諜報ちょうほうの一角をになう彼らが、情報にうといはずがないのである。従ってこのうわさも根拠がある――いや、事実と言い切っていいものだった。

「〈ヴィレー〉に行ってる連中も、最近は暇らしいからな。直接なぐり合う時期じゃないんだろうさ。俺らも同郷人同士で殺し合わなくて済むんだし、いいことじゃねえか」
「そうなんですけどね。うちの親父が、こりゃ食いっぱぐれるかもしれねえって言ってたもんで……」

 皇国の動きに同調したわけではないだろうが、帝国政府もまた各国への圧力を強めている。帝国陣営の切り崩しを図る皇国と、それを防ごうとする帝国という構図だ。
 皇国が行う大陸安全保障会議参加国への援助は、裏に自国の経済圏を拡大させる目的があるにせよ、財政的に危うい国にとっては救いである。
 そうでない国にとっても、自国民への利益供与という側面があり、決して不都合ばかりではない。

「傭兵なんて食いっぱぐれた方が世のため人のためなのさ。そこらの衛兵にでもされる程度なら、親兄弟が殺し合うこともないし、かせぎ手がいなくなった家がバラバラになることもないんだからよ」

 これまで大陸は常に戦乱の中にあった。その中で彼らの先祖は戦い、倒れてきたのだ。それしか生きる方法がなかったとしても、彼らとて喜んで受け入れてきたわけではない。
 彼らも、畑を耕し、家畜を育て、工芸品を作り、物をあきなって暮らせるのなら、それを生業すぎわいとして生きていきたいと思っていた。
 ただ、徐々に状況は変わってきた。かつてのように〝傭兵だけが生きるすべ〟でもない。今の時代ならば、傭兵以外にも産業をおこせるだろう。

「――これも時代の流れってやつだ。お前らは若いんだから、もうちょっと頭を使ってこれからのことを考えな」
「うぃーっす」

 部下の気の抜けた返事を聞きながら、傭兵隊長は再び見廻りに戻る。
 すでに少女の姿は街の中に消え去り、それを再び捉えることは不可能になっていた。

「一応、『姿を見た』くらいは報告しとくかね……」

 そうして彼は通信機の開閉器を押し込み、疲れ切った表情で告げる。

「こちら外周警備の七分隊、エインセル姫が城壁から市街地方面へ逃げていった。どうぞ」
〈本部了解。引き続き警戒任務を続行せよ。送れ〉
「了解。七分隊は任務を継続する。通信終わり」

 はあ、と深く溜息ためいきくと、彼は愛用のほこを肩にかついで城壁の上を歩きはじめた。
 遠くに見える山々は雪化粧ゆきげしょうで白く染まり、厳しい冬への準備を人々に求める。
 それはいつも通りの光景で、彼もまたいつも通りの冬がやってくると無意識のうちに思い込んでいた。
 これが思い違いであったと気付くのは、まだもう少し先のことである。


         ◇ ◇ ◇


 城壁から街中まちなかへと移動したエインセルは、飲食店が並ぶ一角に移動していた。
 そこには彼女が前々から目を付けていた料理屋がある。各種動物の肉を様々な料理に加工し、販売している店だ。
 食べ歩き用の手軽なものから、会食の主役を務める丸焼き肉まで、幅広く取り揃えている。

「おじさーん、なんか食べ物ちょーだい!」

 店先から聞こえてくる声に、店主は天火オーブンに向けていた目をぎょろりと移動させた。
 羊肉から落ちるあぶらが、加熱された料理用の無煙炭むえんたんに落下し、じゅうじゅうと音を立てた。

「――うちにあるもんはみんな売りもんだ。くれてやるわけにはいかねえな」
「え~、おじさんのところの串焼き美味おいしいのに……」
「だったら金を出せ」

 天火オーブンの隣にある網焼き炉の上で、木串に刺した牛や豚の肉をひっくり返しながら、店主は少女に言う。

「お城にツケておいてよ」

 ぬけぬけとそうのたまうエインセルの表情には、一片の躊躇ためらいもない。心の底から城に請求しろと言っている。
 それは姫君らしい世間知らずから来るものではなく、彼女生来せいらいの性格ゆえだった。

「うちのツケは酒を飲む常連だけだ。お嬢ちゃんには早い」

 ぶうとほおふくらませ、少女は店先にある長椅子に座る。
 そのまま足をばたつかせつつ、店主に懇願した。

「味見だけでいいからさー。わたし、結構味にはうるさいよ?」
「オレは他人の舌より自分の舌を信用する。人に味を見てもらう必要はねえな」
「うう……そういう職人気質なところがいいんだけどね。もうちょっと愛想良くしないとお店流行はやらないよ?」

 何とか焼き立ての串焼きを手に入れようと、少女は全力を尽くす。
 その方向性が微妙に意地汚いのは、いったい誰の教育のせいだろうか、と店主は思った。

(城の食事はそんなにまずいのか?)

 少女が城下の飲食店で同じように食べ物を分けてもらっていることを、店主は商店主の寄り合いの中で聞き及んでいた。
 他の店主たちは市井しせいの味が恋しいのだろうと野良猫のらねこえさを分け与えるような心境で試食を許しているらしいが、彼は違った。

(こいつ、単に食い意地張ってるだけじゃねえかな……)
「おい、エインセルよ」
「なに? くれるの!?」

 それ見たことか、と店主は思った。
 長椅子から身を乗り出し、食い意地に輝く目でこちらを見ているこの国の姫。どこからどう見ても、市井しせいの味にがれる深窓しんそうの姫君ではなく、我が物顔で人の昼食を奪おうとする野良猫のらねこだ。
 それも、見た目だけは血統書付きの舶来種の猫である。

「――金を出せと言ったぞ。一応、焼き立てができたから教えてやっただけだ」
「くぅ……っ、ほのかに漂ってくる肉汁とタレが織りなす交響曲! あああ……今月のお小遣いよ……さようなら!!」

 エインセルが勢いよくふところから出した硬貨を数え、店主は三本の串焼きを差し出す。
 それぞれ、豚ととりと羊の肉を特製の合わせ調味料につけ込み、炭火でじっくりと焼き上げた代物しろものだ。もともと、保存食用の塩漬け肉の調理法として考案されただけあって、合わせ調味料の味付けは少し濃い。

麦麺パンがほしい……」
「そこにあるぞ。銅貨三枚な」
「持ってけ泥棒! うわーん! 美味おいしいよぅ……!」

 銅貨を投げ付け、店の会計棚の横に置かれていた籐籠とうかごからこれまた焼き立ての麦麺パンを手に取ると、エインセルはそれを二つに割って、中に串から外した肉をはさみ込む。
 あとは、思い切りかぶり付くだけだ。

「はあ……しゃーわせである……もうしんでもいい」
「死ぬなら別のところで死んでくれ。うちで死なれたら迷惑だ」

 姫殺しの汚名ほど面倒なものはない。
 店主は、焼き上がった串を火の勢いが弱い網の端に寄せ、新たな串を網の上に並べていく。
 網が串で埋まった頃、小さな声が聞こえた。

「――死なないよ、わたしは」

 店先より聞こえてきた声に、店主ははっと顔を上げる。
 長椅子から立ち上がったエインセルが身体をほぐしながら、さびしげに街を眺めていた。


「誰だって死ぬだろう」

 店主は少しあわてるように言った。
 しかし、エインセルはその言葉にほのかな苦笑を浮かべるだけで、否定も肯定もしなかった。

「ごちそうさま。また来るね」

 最後にそうつぶやくと、エインセルは街の雑踏の中へと消えていく。
 店主はしばらくその姿を探していたが、串焼きがげるにおいで我に返る。
 危うく商品を黒げにしてしまうところだった。

「小娘がなんて顔しやがる。やっぱり貴族ってのはろくでもねえな」

 自らの行く末を見つめ、それを受容するのは、大人だけでいい。自分の終わりを知るのは、できるだけ遅い方がいい。
 彼は調味料の入ったつぼに串をひたしつつ、貴族に生まれなくて良かったと心の底から安堵あんどした。



◇ ◇ ◇


『閣僚』は、皇国の政治体系の中で非常に曖昧あいまいな立場にある。
 国政のあらゆる権限が皇王に集められているため、彼らは常に代理人という立場をいられるからだ。
 自分たちが持っている権限が仮初かりそめのものであることを、どうしても受け入れられない者は少なくない。特に、『閣僚』となる政治の中心近くに己の才覚で上り詰めた者たちにとって、その才覚が及ばないものがあるという現実こそがなによりも受け入れがたいのだ。

「――殿下が望まれたことである、ということは理解しておりますが、これほどの大事に我ら外務院が蚊帳かやの外に置かれていることがまず納得しがたい」

 皇城の政府区画、『てつ』と呼ばれる窓のない会議室で、外務院総裁マルファスが机をたたく。
 三総裁会合と呼ばれる定期会合でのことだ。

「我らがことを知るのはすべてが決まってから――事後処理のために人員を派遣することが我々の職務ではありません」
「気持ちは理解できる。我らも似たようなものだ」

 岩窟小人ドワーフの老人――ガーランドが、肩を揺らしながら笑う。
 閣僚の中ではかなりの古株であり、それだけに『皇王の権力』との付き合い方もよく知っていた。軍官僚として一〇〇年以上、皇王家に仕えている人物だ。少なくともマルファスよりは現実を知っていた。

「あの方々は我々に悪意を持っているわけではない。ただ、そうさな、我々を子どものように見ているのは確かだ」
「……丁稚でっちのように扱われるならば、我々もまだ納得できる。そのために我らはいるのだからな。店先をほうきで清めることも、仕事のうちだ」

 マルファスの不満げな声音こわねに、内務院総裁ルイゼンが頭を振る。
 機族きぞくの出身であり、先代皇王の妃を姉に持つ男だ。彼は神経質そうに眼鏡の位置を直すと、マルファスに向き直る。

「ならばそう言えばいい。幸い、今の殿下は話が通じる御方だ。もっと仕事をくれと言えば、そなたらが望むように仕事を分け与えてくださるだろう」
「子どもが菓子かし強請ねだるように……か?」

 冷え切ったマルファスの声。それに対するルイゼンの言葉もまた、凍土とうどのごとき硬さと冷たさを持っていた。

「そなたが言っているのはそういうことだ。そもそも、外務院が情けないからこそ、殿下御自らこの話をまとめたのではないか」

 大陸安全保障会議の構想は本来、先代皇王が外務院にはかったものだった。外務院はそれ以来、院内に準備部署を作り、如何いかにしてそれを実現するかをひそかに研究し続けていた。
 それがあったからこそ短期間で大陸安全保障会議が形になったとも言えるが、今現在の保障会議と、かつて先代皇王と外務院が研究していたものとでは、名前こそ同じだが内容はほとんど別物と言ってよかった。

「先代陛下のお考えになった大陸安全保障会議は、軍縮のための機関。間違っても軍事同盟などではなかった」
「それが不満か?」

 ルイゼンはあきれたようにマルファスを見る。

「不満ではない。我々が構想していた大陸安全保障会議は、今の状況ではなんの力も発揮はっきしなかっただろう。むしろ、我らがつちかってきた各国との連絡手段が役に立っただけでも僥倖ぎょうこうだった」

 先代皇王が求めた大陸安全保障会議は、各国の利害を国際会議の場で調整するためのものだった。
 軍事的衝突が発生する前に話し合いで決着を付けることができれば、天井てんじょう知らずに上昇している各国の軍事費を削減することができる。それらの予算が内政に回れば、そもそも外部に富を求める必要性も薄まる――先代皇王はそう考えた。

「先代陛下の考えは間違っていなかった。我国は延々と戦い続けてきた。そして、それが当たり前になっていた。そんな状況を少しでも改善するには、利害関係を共有するしかなかった……」

 マルファスは、その構想に帝国の帝王すら前向きな姿勢を示していたことを知っている。
 国内の情勢が不安定になりつつあった帝国にとっても、軍事費の圧縮を可能とする大陸安全保障会議という対話機構は有用だった。
 これが頓挫とんざしたのは、先代皇王が政務をり行えないほど衰弱すいじゃくしてしまったからだ。当時、次代の皇王となる皇太子はおらず、そのことを根拠に誰もが先代皇王の治世はまだまだ続くものと思っていた。
 すくなくともそれまでの皇国の歴史では、皇太子がいない状態で皇王が崩御することなどなかったからだ。
 一年足らずのわずかな治世となった第三代皇王エリザベーティアにしても、彼女の即位直後に第四代皇王となる皇太子が選び出されていた。
 先代皇王の不予ふよは、大陸安全保障会議構想を闇の中に追いやり、結局は旧来の軍事力を前面に押し出した外交が展開されることになった。

「先代陛下は……」

 マルファスはそこで一度言葉を切った。
 自分の発言は、果たして三総裁会合に相応ふさわしいかと考え、だが自らの本心をさらすことは一廷臣として当然のことであると結論付けた。

「今の我国をどう見ると思う?」

 先代皇王がなぜあそこまで対話による平穏を求めていたのかは分からない。しかし、当時の大陸情勢の中ではそれがもっとも適しているように思えた。
 多くの国は戦いに疲れていたし、国民もまた安定した生活を求めていた。そうした世論を背景に、多くの国が対話による平和を考えはじめていたのだ。
 無論、そのために越えなければならない障害は少なくなかった。各国には戦争継続を当然のものとして考えている人々が相当数存在したし、皇国もそれは変わらなかった。
 皇国が、ある意味で帝国以上の軍事偏重国家だからだ。
 国土のすべては軍事要塞ようさいとなるべく設計され、国内に張り巡らされた鉄路は軍に用いることを前提に選ばれた規格。主要都市はほぼすべてが単独でも軍事要塞であり、国定街道や橋梁きょうりょうは重量級の軍事車輌に耐えることができるように作られていたし、必要ならば容易に切断することもできた。
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