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15巻
15-3
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◇ ◇ ◇
ヘスティを銀星祭に誘った候補生は、この返事を聞くとあっさりと引き下がった。彼の態度は爽やかであり、周囲にいた誰もが好感を抱いただろう。
まずヘスティに対して無礼な誘いをしたことを謝罪し、続いて彼女に腕を掴まれたままのレクティファールにも深々と頭を下げて謝罪した。
レクティファールがそれを笑って許したことで、その場は完全に収まった。
しかし、問題はこのあと起きた。
レクティファールの姿を見て、彼が『レクト・ハルベルン』であると気付いた候補生が何人かいた。騎士学校で色々な騒動の中心にいたレクティファールであるから、それはいささかも不思議なことではない。
そして、レクティファールとヘスティ双方の名前を知っている候補生が、『レクト・ハルベルンとヘスティ・ラ・フリーガシンは婚約している』という噂を流した。
騎士学校の候補生たちが持つ独自の通信網は、軍のそれよりも遥かに早く情報が広まる。範囲が狭いこともあるが、何よりそうした情報に飢えている年頃の者が多いからだ。
畢竟、レクティファールとタキリ、そしてぐったりとしたヘスティが、騎士学校から少し離れた喫茶店に腰を落ち着けたとき、すでに噂は候補生の間では確定情報となっていたのである。
「――うわぁ」
タキリは懐から出した個人情報端末の表示窓を見て、思わずそう口にした。
騎士学校内部に演算機がある、本来は候補生たちが共同研究や団体演習での仲間を探すための情報掲示板には、すでにレクティファールとヘスティの関係について様々な情報が書かれていた。
レクティファールとヘスティの詳細な個人情報まで載っている。どちらもある程度の個人情報を公開している立場のため、それを見つけ出すことは容易かっただろう。
そろそろ特機研にも事実関係を問い合わせる通信が届いているかもしれない。
タキリは冷や汗を流しながらマリアに文字通信を繋ぎ、制御卓一本指打法で状況説明を開始した。
「あああぁぁぁぁ~~……」
その隣で呻くヘスティ。彼女はタキリと同じように自分の端末を使い、研究所内の情報掲示板を見ていたのだ。
案の定、こちらもまた、騎士学校のそれと同じ内容で盛り上がっている。
《ヘスティたんが……奪われた……もう死のう》
《相手誰よ!? 何? 皇国騎士!? しかも三男坊とか、婿入り嫁入りどっちもいけるじゃん!》
《はっはっは、いやはや、若いとはいいことだ。彼女のお祖父さまにいい報告ができそうだ》
《研究はどうするんだよ。新型の先行量産型がやっと工場の生産工程に乗ったばかりじゃないか》
《でもなんとなく雰囲気変わったと思ってたよ。女は恋愛すると変わるって本当だったんだな》
などなど、かなり好き勝手に書き込まれている。
もはやその流れは止まりそうもない。誰もがヘスティのでまかせを真に受け、それが事実であるかのように受け止めている。
ここ数カ月の間に彼女が変わったことは事実であり、それが一種の裏付けとして機能しているらしかった。
「ひぃ」
ヘスティが頭を抱えていると、タキリが珍妙な悲鳴を上げて端末を放り出す。
ひとり静かに――総ての現実から目を逸らして――お茶を飲んでいたレクティファールは、その端末の表示窓にマリアだけではなく、ルキーティやアナスターシャからの文字通信枠が展開されていることを見て取った。
「私は何も見ていない」
そして、気付かなかったことにした。
偶然マリアが後宮にいて、すでにこの話が彼の婚約者たちの耳に入ってしまったことなど、気付くわけにはいかないのである。
「――!?」
続いて、ヘスティの通信端末から受信を報せる合成音が鳴り出す。
おそるおそるといった様子で端末を操作するヘスティの姿は、まるで考査で赤点を取り、それを隠している子どものようだった。
「うっ」
受信した何かを見たヘスティが呻き、再び卓へと伏せる。ぶつぶつと小さな声で「誰も反対しないとか、わたしの家族は一体どうなってるの?」などと呟いている。
その声は、レクティファールの不必要なまでに高性能な集音機能にも捉えられていたが、今は何を言ったところで慰めにはほど遠いだろうと諦めた。
そしてついに、レクティファールの内にある〈皇剣〉の通信演算領域にも外部から接続があった。接続に付された個別符牒はルキーティだ。
レクティファールは外見ではまったく動揺を見せないまま、しかし内心で嘆息しながら接続を許可する。
〈殿下、ちょっとお話が〉
ルキーティの声は恐ろしいまでに平滑だった。感情どころか生物として最低限の抑揚さえない。まるで人工知性に喋らせているかのようだ。
〈何でしょうか?〉
レクティファールは努めて温和な口調を取った。
何を言いたいのかは分かる。しかしあえて問う形式にしなければ、さらにルキーティの機嫌を損ねることになるだろう。
〈少々面白い話を聞きまして、殿下に事実関係の確認を、と〉
〈面白い話は私も好むところです。笑いは人生を豊かにする〉
〈そうですね。では差し当たってわたしの人生を豊かにしていただきたいのですが〉
そこでルキーティは言葉を句切った。
言葉を選んでいるというよりも、感情そのままの言葉が口から出そうになるのを必死に抑えている風だった。
〈例の噂、事実ですか?〉
〈そういう噂が立つ事態になったことは事実です。ですが、そのような約束を誰かと結んだ事実は存在しません〉
それは精一杯の抵抗だった。
私は悪くない――レクティファールの内心を一言で表すと、こうである。
実際、彼は何もしていない。今回に限れば。
〈そちらで上手く収拾できませんか?〉
〈噂の拡大が早過ぎます。何よりフリーガシン女史とこうした状況になることを想定していませんでしたので〉
ルキーティの言葉は、半分は嘘だった。
レクティファールの周囲にいる独身女性のうち、ある程度の親交がある人物については、何段階かに分けてそうした状況に備えた行動を取る。ヘスティに関しては、まだその段階ではなかったというだけのことだ。
「あ、友達からお祝い来てる」
レクティファールはそんなことを呟いているヘスティを眺めながら、脳裏に響く妖精の声に目を細めた。
〈どうなさいますか? 先ほどルイーズ殿から連絡がありまして、殿下を孝行息子だと褒めておられましたが〉
ウィリィアを嫁に取り、その直後にレクトとしてハルベルン家にヘスティという嫁を迎え入れたのだから、ルイーズの感覚で言えば孝行息子なのだろう。
その感覚が一般的かどうかは別にして。
〈皇府としての意見は?〉
〈良き面も悪しき面もありますが、フリーガシン女史次第でしょう。我々としてはレクト・ハルベルンにより実像を与えることは、そう悪いことではないと考えます〉
レクティファールの虚像として存在するレクト・ハルベルンという男は、書類上はほぼ完全に存在している。
出生から現在に至るまでの総ての記録が用意され、誰がどこで照会したとしても、彼の存在を疑うようなことはないだろう。
無論、人の記憶を作り上げることはできない。しかし、完全記憶といった特殊な例を除き、これまで自分が出会ってきた者総ての顔を憶えている者など、そうそういるものではない。
逆に、実際には面識がないとしても、相手が懐かしそうに過去を語り、その過去の記憶が自分のものと一致していれば、単に自分がその人物を忘れているだけだと思い込むことさえある。
何より、国が全力を挙げて作り上げた虚像だ。それを暴くことができるとするならば、同じ国家だけだろう。
〈ヘスティに負担が掛かりますね〉
〈真実を伝えるかどうかは殿下の判断にお任せします。ですが、皇府としてはどちらを選んでいただいても損をしないだけの差配はいたしましょう〉
〈ルキーティ個人なら?〉
レクティファールの問い掛けに、この国と同じだけの時間を生きてきた妖精は言葉を詰まらせた。
妖精という一種の幻想である彼女にとって、虚像の存在と結婚することになるヘスティはどのように映るのか。レクティファールはルキーティの言葉を待つ。
やがて口を開いたルキーティは、わずかに掠れた声だった。
〈悲しいことだとは思います。レクト・ハルベルンを忘れて普通の相手と番いになり、普通の人生を歩むことの方が楽でしょうし、余計な重荷を背負うこともない〉
今ならまだそうさせることもできる。
誰もが真実だと思っていても、レクティファールやヘスティはそれを認めていないのだ。ただの友人であり、その場しのぎの嘘だったということにすればいい。
〈ただ、それが正しいとは思いません。善悪と正誤は、なんら繋がりを持つものではないのですから〉
世の中でどれほど正道とされることでも、普遍的な善であるとは限らない。
人々がどれほど憎み、悪と断じることであっても、絶対的な悪であるとは限らない。
虚像に現実感を与えるためにひとりの女性の人生を用いることは、今の皇国の価値観では間違いなく悪と判断される。にも拘わらず、ルキーティは間違っているとは言わなかった。
〈どうなさいますか?〉
ルキーティは忠臣としての声で訊ねる。彼女はこのとき、進んで共犯者になろうとしていた。
この国を経済的に発展させるため、多くの人々の人生を変えてきた。これからも変えていく。ならば、ここでひとりかふたりそれが増えたとしても、躊躇う理由にはならない。
〈そうですね……〉
レクティファールは思案する。
今更道徳などは考えない。
摂政としても考えない。
(うん、だいぶ私も悪人になった)
卑怯だと分かっていても、レクト・ハルベルンとして考える。
ヘスティに対して今できることといえば、それだけだった。
「ヘスティさん、どうしましょうね」
レクティファールは腕を組み、〈皇剣〉の演算能力の大半を遮断して考える。人として考えなければならないことだけは理解できていた。
「え?」
「いえ、間違いだったと説明するなら早い方がいいでしょうし」
レクティファールがそう提案すると、ヘスティの表情がわずかに曇る。
それを見ていたタキリが天を仰いだ。
「ええと、やっぱり駄目でしょうか?」
震える声でヘスティが問い返す。
今度は頭を抱えるタキリ。内心では大いにレクティファールを罵倒していたが、それを表に出すことはなかった。
「私は駄目ではありませんが、今回のことは事故のようなものですし。そちらにも色々事情がおありでしょう。重ねて、私の方はろくに話す必要のある相手もいませんが」
「でも、騎士の家柄だと……」
「騎士と言ってもすでに跡継ぎがいますし、私は何かを期待されるような立場ではありません」
ヘスティは戸惑った。
士族相手にとんでもないことをしでかしてしまったと思っていたからだ。
ほとんど付き合いのなかった異性を、本人の承諾もなしに婚約者に仕立て上げる。悪意のあるなしに拘わらず、然るべき場所に訴え出られたら罪になることは間違いない。
レクティファールにその意思がなくとも、彼の家に対して誠意を持って謝罪しなければならないと思っていた。
「あ、あの、わたし!」
そこまで言って、ヘスティは言葉を発することができなくなった。
何と言えばいいのか分からなくなってしまったのだ。
(何でこの人、怒ってないの?)
至極もっともな疑問だろう。
常識的に考えれば、ヘスティがそう思うのは当然だ。仮にレクティファールがヘスティを憎からず思っていたとしても、この状況は完全にヘスティの失敗が引き起こしたもので、それを責める権利がレクティファールにはある。
(助けてもらってばっかりなのに、本当にこれでいいのかしら)
これまで多くの人々に助けてもらったという自覚はある。
そしてこれからも多くの人々の手を借りて生きていくのだろうという予感もある。
だが、今この手を取っていいのか。それは本当に正しいことなのか。
(わたしは、この人をどう思っている?)
せめてそれだけは答えを出さなければならない。
何の躊躇いもなく他人を救うために手を差し伸べることのできるこの男に、自分はどんな気持ちを抱いているのか。
計算、打算、論理的な思考。
研究者として、ひとりの女としての理性が様々な答えを弾き出す。
その中から、ヘスティはひとつを選んだ。
「とりあえず、普通のお付き合いからで……」
「はい」
己に自信はない。
しかし、一度握った手を忘れることもできない。
ならば、この嘘から始まる関係の中で真実を見つけ出そう。
「よろしくお願いします」
そう言って笑う男は少しだけ可愛く見えた。そして、実際に自分よりもいくらか年下だということに気付くのだった。
◇ ◇ ◇
警察組織というものは大抵どこの国にもあるが、その仕事ぶりは随分と異なっている。
賄賂を受け取って犯罪を見逃すような、ほとんどごろつきと変わらない警衛がいる国もあれば、頑として犯罪者と馴れ合うことをせず、ひたすらに国や君主に忠誠を誓う邏卒もいる。
警察組織の形態も様々で、軍が警察業務を行う国もあれば、複数の官庁がそれぞれに組織を抱えている国、警察とは名ばかりの自警団しかいない国も存在する。
だが、犯罪者というものはだいたいどの国でも変わらない。
罪の犯し方に差があるだけで、行動原理は似たようなものだ。
複数の武装船を抱える海賊から、昨日初めて財布を抜き取った掏摸まで、不正な行為で利益を得ようという原則から外れることはない。
バザーク――『密輸団』と呼ばれる彼らもまた、その犯罪者の一種である。
「やあやあ、よくぞ来なすった」
アルカディス湖の運河側に位置する場所に、ハーディンという島がある。
海運事業の拡大に伴って、皇都では捌ききれなくなった商船を受け入れるために作られた半人工島で、多数の商船が引っ切りなしに出入りを繰り返している。
その島唯一にして最大の街、島の名をそのまま取った〈ハーディン〉の繁華街にある屋外軽食屋で、ふたりの男が握手を交わしていた。
「さすが時間通りだ。元軍人さんは几帳面だね」
「――昔のことだ」
にこにこと笑いながら給仕に手を挙げる老人と、顔に一本、右目を裂くような傷を持った男だ。
老人が纏っているのは一目で仕立物と分かる背広服で、卓に引っ掛けてある杖も皇都にある工房の刻印が入った高級品だった。ただ、衣服を変えるだけで、この老人はもっと若く見えるかもしれない。
それに対し、傷の男の服装は草臥れた狩猟服で、椅子の背に掛けられた外套は色々な部分が解れてしまっている。老人に呼ばれてやってきた給仕は、両者の違いに戸惑いを隠せないようだった。
「ご注文をどうぞ」
それでも静々と注文を受けたのは、この店の教育が行き届いている証拠だろう。
「何か温かい食べ物と黒豆茶を貰えるかな。献立は任せるよ」
「はい、そちらのお客様は?」
給仕に問われ、男は卓に置かれた小さな献立表を一瞥する。
何でもいい、とは思ったが、このような店で言うことではない。
「適当な茶を。琥珀酒を垂らしてくれ」
「はい、かしこまりました」
詳しい品を指定しない客は、多くはないが、いないわけでもない。
給仕は注文そのままを用箋に記すと、一礼して卓から離れていった。
「飲んでもいいのかね?」
「この程度、酒のうちに入らない」
老人は男の言葉に「そうかね」と頷くと、被っていた中折れ帽を卓の隅に置いた。
国民議会議員の顔を総て知っている者がいれば、老人――にしては、議会にいるときの彼は溌剌としているせいか、若々しく見えるが――がキャベンディッシュという名の議員であることに気付いただろう。
だがこの国では、議員といえども、顔はほとんど知られていない。
国民にとって議会とは、一部の者たちが志す貴族への登竜門であり、自分たちの要望を皇王に伝えるための伝言役といった程度の認識だ。
そのため、一部の目立つ議員を除けば、大多数の議員は名前さえ憶えてもらえない。五年一期限りの議員をいちいち憶えるほどの暇を持つ国民はそう多くない。
「それで、私に何か用かね。君ならばこんな老いぼれなぞ使わなくても、三院の知り合いに渡りを付けられただろうに」
キャベンディッシュは片眼鏡を外し、懐から取り出した布で屈曲硝子を磨く。きらりと光を反射したことに満足すると、再びそれを掛けた。
「役人相手ではどこから情報が漏れるか分からない」
「そういう話か。まったく、嫌になるね」
そう文句を口にしつつも、キャベンディッシュの表情はどこか楽しそうだ。
「で、私を通して政府に伝えたいこととは何かね? 殿下に直接となるとさすがに手間が掛かる。できれば宰相閣下の小言ひとつで済むような話だと嬉しいが」
「その判断はお前に任せる。俺たちのような雇われ情報屋が探れる情報など大して当てにはならないだろう」
「私は情報員としての君の腕を信用しているがね」
「俺は俺の腕を信用していない」
その言葉を吐き出したとき、男の感情がわずかに垣間見えた。
それはどろどろとした何かに塗れ、聞く者に怖気を催させる。
「ふむ、それで?」
キャベンディッシュはこれ以上の問答は無用と判断し、先を促す。
男は物入れから折り畳まれた手巾を取り出すと、それを卓の上で開いた。
「これは、宝石……というにはいささか陳腐だね」
灰色の手巾の上にあったのは、深い赤色をした楕円球だった。
見掛けは加工された宝石にも見えるが、ある程度の目利きができれば、それが宝石などではないことが分かる。
「輝きがあまりにも均一に過ぎる。しかし、硝子玉というわけでもなさそうだ」
キャベンディッシュは目を細めてそれを見詰める。
商人としての彼は、これまで多くの商品を扱ってきた。
その中には宝石もあれば、その贋物もあったし、服飾品に用いる人工宝石などもあった。この楕円球の輝きは、人工宝石に似ている。
「これは――」
「お待たせしました」
さらに問いを重ねようとするキャベンディッシュを遮り、給仕が台車を押して現れる。
傷の男は、給仕が卓の上に視線を向ける前にさっと手巾を畳み、再び物入れに仕舞い込んだ。
「それでは、ごゆっくり」
給仕はキャベンディッシュの前に麦麺と野菜の黄金煮と黒豆茶を、傷の男の前に先ほどの楕円球と同じ色をした紅茶を置くと、一礼して去っていった。
キャベンディッシュは給仕の背中を見送り、一度肩を竦めて銀匙を手に取る。
「食べながら聞こうか」
「構わない」
傷の男は紅茶に手を付け、それを一口含んでから、先ほどキャベンディッシュが口にしようとした疑問に答えた。
「あれは我国――〈ガイエンルツヴィテ〉が中原の遺跡で発見したものだ。俺が預かっているのは比較的低価値のものだが」
「古代遺物か。なら、単なる硝子玉でもそれなりの価値がある。しかし、ただの硝子玉なら、君ほどの男を引っ張り出す理由にはならない」
ヘスティを銀星祭に誘った候補生は、この返事を聞くとあっさりと引き下がった。彼の態度は爽やかであり、周囲にいた誰もが好感を抱いただろう。
まずヘスティに対して無礼な誘いをしたことを謝罪し、続いて彼女に腕を掴まれたままのレクティファールにも深々と頭を下げて謝罪した。
レクティファールがそれを笑って許したことで、その場は完全に収まった。
しかし、問題はこのあと起きた。
レクティファールの姿を見て、彼が『レクト・ハルベルン』であると気付いた候補生が何人かいた。騎士学校で色々な騒動の中心にいたレクティファールであるから、それはいささかも不思議なことではない。
そして、レクティファールとヘスティ双方の名前を知っている候補生が、『レクト・ハルベルンとヘスティ・ラ・フリーガシンは婚約している』という噂を流した。
騎士学校の候補生たちが持つ独自の通信網は、軍のそれよりも遥かに早く情報が広まる。範囲が狭いこともあるが、何よりそうした情報に飢えている年頃の者が多いからだ。
畢竟、レクティファールとタキリ、そしてぐったりとしたヘスティが、騎士学校から少し離れた喫茶店に腰を落ち着けたとき、すでに噂は候補生の間では確定情報となっていたのである。
「――うわぁ」
タキリは懐から出した個人情報端末の表示窓を見て、思わずそう口にした。
騎士学校内部に演算機がある、本来は候補生たちが共同研究や団体演習での仲間を探すための情報掲示板には、すでにレクティファールとヘスティの関係について様々な情報が書かれていた。
レクティファールとヘスティの詳細な個人情報まで載っている。どちらもある程度の個人情報を公開している立場のため、それを見つけ出すことは容易かっただろう。
そろそろ特機研にも事実関係を問い合わせる通信が届いているかもしれない。
タキリは冷や汗を流しながらマリアに文字通信を繋ぎ、制御卓一本指打法で状況説明を開始した。
「あああぁぁぁぁ~~……」
その隣で呻くヘスティ。彼女はタキリと同じように自分の端末を使い、研究所内の情報掲示板を見ていたのだ。
案の定、こちらもまた、騎士学校のそれと同じ内容で盛り上がっている。
《ヘスティたんが……奪われた……もう死のう》
《相手誰よ!? 何? 皇国騎士!? しかも三男坊とか、婿入り嫁入りどっちもいけるじゃん!》
《はっはっは、いやはや、若いとはいいことだ。彼女のお祖父さまにいい報告ができそうだ》
《研究はどうするんだよ。新型の先行量産型がやっと工場の生産工程に乗ったばかりじゃないか》
《でもなんとなく雰囲気変わったと思ってたよ。女は恋愛すると変わるって本当だったんだな》
などなど、かなり好き勝手に書き込まれている。
もはやその流れは止まりそうもない。誰もがヘスティのでまかせを真に受け、それが事実であるかのように受け止めている。
ここ数カ月の間に彼女が変わったことは事実であり、それが一種の裏付けとして機能しているらしかった。
「ひぃ」
ヘスティが頭を抱えていると、タキリが珍妙な悲鳴を上げて端末を放り出す。
ひとり静かに――総ての現実から目を逸らして――お茶を飲んでいたレクティファールは、その端末の表示窓にマリアだけではなく、ルキーティやアナスターシャからの文字通信枠が展開されていることを見て取った。
「私は何も見ていない」
そして、気付かなかったことにした。
偶然マリアが後宮にいて、すでにこの話が彼の婚約者たちの耳に入ってしまったことなど、気付くわけにはいかないのである。
「――!?」
続いて、ヘスティの通信端末から受信を報せる合成音が鳴り出す。
おそるおそるといった様子で端末を操作するヘスティの姿は、まるで考査で赤点を取り、それを隠している子どものようだった。
「うっ」
受信した何かを見たヘスティが呻き、再び卓へと伏せる。ぶつぶつと小さな声で「誰も反対しないとか、わたしの家族は一体どうなってるの?」などと呟いている。
その声は、レクティファールの不必要なまでに高性能な集音機能にも捉えられていたが、今は何を言ったところで慰めにはほど遠いだろうと諦めた。
そしてついに、レクティファールの内にある〈皇剣〉の通信演算領域にも外部から接続があった。接続に付された個別符牒はルキーティだ。
レクティファールは外見ではまったく動揺を見せないまま、しかし内心で嘆息しながら接続を許可する。
〈殿下、ちょっとお話が〉
ルキーティの声は恐ろしいまでに平滑だった。感情どころか生物として最低限の抑揚さえない。まるで人工知性に喋らせているかのようだ。
〈何でしょうか?〉
レクティファールは努めて温和な口調を取った。
何を言いたいのかは分かる。しかしあえて問う形式にしなければ、さらにルキーティの機嫌を損ねることになるだろう。
〈少々面白い話を聞きまして、殿下に事実関係の確認を、と〉
〈面白い話は私も好むところです。笑いは人生を豊かにする〉
〈そうですね。では差し当たってわたしの人生を豊かにしていただきたいのですが〉
そこでルキーティは言葉を句切った。
言葉を選んでいるというよりも、感情そのままの言葉が口から出そうになるのを必死に抑えている風だった。
〈例の噂、事実ですか?〉
〈そういう噂が立つ事態になったことは事実です。ですが、そのような約束を誰かと結んだ事実は存在しません〉
それは精一杯の抵抗だった。
私は悪くない――レクティファールの内心を一言で表すと、こうである。
実際、彼は何もしていない。今回に限れば。
〈そちらで上手く収拾できませんか?〉
〈噂の拡大が早過ぎます。何よりフリーガシン女史とこうした状況になることを想定していませんでしたので〉
ルキーティの言葉は、半分は嘘だった。
レクティファールの周囲にいる独身女性のうち、ある程度の親交がある人物については、何段階かに分けてそうした状況に備えた行動を取る。ヘスティに関しては、まだその段階ではなかったというだけのことだ。
「あ、友達からお祝い来てる」
レクティファールはそんなことを呟いているヘスティを眺めながら、脳裏に響く妖精の声に目を細めた。
〈どうなさいますか? 先ほどルイーズ殿から連絡がありまして、殿下を孝行息子だと褒めておられましたが〉
ウィリィアを嫁に取り、その直後にレクトとしてハルベルン家にヘスティという嫁を迎え入れたのだから、ルイーズの感覚で言えば孝行息子なのだろう。
その感覚が一般的かどうかは別にして。
〈皇府としての意見は?〉
〈良き面も悪しき面もありますが、フリーガシン女史次第でしょう。我々としてはレクト・ハルベルンにより実像を与えることは、そう悪いことではないと考えます〉
レクティファールの虚像として存在するレクト・ハルベルンという男は、書類上はほぼ完全に存在している。
出生から現在に至るまでの総ての記録が用意され、誰がどこで照会したとしても、彼の存在を疑うようなことはないだろう。
無論、人の記憶を作り上げることはできない。しかし、完全記憶といった特殊な例を除き、これまで自分が出会ってきた者総ての顔を憶えている者など、そうそういるものではない。
逆に、実際には面識がないとしても、相手が懐かしそうに過去を語り、その過去の記憶が自分のものと一致していれば、単に自分がその人物を忘れているだけだと思い込むことさえある。
何より、国が全力を挙げて作り上げた虚像だ。それを暴くことができるとするならば、同じ国家だけだろう。
〈ヘスティに負担が掛かりますね〉
〈真実を伝えるかどうかは殿下の判断にお任せします。ですが、皇府としてはどちらを選んでいただいても損をしないだけの差配はいたしましょう〉
〈ルキーティ個人なら?〉
レクティファールの問い掛けに、この国と同じだけの時間を生きてきた妖精は言葉を詰まらせた。
妖精という一種の幻想である彼女にとって、虚像の存在と結婚することになるヘスティはどのように映るのか。レクティファールはルキーティの言葉を待つ。
やがて口を開いたルキーティは、わずかに掠れた声だった。
〈悲しいことだとは思います。レクト・ハルベルンを忘れて普通の相手と番いになり、普通の人生を歩むことの方が楽でしょうし、余計な重荷を背負うこともない〉
今ならまだそうさせることもできる。
誰もが真実だと思っていても、レクティファールやヘスティはそれを認めていないのだ。ただの友人であり、その場しのぎの嘘だったということにすればいい。
〈ただ、それが正しいとは思いません。善悪と正誤は、なんら繋がりを持つものではないのですから〉
世の中でどれほど正道とされることでも、普遍的な善であるとは限らない。
人々がどれほど憎み、悪と断じることであっても、絶対的な悪であるとは限らない。
虚像に現実感を与えるためにひとりの女性の人生を用いることは、今の皇国の価値観では間違いなく悪と判断される。にも拘わらず、ルキーティは間違っているとは言わなかった。
〈どうなさいますか?〉
ルキーティは忠臣としての声で訊ねる。彼女はこのとき、進んで共犯者になろうとしていた。
この国を経済的に発展させるため、多くの人々の人生を変えてきた。これからも変えていく。ならば、ここでひとりかふたりそれが増えたとしても、躊躇う理由にはならない。
〈そうですね……〉
レクティファールは思案する。
今更道徳などは考えない。
摂政としても考えない。
(うん、だいぶ私も悪人になった)
卑怯だと分かっていても、レクト・ハルベルンとして考える。
ヘスティに対して今できることといえば、それだけだった。
「ヘスティさん、どうしましょうね」
レクティファールは腕を組み、〈皇剣〉の演算能力の大半を遮断して考える。人として考えなければならないことだけは理解できていた。
「え?」
「いえ、間違いだったと説明するなら早い方がいいでしょうし」
レクティファールがそう提案すると、ヘスティの表情がわずかに曇る。
それを見ていたタキリが天を仰いだ。
「ええと、やっぱり駄目でしょうか?」
震える声でヘスティが問い返す。
今度は頭を抱えるタキリ。内心では大いにレクティファールを罵倒していたが、それを表に出すことはなかった。
「私は駄目ではありませんが、今回のことは事故のようなものですし。そちらにも色々事情がおありでしょう。重ねて、私の方はろくに話す必要のある相手もいませんが」
「でも、騎士の家柄だと……」
「騎士と言ってもすでに跡継ぎがいますし、私は何かを期待されるような立場ではありません」
ヘスティは戸惑った。
士族相手にとんでもないことをしでかしてしまったと思っていたからだ。
ほとんど付き合いのなかった異性を、本人の承諾もなしに婚約者に仕立て上げる。悪意のあるなしに拘わらず、然るべき場所に訴え出られたら罪になることは間違いない。
レクティファールにその意思がなくとも、彼の家に対して誠意を持って謝罪しなければならないと思っていた。
「あ、あの、わたし!」
そこまで言って、ヘスティは言葉を発することができなくなった。
何と言えばいいのか分からなくなってしまったのだ。
(何でこの人、怒ってないの?)
至極もっともな疑問だろう。
常識的に考えれば、ヘスティがそう思うのは当然だ。仮にレクティファールがヘスティを憎からず思っていたとしても、この状況は完全にヘスティの失敗が引き起こしたもので、それを責める権利がレクティファールにはある。
(助けてもらってばっかりなのに、本当にこれでいいのかしら)
これまで多くの人々に助けてもらったという自覚はある。
そしてこれからも多くの人々の手を借りて生きていくのだろうという予感もある。
だが、今この手を取っていいのか。それは本当に正しいことなのか。
(わたしは、この人をどう思っている?)
せめてそれだけは答えを出さなければならない。
何の躊躇いもなく他人を救うために手を差し伸べることのできるこの男に、自分はどんな気持ちを抱いているのか。
計算、打算、論理的な思考。
研究者として、ひとりの女としての理性が様々な答えを弾き出す。
その中から、ヘスティはひとつを選んだ。
「とりあえず、普通のお付き合いからで……」
「はい」
己に自信はない。
しかし、一度握った手を忘れることもできない。
ならば、この嘘から始まる関係の中で真実を見つけ出そう。
「よろしくお願いします」
そう言って笑う男は少しだけ可愛く見えた。そして、実際に自分よりもいくらか年下だということに気付くのだった。
◇ ◇ ◇
警察組織というものは大抵どこの国にもあるが、その仕事ぶりは随分と異なっている。
賄賂を受け取って犯罪を見逃すような、ほとんどごろつきと変わらない警衛がいる国もあれば、頑として犯罪者と馴れ合うことをせず、ひたすらに国や君主に忠誠を誓う邏卒もいる。
警察組織の形態も様々で、軍が警察業務を行う国もあれば、複数の官庁がそれぞれに組織を抱えている国、警察とは名ばかりの自警団しかいない国も存在する。
だが、犯罪者というものはだいたいどの国でも変わらない。
罪の犯し方に差があるだけで、行動原理は似たようなものだ。
複数の武装船を抱える海賊から、昨日初めて財布を抜き取った掏摸まで、不正な行為で利益を得ようという原則から外れることはない。
バザーク――『密輸団』と呼ばれる彼らもまた、その犯罪者の一種である。
「やあやあ、よくぞ来なすった」
アルカディス湖の運河側に位置する場所に、ハーディンという島がある。
海運事業の拡大に伴って、皇都では捌ききれなくなった商船を受け入れるために作られた半人工島で、多数の商船が引っ切りなしに出入りを繰り返している。
その島唯一にして最大の街、島の名をそのまま取った〈ハーディン〉の繁華街にある屋外軽食屋で、ふたりの男が握手を交わしていた。
「さすが時間通りだ。元軍人さんは几帳面だね」
「――昔のことだ」
にこにこと笑いながら給仕に手を挙げる老人と、顔に一本、右目を裂くような傷を持った男だ。
老人が纏っているのは一目で仕立物と分かる背広服で、卓に引っ掛けてある杖も皇都にある工房の刻印が入った高級品だった。ただ、衣服を変えるだけで、この老人はもっと若く見えるかもしれない。
それに対し、傷の男の服装は草臥れた狩猟服で、椅子の背に掛けられた外套は色々な部分が解れてしまっている。老人に呼ばれてやってきた給仕は、両者の違いに戸惑いを隠せないようだった。
「ご注文をどうぞ」
それでも静々と注文を受けたのは、この店の教育が行き届いている証拠だろう。
「何か温かい食べ物と黒豆茶を貰えるかな。献立は任せるよ」
「はい、そちらのお客様は?」
給仕に問われ、男は卓に置かれた小さな献立表を一瞥する。
何でもいい、とは思ったが、このような店で言うことではない。
「適当な茶を。琥珀酒を垂らしてくれ」
「はい、かしこまりました」
詳しい品を指定しない客は、多くはないが、いないわけでもない。
給仕は注文そのままを用箋に記すと、一礼して卓から離れていった。
「飲んでもいいのかね?」
「この程度、酒のうちに入らない」
老人は男の言葉に「そうかね」と頷くと、被っていた中折れ帽を卓の隅に置いた。
国民議会議員の顔を総て知っている者がいれば、老人――にしては、議会にいるときの彼は溌剌としているせいか、若々しく見えるが――がキャベンディッシュという名の議員であることに気付いただろう。
だがこの国では、議員といえども、顔はほとんど知られていない。
国民にとって議会とは、一部の者たちが志す貴族への登竜門であり、自分たちの要望を皇王に伝えるための伝言役といった程度の認識だ。
そのため、一部の目立つ議員を除けば、大多数の議員は名前さえ憶えてもらえない。五年一期限りの議員をいちいち憶えるほどの暇を持つ国民はそう多くない。
「それで、私に何か用かね。君ならばこんな老いぼれなぞ使わなくても、三院の知り合いに渡りを付けられただろうに」
キャベンディッシュは片眼鏡を外し、懐から取り出した布で屈曲硝子を磨く。きらりと光を反射したことに満足すると、再びそれを掛けた。
「役人相手ではどこから情報が漏れるか分からない」
「そういう話か。まったく、嫌になるね」
そう文句を口にしつつも、キャベンディッシュの表情はどこか楽しそうだ。
「で、私を通して政府に伝えたいこととは何かね? 殿下に直接となるとさすがに手間が掛かる。できれば宰相閣下の小言ひとつで済むような話だと嬉しいが」
「その判断はお前に任せる。俺たちのような雇われ情報屋が探れる情報など大して当てにはならないだろう」
「私は情報員としての君の腕を信用しているがね」
「俺は俺の腕を信用していない」
その言葉を吐き出したとき、男の感情がわずかに垣間見えた。
それはどろどろとした何かに塗れ、聞く者に怖気を催させる。
「ふむ、それで?」
キャベンディッシュはこれ以上の問答は無用と判断し、先を促す。
男は物入れから折り畳まれた手巾を取り出すと、それを卓の上で開いた。
「これは、宝石……というにはいささか陳腐だね」
灰色の手巾の上にあったのは、深い赤色をした楕円球だった。
見掛けは加工された宝石にも見えるが、ある程度の目利きができれば、それが宝石などではないことが分かる。
「輝きがあまりにも均一に過ぎる。しかし、硝子玉というわけでもなさそうだ」
キャベンディッシュは目を細めてそれを見詰める。
商人としての彼は、これまで多くの商品を扱ってきた。
その中には宝石もあれば、その贋物もあったし、服飾品に用いる人工宝石などもあった。この楕円球の輝きは、人工宝石に似ている。
「これは――」
「お待たせしました」
さらに問いを重ねようとするキャベンディッシュを遮り、給仕が台車を押して現れる。
傷の男は、給仕が卓の上に視線を向ける前にさっと手巾を畳み、再び物入れに仕舞い込んだ。
「それでは、ごゆっくり」
給仕はキャベンディッシュの前に麦麺と野菜の黄金煮と黒豆茶を、傷の男の前に先ほどの楕円球と同じ色をした紅茶を置くと、一礼して去っていった。
キャベンディッシュは給仕の背中を見送り、一度肩を竦めて銀匙を手に取る。
「食べながら聞こうか」
「構わない」
傷の男は紅茶に手を付け、それを一口含んでから、先ほどキャベンディッシュが口にしようとした疑問に答えた。
「あれは我国――〈ガイエンルツヴィテ〉が中原の遺跡で発見したものだ。俺が預かっているのは比較的低価値のものだが」
「古代遺物か。なら、単なる硝子玉でもそれなりの価値がある。しかし、ただの硝子玉なら、君ほどの男を引っ張り出す理由にはならない」
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