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15巻
15-2
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タキリはまともな会話が続いていることに内心飛び跳ねるほどに喜びつつ、外面は落ち着いた姿を崩さないまま、レクティファールへの質問を続けた。
「同じ立場、同じ記憶を持つ仲間と、とりあえず何かをして盛り上がることですかね。ひとりで静かに過ごすことが青春という人もいるでしょうし、誰かと恋をすることが青春であるという人もいるでしょうが、私はどうにも色々考えるのは苦手ですから」
「ふふ……ならわたしも同じです。士官学校の同期の中には恋を楽しみ、莫迦騒ぎを楽しむ子もいましたけど……」
何度その手伝いをさせられただろうか。
だが、それさえも懐かしい思い出である。今となっては、同期たちとまともに顔を合わせることもない。
明確な修了式典がない騎士学校では、毎日の何気ない別れがそのまま生涯の別れになることも珍しくなかった。
タキリの同期でさえ、事故で命を落とした者がひとりいる。
戦場ではなかったため、比較的綺麗な姿で家族のもとへと帰ったが、それが幸運とされるのが彼女の仕事なのだ。
「それに、わたしがいるとどうしても場が緊張してしまいますから、あまりそうした場には顔を出さないようにしていました」
異母兄のフガクには、そこまで気を使う必要はないのでは、と言われていたが、相手の立場で考えてみれば、私的な集まりで自分のような立場の者――候補生総長と席を同じくしたいとは思わない。
業務時間外に上司や上官と会うことほど気分が滅入るものは、そうそうない。
「気持ちは分かりますよ。どちらの気持ちもね」
レクティファールは慰めるような言葉を口にしなかった。
ただ同意し、その判断が暗に間違っていなかったことだけを伝える。
タキリがわずかに微笑み、レクティファールはそれを見届けてから周囲に意識を向けた。
先ほどよりも候補生たちの姿が増えている。どうやら講義が終わる時間だったようだ。
雑談をしながら道を並んで歩く若い候補生たちの姿は、市井の学生とほとんど変わらない。纏っているのが候補生の軍装でなければ、ここが騎士学校の敷地だとは気付けないかもしれない。
(これも、彼らが命を懸けて守る風景のひとつかもしれないな……)
レクティファールは脳裏に国主としての思考を挟みつつ、候補生の集団とすれ違った。
そしてそのまま三歩進んだところで、前方から上擦った声が聞こえてきた。
「どうかお願いします!! 一度だけでも、お食事だけで結構ですから!!」
男子候補生の声だ。
はて何事だろうかとタキリと顔を見合わせ、レクティファールは声のした方へと進んでいく。
「あ、あの! すみません、そういうのは……」
「お願いします!」
敷地内にいくつか分散している講義棟、そのひとつの前に人だかりができている。
声は人だかりの中から聞こえてきているようだ。
「ですから、わたしはそういうことをするために、こちらにお邪魔しているわけでは……」
「お願いします!」
声は聞こえども姿は見えず。レクティファールは人垣の外で目を細める。
「ふむ、片方はどこかで聞いたことがある声なんですが……」
「お知り合いですか?」
「世の中にはほとんど同じ声を持つ人もいますから確実ではありませんが、多分そうでしょう」
レクティファールは人垣の外にいる候補生に声を掛ける。
「そこの君」
「え、何、今面白いところ――し、失礼しましたっ!!」
候補生は心底不機嫌そうな顔で振り返り、そこにいるのが現役士官であることに気付くと、慌てて敬礼する。
「何か御用でしょうか!?」
「うん、何があったのかなと思ってね」
緊張で裏返ってしまった声に関しては触れず、レクティファールはこの状況について説明を求めた。
「はっ、候補生が外部講師の女性を銀星祭に誘ったとのことであります!」
そう言い切ってから、彼は自分の口にしたことの危うさに気付いた。
目の前の現役士官が、候補生の私的な行動に厳しい考えを持っていないとも限らない。候補生同士ならば多少の目こぼしも期待できるだろうが、外部の人間を巻き込んでとなると、問題が大きくなってしまう可能性も否定できない。
「あ、あの、候補生は決して周囲の威圧感で相手の女性を脅かそうとか、そういう意図があったわけではなく、単に講義が終わったのを見計らっただけでして……」
「うん、まあ、自分の縄張りでそういう断りにくい雰囲気作るのは、あまり褒められたことではないね」
「ええ、本当に」
タキリが呆れたように溜息を吐く。
周囲を屈強な候補生たちに囲まれた状況で、冷静さを保てる者がどれだけいるだろうか。
これは騎士学校としての醜聞に繋がる可能性がある――そう判断した彼女は、意を決して人垣に飛び込んでいった。
しかし、すぐに悲鳴が聞こえてくる。
「え? ちょっと、あなたたち、ひゃ!? 今お尻触ったの誰!? う、うわわわ……」
タキリのことなど誰も気に掛けていないのだから、突然割り込んだところで道が開けるはずもない。彼女は予想外の状況に慌て、自分がどちらに進んでいるかも分からないまま、必死に人を掻き分ける。
「はぁはぁはぁ……」
最近は軍人としてではなく、イチモンジ家の一員としての仕事の方が多かった。そのせいでろくに鍛錬の時間が取れず、かなり身体が鈍ってしまっていた。
(今夜から、鍛錬の時間増やそう……)
そうしたところで、実際にそれが役立つ場面に送り込まれる可能性は低い。彼女は名門イチモンジ家の宗主であり、蒼龍公の血に連なる者なのだから。
「食事だけでいいんです! 一度だけ! それだけで結構ですから!」
「いえ、ですからそういうわけにも……! あの、手を離してください!」
タキリが人混みの中でもがいている間に、中心部ではさらに状況が進んでいるらしい。女性のせっぱ詰まった声が聞こえてくる。
(まずい。男の方が周囲の雰囲気に呑まれそう!)
周りにいるのが自分の味方だと錯覚し、気が大きくなっているのかもしれない。
「ちょっと、どいて!」
タキリは声を荒らげた。これ以上身内の恥を晒したくないと思ったのか、それとも銀星祭にかこつけて盛り上がっている男女に苛立ったのか、それは本人にも分からない。
(ぎ、銀星祭なんて単なる年末の在庫処分の日だし)
皇国有数の商人貴族であるところのレヴィアタン公爵家と縁戚関係にあるだけあって、タキリもまたそうした経済の動きには敏感だった。さらに言えば、士官は戦争という〝経済活動〟に専門的に従事する以上、余人よりも経済に精通していなければならないという皇国軍の方針もあり、士官教育を受けた者は皆、ある程度の経済知識を備えている。
その知識でもって銀星祭という催事を見れば、それが冬場に滞りがちな一部の経済活動を活性化させるための手段であると分かる。
(寂しくない……寂しくない……)
タキリは自分にそう言い聞かせながら、あと少しで人混みを抜けるというところまで進んだ。
「わ、わたしにはもう結婚を約束した方がいますから……!」
「教官には特定のお相手はいらっしゃらないと伺っています!」
「う、うう……」
どうやら女性はかなり追い込まれているらしい。
このままだと勢いに負けてしまいそうだ。
「ごめんんさい! 通して!」
しかし、前列に向かうに従って、人の密度は高くなっている。
タキリはなかなか前に進めない。もっと大きな声で――と、タキリが息を吸い込んだそのとき、彼女の手を誰かが掴んだ。
「え!?」
誰だ、と思わず振り返ろうとした彼女の隣を、その手の主が通り抜ける。
「――失礼するよ」
「レ――!」
レクティファールだ。
タキリは驚く間もなく、そのままレクティファールに引っ張られていく。
これまで彼女が散々苦しめられていた人垣も、レクティファールが少し声を掛けるだけで真っ二つに割れていく。
一体どうして、と思うタキリがレクティファールの進む先へ視線を向けると、前方にいた候補生が何かに怯えるように背後を振り返り、慌てて道を空けていることに気付いた。
(な、なんでみんなそんな怯えたような顔を……)
手を引かれる彼女の位置からは、レクティファールの表情を見ることができない。だが、似たような光景を見たことはある。
(マリア様だ)
タキリが公都ペイフェルに挨拶に赴いた際、マリアに連れられて街に出たことがある。お忍びの視察という話だったが、今から思えば可愛げのない子どもだった自分を少しでも楽しませようというマリアの心遣いだったのではないだろうか。
だが視察の最中、喧嘩の現場に出くわした。
マリアは当初面白そうに眺めていたのだが、やがて一対一の喧嘩の熱気が周囲に伝播し、暴動へと発展しかけた。マリアはタキリに笑いかけてその場で待つように言うと、人垣の中へと優雅な足取りで進んでいく。
(最初は、誰もマリア様に気付いていなかった。でも、人垣に近付くと誰もが振り返り、慌てて道を空けた)
それは動物的な本能だ。
平穏な社会の中でどれほど鈍っても、絶対に忘れることができない絶対的強者。超越者への畏怖。当人が考えるよりも早く身体は動くのだ。
「レクト様!」
「静かに」
ここで目立つのは得策ではない。あまりに騒ぎが大きくなれば自分では抑えきれなくなる。タキリはレクティファールをその場に押し留めるべく握り締められた手を引っ張ったが、彼の答えは静かな拒絶だった。
「どうにも知り合いのようでして、ここで放っておくのは気分が良くない」
「気分って……」
タキリはぎょっとした。
しかし、反論が自分の中にないことに気付く。
気分、そう気分だ。それだけでこの男はあらゆることを行うのだ。
そうでなければ、イチモンジ家のタキリとして、使命のことばかりを考えていた自分のような女を、このような場にまで引き摺り出すことはできなかった。
「――――」
それに思い至ると、途端にレクティファールの手に包まれている部分が熱を持つ。その熱が腕を伝って心臓に達し、鼓動が倍ほども速くなった気がした。
(な、なんでこんな……)
タキリは不承不承ながらも、恋心の存在を認めた。認めざるを得なかった。そうしなければ説明できないことが山のようにあったからだ。
しかし、それは理性によって制御できるはずだと信じていた。恋慕の情も感情であるならば、怒りや悲しみと同じように律することができるのだと。
だが、一歩進むごとにタキリの顔は赤く染まっていく。
手を繋いでいるだけで。
「あ、ああ、あの……!」
手を離してもらおう。そう決断してタキリが顔を上げる。
ちょうどそのとき、ふたりは人の海を越えた。
そこにいたのは、ヘスティ・ラ・フリーガシンだった。
ヘスティはこの日、軍と特機研の間で交わされた協定に従い、新型自動人形に関する基礎的な学習の教官として騎士学校に赴いていた。
講義もすでに五回目。最初は大いに緊張してまともに喋ることもできなかった。しかし、教える相手が教官に対して失礼のないようにすることを徹底的に叩き込まれた候補生たちであるのは幸いだった。徐々に慣れて、今では研究所で同僚や上司に説明を行うときと変わらない態度で、教官としての任を遂行することができるようになっていた。
(明日は砲兵の講義よね。あの資料って機密分類どれだったっけ?)
候補生たちの敬礼を受けつつ廊下を進み、ヘスティは翌日の講義に使いたい資料が候補生たちに開示できるものだったか思い出そうとしていた。
特機研が扱う機密情報は、国が設定する最高階級の機密から、特機研が独自に設定している管理秘密まで幅広い。軍や特機研が決めた分類の機密情報は、申請さえ行えば候補生たちに開示することも可能なのだ。
できるなら候補生たちにもっとも役立つことを教えたい。ヘスティは情報開示申請書の文面を考えながら、講義棟の外に出た。
「うう、寒くなったなぁ」
意地の悪い風が、身体を縮こませた彼女の首筋から熱を奪っていく。
騒動に巻き込まれてしまった北の地よりは遥かにましだが、湖の中に浮かぶ群島の風は非常に冷えている。夏ならば涼しい風を運んでくれる湖は、水温の方が気温より高くなる本格的な冬になるまでは彼女の敵だった。
「明日はもうちょっと厚着してこよう」
講義室は暖房が効いており、さらに身振り手振りで説明を行うこともあって、こうして外に出ない限りは寒さを感じない。だが、一歩外に出ると上着を羽織っても寒さを防ぐことができない。
騎士学校の敷地は広く、建物の密度はあまり高くなかった。そのせいで風を遮るものがなく、湖の上で冷やされた風がそのまま吹きつける。特機研も似たようなものだが、そもそも特機研にいるときの彼女は自分の研究室に籠もりきりだ。
(ここ数年、ずっとそんな感じだったから、冬がこんなに寒いって忘れてた……)
教官職も、去年の自分だったら間違いなく固辞していただろう。
他人にものを教えるなど、自分には絶対に無理だと断言できた。
だが、ここ半年の間に起きた様々な事件が、彼女の己に対する評価を変化させた。
おそらく自分に教師は向いていない。しかれども、それを理由に人にものを教えてはならないということはない。向き不向き、得手不得手は誰にでもある。それを理由に己の道を決めるのもいい。しかし、必ずその道を進まなければならないという道理もないのだ。
「やってみれば結構楽しいしね」
人に何かを理解させる。それも研究所の人々と違い、前提となる知識を持たない者に理解させなければならない。
客観的に見て自動人形とは如何なるものか、高度な専門知識を持たないまま将来自動人形を扱うことになる士官たちに何を伝えるべきか、ヘスティはそれを考えるようになった。
「今度の論文、これを題材にしようかな」
彼女はその言葉通り、一カ月後には軍における自動人形運用を題材にした論文を書き上げることになる。それは『新・機兵論』という名で皇国どころか世界中へと広まり、やがて星の海さえ越えた先にまで到達する。
「へくちっ」
しかしそれを本人が知ることはなく、彼女の存命中はあくまで皇国の軍人たちの間で読まれ、研究されるだけの論文だった。
「うー、早く戻ろう」
少し歩調を早めるヘスティ。
早く戻って申請書を提出し、講義の準備をしようと思った。
その背に声が掛けられた。
「教官! フリーガシン教官!」
「はい?」
こうして声を掛けられるのも珍しいことではない。大抵は講義の内容に関する質問だったり確認であったりするのだが、今回は少し様子が違った。
講義棟から走ってきたのは、いつも熱心に彼女の講義を聴いている候補生なのだが、妙に視線が泳いでいる。立ち止まったヘスティの前に立っても、彼の目が彼女へまっすぐに向けられることはなかった。
そしてそのまま、候補生はヘスティに右手を差し伸ばす。
「銀星祭の日、ご一緒に食事など如何でしょうか!?」
ヘスティは一瞬意識がどこかへ吹き飛んだ。
「へ?」
間の抜けた声を発する彼女に、候補生はさらに言い募る。
「お忙しい教官のお手は煩わせません! 総て自分が取り計らいます!」
反論を許さない機関砲のごとき言葉の連続。
ヘスティの頭脳が再起動を果たしたとき、ふたりの周囲には候補生たちが集まり出していた。
それに気付いたヘスティが慌ててしまい、状況はより悪化する。
もしもこの時点で彼女がはっきりと断っていれば、候補生も諦めた可能性が高い。彼らは若くとも道理を叩き込まれた軍の士官候補生だ。感情に任せて相手を押し切るような真似はしない。
「いえ、わたしはそういうことは……」
しかし、ヘスティの態度は、どちらかと言えば拒否、といった程度のものだった。
これでは相手に真意が伝わらない。
普段の彼女を知っていれば、ただ勢いに圧倒されてまともな返答ができないだけだとすぐに分かるが、講義でしか顔を合わせない候補生にそれを期待するのは酷だ。
このときの候補生の目には、タキリがそれほど嫌がっていないように見えた。逃げ出したい自分を必死に抑え込みながら、辛うじて引き攣った愛想笑いを浮かべているとは、まったく考えもしていなかった。
「どうかお願いします!! 一度だけでも、お食事だけで結構ですから!!」
そのとき自分が何と答えたのかさえ、ヘスティは覚えていない。
ただ、候補生がより強く彼女に迫るようになったのは事実である。
(恐い……)
それなりの人生を送ってきたが、ヘスティはこうして異性に食事に誘われる経験がほとんどなかった。その数少ない経験も、顔見知りの研究者が冗談交じりに誘ってきた、というものだ。
学生時代といえば、勉強に没頭してほとんど友人もおらず、従って銀星祭は家族と過ごすかひとりで勉強をしているだけだった。
そのため、彼女は目の前の若者にどう返答すればいいのか分からない。
同僚の研究者にするようにすればいいのか、教官として強い態度に出ればいいのか、それとも個人として拒絶すればいいのか。
(どうしよう、どうしよう……なんか人も増えてきてるし……)
「食事だけでいいんです! 一度だけ! それだけで結構ですから!」
候補生の名誉のために言えば、彼は多少強引であっても、紳士的な態度を最後まで崩さなかった。ヘスティに必要以上に近付くこともなかったし、声を荒らげることもしなかった。
ただひとつ、相手が悪かった。
彼は年上の女性を誘うつもりで行動したが、ヘスティを誘うのであれば、同年代か少し年下の女性を相手にするような態度を取るべきだったのだ。
「わ、わたしにはもう結婚を約束した方がいますから……!」
ヘスティは必死に言い訳を考える。
相手の顔に泥を塗らないよう、自然と相手が諦めるよう、仕向けたかった。
しかし、候補生は周密だった。軍人としてまったく正しく、褒められるべき行動力でヘスティの周囲の情報を集めていた。無論、常識の範囲内で。
「教官には特定のお相手はいらっしゃらないと伺っています!」
だからこそ、誘おうと思ったのだ。
恋人の影でもあれば、候補生は皇国軍人として名誉ある撤退を選んだ。己が焦がれた女性はやはり他人から見ても素晴らしい人だったのだと、自分を慰めただろう。
「いえ、実はその……」
ヘスティは必死だった。
もはや恐怖が心の半分を占めていた。
周囲を囲まれ、それが総て敵のように思えてきた。
故に、視界に見知った顔を見付けたとき、彼女は思わず行動していた。
人垣を割って現れた陸軍の軍人に駆け寄り、その腕を取って叫んだのだ。
「こ、この人です! この人がさっき言ったわたしの婚約者です!!」
ヘスティが取った腕とは反対の手に引かれた女性が、彼女の言葉にもの凄い表情を浮かべていることにも気付かないまま、彼女は全力で叫ぶ。
「ですから、あなたのお誘いにはお応えできません!」
周囲にどよめきが広がった。
「同じ立場、同じ記憶を持つ仲間と、とりあえず何かをして盛り上がることですかね。ひとりで静かに過ごすことが青春という人もいるでしょうし、誰かと恋をすることが青春であるという人もいるでしょうが、私はどうにも色々考えるのは苦手ですから」
「ふふ……ならわたしも同じです。士官学校の同期の中には恋を楽しみ、莫迦騒ぎを楽しむ子もいましたけど……」
何度その手伝いをさせられただろうか。
だが、それさえも懐かしい思い出である。今となっては、同期たちとまともに顔を合わせることもない。
明確な修了式典がない騎士学校では、毎日の何気ない別れがそのまま生涯の別れになることも珍しくなかった。
タキリの同期でさえ、事故で命を落とした者がひとりいる。
戦場ではなかったため、比較的綺麗な姿で家族のもとへと帰ったが、それが幸運とされるのが彼女の仕事なのだ。
「それに、わたしがいるとどうしても場が緊張してしまいますから、あまりそうした場には顔を出さないようにしていました」
異母兄のフガクには、そこまで気を使う必要はないのでは、と言われていたが、相手の立場で考えてみれば、私的な集まりで自分のような立場の者――候補生総長と席を同じくしたいとは思わない。
業務時間外に上司や上官と会うことほど気分が滅入るものは、そうそうない。
「気持ちは分かりますよ。どちらの気持ちもね」
レクティファールは慰めるような言葉を口にしなかった。
ただ同意し、その判断が暗に間違っていなかったことだけを伝える。
タキリがわずかに微笑み、レクティファールはそれを見届けてから周囲に意識を向けた。
先ほどよりも候補生たちの姿が増えている。どうやら講義が終わる時間だったようだ。
雑談をしながら道を並んで歩く若い候補生たちの姿は、市井の学生とほとんど変わらない。纏っているのが候補生の軍装でなければ、ここが騎士学校の敷地だとは気付けないかもしれない。
(これも、彼らが命を懸けて守る風景のひとつかもしれないな……)
レクティファールは脳裏に国主としての思考を挟みつつ、候補生の集団とすれ違った。
そしてそのまま三歩進んだところで、前方から上擦った声が聞こえてきた。
「どうかお願いします!! 一度だけでも、お食事だけで結構ですから!!」
男子候補生の声だ。
はて何事だろうかとタキリと顔を見合わせ、レクティファールは声のした方へと進んでいく。
「あ、あの! すみません、そういうのは……」
「お願いします!」
敷地内にいくつか分散している講義棟、そのひとつの前に人だかりができている。
声は人だかりの中から聞こえてきているようだ。
「ですから、わたしはそういうことをするために、こちらにお邪魔しているわけでは……」
「お願いします!」
声は聞こえども姿は見えず。レクティファールは人垣の外で目を細める。
「ふむ、片方はどこかで聞いたことがある声なんですが……」
「お知り合いですか?」
「世の中にはほとんど同じ声を持つ人もいますから確実ではありませんが、多分そうでしょう」
レクティファールは人垣の外にいる候補生に声を掛ける。
「そこの君」
「え、何、今面白いところ――し、失礼しましたっ!!」
候補生は心底不機嫌そうな顔で振り返り、そこにいるのが現役士官であることに気付くと、慌てて敬礼する。
「何か御用でしょうか!?」
「うん、何があったのかなと思ってね」
緊張で裏返ってしまった声に関しては触れず、レクティファールはこの状況について説明を求めた。
「はっ、候補生が外部講師の女性を銀星祭に誘ったとのことであります!」
そう言い切ってから、彼は自分の口にしたことの危うさに気付いた。
目の前の現役士官が、候補生の私的な行動に厳しい考えを持っていないとも限らない。候補生同士ならば多少の目こぼしも期待できるだろうが、外部の人間を巻き込んでとなると、問題が大きくなってしまう可能性も否定できない。
「あ、あの、候補生は決して周囲の威圧感で相手の女性を脅かそうとか、そういう意図があったわけではなく、単に講義が終わったのを見計らっただけでして……」
「うん、まあ、自分の縄張りでそういう断りにくい雰囲気作るのは、あまり褒められたことではないね」
「ええ、本当に」
タキリが呆れたように溜息を吐く。
周囲を屈強な候補生たちに囲まれた状況で、冷静さを保てる者がどれだけいるだろうか。
これは騎士学校としての醜聞に繋がる可能性がある――そう判断した彼女は、意を決して人垣に飛び込んでいった。
しかし、すぐに悲鳴が聞こえてくる。
「え? ちょっと、あなたたち、ひゃ!? 今お尻触ったの誰!? う、うわわわ……」
タキリのことなど誰も気に掛けていないのだから、突然割り込んだところで道が開けるはずもない。彼女は予想外の状況に慌て、自分がどちらに進んでいるかも分からないまま、必死に人を掻き分ける。
「はぁはぁはぁ……」
最近は軍人としてではなく、イチモンジ家の一員としての仕事の方が多かった。そのせいでろくに鍛錬の時間が取れず、かなり身体が鈍ってしまっていた。
(今夜から、鍛錬の時間増やそう……)
そうしたところで、実際にそれが役立つ場面に送り込まれる可能性は低い。彼女は名門イチモンジ家の宗主であり、蒼龍公の血に連なる者なのだから。
「食事だけでいいんです! 一度だけ! それだけで結構ですから!」
「いえ、ですからそういうわけにも……! あの、手を離してください!」
タキリが人混みの中でもがいている間に、中心部ではさらに状況が進んでいるらしい。女性のせっぱ詰まった声が聞こえてくる。
(まずい。男の方が周囲の雰囲気に呑まれそう!)
周りにいるのが自分の味方だと錯覚し、気が大きくなっているのかもしれない。
「ちょっと、どいて!」
タキリは声を荒らげた。これ以上身内の恥を晒したくないと思ったのか、それとも銀星祭にかこつけて盛り上がっている男女に苛立ったのか、それは本人にも分からない。
(ぎ、銀星祭なんて単なる年末の在庫処分の日だし)
皇国有数の商人貴族であるところのレヴィアタン公爵家と縁戚関係にあるだけあって、タキリもまたそうした経済の動きには敏感だった。さらに言えば、士官は戦争という〝経済活動〟に専門的に従事する以上、余人よりも経済に精通していなければならないという皇国軍の方針もあり、士官教育を受けた者は皆、ある程度の経済知識を備えている。
その知識でもって銀星祭という催事を見れば、それが冬場に滞りがちな一部の経済活動を活性化させるための手段であると分かる。
(寂しくない……寂しくない……)
タキリは自分にそう言い聞かせながら、あと少しで人混みを抜けるというところまで進んだ。
「わ、わたしにはもう結婚を約束した方がいますから……!」
「教官には特定のお相手はいらっしゃらないと伺っています!」
「う、うう……」
どうやら女性はかなり追い込まれているらしい。
このままだと勢いに負けてしまいそうだ。
「ごめんんさい! 通して!」
しかし、前列に向かうに従って、人の密度は高くなっている。
タキリはなかなか前に進めない。もっと大きな声で――と、タキリが息を吸い込んだそのとき、彼女の手を誰かが掴んだ。
「え!?」
誰だ、と思わず振り返ろうとした彼女の隣を、その手の主が通り抜ける。
「――失礼するよ」
「レ――!」
レクティファールだ。
タキリは驚く間もなく、そのままレクティファールに引っ張られていく。
これまで彼女が散々苦しめられていた人垣も、レクティファールが少し声を掛けるだけで真っ二つに割れていく。
一体どうして、と思うタキリがレクティファールの進む先へ視線を向けると、前方にいた候補生が何かに怯えるように背後を振り返り、慌てて道を空けていることに気付いた。
(な、なんでみんなそんな怯えたような顔を……)
手を引かれる彼女の位置からは、レクティファールの表情を見ることができない。だが、似たような光景を見たことはある。
(マリア様だ)
タキリが公都ペイフェルに挨拶に赴いた際、マリアに連れられて街に出たことがある。お忍びの視察という話だったが、今から思えば可愛げのない子どもだった自分を少しでも楽しませようというマリアの心遣いだったのではないだろうか。
だが視察の最中、喧嘩の現場に出くわした。
マリアは当初面白そうに眺めていたのだが、やがて一対一の喧嘩の熱気が周囲に伝播し、暴動へと発展しかけた。マリアはタキリに笑いかけてその場で待つように言うと、人垣の中へと優雅な足取りで進んでいく。
(最初は、誰もマリア様に気付いていなかった。でも、人垣に近付くと誰もが振り返り、慌てて道を空けた)
それは動物的な本能だ。
平穏な社会の中でどれほど鈍っても、絶対に忘れることができない絶対的強者。超越者への畏怖。当人が考えるよりも早く身体は動くのだ。
「レクト様!」
「静かに」
ここで目立つのは得策ではない。あまりに騒ぎが大きくなれば自分では抑えきれなくなる。タキリはレクティファールをその場に押し留めるべく握り締められた手を引っ張ったが、彼の答えは静かな拒絶だった。
「どうにも知り合いのようでして、ここで放っておくのは気分が良くない」
「気分って……」
タキリはぎょっとした。
しかし、反論が自分の中にないことに気付く。
気分、そう気分だ。それだけでこの男はあらゆることを行うのだ。
そうでなければ、イチモンジ家のタキリとして、使命のことばかりを考えていた自分のような女を、このような場にまで引き摺り出すことはできなかった。
「――――」
それに思い至ると、途端にレクティファールの手に包まれている部分が熱を持つ。その熱が腕を伝って心臓に達し、鼓動が倍ほども速くなった気がした。
(な、なんでこんな……)
タキリは不承不承ながらも、恋心の存在を認めた。認めざるを得なかった。そうしなければ説明できないことが山のようにあったからだ。
しかし、それは理性によって制御できるはずだと信じていた。恋慕の情も感情であるならば、怒りや悲しみと同じように律することができるのだと。
だが、一歩進むごとにタキリの顔は赤く染まっていく。
手を繋いでいるだけで。
「あ、ああ、あの……!」
手を離してもらおう。そう決断してタキリが顔を上げる。
ちょうどそのとき、ふたりは人の海を越えた。
そこにいたのは、ヘスティ・ラ・フリーガシンだった。
ヘスティはこの日、軍と特機研の間で交わされた協定に従い、新型自動人形に関する基礎的な学習の教官として騎士学校に赴いていた。
講義もすでに五回目。最初は大いに緊張してまともに喋ることもできなかった。しかし、教える相手が教官に対して失礼のないようにすることを徹底的に叩き込まれた候補生たちであるのは幸いだった。徐々に慣れて、今では研究所で同僚や上司に説明を行うときと変わらない態度で、教官としての任を遂行することができるようになっていた。
(明日は砲兵の講義よね。あの資料って機密分類どれだったっけ?)
候補生たちの敬礼を受けつつ廊下を進み、ヘスティは翌日の講義に使いたい資料が候補生たちに開示できるものだったか思い出そうとしていた。
特機研が扱う機密情報は、国が設定する最高階級の機密から、特機研が独自に設定している管理秘密まで幅広い。軍や特機研が決めた分類の機密情報は、申請さえ行えば候補生たちに開示することも可能なのだ。
できるなら候補生たちにもっとも役立つことを教えたい。ヘスティは情報開示申請書の文面を考えながら、講義棟の外に出た。
「うう、寒くなったなぁ」
意地の悪い風が、身体を縮こませた彼女の首筋から熱を奪っていく。
騒動に巻き込まれてしまった北の地よりは遥かにましだが、湖の中に浮かぶ群島の風は非常に冷えている。夏ならば涼しい風を運んでくれる湖は、水温の方が気温より高くなる本格的な冬になるまでは彼女の敵だった。
「明日はもうちょっと厚着してこよう」
講義室は暖房が効いており、さらに身振り手振りで説明を行うこともあって、こうして外に出ない限りは寒さを感じない。だが、一歩外に出ると上着を羽織っても寒さを防ぐことができない。
騎士学校の敷地は広く、建物の密度はあまり高くなかった。そのせいで風を遮るものがなく、湖の上で冷やされた風がそのまま吹きつける。特機研も似たようなものだが、そもそも特機研にいるときの彼女は自分の研究室に籠もりきりだ。
(ここ数年、ずっとそんな感じだったから、冬がこんなに寒いって忘れてた……)
教官職も、去年の自分だったら間違いなく固辞していただろう。
他人にものを教えるなど、自分には絶対に無理だと断言できた。
だが、ここ半年の間に起きた様々な事件が、彼女の己に対する評価を変化させた。
おそらく自分に教師は向いていない。しかれども、それを理由に人にものを教えてはならないということはない。向き不向き、得手不得手は誰にでもある。それを理由に己の道を決めるのもいい。しかし、必ずその道を進まなければならないという道理もないのだ。
「やってみれば結構楽しいしね」
人に何かを理解させる。それも研究所の人々と違い、前提となる知識を持たない者に理解させなければならない。
客観的に見て自動人形とは如何なるものか、高度な専門知識を持たないまま将来自動人形を扱うことになる士官たちに何を伝えるべきか、ヘスティはそれを考えるようになった。
「今度の論文、これを題材にしようかな」
彼女はその言葉通り、一カ月後には軍における自動人形運用を題材にした論文を書き上げることになる。それは『新・機兵論』という名で皇国どころか世界中へと広まり、やがて星の海さえ越えた先にまで到達する。
「へくちっ」
しかしそれを本人が知ることはなく、彼女の存命中はあくまで皇国の軍人たちの間で読まれ、研究されるだけの論文だった。
「うー、早く戻ろう」
少し歩調を早めるヘスティ。
早く戻って申請書を提出し、講義の準備をしようと思った。
その背に声が掛けられた。
「教官! フリーガシン教官!」
「はい?」
こうして声を掛けられるのも珍しいことではない。大抵は講義の内容に関する質問だったり確認であったりするのだが、今回は少し様子が違った。
講義棟から走ってきたのは、いつも熱心に彼女の講義を聴いている候補生なのだが、妙に視線が泳いでいる。立ち止まったヘスティの前に立っても、彼の目が彼女へまっすぐに向けられることはなかった。
そしてそのまま、候補生はヘスティに右手を差し伸ばす。
「銀星祭の日、ご一緒に食事など如何でしょうか!?」
ヘスティは一瞬意識がどこかへ吹き飛んだ。
「へ?」
間の抜けた声を発する彼女に、候補生はさらに言い募る。
「お忙しい教官のお手は煩わせません! 総て自分が取り計らいます!」
反論を許さない機関砲のごとき言葉の連続。
ヘスティの頭脳が再起動を果たしたとき、ふたりの周囲には候補生たちが集まり出していた。
それに気付いたヘスティが慌ててしまい、状況はより悪化する。
もしもこの時点で彼女がはっきりと断っていれば、候補生も諦めた可能性が高い。彼らは若くとも道理を叩き込まれた軍の士官候補生だ。感情に任せて相手を押し切るような真似はしない。
「いえ、わたしはそういうことは……」
しかし、ヘスティの態度は、どちらかと言えば拒否、といった程度のものだった。
これでは相手に真意が伝わらない。
普段の彼女を知っていれば、ただ勢いに圧倒されてまともな返答ができないだけだとすぐに分かるが、講義でしか顔を合わせない候補生にそれを期待するのは酷だ。
このときの候補生の目には、タキリがそれほど嫌がっていないように見えた。逃げ出したい自分を必死に抑え込みながら、辛うじて引き攣った愛想笑いを浮かべているとは、まったく考えもしていなかった。
「どうかお願いします!! 一度だけでも、お食事だけで結構ですから!!」
そのとき自分が何と答えたのかさえ、ヘスティは覚えていない。
ただ、候補生がより強く彼女に迫るようになったのは事実である。
(恐い……)
それなりの人生を送ってきたが、ヘスティはこうして異性に食事に誘われる経験がほとんどなかった。その数少ない経験も、顔見知りの研究者が冗談交じりに誘ってきた、というものだ。
学生時代といえば、勉強に没頭してほとんど友人もおらず、従って銀星祭は家族と過ごすかひとりで勉強をしているだけだった。
そのため、彼女は目の前の若者にどう返答すればいいのか分からない。
同僚の研究者にするようにすればいいのか、教官として強い態度に出ればいいのか、それとも個人として拒絶すればいいのか。
(どうしよう、どうしよう……なんか人も増えてきてるし……)
「食事だけでいいんです! 一度だけ! それだけで結構ですから!」
候補生の名誉のために言えば、彼は多少強引であっても、紳士的な態度を最後まで崩さなかった。ヘスティに必要以上に近付くこともなかったし、声を荒らげることもしなかった。
ただひとつ、相手が悪かった。
彼は年上の女性を誘うつもりで行動したが、ヘスティを誘うのであれば、同年代か少し年下の女性を相手にするような態度を取るべきだったのだ。
「わ、わたしにはもう結婚を約束した方がいますから……!」
ヘスティは必死に言い訳を考える。
相手の顔に泥を塗らないよう、自然と相手が諦めるよう、仕向けたかった。
しかし、候補生は周密だった。軍人としてまったく正しく、褒められるべき行動力でヘスティの周囲の情報を集めていた。無論、常識の範囲内で。
「教官には特定のお相手はいらっしゃらないと伺っています!」
だからこそ、誘おうと思ったのだ。
恋人の影でもあれば、候補生は皇国軍人として名誉ある撤退を選んだ。己が焦がれた女性はやはり他人から見ても素晴らしい人だったのだと、自分を慰めただろう。
「いえ、実はその……」
ヘスティは必死だった。
もはや恐怖が心の半分を占めていた。
周囲を囲まれ、それが総て敵のように思えてきた。
故に、視界に見知った顔を見付けたとき、彼女は思わず行動していた。
人垣を割って現れた陸軍の軍人に駆け寄り、その腕を取って叫んだのだ。
「こ、この人です! この人がさっき言ったわたしの婚約者です!!」
ヘスティが取った腕とは反対の手に引かれた女性が、彼女の言葉にもの凄い表情を浮かべていることにも気付かないまま、彼女は全力で叫ぶ。
「ですから、あなたのお誘いにはお応えできません!」
周囲にどよめきが広がった。
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