白の皇国物語

白沢戌亥

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9巻

9-2

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「他のお嬢様方には何か贈られますか?」
「――ふむ」

 レクティファールは女性の言葉に考え込む。
 折角せっかくここまで足を延ばしたのだから、メリエラとリリシアに何か贈るのも良いかもしれない。
 もちろん、彼女たちに何か贈るのならば、後宮にいる残りの姫君たちにも贈り物をしなくてはならないが、これは必要なことだろう。
 物品だけでは心意の代わりにはならないが、心意だけでもまた贈り物とは言えない。贈り物に心意をこめることで、ようやく心からのものとなるのだ。

「何かありますか」
「そうですね、同じ意匠いしょうを使い、別の宝玉で仕上げた首飾りなどは如何いかがでしょう。小さく質素なものですが、その分どんな衣裳いしょうにも合いますし、必要以上の自己主張もいたしません」

 女性はそう説明しながら、レクティファールを首飾りの並ぶ一角に案内する。
 硝子ガラスの商品棚にちんれつされた首飾りは、いずれも値札にるいするものがなかった。

「こちらです」

 それらの品々の中で彼女が示したのは、まるでにじのように色合いを変化させる十二の首飾り。
 どれも小振りだが、その分細かいところまで手が入れられていて、見れば見るほど新たな発見がある。
 大きな差はないが、まったく同じものでもない。それは『妃』と呼ばれる女性たちと共通している。
 彼女たちは『妃』という大枠の中でのみ、個性を出すことが許されているのだ。それを責務と呼ぶか、せいと呼ぶか、本人たちさえ知らない。

「どの石も、店主が自ら足を運び手に入れたものです。この十二本の中に、他におとるものはひとつとして存在しません」
「なるほど」

 レクティファールが〈皇剣〉の解析機能を使用して見れば、これらの首飾りが希少な宝石を使用したものであるのはすぐに分かった。中には加工の難しい石も含まれており、この店がリンドヴルム公爵家の用達ようたしだということに疑問の余地はない。
 女性は薄い手袋を着けると、ごくごく薄い青色の光を内包した、無色に近い首飾りを取り出して、レクティファールに差し示した。

「これなど、あすこにおわす銀髪のお嬢様に良くお似合いかと。舞踏会ぶとうかいなどでもせいしょうを好まれるのでしょうから、あまり強いものはけた方がよろしいでしょうね」
「うん」

 確かに、メリエラはあまり派手な衣裳いしょうを好まない。
 元々の印象が月のような女性なので、レクティファールとしても非常に本意だった。

「もうひとりのわいらしいお嬢様には、こちらの色がお似合いかと」

 先程の首飾りを棚の上の底浅の箱に置き、女性は別の首飾りを取り出した。
 宝石の色は輝くみどり
 新緑の持つ、未来へ向かおうとする独特の生命力を封じたかのような石だ。

「鎖の長さを調節すれば、身のたけや体型が変わっても困ることはありませんし、色々な衣裳いしょうに合わせやすくなります。色も先程のものより強いですから、あのお嬢様の活発な印象には合うのではないでしょうか」

 レクティファールは女性の説明にあいづちを打ちながら、この首飾りを着けたふたりの姿を想像してみる。
 くだんのふたりといえば、店員のひとりを捕まえて色々試着している最中らしく、レクティファールに意識を向けているりはない。ただ、りを見せないだけで内心レクティファールの行動に強い興味を示しているのは間違いないだろう。
 彼は、美しい細工の施された指輪をめてとうぜんとしているリリシアと、それを見て苦笑しているメリエラに目を向け、さらに店の奥で視力測定を行っているリーデを思い浮かべて、小さくうなずいた。
 脳裏には、彼の〝家〟にいる女性たちの姿も映し出されている。

「――いただきましょう」

 こんな特別でも何でもない贈り物で良いのか迷う部分も多くあるが、少しでも相手に自分の気持ちが伝わるなら、そう悪い買い物ではない。
 物をひとつの手段として考えれば、どんな贈り物でもそれは意味を持つ。相手に自分の感情を伝える一助になるなら、無意味ではないのだ。

「どちらにお送りすればよろしいですか?」

 女性はレクティファールの内心を知ってか知らずか、先程よりも笑みを深めてたずねる。
 レクティファールは近くに置いてあったようせんたばにハルベルン家の住所を書き付け、それを手渡した。

「こちらにお願いします」
「かしこまりました。お客様のお名前もいただいてよろしいでしょうか」

 女性はようせんを受け取ると、続いてレクティファールの名をたずねた。
 彼は少しの躊躇ためらいもなく、もうひとつの名を告げる。

「レクト、レクト・ハルベルン」

 女性はレクトの名をようせんに記すと、「皇都内ですので、本日中にお届けいたします」とけ負った。
 ハルベルン家には既に連絡を入れておいたから、特に混乱することもないだろう。

「あの、レクト様、良かったら選んでいただけますか」

 店の奥からレクティファールを呼ぶリーデの声。
 視力測定が済み、眼鏡めがねの形状そのものを選んでいるようだ。
 レクティファールは女性に先導され、応接室らしき部屋に入った。
 黒光りする卓の上には、六つほどの見本の眼鏡めがね。そのどれもが手の込んだ芸術品と呼んで差しつかえのないもので、リーデはその卓を前にして、困惑そのものの表情で座っていた。彼女は部屋に入ったレクティファールを見ると、ほっとあんいきを漏らす。
 レクティファールはそれに気付き、あいまいな笑みを見せた。そのまま特に何も言わずに彼女の隣に腰を下ろし、しげしげと見本をひとつひとつ確認していく。

「リーデはどれが良いのですか」

 視線を見本に向けたまま、レクティファールはリーデに問う。可能な限りリーデの好みを考慮こうりょしたかった。
 贈ったものが好みではなかったというのは、彼の本心ではない。

「わたしは、これなど良いと思っているのですが……」

 リーデは、見本の中のひとつを指した。
 黒く細いふちを持つその眼鏡めがねは、普段リーデが掛けているものと大きな差はない。ただ、その黒はめずらしい黒べっこうを用いているらしく、レクティファールが見た見本の中ではひときわ上等な品に見えた。

「実は、一番、その……」
「高いと」

 使用されている材質やその取引額しか分からないレクティファールの目にさえそう見えるのだ。見る者が見れば、明らかに異なるのかもしれない。

「はい……」

 リーデはそのな性格から、一番高い物が欲しいとは言えなかった。レクティファールの意見が聞きたいというのも嘘ではないだろうが、勝手に決めることができなかったというのが一番真相に近いかもしれない。

「あ、でもわたしが自分で買えばいいだけですので、レクト様がこれで良いとおっしゃるなら……」
「いや、眼鏡めがねはこれで良いと思いますが」

 そう言ってレクティファールはリーデの顔から眼鏡めがねを外すと、見本の眼鏡めがねを代わりに掛ける。レクティファールの指がはだに触れると、彼女の身体が小さく震えた。
 度が入っていないこともあって、リーデからはレクティファールの表情が良く見えない。それでもじっと見詰められ、きっと今の自分は顔を赤らめているのだろうと確信しつつ、リーデは想い人が納得するまで顔を伏せずにこらえた。

「うん、これで良いじゃないですか」

 そう聞こえた瞬間、リーデは顔を伏せて眼鏡めがねを交換した。
 彼女自身、この程度で恥ずかしがること自体がおかしいのだと理解しているが、周囲に人がいる中でじっと見詰められるというのはどうしても恥ずかしい。
 年下の想い人に徹底的てっていてきに振り回されていることを自覚しつつ、彼女は聞こえてきたレクティファールの言葉に面食らった。

「じゃあ、さっきの品物と同じ場所に届けてください。支払いも同じように」
「れ、レクト様! わたしは自分で……」
「何を言っているのですか」

 あわてるリーデに対し、レクティファールは何処どこまでも冷静。その冷静さがいっそ腹立たしいと彼女はひそかに思った。

「一応、本当に一応ですが、私にもじゃっかんの意地と見栄みえがあるのです。その点、ひとつご考慮こうりょください」

 正式な立場ではないが、既にふたりの関係は夫婦のそれに限りなく近い。ゆえに、レクティファールにとって多少散財することになっても、絶対に退けない一線が間違いなく存在するのだ。
〈皇剣〉を中核にえた彼の思考は常人のものより機械的だが、感情については人と大きな差はない。近くにいる女性がれいなら嬉しいし、自分の贈り物がそこにはなを添えるならば、なお良い。大いに良い。
 自尊心を満たすためのせつな行動だと自覚している。だが、やめるつもりはもうとうないし、度が過ぎれば誰かが止めるだろうと思っていた。
 しかし、ここにひとつレクティファールならではのことがある。彼のこういった行動は、もはやの域に達しつつあったのだ。
 これまで、レクティファールが何らかの趣味を持つ時間などなかった。読書や遊技盤のじょうせきを考えるのも趣味と言えるかもしれないが、それらは何か別のことを行いながらでも〈皇剣〉の演算領域の中で可能なことなのだ。没頭ぼっとうできることという趣味の定義からは、やや外れている。
 他の貴族らしい趣味もレクティファールの気質には合わず、己のに手を入れてでるくらいしかそれらしい趣味がないのである。
 レクティファールのこういった状況について、皇王府の公式見解は「皇王らしい趣味で大いに結構」となっている。カールたち大貴族も、その他の中小貴族や商人たちも、この趣味を歓迎していた。
 皇王府や貴族たちがこの趣味を歓迎するのは、レクティファールの関心が『妃候補』に限定されているからだ。
 外部の女性に対して同じ行動を取ればいさめられる可能性は高いが、夫が妻に様々な贈り物をするのは世間的に考えても問題はない。
 商人たちからすれば、自分たちのもうけの種である。歓迎しないわけがない。

「ということですので、よろしくお願いします」
「はい、承りました」
「あーっ!?」

 リーデのさけびを気にせず、手早く伝票をまとめ、そそくさと退室する店員の女性。
 別の店員がお茶を出してくれたが、リーデはそれに気付くことさえできなかった。
 対してレクティファールは、一仕事終えたかのように満足気な表情でお茶を飲み、請求書に記載されるであろう金額についてルキーティへの言い訳を考え始めるのだった。


 十二番街宝石通りをあとにした四人は手近な店で昼食を摂り、皇都観光に繰り出すことになった。
 これは、あまり皇都に馴染なじみのないリリシアとレクティファールのためであり、同時にメリエラがあこがれる男女の付き合いを現実化したものでもある。
 メリエラは白龍宮で過ごした時間も多いが、かつて通っていた騎士学校は皇都近傍きんぼうの別の島にあり、休日は皇都で学友たちと遊び回ったものだ。同じく騎士学校の卒業生であるリーデはそもそも皇都の生まれであるので、自然とこのふたりが案内役になった。

「皇都外環線という鉄道路線は、実際には陸軍の誇る装甲ようさい列車〈メガセリウム〉を運用するためにせつされたものです。ぐるりと皇都を回る環状線なのは、東西南北どの方向、どの位置にも三編成ある〈メガセリウム〉を展開できるように……」
「ほうほう……」

 皇都外環線に乗って港の方に向かう途中、四人掛けの座席に座ったレクティファールたちはリーデの観光案内に耳を傾けていた。その内容は軍事関係に明るく、そちら方面の趣味を持つ者たちには好評なのだろうが、実務的にそれらを知る必要のあるレクティファール以外のふたりにはあまり受けが良くない。
 リーデもそれに気付いているのだが、他に話の種がないのである。軍務一辺倒で生きてきたせいで、年頃の娘がするような話題にはとんとうとい。
 最近になってようやく、リリシア程度の少女が読むような雑誌を手に取るようになり、同僚たちから生温なまあたたかい視線を向けられるようになったらしい。
 無論、本人は気付かれていないと思っている。

「リリ、はいお茶」
「ありがとうございます、メリアさん」

 メリエラは駅で買った硬性陶器入りのお茶をわんに移し、リリシアに手渡す。
 砂糖と牛乳の入った甘い紅茶だ。
 メリエラは同じものを口にしながら、窓の外に目を向ける。
 待ち合わせの時点ではずいぶんと内心が荒れたメリエラだが、家族で街に出るというのも悪くはない。レクティファールの時間がどれだけ貴重か、彼女もよく理解していた。
 このたった一日でさえ、レクティファールやその周囲の者たちのぼうだいな手間の上に確保されたものなのだろう。
 ここで文句を言おうものなら、それはレクティファールの行動を否定することにもなる。己が正しいと思ったなら、何があろうとレクティファールの行動を支持すると心に決めているメリエラにとって、それは自分自身を否定するに等しい。
 そこまで思考が至ると、メリエラはこの奇妙なあいびきを楽しもうという心づもりになった。レクティファールが何を考えているのか、推察することはやすい。その上で、彼女は女としての余裕よゆうを見せるつもりになったのだった。
 ふん、と鼻を鳴らしたメリエラの広い視界に、魔光花火の色彩がおどる。

「あ、あそこでもよおし物やってる」
「え、何処どこですか?」
「ほら、一〇四番街の広場。あのあたりは第三系統精霊種の住人が多いから、そっちのお祭りかしら」

 リリシアがじっと目をらしてみれば、広場では新樹系統の妖精やエルフの住人が祭壇さいだんを囲って盛り上がっている様子が見えた。第三系統――植物との親和性の高い精霊系。代表として森エルフやだま――の彼らにとっては、自然そのものが信仰対象であり、その自然の一部として自分たちが生活しているという概念が定着している。だから、こうして季節が変わる頃にはさいもよおし、日々自然から与えられる恵みに感謝しているのだ。
 多くの民が暮らす皇都であっても、その近くには多くの自然が残っているし、湖の恵みもある。海に通じる大運河から海の恵みももたらされ、彼らが自然の恩恵を感じる機会は多い。

「騎士学校時代にはああいうお祭りにも参加したわ。同窓にはエルフの子もいたし」
「へえ、わたくしも行ってみたいです」
「時間が取れたら行ってみるのもいいかも。リリは精霊系の混血種だから、きっと楽しいと思う」
「そのときは一緒に行ってくれますか?」
「そうね、今度は皆で行くっていうのはどう? レクトにものぐるいで仕事を片付けてもらって」
「いいですね! 楽しみにしています」

 ぱちん、と手をたたいて歓びを表すリリシア。
 メリエラの台詞せりふの中に不穏当ふおんとうな一言があったことに気付いて、ふたりに視線を向けたレクティファールだが、リリシアの嬉しそうな顔を見せられては何も言えない。元々彼にとってリリシアは妹に近い存在だから、世間一般で「わいいもの」と判断される「わがまま」くらいはかなえてやりたいと思う。
 そのだいしょうが自分に降り掛かるたぐいのものだとしても、仕方がない。自分の手の届く範囲で収まるなら、多少無理をするのも良いだろう。
 巻き添えを食う形の秘書官たちには悪いと思うが、仕事が早く片付くに越したことはない――などと言い訳をしてみるものの、多少賞与に色を付ける必要はあるかもしれない。

「レクト様、どうかなさいましたか?」

 レクティファールの意識が自分に向いていないことに気付いたらしいリーデが、説明をやめて彼を見る。何か起きたのだろうか、とわずかに緊張を見せていた。

「いいえ、明日からまた忙しくなるなと思いまして」

 レクティファールだけではなく、その秘書官や補佐官たちもだ。

「無理はなさらないようにしてください。――何か食べたいものでもあれば、作って待っておりますので……」
「ありがとう。何か考えておきます」
「はい……」

 リーデはレクティファールの答えに満足したのか、車窓から見える皇都の街並みに目を向ける。
 唯一ゆいいつの男が好む食べ物を作り、帰りを待つ。リーデはそんな生活がこれほどまでに心をき立たせることを知らなかった。
 これでようやく母が楽しそうにちゅうぼうに立っていた理由が分かった。自分と相手との繋がりを感じられる貴重な時間だからだ。
 身体だけでも、心だけでもない、同じ時間を共有するという繋がり。それが大きな幸福感を与えるのだ。

(材料、頼んでおかないと……)

 今度は何を作ろうか。リーデはほほみを浮かべてそんな思考を巡らせた。
 彼女がそのように考え込んでいるうちに、城壁のすぐ外側を走っていた列車はいつの間にか街の上を通る高架を走っていた。そのせいで車窓から見える風景は変わり、その中に目的地であるイクシード港が見える。彼女は三人を振り返った。

「もうすぐ港にほど近い駅に着きます。降りる準備をいたしましょう」
「はい!」

 元気よく右手を挙げてリリシアが答え、残りのふたりはリリシアの様子に苦笑しつつも各々おのおの手荷物の確認を始める。
 見れば、他の客も下車の準備を始めており、四人は目立たずに下車することができそうだ。

「忘れ物はありませんね?」

 リーデの声に、三人はそろって答えた。


 皇都の要所のひとつであるイクシード港は、軍港と交易港の二つの区画を持っている。
 一般人が立ち入れるのは交易港の部分だけで、軍港区画はもよおし物の一環として一般公開されているとき以外はほぼ完全に閉鎖へいさされていた。
 四人が降りたのはそんな軍港区画を眼下に見下ろす駅で、ここからは歩いて港に向かう段取りだった。

「あちらの道を進むと、軍管理区域に向かうことになります。今日は一般公開の日ではないので、この駅を利用するのは軍の関係者かその家族、もしくは軍施設を相手に商売をしている者たちだけでしょう」

 かんさんとは言わないまでも、同じ列車から降りた者を除けば、駅にあまり利用客はいなかった。ただ、平日の午後ともなればこんなものなのかもしれないと考えたのは、レクティファールとメリエラだ。
 もうひとつ先の駅は、港を利用する者たちでにぎわっているのだろうが、あまり人が多すぎると警護がやりにくい。人が多すぎず、少なすぎないのがもっとも良いと警備隊が判断したのだ。
 特に港という不特定多数の者が利用する施設となると、何処どこかにていやからが潜んでいないとも限らない。

「そうね。でも、ここから先は色々見て回る場所もあるし、歩いて行くのも良いと思うわ」

 それらの事情を察したメリエラがリーデに同意した。
 護衛される側の立場を良く心得ている彼女としては、不用意に危険に近付かないことが一番だと知っている。
 レクティファールやメリエラ、リーデもそこらの暴漢におくれは取らない。レクティファールやメリエラに至っては、それこそしっかりと訓練を積んだ正規軍の対高位存在特化部隊を連れてこなければ相手になるまい。
 さらに言えば、レクティファールが本気になったとき、彼を相手に勝負を成立させるには帝国の戦狂姫やシェルミアの国王、あるいはイズモに住まうという神々の何柱かは必要になるだろう。四騎の龍公爵を連れてくるのも良いかもしれない。

「ここから先は他国の者も多く、中には法を法とも思わないらいやからもおります。リリ様、レクト様、くれぐれもお気を付けて」
「分かりました!」
「うん」

 一応注意はするものの、リーデもメリエラもそれほど心配はしていない。
 彼らの進む先には護衛の者たちが先回りして安全を確保するはずになっていたし、レクティファールが摂政の座にいてからは犯罪の発生数も激減している。それでも注意をかんしたのは、あまり護衛を過信して勝手な行動を取らないようにというリーデの考えからだ。
 リリシアは立場上それなりに護衛されることに慣れているだろうが、レクティファールと出掛けることができてかいささか浮かれている。今までのように冷静な判断ができているか、不安な面があった。

「では、軽く何か食べながら港に向かいましょう。港には大きな市場がありますので、そこでお土産みやげを買うのも良いかと」
「お土産みやげ……姉さんにも何か……」

 リリシアはレクティファールの手をそれとなく握りながら、聖都で暮らす姉への土産みやげを考え始める。
 メリエラはリリシアの行動に一瞬まゆね上げたが、すぐにレクトの反対側の腕に自分のそれを絡める。ついでに身体を寄せ、レクティファールが歩きにくそうに顔をくもらせたことにも気付かない振りをした。

「――リーデ、行きましょうか」

 長くいると、また目立ってしまう。
 レクティファールの切実な願いに答え、小さく苦笑したリーデは三人を先導し始めた。
 実際には――まずは、そこらの店で軽く食べられる甘味でも買おう。そうすれば、ふたりの姫君の意識も分散されるはず。上手く立ち回ればもっとレクティファールに近付く機会を得られるかもしれない。晩ご飯の約束も取り付けたし、今でも頼りにされていると分かるが、あと少し得点を重ねたいところ――などと、リーデの参謀としての頭脳が決して他人には明かせない計算を始めていたのだが、ひとりの幸運な男はそれに気付かずに済んだ。
 もしかしたら、彼の幸運とは、今回のように彼自身が気付かぬところであらわれているのかもしれない。

「レクト様、一緒にお土産みやげ選びましょうね」
「レクト、父上にお酒を買おうと思うの。試飲してくれる?」
「――はい、喜んで」

 ヒトの最大の幸福は不幸に気付かないこと。
 レクティファールは、自分がどれほどの幸福であるか、終生理解することはなかった。


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