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第二部 第一章
第一話「同盟発足」5
しおりを挟む古都〈レヴィアタン〉は、皇国の南方海域に浮かぶ火山島だ。
のちにレヴィアタン公爵家と呼ばれる海龍の住処があった島で、皇国が成立してからは公都となった。
しかし、五〇年ほど経過した頃に火山の噴火によって都市に大きな被害が発生。レヴィアタン公爵家は火山活動を沈静化させるまでには時間が必要だと判断し、公都を大陸側の街ペイファルへと移した。
そのレヴィアタン島には、付属する大小の島があった。
古くはレヴィアタン一族を崇める人々の聖地だったその島々は、現代ではレムリア海を行き交う船の中継地として賑わっていた。
その中で近年もっとも開発が盛んな島がある。
埋め立てによる土地拡張を経て大規模な民間造船所がいくつも建設され、そこで働くために人々が移住してきたことで人口が一気に膨れ上がった。
元々の島民は一〇〇〇にも満たなかったこの島だが、今では一万もの人々が暮らしている。
その島の名は、ノアーク。
レヴィアタン一族を奉る神官の名であり、今となっては滅んだ一族の名でもあった。
ノアークの急成長は、皇国造船業が活況を呈していることに起因する。
皇国各地の造船所にある船渠はほぼすべてが新造と修理のために埋まり、それでも足りないとばかりに各地に新たな船渠が作られていた。いずれの船渠も皇国規格の各種艦船を作るよう設計され、その規格の艦船であれば他の船型の船よりも遥かに短い工期で完成させることができた。
なぜ、皇国の造船業界がそのような大規模な設備投資に至ったかといえば、これは皇国を中心とした複数国家の同盟の誕生が直接の原因だろう。
この同盟において、皇国は自国で生産する軍艦及び民間商船の輸出基準を大幅に緩和した。これまで軍事上の理由でほとんど許可されてこなかった主力艦船までも輸出可能になったのだ。
皇国の艦船は、隣国イズモ神州連合との戦いによって洗練されてきただけあって、高い実用性と性能を誇っていた。
どのような産業でも言えることだが、培われてきた技術を発展、維持するためには莫大な費用が掛かる。どれほど正確な記録を残していても、それだけでは技術とは継承できない。人から人へ受け継がれる様々な口伝。ちょっとしたコツの積み重ねが技術の下支えになっているものなのだ。
皇国の造船業は、海に暮らし、海のなんたるかをその身で知っている水棲種族と、そんな彼らに対抗し、追い付こうとしてきた陸の民の協力によって繁栄してきた。
様々な種族の千年以上にわたる協力の賜物を、他国がそう簡単に模倣できるものではなく、皇国造船業に対して他国の人々のもつある種の信頼、実際に船に乗る船乗りたちにとっては信仰に近いそれが、今の皇国造船業に繁栄をもたらしていた。
誰も海で死にたくはない。
見知った海でもちょっとした変化で簡単に船は沈む。ならば、少しでも沈みにくい船に乗りたい。
そんな船乗りや彼らを雇う海運会社の思惑によって、皇国各地の造船所には、皇国国外へと輸出される予定の船が発注されたのである。
ノアークには、レヴィアタン公爵家に連なる造船会社が複数の船渠を擁する造船所を持っていた。ただ、この造船所で主に製造されるのは大半が民間の中型貨物船で、軍艦を作った経験などなかった。
だが、この造船所も政府と軍が制定した軍事規格に適合するように作られていた。造船会社としても船渠の増強は進めていたものの、この忙しさがずっと続くとは考えていなかった。船渠とは船をの製造と修理以外に流用することはできないにも関わらず、建設には大規模な工事が必要になる。
新しく生産設備を増強するとしても、すでにある施設を活用しないという判断はありえない。
そうしてレヴィアタン重工業傘下のレヴィアタン造船ノアーク造船所は、設立以来はじめて、輸出用の軍艦を作ることになった。
その顧客は、遥か海原の向こうにある、西域の島嶼地帯に存在する国家、ル=シュール。
ル=シェール。人口一〇〇万足らずの小さなその国は、西域に住む漁民が漁の間だけ暮らす小さな集落から始まったとされる。
やがて港が整備されると、一時的ではなく恒常的にその港を拠点とする漁民が現れ、彼らを取引相手とする商人が移り住んできた。そして西域の諸国家が各地へ向かう中継地点としてこの島を使用するようになると、さらに移民が増え、その人口を支えるために様々な産業が興った。
主たる産業は今も昔も漁業だが、貨物輸送を主とした海運会社もあった。とにもかくにも、この島の産業とは海に関するものが大半であり、例外があるとすれば、役所や学校や郵便局などだろう。
それらにしても、働いている者たちの家族の中には必ず一人か二人は海に関わる仕事をしていたから、ル=シェールは海と共に生きる国家と言って間違いはなかった。
そうした国家であるならば、必然的に海上輸送路の防衛も必要となる。自国領海やその周辺海域で海賊の跳梁を許せば、国内主力産業のほぼすべてが打撃を受けることになる。
彼らは主に西域にある国、現代では〈ベンテ〉という造船の盛んな国から軍艦を購入し、それを使って自分たちの生命線である海の安全を守っていた。
同盟が設立され、ル=シェールもその一員となったのは、国家として皇国との取引が盛んだったからだ。官民問わず同盟への傘下を求められ、彼らは周辺の友好国と同じように同盟への傘下を決めた。今さら自分たちのような小国が意地を張ったところでなんの意味もない。
ならば皇国に恩を売り、同盟の下で更なる殖産に勤しむほうがよほど有益だと判断したのだった。
その判断はとくに問題はなかった。問題は、そのあとに起きたのだ。
ル=シェールの軍艦は、同盟が求める性能水準に届いていなかった。
無論、それだけで同盟側から何らかの罰が与えられるようなことはない。ル=シェールのような小国の軍事予算などたかがしれており、最新鋭の高性能な軍艦を揃えることなど不可能だった。
高性能な艦を少数揃えるよりも、海上輸送路の維持に必要な、そこそこの性能を持つ小型艦を多数揃えるほうが、彼らの基本戦略に適合していたのだ。とはいえ、今後同盟として合同軍事行動を行う際、著しい性能差があるのは困る。
同盟が仮想敵とする相手は、海軍力にしろ陸軍力にしろ、最高水準の軍事技術を持つ皇国に比肩する国々なのだ。
結局ル=シェールなどの小国は、同盟の支援を受ける形で軍の近代化を進めることになった。このル=シェール政府の決断にはル=シェール海軍の意向が強く反映されている。
そして海軍の意向には、ル=シェールの海で商売をする様々な商人たちの考えが影響を与えていた。
ル=シェールの海を誰かの手に委ねてもいいのか、そう問われて頷く者などル=シェール海軍にはいない。海軍軍人とはいえ、彼らもまた将帥から水兵に至るまで海の男たちなのだ。
兵力は基地で働く軍属を含めて一万人程度。大海軍にありがちな権力闘争にもほとんど縁がなく、総司令官が自ら短艇競争で櫂を振るうことさえある。
そんな者たちが他国の海軍に自分たちの庭を任せるはずもなく、自分たちに新しい船を寄越せと政府に迫った。政府は彼らに抵抗する様子も見せず、同盟本部に海軍再編の支援を求め、同盟はそれを了承した。
同盟としても、戦力の均一化は望むところであったし、実はこのとき、ル=シェール以外の国も同盟の支援を受けて軍備の再編を行っており、同じように艦船の更新を行う海軍も存在した。
それらの艦船は同盟各国の海軍工廠及び造船会社へと発注される。
ル=シェールの艦船は、皇国の民間商会が請け負うことになった。
この前段階である交渉で、ル=シェール海軍は皇国に対して皇国海軍で退役となった艦船を輸出してくれないかと持ちかけた。
この時期に皇国海軍が退役させたのは、大きなものは重戦艦、小さいものは海防艦まであったが、ル=シェール海軍が求めたのは戦艦だった。
実際に運用できるかどうかはこの時点では分からなかったが、とにかく彼らが強い関心を示し、喉から手が出るほど欲しがったのは巨大な海の要塞たる戦艦であった。
皇国海軍はこの申し出を最初から断ることはしなかった。だが、実際に運用している者として、戦艦一隻にどれくらいの人と予算が必要であるのか、ル=シェール海軍の現有戦力と予算で戦艦を運用するならばいったい何隻まで可能なのか、懇切丁寧に説明した。
ル=シェール海軍に、複数の大型戦艦を運用する力はなかった。
軍艦とは、海軍において作戦を行う艦である。それを運用するためには様々な後方支援設備が必要であり、これを修理できる船渠などは必須の設備だったが、ル=シェールにはこれほど大型の艦船を入居させられる大型船渠など存在しなかった。
ならば船渠のある場所まで回航するかとなるのだが、その間、その戦艦の穴を埋める戦力はどこにあるのか、複数の戦艦を揃えるだけの予算がル=シェール海軍にあるのか、もちろんない。
ル=シェール海軍は小海軍であった。
海軍の旗艦は旗艦設備を増設した大型駆逐艦――あくまでル=シェールの分類であり、皇国の分類であれば通常型駆逐艦と大差ない――だったし、大半を占めるのは外洋航行が可能な小型防巡艦だった。
ル=シェール海軍に、戦艦は運用できない。
皇国海軍は同じ海に生きる者として、相手の顔を潰さないよう、最大限の配慮をしながら、この上なく慎重に慎重を重ねて現実を伝えた。
「承知した」
ル=シェール海軍の担当者は、感情を感じさせない表情でそういったという。
一国との交渉担当になるのだから、彼とて愚かではない。自分たちの上層部がある種の熱病によって冷静さを失い、身の丈に合わない戦力を求めたということは分かっていたのだろう。
本国への言い訳に必要な情報を皇国側が提供すると、すぐに現実的な内容の交渉へと移った。
皇国が提示したのは、新たに輸出向けに再設計された軽巡洋艦二隻と、同じく輸出向けに再設計された海防艦二〇隻だった。
この全長一六五メイテルの新型軽巡洋艦は武装を幾らか減らすことで通信機能と航洋性能を強化し、艦隊旗艦として運用できるようになっていた。この艦は他の小国へも輸出される予定で、それだけに補修なども比較的簡単に行うことができた。当然、ル=シェールにある船渠でも十分に修理可能だ。
すでに一〇年近い運用実績のある艦を再設計したため、兵器としての信頼性も高い。
運用人員もこれまでの旗艦である駆逐艦と比べてさほど多くなく、司令部要員を含めても三〇〇名で運用することができるとされた。
また海防艦も一〇〇名未満で運用が可能であり、これもル=シェール海軍の実情に適した性能を持っていた。
ル=シェール海軍は皇国海軍の提示した条件を了承し、ついで両国間で契約が結ばれた。そして契約締結から六ヶ月後、ル=シェール海軍は訓練航海のための人員を皇国へと送り出す。
総勢一〇〇〇名にもなるその一団は皇国海軍の派遣した輸送艦に乗り込み、ノアークへと入港した。
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