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第五章:因果去来編
幕間「戦争の起因」
しおりを挟む一体の古き機械の者が海を渡った頃、八洲の廟堂を席巻していたのはひとつの噂だった。
「鈴月家が? まことか?」
「うむ、どうやら領内で星船を手に入れたらしい」
「だが、そんなことが露見すれば、ただでは済まんぞ」
「鈴月は坂東の覇者だ。天子様とてそう簡単には手を出せぬよ。しかも、噂話はあれど確たる証拠はない」
廷臣たちが囁き合うのは、東方の大諸侯である鈴月家が帝家の象徴である星船を手に入れたという噂だった。
鈴月家は国内でも五指に入る国力を持ち、血統的には廟堂の大臣職を占めて然るべき家だ。それにも関わらず領地が〈天陽〉から遠く離れているのは、過去に地方行政長官として地方の開発を命じられたためだった。
「大逆罪の疑いがある家が、星船とは……」
「しっ、どこで誰が聞いているか分からんぞ。鈴月と付き合いのある家は多い。廷内にも耳目はあるはずだ」
「そ、それもそうだな」
権威と歴史以外に大したものを持たない公卿たちにしてみれば、唯一の飯の種である公職を失うことはなによりも避けなければならない。
武力を持つ家が幅を利かせる現在の廟堂で下手な噂話に興じて誰かに聞き咎められれば、小身の公卿などあっという間に放逐される。
それこそ帝家と血のつながりを持つ雲上人でもない限り、武家の力に抵抗することなどできるものではない。
「では、瀬川と戦になるのか?」
「どうであろうな、しかし星船を持ち出せば瀬川だけを相手にする訳にはいくまいよ」
「つまり――」
「龍帝殿よ。あの方が〈天照〉以外の星船を認めるとは思えん」
アルトデステニア君主の雅称がこうも頻繁に廟堂で用いられるようになったのは、これまでの歴史の中で一度たりともなかったことだ。
それが当たり前のように廷臣の口に昇るようになったのは、ひとえに両国の関係が親密になっているからに他ならない。
「では、鈴月には龍帝殿が執政としてあたることになるのか……」
「他に適任者はおるまい。異国人とはいえ、天子様の義理の弟君。あたら粗末な扱いは受けまい」
「そうであればいいが、鈴月が簒奪を企んでいたら……」
公卿は自分が発した言葉に身震いした。
帝位の簒奪は八洲人の自己存在感を根こそぎ破壊するような行為だ。過去どれだけの戦乱があっても帝家が存続していたのは、帝家の歴史がそのまま八洲の歴史だったからに他ならない。
自分たちの正当性を訴えるためには、彼らがどうしても必要だったのだ。
「鈴月だけでそのような大それたことができるとは思えないが」
「あの家にはよからぬ噂が多い。国外とも通じているというし、油断はできんぞ」
「たしかに、国外の者たちに我が国の道理など通じんな。鈴月もそれくらいは分かるはずだが……」
「瀬川に執政職をかすめ取られた恨みもあるやもしれんな」
「その瀬川といえば、当主自ら龍国に赴くそうだな」
「うむ、大陸安全保障会議の本会議と言っておった。なんでも十年ほどかけて各国が軍事力を供出する連合軍を作るつもりらしい」
のちに大同盟軍と呼ばれるのが、このとき議題となった多国籍の秩序維持軍だった。大同盟軍と呼ばれる時期を合わせても僅か数年しか存在しなかったものの、このときに培われた軍同士の連携は、他大陸との戦時において大きな助けとなる。
「なれば、当然鈴月の話も出ような」
「うむ。おそらくはな」
「できれば、戦いなど起きなければいいが」
「儂とて同感じゃ。だが、戦とは降って湧いたように起きる。まるで天災のようにな」
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