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第五章:因果去来編
第三話「機械仕掛けの彼女」その五
しおりを挟む〈飛行管制より甲板。特別輸送騎は乗客搭乗位置へ。他の騎は安全距離を取れ〉
合同訓練のために〈天陽〉沖に停泊していた皇国海軍戦龍母艦〈ハウダーミア〉の甲板。その片隅で翼を畳んでいた白色の飛竜が、ゆっくりと艦橋の脇に移動する。
彼が腹部に抱え込んだ鉄籠に施された装飾と、皇王家の紋章を見れば、その輸送騎が近衛空軍の特別輸送騎であることは容易に判断できた。
そして、それを用いる人物といえば、皇族かそれに近しい者だけ。政府関係者であれば海軍の政府特別機を用いるからだ。
しかし、そのどちらも基本的には催事旗艦や常備艦隊旗艦にしか姿を見せない。〈ハウダーミア〉のような艦隊護衛戦龍母艦が特別輸送騎を載せることなど、おそらくこれが最初で最後だろう。
乗員はそんな珍しい客に興味津々といった様子で、手の空いている者は仕事をしている振りをしつつ、主力戦母と較べればお世辞にも広いとは言えない飛行甲板に目を向けていた。
「どうだ? 見えるか?」
「見えませんねぇ。もっと近くに寄れれば別でしょうけど」
「ばっかおめえ、アレ見てみろよ。陸戦隊の筋肉お化けどもが血走った目ぇしてやがる。ありゃあ、降って湧いた仕事のせいでまともに寝てねえぞ」
甲板上の飛竜に装具を取り付けながら、海棲獣人の下士官は同情の眼差しを保安要員である陸戦隊員に向けた。
「適当に酔っ払いぶっ飛ばしてりゃ済んでたのに、突然お偉いさんの護衛だ。俺だったら仮病使うね」
「ちょ、先輩、仮病とかやめて下さいよ。バレたら俺まで海に放りこまれます」
「分かってらぁ」
それにしても、と下士官は六角螺子を工具で回しながら、特別輸送騎を舐め回すように見詰める。
彼がいま面倒を見ている飛竜とは血統からして違う。おそらくかなり古い血統の飛竜だろう。その証拠に、飛竜の頭部には鉄籠内の乗員とやりとりするための通信機を内蔵した装具が取り付けられている。
つまり、あの特別輸送騎の騎長は飛竜自身ということだ。人型になれない以上は特別階級ということになるだろうが、ほぼ間違いなく近衛軍の特別佐官である。
「お、どうやら出てきたみたいですね。俺、あの人が乗り込んできたとき格納庫にいたんで、顔見てないんですよ」
「あん? あの人って誰だ」
「知らないんですか? あの輸送騎が迎えに来た人ですよ。陛下のコレですよ、コレ」
そういって僅かに曲げた小指を見せる部下に、下士官は情けなく目尻を下げる。
初代皇王が広めた仕草の内のひとつだが、ようは表沙汰にできない情人――相手の位に相応しくより雅な表現をするならば、寵姫ということだ。
「なんだぁ、俺はてっきりお嬢様――じゃねえ、お妃様の誰かがお帰りになるもんだと思ってたのによ」
「班長、蒼龍公様のところにいましたもんね。フェリス様じゃなくて残念ですか?」
「残念ってか、一度でいいから同じフネ乗ってみたいのさ。マリア様やケルブ様だと無駄に緊張しちまうし、やっぱり小さい頃を知ってるフェリス様が一番さ」
「なるほどねぇ。あ、班長、フェリス様じゃないですが、結構な美人さんですよ。すげえなぁ、まるで人形みたいだ」
部下の言葉に艦橋へと視線を向けると、そこには見たことのない衣裳を纏った長身の女性がいた。女性は乗員にぺこぺこと何度も頭を下げ、緊張した様子で輸送騎に向かっていく。
「どこの誰ですかねぇ。あんな服見たことないですし、どっか遠くの国の人ですかね」
「人、ねぇ」
班長はひくひくと鼻を動かし、件の女性の動きをじっと見詰める。
「あれ、人じゃねえ気がする」
「えっ!?」
部下が驚くのも無理はない。皇国人が「人」と呼称する範囲は、おそらく世界でもっとも広い。特別輸送騎の飛竜でさえ、皇国人から見れば「人」の範疇に入ってしまう。
だからこそ、部下は慌てて周囲に目を配る。
「班長、駄目ですって! そんな失礼なこと言っちゃ、不敬罪でしょっ引かれますよ。というか、人じゃなくても良いじゃないですか。あの陛下なんですし、今さら人じゃない人と仲良くなっても驚きはしませんって」
「まあ、そうだな」
レクティファールが聞けばその場で天を仰ぎ、この上なくしつこい訂正を行うであろう認識でふたりは一応の納得に至る。
「さっきからあの人が歩くたびに駆動機の音がすんだよ。しかも魔導型じゃなくて雷素駆動の磁石入り」
「本当ですか? じゃあ、機族かなぁ。いやでも、機族だって雷素駆動の関節なんて持ってないですよねぇ」
「そりゃそうさ。そんなの、第一次文明の遺物で――」
班長はそこまで口に出した自分の言葉に、自分自身で驚いた。
その驚きは工具を手から滑らせ、部下の後頭部に落下させる。
「いったぁっ!? なんですか!? もしかして昨日班長の名前で酒買ったのバレました!?」
「んだとてめえ! そんなことしてやがったのか!」
「この間の賭けの分ですよ! 俺勝ったでしょ!?」
「だからっていきなり人の名前で買うなよ! 給料から天引きされたらカミさんにバレるだろ!!」
「大丈夫ですって! そんなに高い酒じゃないですから!」
「いやいや、うちのカミさんにそんな言い訳は通じないって!」
大騒ぎをするふたりの整備員。その一方はこの騒ぎで思い至った可能性を忘れ、妻への言い訳にのみ意識を傾ける。
それはある意味で彼の人生を救うことになる。
彼らが見送った女性は世界にとって大いなる異物であり、それに触れるには大きな覚悟を必要としたからだ。
なにせ、彼女がいなければ皇国星天軍の創設は数百年以上遅れていたであろうし、それはそのまま、汎惑星戦争の勃発が数百年遅れていたことを意味する。
歴史の加速は、彼女の目覚めとともに始まったのである。
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