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第五章:因果去来編
第三話「機械仕掛けの彼女」その三
しおりを挟むそうしてひとりの女性――型の動体――が目的の人物との面会に向けて動き始めた頃、その女性が目的とする人物は、何百回目かの人生の障害を目の前にしていた。
「走りなさい!! 捕まったらヒドいわよ! そりゃもう色々と!!」
「ぬ、ぬるぬるするー!?」
「ちょっと待って!? 剣が利かないんだけど!!」
「軟体生物に打撃が効くわけないでしょ!! しかも魔法なんて吸収されるんだから!!」
「えっ!? あ、きゃあああああっ!!」
乙女騎士が伸びてきた触手に捕らわれ、悲鳴を上げながら巨大な影に呑み込まれていく。
最後まで伸ばしていた手が、黒い粘性の中に沈んでいった。
「ルアンナ!!」
「バカッ、あんたも呑み込まれるわよ!! あんなのに捕まって素っ裸にされたら恥なんてもんじゃないんだから!!」
「うっ! ごめん、ルアンナ!」
そして距離を空ける乙女騎士たち。
「――――」
こいつぁひでえや。
レクティファールは後宮の庭で大暴れする巨大粘体生物を呆然と見上げた。
昼食後の閣議の真っ最中、後宮からの緊急通信を受け取った彼は、急ぎ戻った後宮で、惨憺たる姿になった乙女騎士たちに出迎えられた。
「あ、あの……好きでこういう格好をしているわけではありませんので……」
「うん……」
具体的にいうと、鎧やら軍装やらが中途半端に分解され、辛うじて引っ掛かっているという惨たらしい有様だった。
レクティファールを出迎えなければならないという義務感と、できれば着替えたいという女性の倫理がぶつかり合った結果。
彼女たちの半分はかなり恥ずかしそうな顔だった。
特に階級が上の者と、極端に下の者たちはそうだ。中間層はもともとレクティファールに見られてもいいやと思っている者が比較的多く、むしろ誇示する者までいる。
「あれはなんですかねぇ」
「ええと、オリガ様が創った魔法生物がフェリエル様が培養していたご本人の細胞を呑み込み、最終的には果敢に挑んだフェリス様とメリエラ様、そして陛下の精霊様たちが全部あの中に……あ、あと何故か厨房にあったキーキー鳴く多脚型自走式お昼ご飯も」
「うわぁ……」
これまでの人生の中で最高の「うわぁ……」である。
あれどうしよう、と考えるも、〈皇剣〉を使ったらどうなるか分かったものではない。龍族の細胞を用いているということは、〈皇剣〉さえも取り込もうとするかもしれない。
「ちなみに他の我が奥様方は?」
「別棟に避難しています。――あ、リリシア様はメリエラ様に対抗して飛び込みましたので」
「うわぁ……」
人生最高の「うわぁ……」が更新された瞬間である。
「たぶん、体色が黒いのはオリガ様の影響だと思います。あの大きさで動き回るのですから、重力制御も行っているかと」
「――はぁ」
恐ろしいまでの威圧感を発する魔法生物を前にして、レクティファールは盛大に溜息を零した。
中にある生命反応はかなりの数だ。どれも元気よく抵抗しているのが分かる。
それでもなお破壊されずにいるのだから、力ある種族を拘束する装置として見ればかなり優秀なのかもしれない。
「中で魔法を撃っても吸収される訳ですか」
「外から撃っても吸収されます。物理攻撃があまり効果を上げないと分かったあと、一個小隊が魔力剣での攻撃を行いましたが、即時吸収されました」
「その一個小隊は?」
「防御障壁も吸収され、鎧と軍装をひん剥かれてあっちで落ち込んでいます」
確かに、レクティファールの視界の片隅で円陣を組んで膝を抱えている一団がいる。
近接戦闘にかけては旅団随一といわれていた彼女たちだが、些か相手が悪すぎた。もともと魔力剣を用いた近接戦闘は魔力の消費を抑えるために開発されたと言われるほど、保有魔力が少ない者に好まれる。
彼女たちも他の乙女騎士たちに較べれば運用できる魔力が少なく、それを補うために魔力剣を用いた近接戦闘の腕を磨いたというのが偽りのない真実だった。
「――まあ、勝負は時の運ですし」
「ですねぇ」
そう思わなければやっていられない。
なぜ、味方の――それも自分たちが命を懸けて守るべき相手が作ったものに完膚なきまでに叩き潰されなければならないのだろうか。
乙女騎士たちの士気は地を這っていた。
「どうしましょうか」
「オリガ様が大人しく捕まっているのですから、おそらく何らかの対抗手段があるのだとは思いますが……」
その答えと同時に、魔法生物が暴れ始めた。
触手を四方八方に伸ばし、乙女騎士たちは悲鳴とともに逃げ惑う。
「誰か陛下どっかにやってー!!」
「見られるならもっといい雰囲気のときにしたーい!!」
「ああああっ!! 機能直したばかりの壁がっ!?」
「お気に入りの下着がー!!」
「脇腹はだめ!! ぷにぷにがー! ぽよぽよがー!! あああああ……」
阿鼻叫喚とはこのことだ。
一騎当千の乙女騎士であっても、一応うら若き乙女である。その尊厳を破砕するような敵とは戦いたくないのだ。
「ていうか大隊長!! そこにいるなら陛下の目を塞いでください!!」
「あっ」
レクティファールの背後にいた乙女騎士の指揮官が、いま気付いたといわんばかりに手を打つ。
「あの、陛下、そういう訳ですので……」
「あーうん、仕方がないですネー」
ここで拒否すれば、どんな理由があっても乙女騎士たちから白い目で見られるだろう。それは巡り巡って妃たちにも伝播するに違いない。
(選択肢は、ない……!!)
「では、失礼します……」
乙女騎士がレクティファールの背後に立ち、その両手でそっと彼の目を塞ぐ。
「大隊長! もっとしっかり塞いでください!!」
「え、ええと……」
部下に怒られた乙女騎士が、レクティファールの身体を抱き締めるようにしてその目を塞ぐ。
彼女の鎧は壊れているので、密着の度合は高めであった。
「――って、大隊長すごく役得じゃない!?」
「ちくしょう! アタシらがこんなへんちくりんな生物と戦ってるっていうのに、あの人頬染めてやがる!?」
「ふざけんな! 代われコラー!!」
「貴方たちがやれって言ったんでしょ!!」
その騒がしさに辟易していたレクティファールだが、ふと件の魔法生物の中から強い魔力を感じて視覚を魔力探知に切り替える。
「げっ」
すると、魔法生物の中で暴れていたメリエラが、じっとレクティファールを見詰めていた。通常の光学観測では当然見えていないだろう。しかし、別種の感知系であればレクティファールの姿を捉えることは難しくない。
「あ、オリガもこっち見てる」
さらにいえば、精霊たち三人もレクティファールをじっと見詰めていた。
正確に言うならば、レクティファールとその目を隠す乙女騎士のふたりだが。
「しかも、なんか魔力濃度上がってるし……空間歪曲率も上昇……あ、これすごく怒ってるやつだ!」
「――なるほど」
慌て始めたレクティファールに対し、乙女騎士は冷静そのものだった。
少なくとも、妃たちを相手にして尻込みするような者が装甲乙女騎士団の大隊長に任命されるはずもなく、彼女はメリエラたちを護衛対象とは見ても、上位存在とは見ていなかった。
「みんな!」
だからこそ、彼女は至極冷静にレクティファールを窮地に追い込む決断をした。
「陛下に抱き付いて! ううん、もっと過激でもいいわよ!!」
「えっ!?」
レクティファールと乙女騎士たちが同じような驚きの声を上げる。
しかしレクティファールが困惑したままであるのに対し、乙女騎士たちは自分たちの指揮官の命令と自分の損得勘定を一瞬で計算し尽くし、互いに頷き合った。
「やった――っ!!」
「お邪魔しまーす!!」
「お近づき! お近づき!!」
「末永くよろしくお願いします!!」
「あ! 鎧脱いでおこうっと!!」
わぁいとレクティファールに殺到する乙女騎士たち。無論全員ではなく、レクティファールともう少し近付いた関係になりたいなぁと思っていた者たちだけであったが、彼が柔らかい集団に埋まる程度の数はいる。
「ま、待って……」
待つわけがない。
上官の命令という大義名分がある以上、彼女たちはこの上なく積極的である。
もともとそういった者たちばかりが集まるのがこの騎士団だ。仕方がないといえば、仕方のないことかもしれない。
(うわ、超怒ってる)
魔法生物が悲鳴を上げるほどに、その体内から発せられる空間異常は強大化している。あと少し切っ掛けを与えれば、空間崩壊点にまで成長するかもしれない。
「みんな、あんまりやり過ぎるとあとが大変だからねー」
「はーい」
レクティファールの感覚ではもうこの上ないほどやり過ぎているはずなのだが、彼女たちの基準ではまだまだ序の口のようだ。
だが、魔法生物の中の人たちはすでに臨界点を超えつつあった。
(あ、飽和点超えた)
レクティファールの目の前で、魔法生物の身体が無色透明に変化し、続いて白濁化、結晶化を経て崩壊する。
急激に異なる種類の魔力を大量に吸収したせいで、体組織が崩壊してしまったらしい。いくら龍族の細胞を用いていたとしても、その細胞の持ち主と違う魔力に対しての抵抗力には上限があるのだ。
「大隊長! やりましたね!」
「ええ、みんなのがんばりの結果よ」
レクティファールを中心に、良かった良かったと喜び合う乙女騎士たち。
いまだ目を塞がれたレクティファールにとって、おそらく直接こちらを見ているであろう妃たちと目を合わせずに済んでいることだけが救いだった。
イズモの地で起きた皇妃騒動において皇国側の事実確認が遅れた理由は、こんな莫迦らしい騒ぎだった。
レクティファールはひっかき傷だらけの顔で皇城に戻り、半死半生のまま外務院に命じる。
「あ、じゃあお連れして……」
彼のこの台詞によって、件の生体端末は皇国での立場を得た。男女の問題であるため、外務院の担当者たちも詳しい事情を再確認することはなく、ただ「たぶん、外で内緒に作ったお妃様なんだろうなぁ」という漠然とした結論を最終的な回答として受け入れた。
レクティファールはこの件についてあと必死に言い訳をするのだが、もはや事実は事実として人々に受け入れられてしまったあとのことであり、それを覆すことなど不可能であった。
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