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第五章:因果去来編
第一話「神の贄」その四
しおりを挟むアルトデステニア皇国皇都近郊、ファルン空軍工廠。
遥か遠くの地でひとつの国がその形を失いつつあったその日、ひとつの歴史の転換点がこの地に現れた。
「さて……どの程度のものか」
工廠に隣接する管制塔の屋上、そこには様々な服装の人々が集まっていた。
陸海空の軍装以外にも様々な衣裳が散見され、明らかに軍の関係者ではない者たちも少なくない。
それらの者たちの中で、エーリケ・フォン・リンドブルムは手摺りに寄り掛かるようにして滑走場を眺めていた。
「中佐」
そんな彼に声を掛けたのは、蒼い髪の陸軍将校。
大尉の階級章を付けたその人物を一目見て、エーリケはにやりと笑った。
「ハルベルン大尉。お前も見に来たか」
「ええ、せっかくの機会ですので」
ハルベルン大尉――すなわち、変装したレクティファールはエーリケの隣に立つと、滑走路上に置かれた金属の塊を眺める。
「なかなか様になっていると思わないか?」
「あなたの姿を模したのだから当然、とでも言えばいいのでしょうかね」
「くく……さてどうかな」
エーリケは喉を鳴らし、右手の人差し指を金属の塊に向ける。
「機龍。機械仕掛けの龍。飛行型自動人形。ものになると思うか?」
「なると思ったから、予算がついていました。私もそうであってほしいと思っています。我国は人的資源に乏しいですから」
レクティファールは機械仕掛けの龍を見詰め、その奥にある様々な新機軸の装置群を見通す。
軽量型魔導機関。小型重力機関。汎環境型魔導筋繊維。
これを作るために、およそ六年の月日がかかった。最後のひとつなど、ここ一年でようやく実用化されたという代物だ。既存の姿勢制御系ではあまりに重量が嵩んでしまうため、このままの構造で飛行可能な機体を作れば、大型輸送騎並みの大きさになってしまうといわれていた。
しかし、魔導筋繊維の登場によって機体は一気に小型化し、ごく一般的な戦闘騎と変わらぬ大きさにまで縮小された。
「お前の嫁が作ったっていう魔導筋繊維。あれはいいな。俺たちの装具にも使われるようになって、かなり軽くなった」
「伝えておきますよ。空軍の撃墜王が褒めていたって」
おそらく彼女は顔を真っ赤にして照れた挙げ句、そのまま部屋に閉じ籠もってしまうだろう。褒められることは嫌いではないが、褒められることが苦手という難儀な性格の持ち主なのだ。
「あれの数が揃えば、多少は戦いも楽になるか」
「ええ、空軍の稼働数が跳ね上がることになりますから。まあ、陸軍や海軍の航空隊もそうですが」
「そいつはいいな。俺たちもあっちこっちに飛び回らなくて済むようになる」
エーリケの属する航空教導軍は、各地の部隊の教練のためにほとんど休みなく飛び回っている。飛龍の絶対数が少ない以上、それは仕方のないことだった。
飛龍の数が少ないということは、教導軍で他人を鍛えることのできる者たちも少ないということに他ならない。
大半の飛竜は、飛龍の代わりにはならないのだ。
「それはどうでしょうか。教導軍はさらに忙しくなると思いますよ」
「どういうことだ? いきなりあれが量産化されるわけでもないだろう」
エーリケは隣に立つレクティファールの横顔を見る。
そこには貼り付けたような微笑み以外になにも見て取ることはできなかった。
「されますよ。かなり早い時期にね。最初の配備先は近衛軍になるでしょう」
「近衛?」
エーリケは近衛と聞き、最初皇都の防空に回されるのかと考えた。
しかしそれは近衛軍が防衛戦力だった頃の印象を引き摺っているからこその発想だ。彼はすぐに今の近衛軍の状態を思い出し、嫌な予感を覚えた。
「どこかに攻め込むってことか?」
「好き好んでそうするつもりはないでしょうが、そうするだけの戦力は必要になると思います。戦争を避けたいならば戦争できる力が必要になる。そうしてようやく、戦争するかしないかの選択肢を得られる」
「物騒な話だ」
「物騒な世の中なんですよ。まったくもって、この世界は物騒だ」
エーリケはその吐き捨てるような義弟の言葉に、ようやく感情を見つけることができた。
この男は、心底戦いを面倒なことだと思っている。
戦いの中で皇太子となり、戦いを経て皇王となった。戦うことを躊躇うことはない。しかし戦いなど起きない方がいいという気持ちに変化はない。
「――まあ、俺たちからしても、戦争は後宮の中だけでいいってのは正直なところだな。あそこならどれだけひどい戦争になっても酒の肴で済ませられる」
「それが残念なことに、白龍の妃さまは義理の姉を新しい相談相手に選んだようでしてね。心当たりがあるなら、延焼は免れないでしょう」
「――うげぇ」
エーリケは思わずそう口に出し、不味いと言わんばかりに顔を顰めた。
「ほう、心当たりがおありですか」
「うるせぇ、週一で女増やしてる義弟と一緒にするんじゃねえ」
「そんなに増やしてないですよ!?」
「けっ、どうかな? 女の嗅覚は恐いぞぉ……」
「知ってますよ。絶対、私にはない感知器官持ってるんです」
ぶちぶちと愚痴を吐き出すふたりの若者を余所に、機械仕掛けの龍は滑走路の上を移動し始める。
生身の龍と同じように地面を歩き、少しだけ走る。
そして翼に内蔵された重力制御術式を起動し、ふわりと浮かび上がる。
『おお……』
どよめきがその場を満たし、機龍はさらに上昇する。
僅かな魔力残滓を曳きながら空高くへと昇っていく。
「ほうほう、龍族の新兵よりはいい動きだ。全員があれくらい動けるなら、戦力として数えられるだろう」
エーリケはそう呟き、目を細めて機龍を追い掛ける。
レクティファールも同じように銀色の煌めきを目で追い掛けながら、あれが編隊を組んで空を飛ぶようになるまで、何年くらいだろうと考えた。
そしてすぐに、できるだけ先になればいいとも思った。
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