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第四章:万世流転編
章末話「神話顛末」 その三
しおりを挟む「結局のところ……」
諸々を取り繕った瑠子が弟妹たちを見回し、噛んで含めるように告げる。
「おぬしらは少しやんちゃをしすぎた挙げ句、妾と妾の夫に拳骨を落とされた。そういうことにするのが良いであろうな」
「――――」
瑠子の言葉に反論する者はいない。そうするしかないし、自分たちの心の平穏のためにもそうするべきだと思った。
ここにいる面々は瑠子に叱られ慣れている者が大半だ。
その理由は様々だが、それについて抵抗を覚える者はいない。
これを地上の者たちと神域の神々の間の紛争だとすると、神域に踏み込まれた上、身内同士で内輪揉めをして敗北したことになってしまう。
恐ろしい姉の前では薄紙以下の価値しかない神としての矜持だが、それを守るためにも、瑠子の言葉に従うのが最上の選択肢だった。
「姉上がそう仰るなら」
瑠子の記憶をほとんど持たない神が、渋々といった態度を見せる。
これもまた矜持を守るための行動であったのだが、それを聞いた瑠子の細い眉がぴくりと跳ね上がった。
「ほう……」
瑠子が呟いた瞬間、部屋の中に暴風が吹き荒れ、次いで雷鳴が轟き、火炎が巻き上がり、吹雪が走り、最終的に庭に向かって先ほどの神が射出される。
カシマの隣に滑り込んだ氷漬けの神を視界から追い出し、第一世代神たちが平身低頭する。
「仰る通りです、姉上。こたびの騒動、まさにその通りでございます」
「うむ、妾が間違っていたかとおもうたえ」
「いえ、滅相もない」
渋々ではだめなのだと、姉の姿を見て神々は思う。
少なくとも姉はそれを許しはしない。
自分の間違いを認めるまで、泣こうが叫ぼうが、祖神が取り成そうが徹底的に折檻されるのだ。
誰もがそれを経験してきた。何度も叱られた神などは、今でも悪夢に見るという。
「そなたらも、少しは神としての視点を捨てれば良いものを……」
「姉上のようには参りませんわ」
センゲンが心底羨ましそうに溜息を漏らす。
「今までは隠していたようですが、これからは存分に地上を堪能するおつもりなのでしょう? わたくしたちはそれもできませんのに」
「ふむ、それはまあ、そのつもりであるが……のう、我が君、妹や弟が龍国に来ては迷惑なのかの?」
瑠子が隣の夫に問い掛けると、神々の間にざわめきが走る。
もしや、自分たちも地上に降りる機会を得られるのだろうか。
「さて、我国にはすでに地上を謳歌する神々もおりますので、法を守って頂けるならば特にそれを妨げることはありませんね」
がたん、と神々の一部が立ち上がる。
「座りゃ」
がたたん、と膝立ちになっていた神々が座る。
「センゲン、どうもそういうことらしいえ? 夫婦で龍国観光でもするかの? 妾から我が君によろしく頼んでおくこともできるが……」
「――うふふ、流石姉上、いやらしい御方」
ようするに、皇国に遊びに来たければ自分の機嫌を損ねるなと言いたいのだ。
こと変化という一点に関して、神域と現界では大きな差がある。
退屈しきりであった神々にとって、大手を振って地上に降りる機会はこの上なく貴重であった。
「し、しばらく……! もし皆様が皇国へ降りられることになれば、その加護はどうなりましょうや?」
正周が慌てて神々を制する。
この場が丸く収まるならば観光ぐらいどうということもないが、八洲から神の加護が失われては困る。
「ふふふ、義兄上はまこと“帝”の鑑でありゃんす。でも、心配はいりません」
「うん、瑠子が権能をきってはわけ、きってはわけしたおかげで、だれもひとりですべてを司ることができなくなってしまったからね」
オノゴロがふわふわと浮かびながら、今の八洲の神の状況を説明する。
「ぼくでさえ、いちいちからだをひっぱりだすのがおっくうになってしまった。この姿はすごく楽だ」
「ほほほ……、父上は昔から面倒くさがりでありましたのぅ」
「中間管理職だからね」
あっはっはとオノゴロが笑い。
ほほほと瑠子が笑う。
しかし瑠子の目は笑っておらず、オノゴロはゆっくりと瑠子から離れていく。
「――父上、次に同じことがあったら、妾は母上の姿になりますえ?」
「うん、ごめん。もうしないからそれはやめて、ぼく二度と目が覚めなくなるからやめて」
オノゴロがぴかぴかと点滅する。
神々は祖神のその姿に呆れ、しかし同時に納得もした。
オノゴロが完全にその意識を眠らせることができたのは、瑠子という代理が存在したからだ。祖神に匹敵する権能を持つ第一世代神。その力は他の弟妹たちの追随を許さず、この神域さえ瑠子の力の残滓によって支えられている。
「おぬしらも、よく覚えておくように。姉は優しい故、一度は拳骨でゆるそうと思うが、二度目は拳骨ではなく源素加速砲でその身を消滅させます」
「ははっ!!」
別名を『整地砲』と呼ばれる瑠子の得意技。地形を変えるための技に狙われては、第一世代神といえども復活まで数百年は掛かってしまうだろう。
動くことも喋ることもできないまま、数百年間を過ごす。神々にとって退屈こそがもっとも辛い罰であった。
「では、妾たちはそろそろ帰ります」
「うん、長いすると気を使わせてしまうでしょうし、そうしましょうか」
そんな親戚の家に遊びに来た風で、レクティファールと瑠子の夫妻は帰り支度を始める。
正周は慌てて自分も立ち上がったが、振り返ったレクティファールは義兄に笑いかける。
「義兄上はもう少しのんびりしていても構いませんよ。私はちょっと妻と各地の手直しを手伝おうと思っているだけですので」
「いや……そういうわけにも……」
ひとりだけ取り残されたところで、果たして自分になにができるというのか。
〈天照〉の修理はまだまだかかるだろうし、その間ずっとこの家で過ごせというのだろうか。
「うん、なんならぼくとおしゃべりでもしていようか。子どもたちも忙しそうだし、眠るのはすこし先にしようとおもっているんだ」
ふわふわと目の前に浮かぶオノゴロに、正周の顔が盛大に引き攣る。
この祖神は自分になにを期待しているのか。
確かに祖神との交信は“帝”の大切な役目であり、これまでも何度かオノゴロの意思を感じたことはある。
だが、世間話をしようと思ったことはないし、そんなことをしたいとも思ったことはない。
「茶菓子くらいはよういさせるよ。君なら、神域のものをたべても平気だからね」
「――はい」
しかし、それ以前に断るという選択肢もない。
オノゴロに先導され、邸の奥へと向かう正周は、神々が庭に転がる二柱を簀巻きにしてどこかへ連れ去っていくのを眺め、それを自分の状況と重ねた。
果たして自分と彼ら、どちらが幸せであろうか。
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