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第四章:万世流転編
第二六話「嫁奪り」 その三
しおりを挟む強襲形態への変形と共に、艦橋内部の構造も変化した。艦橋下部にある正副ふたつの操舵手席が床面へと沈み込み、その周囲を繭のように表示窓が覆い、操舵手たちは艦ではなく高速艇を操作するかのような姿勢で任務に当たっている。
前面の大半を占めていた単一結晶の透明窓の外には先ほどの変わらず外の風景が映っているが、実際に外にあるのは艦橋部が収まっている装甲殻の薄灰色の壁面で、透明窓に外部から入力された映像を投影しているに過ぎない。
兵装管制官たちはそれぞれ、操舵手と同じように生存性を高めるために半個室と化した席に座り、艦内各部から送られてくる兵装情報を処理し、艦長である播乃丞が直感的に下す指示を各兵装へと送っていた。
艦橋中段にある各部門の責任者の席は、圧縮視覚情報を処理するための球状の投影窓に覆われ、中では砲術長、航海長などの幹部が視覚から直接脳に放り込まれる情報に悪戦苦闘を続けている。
そして、彼らの中央にいる艦長は、周囲の光景を映す投影球の中に居た。
「主砲六番七番、敵七号に照準! 発射は任せる! 主目標を後方の十三号に変更するぞ! 取り舵八点!」
座席は床に格納され、さながら空中に浮いているかのような状況で、播乃丞は嬉々とした様子で矢継ぎ早に指示を繰り出していた。
兵装に容量を奪われたために重力制御装置が中和しきれないほどの急制動が掛かり、彼の身体は大きく傾く。だが、播乃丞は近くの手摺りを硬く握り、首を忙しげに上下左右に振って〈天照〉の周囲を見る。
上空を仰いだとき、太陽の中に僅かな影を見て取った。
「主砲八番九番、副砲十二番から二十四番は上方の敵艦を狙え! 連中、なかなかやるぞ!!」
主砲塔がその巨大さに似合わぬ軽快な動きで天頂を仰ぎ、両舷に並んだ両用副砲群もまた同じように上空を指向する。
〈天照〉後部推進器部から斜め後方へと展張された四枚の半透明の重力制御翼が光抹を吐き出し、艦が急激に旋回する。
その様は飛龍が翼を折り畳み、さながら鏃となって急旋回を行う姿によく似ていた。
「ってええい!!」
播乃丞が命じた直後、主砲と副砲群から爆音とともに空に向かって光の柱が立ち上る。
上空からの奇襲を企図していた『天翔戦船』の一艘は外装部の半分を砕かれ、そのまま制御を失って戦場から離脱していった。
「ここは食いでがあって良いなぁ!! 来年からここで演習させてもらえんだろうか!!」
播乃丞が獰猛な笑みを浮かべながら告げた言葉に、艦橋要員たちは苦笑する。
好き勝手暴れ回っている自分たちは良いが、相手側からすればこのようなことを毎年させられては堪ったものではない。いくら〈天照〉の演習の大半が艦内演算機を用いた仮想演習で、それに対して多くの乗員が不満を抱いていたとしても、神域が〈天照〉の惑星圏内戦闘能力の大半を発揮できる環境であったとしても、まず相手側が了承しない。
「次ぃッ! 重力加速砲二番! 目標前方の七号!!」
右舷副胴から極超音速の重縮弾頭が発射され、敵艦に命中。命中箇所に極所重力集束点が現出し、一瞬で敵艦を呑み込んだ。
『七時の方角より敵艦五。うち一隻は大型艦です』
「しばらく捨て置け! まだ遠い!」
『艦橋! こちら艦首観測室、真子様の反応を確認しました!!』
そうして播乃丞が大いに猛る中、真子の反応を探し続けていた観測班が声を上げた。彼らは神域突入直後から〈皇剣〉によって提供された真子の精神情報の固有波形を探していた。周囲の環境が発生直後の宇宙のように目まぐるしく変化するなかで真子の存在を捉えた彼らの技量は、間違いなく最強海軍国の最強艦の乗員に相応しいものだった。
「よぉし! 映せ!」
『目標地点、全天儀に投影します』
艦橋中央にある球形の全天儀に、輝点が追加される。
現在地点から北へ一三〇新浬ほど移動した場所だ。
「陛下!」
《聞こえているとも。義弟にすぐ伝えてやってくれ。一部の連中が今にも飛び出しそうだ》
播乃丞が声を張り上げると、戦闘艦橋から分離された上部艦橋から返事があった。正周たちは戦闘艦橋より更に艦の深部に移動した司令艦橋におり、艦の後方にある揚陸艇甲板と、両舷側にある機動兵器発着航空甲板で待機する皇国の殴り込み部隊を宥めている最中だった。
彼らのうち飛行能力を持ち、身体の大きさが一定値以下の者たちは比較的大人しく発着甲板で出撃のときを待っていたが、揚陸甲板から直接地上へ降り立つ手筈の中には取り敢えず外に出せと騒ぐ者もいたのだ。
比較的若く、景気付けにたらふく酒を飲んでいた岩窟小人の戦士や、異世界の戦士たちである。
レクティファールや年嵩の者たちが適当に相手をしているが、手綱を放せば一目散に飛び出して行くことは間違いない。
(血の気があまっているなら、うちの海兵隊の訓練にでも呼べないだろうか)
播乃丞は正周の言葉に、細周が突然のびくりと背筋を凍らせるようなことを考えた。神族に匹敵する超越種相手の訓練など、そうそうできるものではない。
最近になって皇国との合同演習でようやく機会を得られたが、その回数は多ければ多いほどいい。艦内で出陣を待っているのは殊更力の強い者たちであり、海兵隊にも得るものは多いだろう。
(よし、次の幕僚会議で提案しよう)
それが精強で知られる八洲海兵隊を阿鼻叫喚の地獄へと叩き落とす結果になるなど、彼は知る由もない。
「承知仕りました。――両舷航空甲板開け!! 揚陸甲板は五分後だ!」
カールは目の前で開き始めた航空甲板射出路兼閉鎖扉の向こうに広がる光景を見、久方ぶりに胸が躍るという経験をした。
多種多様な光条が空を走り、誘導弾が縦横に駆け、砲弾が飛び交うその光景は、彼が軍にいた頃何度も経験した戦場そのものの風景だった。
《こちら左舷航空甲板管制。一番騎射出機へ》
甲板に響く管制官の言葉に従い、カールは床に半ば埋没するように彼を待つ射出機に両脚を載せた。〈天照〉本来の艦載機は艦を発見した時点で残っておらず、引き揚げられた情報のみが、ここに“航宙機”と呼ばれる汎環境戦闘飛行機械が並んでいた光景を窺わせるのみだ。
《射出機固定》
カールの両脚が、力場によって固定される。様々な艦載機をひとつの射出機で送り出すため、機械的な固定具というものはこの艦に存在しなかった。
そのお陰で機械ではなく生物である龍族や神獣が射出機を用いることができるのだから、何が幸いするか分からない。
『カールちゃん、顔がにやけてるわ』
思念通信の向こうでマリアがくすくすと笑っている。
だが、カールはそれに対して怒りを抱かなかった。久し振りにほぼ全力を発揮できる戦場を与えられ、気分がこの上なく昂揚していた。
『貴様もだぞ』
『それを言ったら皆様がそうよ。あなたの父上なんて一番槍をあなたに取られてイライラしっぱなし』
『くじ運のない父が悪いのだ』
カールは得意気に鼻息を吹き出し、射出に向けて身を屈める。
反対側の航空甲板にいるであろう父の苛立った姿を思い浮かべると、胸が空くような気持ちだった。この場所に来るまで、散々貴族としての振る舞いなどについて延々と駄目を出されていたのだ。
千年以上前のことを持ち出されたときには流石に激昂しそうになったが、正面から殴り合って勝てるような相手ではない。
龍族は基本的に衰えというものがない種族だ。死ぬその瞬間まで延々と成長し続ける。
《発艦許可確認。一番騎、射出します》
その言葉に身を屈め、衝撃。
弾き出されるように前へ。
一気に外界の光景が近付き、戦場の空気が身体を包み込む。
眼前を光条が通過し、カールの鼻腔に焼けた空気の臭いが充満する。
《五分後に降下部隊を下ろします。それまでに空を押さえて下さい》
空中管制官の指示が脳裏に響く。
カールは〈天照〉の主砲の間を潜るように前方に出ると、同じように左舷側航空甲板から射出された紅龍と並んだ。
カールとほぼ同年代の、フレデリックの伯父だ。
《随分いい場所じゃないか。こんな宴会場を用意してくれるなんて、フレデリック坊やには勿体ない主君だったかな》
《だが酒も肴も持ち寄りだ。タダ酒を振る舞ってくれるときは、それ以上のものを払わされるぞ》
カールは自分を狙って放たれた赤い光を避けると、口腔に発生させた魔法陣を半ば暴走させる形で極太の魔導光を放つ。
敵艦の外装に接触した魔導光はそれを牛酪のように切り裂き、爆発させた。
《その方が楽しいさ》
そう言いながら、翼の皮膜から数億本にも達する針状の圧搾光を発射した紅龍。
彼らに向かって来ていた自由誘導光弾が次々と爆発し、空を染め上げる。
《ええ、その通り》
ふたりの会話に割り込んできたのは、アナスターシャだ。
彼女の姿を探すふたりは、艦上部で欠伸をするその姿を見付けた。
その周囲には、まるで双子、三つ子のような黒龍の一族が勢揃いしている。
《――行く》
アナスターシャたちは直上へと飛ぶと、その姿が光に包まれる。
放射状に飛び散った彼女たちは、ある程度の高度を稼ぐとそこで巨大な龍の姿へと変化した。
《一斉、発射》
そして一瞬の間を置いて、五体の黒龍が超重力波砲とも言うべき、光を呑み込む黒の大光条を発射した。
五本の黒い光は何艘もの敵艦を巻き込み、〈天照〉の軌道にさえ影響を与えた。
カールは八洲神群の混乱が手に取るように理解できた。
この理不尽なまでの力は、神域の外では到底使うことができない。周辺環境への影響が大きすぎ、何らかの政治的目的を持つ“戦争”にならないからだ。
《まさに、破壊そのものか》
カールは後方の航空甲板から続々と空へ飛び出してくる同属の姿を振り返り、次に同じ光景を見ることができるのは何千年後のことだろうかと思った。
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