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第四章:万世流転編
第二二話「回生の星船」 その二
しおりを挟む表示窓の向こうにいる正周は、疲れ切った表情を浮かべて白い金属で形作られた椅子に座っていた。
レクティファールはそれが戦艦〈天照〉にある正周の私室からの映像であると気付き、義兄もまた面倒な状況に追い込まれているのだろうと思った。
(ということは、やはりイズモ系神族が今回の下手人か)
全くもって困ったものだ――レクティファールの心中で最も大きな割合を占めるのは、そんな感情だった。
ふたりの妻を攫われた怒りでもなければ、それを行った者たちに対する憎しみでもない。ただ、現状に対する困惑がもっとも大きかった。
「義兄上。そのお顔から察するに、私がこうしてお目通り願った理由をご存知のようですね」
『ああ、分かっているとも。今朝方、五月雨で宮司をしている分家から連絡があってな、そこで祀っている神が〈座〉での騒動を伝えてきたとのことだった。確認のために各地の社や宮に連絡を入れたが、四カ所ほど同じ神託を受けて真偽を確かめている途中だった』
「誰が主犯なのか、ご存知なのですか?」
正周はレクティファールの発した“主犯”という言葉に顔を顰めたが、自分にとっては敬愛するべき天上の同胞であっても、義弟にとってはそうではないのだと己に言い聞かせる。
それに、たとえ〈座〉の神々が正しくても、目の前の男が間違っているという証拠にはならない。何より、自分の妻を拐かした者たちに対して抱く怒りが間違っているとは思えなかった。
『八洲武神群の一角。カシマ様だと思われる。確証はない。我が直接〈座〉に問い掛けても、祖神は何も答えてくれなかった』
「祖神――イズモの神々の祖である神ですね」
『その通りだ。我が一族は、その祖神と言葉を交わすことができる』
それは〈座〉の神々から見ても大きな特権だった。
祖神はここ数百年、〈座〉の神々に対してさえ姿を見せていない。
その力が〈座〉を維持し続けているために存在を疑う者はいないが、やはり自分たちの根底を成す“八洲神”としての有り様を肯定する存在に会うことができないということは、八洲神群に鬱屈した感情を溜め込ませていた。
『分家から情報を得られる分、そなたらよりは幾らか状況に詳しいが、それでも事態を解決するほどの情報を持っている訳ではない』
それは牽制だったかもしれない。
正周はレクティファールが性急に行動を開始するとは考えていなかったが、いずれは真子を奪還するために動き始めるだろう。
そうなったとき、自分は果たしてどのような立ち位置を選ぶのか。
(中立という訳にはいくまい。〈座〉に義理立てをするのは良い。だが今、民たちを食わせているのは大陸との貿易だ。その窓口である皇国との仲が拗れれば、〈座〉は無事でも国が滅びる)
正周の立場は非常に苦しいものだった。
〈座〉は対外的にも国内法的にも八洲の一部ではない。あれはあくまでも別世界の同一座標上に存在する並行世界であり、八洲であって八洲ではないのだ。
しかし、それは八洲から見た事情である。
皇国からすれば、八洲本国と〈座〉を同一視しても不思議ではないし、暴論と切り捨てることもできない。少なくとも八洲の生活に〈座〉は完全に溶け込んでいる。無関係であると主張しても受け入れられる可能性は低かった。
「私は、少なくとも今回の一件がイズモの意思によって行われたものだとは思っていません。ですが、義兄上たちをただの傍観者として扱う訳にもいきません」
『それは正しい。我がその立場であっても、そなたと同じ判断を下しただろう』
そして行動に移していたに違いない。
少なくともそうするだけの理由がレクティファールにはあるのだ。
『民たちの間でそなたらと争いになるのではないかという噂が拡がっている』
「存じています」
大使館や領事館、そしてそこに属している情報員だけではなく、商会や軍からも同じような報告が提出されていた。
あくまで噂の域は出ていないが、同盟に亀裂が入るようなことになれば多くの国益が損なわれることになるだろう。
それは国民はもとよりレクティファールの望むところではない。
「義兄上。今一度確認したい」
『何か?』
正周はレクティファールが訊きたいことが何であるのか、分かっているようだった。さきほどと同じように、自分が同じ立場なら同じことを訊ねたからだろう。
「夫が妻を助けに赴く、これは八洲の地に於いて罪でありましょうか」
レクティファールは国家同士の戦いを望んではいない。
しかし、個人としての意見が通る範囲でさえ黙っているつもりはない。
皇王は個人ではないだろう。〈皇剣〉もまた人ではなく、人としての権利は有していない。
その行動には常に公人としての責任が付き纏い、姿と名前を変えることでそれを誤魔化すことしかできなかった。
だが、皇王としての責任が及ばない場所がある。
それはレクティファールという男が真子、或いは瑠子という妻に対して向ける感情であり、願いだ。
始まりは責任から、しかし今はそうではない。
「義兄上。あなたを我が義兄としてお頼み申し上げる」
『聞こう』
正周はうっすらと笑みが浮かぶのを止められなかった。
義兄として、そんな言葉がこれほど愉快であるとは知らなかったのだ。
彼は密かに沸き立つ心を隠しながら、レクティファールに先を促した。
「拐かされた我が妻の奪還、助太刀願えまいか?」
実に愉快なことだと思った。
ふたつの国の元首が轡を並べ、女を取り戻しに行くのだ。
講談の題目にすれば、流行るかも知れない。
(一度くらい、無茶をするのも良いか)
〈帝〉として生きることに躊躇いはない。だが、それ以前に兄としてすべきことがあるようだ。
『良かろう。我が星船にて助太刀仕る』
正周はその五分後、損傷したまま放置されている〈天照〉の次元間航行機能の修復を技術神官たちに命じた。
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