427 / 526
第四章:万世流転編
第十九話「貴族の誇り」 その四
しおりを挟む子どもたちが手を振りながら去って行く。
レクティファールは子どもたちに手を振り返すと、その背後にマリカーシェルが近付いてきた。
「また、随分と結構なお話をされていましたね」
「まあ、ともかく手を出すことばかりが正しい訳じゃないと分かって貰えれば良いなぁと。――メリアたちには黙っていてくださいね」
「言える訳がないでしょう。わたしが居ながら何をしていたんだと言われるのが関の山です」
そう言って嘆息するマリカーシェルだが、背後から服を引っ張られて「ああ」と呟いた。そしてレクティファールの前にアンヌを押し出し、その両肩に手を置く。
「親戚のアンヌ・ド・ラト・マセリアです。休暇だと聞いてわたしを探していたようです」
「あ、アンヌです」
ぺこりと頭を下げるアンヌ。
制服姿だったため、士官学校の生徒であることはすぐに分かった。
そして、大抵の士官学校生徒は現役士官の前では緊張するものである。騎士学校ならば学内に現役士官がそれなりに在籍していることもあり、比較的落ち着いて対応することができる。
「皇国陸軍及び近衛陸軍大尉レクト・ハルベルンです。准将にはいつもいろいろお世話になっております」
レクティファールはアンヌの緊張を考慮し、微笑みと共に己の名を告げる。
戸籍上レクト・ハルベルンは存在し、マリカーシェルに色々世話になっていることも事実だ。
嘘を吐かなくてもいいというのは随分と気楽なことだと思いながら、レクティファールは彼の乙女騎士団長とよく似た容貌の少女を見詰めた。
もしかしたらマリカーシェルの少女時代はこんな姿だったのではないかと想像してみたりもした。
(うん、これはモテただろうなぁ)
〈皇剣〉による画像加工は、膨大な情報を元にひとつの画像を作り上げる。
通常の演算機では不可能なほどの精度を持っているため、レクティファールが脳裏に浮かべたマリカーシェルの少女時代の姿は、現実の彼女の過去と瓜二つだった。
もっとも、マリカーシェルは自分の過去がレクティファールに解き明かされたことなど知る由もなく、アンヌに話し掛けている。
「せっかく来て貰ったのだから、一緒にご飯でも食べましょうか? それともどこかに行きたい?」
「お姉さま、あまり子ども扱いしないでください!」
「ふふふ、ごめんなさい。でもあなたは昔から妹みたいなものだったから」
そう言われてしまえば、アンヌには口にするべき言葉がない。
彼女にとってもマリカーシェルは理想の姉のようなもので、そんな人物に妹のようと言われて嬉しくないはずがない。
「では、私は引っ込んだ方が良さそうですね。姉妹水入らずでお楽しみください」
「よろしいのですか?」
マリカーシェルはどこか訝しげだった。
レクティファールをひとり皇都に放り出すことに不安を抱いているのかもしれない。
周囲の護衛たちはレクティファールが危険になったり、皇王として相応しからざる行動に出ない限りは何もしない。しかし現実として、前者はあり得ず、後者もまた行われたことがなかった。
だが、護衛たちの考える『皇王に相応しくない行動』とマリカーシェルの考える『皇王に相応しくない行動』には大きな差があった。マリカーシェルの不安とはその一点に尽きる。
(変なことをしないと良いけれど……)
初対面の誰かの人生相談を受けるのはまだいい。レクト・ハルベルンとしてその解決のために色々手を尽くすこともいいだろう。
しかし、その結果ハルベルン家に養子の申し入れや婚約話が持ち込まれるのは不味い。
今ハルベルン家には新妻がいる。彼女はレクティファールの本当の姿を知っても笑って済ませるが、自分に自信が持てないせいで他の女性の影を見付けるともの凄く悲しそうな顔をする。
それこそ本妻というものに憧れて件の新妻に対抗意識を剥き出しにしているメリエラでさえ、その表情には動揺してしまうほどだ。
「医者や官憲のお世話になるようなことをした覚えはないんですがね……」
レクティファールは自分が信用されていないことを良く理解していた。
そしてそれを改善しようという努力も欠かしていない。
しかし、マリカーシェルからみれば努力の方向性が微妙にずれているのだ。
「確かに、お家騒動を解決してみたり、不仲な夫婦の間を取り持ってみたり、遠く離れた恋人同士を再会させたりしているだけですね」
「わあ、素晴らしいことじゃないですか!」
マリカーシェルが羅列した事柄に、アンヌが歓声を上げる。
アンヌは目を輝かせてレクティファールの手を握り、マリカーシェルを驚かせた。
「お姉さまのお知り合いのようですし、もしよろしければご一緒しませんか? もちろん、大尉殿のご都合がよろしければですが……」
「ええと……」
レクティファールもまさかそんな純粋な反応を返されるとは思っていなかったため、困惑してしまう。
彼はマリカーシェルに視線で助けを求めたが、彼女はアンヌがぎゅっと握り締めるレクティファールの手を見詰めているだけで、彼の視線にはまったく気付かなかった。
「――そうですね。お邪魔でなければ」
「はい! お姉さまお姉さま! 大尉殿と一緒にウィーレンおじさまの店に行きましょう!」
子犬のようにマリカーシェルに纏わり付くアンヌ。
マリカーシェルはそんなアンヌに困ったような笑みを向け、曖昧に頷いた。
レクティファールはそんなふたりの様子を見ながら、美人姉妹だなぁと至極真っ当な感想を抱いていた。
0
お気に入りに追加
2,909
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。