白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第十九話「貴族の誇り」 その四

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 子どもたちが手を振りながら去って行く。
 レクティファールは子どもたちに手を振り返すと、その背後にマリカーシェルが近付いてきた。
「また、随分と結構なお話をされていましたね」
「まあ、ともかく手を出すことばかりが正しい訳じゃないと分かって貰えれば良いなぁと。――メリアたちには黙っていてくださいね」
「言える訳がないでしょう。わたしが居ながら何をしていたんだと言われるのが関の山です」
 そう言って嘆息するマリカーシェルだが、背後から服を引っ張られて「ああ」と呟いた。そしてレクティファールの前にアンヌを押し出し、その両肩に手を置く。
「親戚のアンヌ・ド・ラト・マセリアです。休暇だと聞いてわたしを探していたようです」
「あ、アンヌです」
 ぺこりと頭を下げるアンヌ。
 制服姿だったため、士官学校の生徒であることはすぐに分かった。
 そして、大抵の士官学校生徒は現役士官の前では緊張するものである。騎士学校ならば学内に現役士官がそれなりに在籍していることもあり、比較的落ち着いて対応することができる。
「皇国陸軍及び近衛陸軍大尉レクト・ハルベルンです。准将にはいつもいろいろお世話になっております」
 レクティファールはアンヌの緊張を考慮し、微笑みと共に己の名を告げる。
 戸籍上レクト・ハルベルンは存在し、マリカーシェルに色々世話になっていることも事実だ。
 嘘を吐かなくてもいいというのは随分と気楽なことだと思いながら、レクティファールは彼の乙女騎士団長とよく似た容貌の少女を見詰めた。
 もしかしたらマリカーシェルの少女時代はこんな姿だったのではないかと想像してみたりもした。
(うん、これはモテただろうなぁ)
〈皇剣〉による画像加工は、膨大な情報を元にひとつの画像を作り上げる。
 通常の演算機では不可能なほどの精度を持っているため、レクティファールが脳裏に浮かべたマリカーシェルの少女時代の姿は、現実の彼女の過去と瓜二つだった。
 もっとも、マリカーシェルは自分の過去がレクティファールに解き明かされたことなど知る由もなく、アンヌに話し掛けている。
「せっかく来て貰ったのだから、一緒にご飯でも食べましょうか? それともどこかに行きたい?」
「お姉さま、あまり子ども扱いしないでください!」
「ふふふ、ごめんなさい。でもあなたは昔から妹みたいなものだったから」
 そう言われてしまえば、アンヌには口にするべき言葉がない。
 彼女にとってもマリカーシェルは理想の姉のようなもので、そんな人物に妹のようと言われて嬉しくないはずがない。
「では、私は引っ込んだ方が良さそうですね。姉妹水入らずでお楽しみください」
「よろしいのですか?」
 マリカーシェルはどこか訝しげだった。
 レクティファールをひとり皇都に放り出すことに不安を抱いているのかもしれない。
 周囲の護衛たちはレクティファールが危険になったり、皇王として相応しからざる行動に出ない限りは何もしない。しかし現実として、前者はあり得ず、後者もまた行われたことがなかった。
 だが、護衛たちの考える『皇王に相応しくない行動』とマリカーシェルの考える『皇王に相応しくない行動』には大きな差があった。マリカーシェルの不安とはその一点に尽きる。
(変なことをしないと良いけれど……)
 初対面の誰かの人生相談を受けるのはまだいい。レクト・ハルベルンとしてその解決のために色々手を尽くすこともいいだろう。
 しかし、その結果ハルベルン家に養子の申し入れや婚約話が持ち込まれるのは不味い。
 今ハルベルン家には新妻がいる。彼女はレクティファールの本当の姿を知っても笑って済ませるが、自分に自信が持てないせいで他の女性の影を見付けるともの凄く悲しそうな顔をする。
 それこそ本妻というものに憧れて件の新妻に対抗意識を剥き出しにしているメリエラでさえ、その表情には動揺してしまうほどだ。
「医者や官憲のお世話になるようなことをした覚えはないんですがね……」
 レクティファールは自分が信用されていないことを良く理解していた。
 そしてそれを改善しようという努力も欠かしていない。
 しかし、マリカーシェルからみれば努力の方向性が微妙にずれているのだ。
「確かに、お家騒動を解決してみたり、不仲な夫婦の間を取り持ってみたり、遠く離れた恋人同士を再会させたりしているだけですね」
「わあ、素晴らしいことじゃないですか!」
 マリカーシェルが羅列した事柄に、アンヌが歓声を上げる。
 アンヌは目を輝かせてレクティファールの手を握り、マリカーシェルを驚かせた。
「お姉さまのお知り合いのようですし、もしよろしければご一緒しませんか? もちろん、大尉殿のご都合がよろしければですが……」
「ええと……」
 レクティファールもまさかそんな純粋な反応を返されるとは思っていなかったため、困惑してしまう。
 彼はマリカーシェルに視線で助けを求めたが、彼女はアンヌがぎゅっと握り締めるレクティファールの手を見詰めているだけで、彼の視線にはまったく気付かなかった。
「――そうですね。お邪魔でなければ」
「はい! お姉さまお姉さま! 大尉殿と一緒にウィーレンおじさまの店に行きましょう!」
 子犬のようにマリカーシェルに纏わり付くアンヌ。
 マリカーシェルはそんなアンヌに困ったような笑みを向け、曖昧に頷いた。
 レクティファールはそんなふたりの様子を見ながら、美人姉妹だなぁと至極真っ当な感想を抱いていた。
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