白の皇国物語

白沢戌亥

文字の大きさ
上 下
396 / 526
第四章:万世流転編

第十三話「神々の座」 その四

しおりを挟む
 後宮をふらふらと徘徊することに関して小言を貰ったのも今は昔、相も変わらず後宮の各地に姿を見せるレクティファールに騎士団の乙女騎士たちは慣れてしまった。
 その行動にはこれといった傾向は見られず、その日その日の気まぐれに任せて徘徊しているようにしか思えない。
 それを探知することができる正妃たちの中には積極的にレクティファールを捕まえようという意欲を持つ者は少なく、意欲はあってもお互いに牽制し合って全く動けない第一妃と白の龍妃を除けばレクティファールの行動を掣肘する存在はいないのだ。
 なお、ウィリィアに仕事がある日を狙って徘徊する程度の知恵はレクティファールにも備わっている。
 彼は報告書を映した投影窓を眺めながら、後宮の庭園の一つを散策していた。時折姿を見せる乙女騎士に挨拶をしつつ、報告書を最後まで読み切った。
 そして、唸る。
「グロリエ皇女も随分逼塞してるようですが、あの人閉じ込めるとか逆に怖くてしょうがない気がするんですけどねぇ……」
 レクティファールの感性からすれば、グロリエは適度に動かさなければ周囲を巻き込んで爆発する危険人物だ。一所に留め置けば、その爆発の危険性は高まるばかりで何の益もない。
 最初期の熱式魔導炉のように待機状態を維持できず、常に駆動状態に置かなければならないのだ。
 それがグロリエの父である帝王クセルクセスに理解できないとは考えにくい。レクティファールと干戈を交える以前のグロリエは、各地を転戦し続け、勝ち続けていた。それが彼女にもっとも適した生き方だったはずだ。
 政治を理解することはできても、その性格は政治には向かない。グロリエは常に敵を欲する種の人物であり、明確な敵を作らない政治の世界にはあまりにも不向きであった。
 レクティファールは投影窓を閉じ、庭の木々に目を向けた。
 そして本音を吐露する。
「――羨ましい。私なんてリリシアかメリエラのどっちに味方しても怒られるのに」
 無論、それ以外でも特定の人物の肩を持つと恐ろしい目に遭う。例外はマティリエと真子ぐらいのものだ。
「そういえば、今夜は真子か」
 本人が色々不慣れで、尚且つ体力が少ないこともあり、レクティファールが真子の部屋に行く回数は他の妃よりも若干少ない。
 その点でいえばマティリエは他の妃と変わらず、レクティファールはその一点に奇妙な気疲れを感じていた。その際に隣の部屋から感じられる強烈な威圧感のせいかもしれないが。
「うーむ、とりあえずところてん作って貰って、月見でもしながらのんびり過ごしますかね」
 ゆっくりと過ごせる分、レクティファールは真子との逢瀬が嫌いではなかった。『好き』ではなく『嫌いではない』というのは、好きという評価を下すことが誰にも見えない意識下のことであっても恐ろしいからだ。
 彼女たちはそれさえも見通す。どれだけ〈皇剣〉の奥深くで思考しようとも嗅ぎ付ける。レクティファールが恐れ戦くにはそれなりの理由があるのである。
「黒蜜……きなこ……餡子もありか……」
 レクティファールはぶつぶつとところてんの付け合せを考えながら、後宮の廊下を進んでいくのだった。
 なお、その背後を小さい黒髪の妃が「ところてん……」と呟きながら追尾していた。

                            ◇ ◇ ◇

「ところてんはイズモからの輸入品だから在庫が少ないって言っておいたのに……」
 レクティファールは盆を抱えながら、ついに在庫が尽きたところてんを嘆いた。今頃、皇王府系列の輸入業者が飛龍を飛ばしてイズモに買付けに走っていることだろう。
 いっそ国産のところてんでもいいのではないかと思ったが、調理担当の乙女騎士が一切の感情が見られない空虚な瞳で見詰めてきたので、レクティファールは説得を諦めた。職人のこだわりは地位を凌駕する。
「オリガはまたいつの間にか引き籠もってるし」
 ところてんを食い尽くした妃は、再び自らの縄張りである特別文庫に引き籠もってしまった。魑魅魍魎が跋扈しているであろう特別文庫も、彼女にとっては隠るに易い牙城なのかもしれない。
「はぁ」
 深々と溜息を吐き、レクティファールは辛うじて確保した二人分のところてんを見下ろした。皇王が自ら料理を運ぶ様子は乙女騎士たちにとってそれほど珍しくなく、頭を下げて道を譲る騎士たちもこれといった感情を見せることはなかった。ごくたまに、甘い匂いに顔を顰める絶賛減量中の騎士がいる程度である。
「真子は黒蜜餡子派ですが、オリガは黒蜜果物派。メリエラはお酢の方がいいと言ってましたが、リリシアは断固醤油派……ううむ、人とは分かり合えない生き物です」
 小さく呟きながら廊下を進むレクティファール。
 やがてイズモ建築様式と皇国建築様式が入り交じった区画に入ると、彼は真子の紋章が刻まれた大扉の前までやってきた。
「良くお渡り下さいました」
 扉の前で、真子の護衛部隊を率いる乙女騎士が頭を垂れる。やはり、レクティファールが抱える盆については何も言わなかった。
「それでは、殿下がお待ちです」
 頭を上げた乙女騎士が合図をすると、大扉はゆっくりと開く。
 その奥には龍の描かれた襖障子があり、それもまた誰の手に依ることもなく静かに開いた。
「ご苦労」
「は」
 レクティファールは乙女騎士を労うと、そのまま歩を進める。背後で扉が閉まる音が聞こえてきたが、レクティファールは振り返ることなく己の妃の下へと向かうのだった。
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。