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第四章:万世流転編
第六話「繋ぐ運命」 その六
しおりを挟むバイフェルの乗り込んだ車輌が、敵の作った盛り土を乗り越える。
カンカン、と装甲板を叩く音は、敵の攻撃かそれとも周囲の車輌や騎馬が跳ね飛ばした礫なのか。
彼は車輌司令室中央の司令席の前に立ち、床に直接繋がった手すりを掴んで上下左右の振動に耐える。
「六機中隊、前に出過ぎるな! 一騎小隊は左翼を叩け! 砲兵、ア・四六地点に霞弾三射、急げ!」
バイフェルは血走った目で戦況図を睨み付け、矢継ぎ早に指示を出していく。
最外周の防御拠点を貫かれた敵本陣だが、各地に点在する抵抗地点が連携して頑強な抵抗を続けている。しかも、抵抗地点は占領直前になると自爆を行い、少なからぬ被害をバイフェルたちに強いるのだ。
死者そのものは多くないが、負傷し、装備を破壊された兵は決して少なくない。
戦力として数えることができなくなった者たちを後続部隊の援護を受けて後送しつつ、さらに敵陣深くへと斬り込んでいく。
楔入した直後、敵拠点は猛烈な反撃を行ってきたが、バイフェルが直接乗り込む頃にはその勢いは弱まっていた。彼らは自分たちの拠点に近付いてきた部隊を巻き込むことを目的としているかのようで、バイフェルからすれば憎らしいことこの上ない。
彼らは圧倒的な打撃力で突き進む皇国軍部隊に対して、勝ち目がないと分かった瞬間、降伏ではなく憎悪をもって戦いを挑んできた。それはまるで、皇国の建国以前に滅ぼされた数多の種族の姿のようであり、歴史を学んだ軍人ならば誰もが息苦しさを感じることだろう。
バイフェルもまた、心の奥底で恐怖を覚えるようになっていた。
自分が果たして正しいことをしているのか、その自信が揺らぐ。
彼を信任した皇王こそが彼にとっての正道であり、その決断を全うすることが近衛軍人としての務めである、と何度も自分に言い聞かせる。
「一機小隊が敵陣突破! 敵の本隊に食い付きました!」
「よし! 二機と三機も回せ! 周辺部隊に援護を要請しろ、このまま押し切る!」
彼は考えることをやめた。
下された命令に瑕疵はない。この国を守るためには、彼らを討たねばならないのは確かだ。それがたとえ許されぬ罪であろうとも。
「四砲小隊、目標リ・八八。敵の頭を押さえ付けろ!」
命令を受け、二門の魔導砲を肩に担いだ自動人形が前に出る。片膝を突いた四機の自動人形が、一斉に光弾を放った。
魔法弾は敵本陣の奥深くに突き刺さり、八つの爆炎を咲かせる。
敵の攻撃が弱まった一瞬を狙い、バイフェルは更なる攻勢を命じようと口を開いた。
「全隊――」
だが、彼が命令を下す直前、演算機の制御盤の前に座っていた部下のひとりが彼を振り返る。
「閣下! 前方に敵の巨大個体! 内包熱量急速上昇!」
「何っ!?」
バイフェルは外部映像を映し出す表示窓に顔を向け、目を剥いた。
本陣最奥手前にいる巨大な芋虫が大きく身体を膨らませ、今にもその身を破裂させようとしていた。
「くそったれ! 全隊対爆防御!」
貴族として可能な限り粗暴な物言いは避けてきたバイフェルだが、このときは心の底から敵を罵った。
彼は手摺に拳を叩き付け、そして衝撃に備えるために強く握った。
「――?」
だが、爆発は起きなかった。
一秒、二秒、三秒と時間が過ぎても、敵の攻撃以外に指揮車を揺らすものはない。
バイフェルは再び外部映像に目を向け、そこに先ほどは存在しなかった『それ』を見た。
「あ……」
それは、炎だった。
それは、光だった。
それは、狂気だった。
「何だ、あれは……」
敵が必死に守っていたもの、そこに何があるのか分からないまま進軍してきた皇国軍の将兵は、敵本陣最奥に鎮座する巨大な赤水晶を見た。
赤水晶は煌々とした光を内包し、その光は先ほどまで爆発寸前といった様子を見せていた芋虫から流れ出していた。
光を奪われた芋虫は白く乾き、塵となって風に飛ばされていく。
それどころか、本陣の中で抵抗していた敵の身体からも同じように光が奪われていく。
「くっ、敵の攻撃か? 全隊、対魔障壁の出力を最大にしろ!」
バイフェルはそれを、敵の吸収型魔法だと考えた。
しかし、光を奪われるのは敵ばかりであり、皇国軍の軍人たちには何の影響もない。本陣に突入した皇国軍は異常な事態に進軍を停止していたが、彼らの耳に飛び込んできた通信は、周囲でも同じ状況が繰り広げられていることを示していた。
〈こちら海軍陸師三三連隊! 敵が消える!〉
〈北東部上空! 敵の航空戦力がバラバラ落ちていく! 何があったんだ!?〉
〈こちら統合司令部、敵の反応が急速に減少している。現場はどうなっている? これは当方の機器故障ではないのか?〉
バイフェルは司令室の壁にある梯子に取り付き、車輌上部の司令塔から顔を出した。
「これは……」
そこで彼が見たのは、敵の身体から抜け出した光の粒が、次々と赤水晶に吸い込まれていく様だった。
空は光で埋め尽くされ、敵の身体が塵となって溶けていく。
断末魔の悲鳴を上げることさえ許されずに消えていく敵に、彼は深い憐憫を抱いた。彼らは自分たちが必死に守ったものに、殺されたのだ。
「捕虜たちは無事なのか?」
彼は司令塔に備え付けられた通信を手に取り、統合司令部に状況の確認を行う。
そこで彼は、戦域全体で捕虜以外の敵が次々と消失していることを聞く。
どれだけ巨大な個体でも皇国軍と敵対しているか、降伏していないならば消え去り、どれだけ弱く小さな個体でも、皇国軍の保護下にあれば消えずにいるらしい。
バイフェルはそれを成した赤水晶を見詰め、やがて光が総て吸い込まれていくまで身動きが出来なかった。
最後の光が吸い込まれ、戦場に静寂が訪れる。
統合司令部からは警戒命令が出ていたが、ほとんどの将兵は呆然としていた。
今まで戦っていた筈の敵が、死体さえ残さずに消えてしまったのだ。
「アレは一体何なんだ」
バイフェルが呟くと、次の瞬間赤水晶が猛烈な光を放った。
「うっ!」
思わず腕で顔を覆ったバイフェル。
手探りで通信機を掴み、全周波数に対して警告を発した。
〈警戒! 敵本陣に超高熱量を感知! 全軍警戒せよ!〉
またそれと同時に、統合司令部からも警告が発せられる。
再び緊張に包まれた戦場で、赤水晶は大きく爆ぜた。
「なっ!?」
そして、光の塊となって空に駆け上り、雲を貫き、南東へと飛び去る。
「一体どこに……」
バイフェルは光の飛び去った先を見詰め、やがてその先にあるものを思い出し、青ざめた。
「皇都……!」
彼と同じ結論に至った統合司令官ルフトシェーラが皇都に向けて緊急通信を行ったのは、その直後のことだった。
ただ、バイフェルは自分と同じように皇都の方角を眺める巨神の姿を見て、少しだけ落ち着きを取り戻した。
巨神はただ佇み、光を見送っていく。
その姿に焦燥はなく、むしろ悲しみを背負っているようだった。
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