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第四章:万世流転編
第六話「繋ぐ運命」 その三
しおりを挟むルフトシェーラが眺める戦況図に、北東から新たな戦力符号が現われる。
自動人形を先頭に敵の防衛線をこじ開け、遊撃戦力として魔導騎兵がそこに飛び込んで敵を蹂躙、中核となる歩兵戦力が次々とその傷を押し広げていく様は、士官学校の演習例としてそのまま使えそうなほどだ。
すでにルフトシェーラがいる敵の南西側は、皇国軍の主力によって蹂躙と圧殺が繰り替えされている。
彼女が指定した地点に諸兵科連合部隊が旅団単位で投入され、それが複数箇所同時に行われている。敵は皇国軍の攻撃がもっとも強力な地点に戦力を集めようとするが、その地点が常に移動しているため、効果的な迎撃ができないようだった。
ルフトシェーラは、というよりも皇国軍は、元々何処の武装集団とも真正面から殴り合うことを考えていない。
殴り合えば、どちらにも損害は出る。例え相手の方が大きな損害を被り、その場では勝利することができても、自軍が被った損害を補填するまでに要する時間は、皇国軍にとってもっとも大きな敵だ。
軍が戦うべき相手は、基本的にそれらの時間である。
一度の会戦で被った一割の損害を完全に補填するために必要な時間は、どれだけ短くても年単位になる。
数だけではなく、経験も補填しなくては完全な充足とは言えないのだ。
だから、大半の軍組織は、自軍の損害をどれだけ抑えるかということを考える。遊戯盤のように、相手の戦力を吸収してすぐさまそれを戦力化することなどできない。
劣化した戦力は、鈍化した圧力となる。
皇国に向けられる外圧に抗しうるだけの内圧を確実に維持するためにも、ルフトシェーラは勝利以上の成果を手にしなくてはならない。
それが、皇王以外で初めて、陸・海・空・近衛の四軍を指揮することになった彼女の責務である。
「第一軍団に通達。北が猛勢である、第三軍団の支援を受けて突入せよ」
彼女の言葉は多くない。必要がない。
その指揮杖がひとつ点を指し示せば、彼女の下に集った四人の軍団長がその命令を全うする。
「第二軍団。砲艦支援を受けて包囲拡大せよ。南方に抜けようとする敵勢は、機動装甲軍団が仕留めよ」
指揮杖が戦況図の上を踊り、それに答えて六万を超える軍が結合して動く。
彼らが培ってきた戦争技術の集大成。ひとりの兵の価値。ひとりの士官の価値。ひとりの将軍の価値。それらを限界まで高めるための技術が皇国にはある。
「閣下、迂回部隊が敵本陣に近付きます」
幕僚のひとりが呟くと、戦況図の映し出された指揮卓の周囲にいた者たちが、一斉に指揮卓の上に浮かんだ立体戦況図に目を向ける。
小さな丘の上に陣取った敵の陣。
防御障壁の修復に伴う正体不明の力の流れ、敵の布陣などから、ここが敵の本陣であると推定されていた。
すでに〈デステシア〉が周囲を固めていた敵の大型個体を二体消滅させ、残る二体も釘付けにしている。そうなれば、上空からの支援も期待でき、そこに到達するまでの障害はほとんどない。
自動人形による打撃部隊が次々と敵の防衛線を突破し、歩兵たちがそれに続いて敵陣を占領、拠点を作り上げる。
砲兵と騎兵が周囲の敵を攪乱し、魔導師たちが戦術級魔法を連射する。
一朝事あるときは、皇王の命令ひとつで敵陣のまっただ中に飛び込むことを目的に再編されただけあり、迂回部隊の動きは他の軍団と較べても水際立っている。
ルフトシェーラがこの戦いのために再編した四つの軍団。その五分の一程度の戦力しか持っていない筈の増強旅団が、一個軍団に匹敵する働きを見せていた。
彼女は戦いが始まる前、近衛軍による迂回部隊を使うという采配について幕僚と意見を戦わせることになったが、その苦労が最大の成果となって返ってきたことになる。
「連中の動きは良いなぁ。よし、本陣は迂回部隊に任せよ。敵が応援に向かわぬよう、各軍団で敵の動きを掣肘する。第一軍団から第三軍団は現地点にて戦果を拡大。機動装甲軍団は迂回部隊援護のため、北西より本陣を脅かせ」
薄暗い司令室の中で、ルフトシェーラの目が輝く。
騎士学校すら出ていない彼女がこの任を与えられたのは、単なる軍内部の力学からではない。どんな戦いの中でも決して勝機を逃さない目を持っていると、元帥府が判断したからだ。
彼女以外の候補も居たが、もっとも有力だったのは元帥府からゲルマクスを派遣することだった。そのゲルマクスが、彼女を強く推した。
ここ一番の勝負強さでは元帥にも劣らないとされたルフトシェーラは、勝ちが見えてきたここに来て、ようやくその真価を発揮し始めたのかもしれない。
「司令部直属の二個旅団も出せ」
「はッ?」
幕僚のひとりが思わず顔を上げ、ルフトシェーラを見る。
彼女は幕僚を見ることなく、戦況図の一点を指した。
「このまま推移すれば、敵の圧力が最も高くなる地点はここだ。三軍団に蹴散らされ、敵の頭が多少なりと回るならば、この地点を突破して包囲を破ろうとする。我らから勝ちを拾うには、これが一番目があるからな」
敵も分かっているだろう。しかし、もっとも分の高い賭けをするならば、そこしかない。
ルフトシェーラはまだ自軍よりも数的優勢にある敵に、最後の一撃を加えようとしていた。
「本陣強襲と共に、敵を完全包囲下に置く。連中が降伏という概念を知っているなら、これで終わる」
ルフトシェーラは、このまま殲滅戦へと移行することを望んでいなかった。
敵は殲滅できるだろう。しかし、自軍にも要らぬ損害が出る。
失うことを恐れた指揮官は果断な決断ができなくなると言うが、彼女は失わないためにこそ指揮官は果断であるべきと考える女だ。
恐れ、退こうと考えるそのときこそ、もっとも強く前に出る。
あのガラハ・ド・ラグダナを打ち破ったのも、押しに押したガラハが勝ちを確信した瞬間に反撃に転じ、それを粉砕したからだ。
「各軍団に伝えよ。これより行うのは掃討戦でも殲滅戦でもない。勝利への確固たる意思を持って行われる反撃である」
ルフトシェーラは言外にこう告げたのだ。これはまだ勝ち戦ではない。これからの行動こそ勝ち戦に繋がる大切な攻撃なのだと。
「ここからが、皇国軍の真骨頂だぜ」
ルフトシェーラの言葉はそのまま各軍団へと伝えられた。
それはやがて将兵行き渡り、軍の意思となって剣鎧帝〈デステシア〉へと流れ込む。その意思を受けた剣鎧帝が、再び大きく咆哮した。
巨大な音撃を合図に、皇国軍の猛勢が始まる。
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