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第四章:万世流転編
第四話「誰がための戦い」 その四
しおりを挟む村の民間人を乗せた装甲車輌は四台。ちょっとした破片を防ぐための装甲板を打ち付けた軽装甲兵員輸送車が七台。村人が長距離の移動を行うために村役場に置いてあった大型魔動車が一台。そして村人が個人で所有していた魔動車が複数。運転手は軍務経験のある村人を中心に、護衛の車輌のみ正規の軍人を配置している。
それがあの麗しの故郷リウィスから逃げ出すための移動手段だった。
ヴェルナーは装甲車に併走する軍馬の上から背後を振り返り、黒い影が自分たちを追い掛けている様を見て奥歯を噛み締めた。
時速五十キロメイテル。いくら整地された街道とはいえ、これ以上の速度を出せば事故の可能性が大きくなる。
防御のために一塊になって移動している今、そういった状況は集団全体を危険に晒すことになるだろう。
この輸送隊を指揮する陸軍大尉は、集団の真ん中を走る装甲車の車長用開口から身を乗り出して周囲を暗視双眼鏡で警戒しているが、追跡者を迎撃しろという命令を下す様子はない。
細かく指示を出しては車列が乱れないよう気を配り、可能な限り早く、確実にこの集団を味方勢力圏まで誘導しようとしている。
「後方! 小型種来ます!」
耳に付けた通信機から、後方を警戒する装甲車輌に乗る下士官の声が聞こえる。
装甲車輌本来の乗員は五名だが、今は運転手と射手しか乗っていない。
効果的な反撃などできる状況ではなかった。
「基地はすでに自爆。敵主力の動きは停止している。追っ手は主力から離れていた小集団だ。総員、移動を第一に考えよ」
大尉の声を聞き、ヴェルナーは幼馴染の最期を思う。
自分たちがこうして今も生きていられるのは、彼らが敵の主力の鼻先で潰え、その意図を挫いたからだ。
だが、小集団と言っても敵の数はこちらと比較すれば少なくない。
必要なだけの車輌を集められたのは良いが、不整地を走れるほどの代物は軍の車輌だけだ。つまり、輸送隊は整備された街道を走るしかない。
その気になれば先回りをすることも可能だろう。敵にそこまでの意図がないことを、ヴェルナーは祈るしかなかった。
「間違っても派手な魔法は撃つなよ、敵が集まってくる」
ヴェルナーは自分の指揮下に入っている車輌三台に向けて改めて指示を出した。
車列の左方を守る装甲車輌の一群を任された彼は、軍馬を操っては車列の中を動き回って状況の把握に努めている。
車輌に乗り込んで指揮するべきだという意見もあったが、万が一のときはひとりでも敵集団に飛び込んで足止めをするつもりだった。
それに、装甲車輌よりも軍馬の方がよほど戦闘力がある。戦闘になった場合、より確実に輸送隊を守るためには、こちらの方が都合が良かった。
輸送隊司令からは、最後の抵抗戦力としてヴェルナーたち魔導騎兵隊にすでに命令が下されている。
彼らが犠牲となることで輸送隊が状況を脱することができるなら、決死隊として敵に戦いを挑み。輸送隊そのものが危機に瀕するほどの敵の攻勢を受けたならば、騎兵隊は輸送隊を離れて後方の味方勢力圏まで情報と基地の国旗を携えて走る。
ヴェルナーはその騎兵隊の指揮官でもあった。
もう味方を見捨てて逃げたくはない。しかし、その可能性は刻一刻と高まっていた。
「大尉」
喉頭集音器に指を当て、囁く。
すぐに秘匿通信が開かれ、不機嫌そうな司令官の声が聞こえてきた。
〈何だ、少尉。突撃も玉砕も許可しないぞ〉
内心、その言葉に落胆も安堵もあった。
そして、そんな自分を嫌悪した。
「――馬の機嫌が悪くなってきました。おそらく、敵の殺気を感じ取ったのではないかと」
〈騎兵は敏感に過ぎる、とは聞いていたが、この状況ではありがたいな〉
人馬一体。半身とも言える軍馬の本能さえ、騎兵たちはひとつの武器としている。
ヴェルナーは先ほどから自分の馬が殺気立っているのを感じ、敵の攻勢が近いことを半ば確信していた。
これまで敵は、自分たちが街道から外れないかどうか確かめていたのではないか。
主力は大集団であるが、今輸送隊を追い掛けているのはそう多い数ではない。
こちらを完全に潰したいと考えるなら、敵も頭を使うだろう。
「こちらから仕掛け、連中を攪乱するのもよろしいかと」
大尉はヴェルナーの意見に一秒だけ沈黙した。
その間にも彼の馬は忙しなく耳を動かし、主に危機を伝えようとしている。
ヴェルナーは愛馬の鬣を撫でると、上官の言葉を待った。
〈――いや、その必要はない〉
何故だ、とヴェルナーが思った瞬間。輸送隊の上空を複数の影が横切った。
「――!?」
直後、輸送隊を襲う猛烈な突風と轟音。
ヴェルナーはこの風と音を知っている。
〈今、味方の制空範囲に入った〉
空を見上げ、ヴェルナーは白銀の飛龍を見付ける。
その龍は、編隊の先頭を切り、翼を打って地上へと鼻先を向けると、その口腔に生み出した光軸を輸送隊を追ってきた敵集団に向けて放つ。
編隊を組む他の飛龍もそれに続き、次々と光の帯が敵の集団に降り注いだ。
爆発はない。しかし光軸は敵の身体を斬り裂き、猛烈な勢いで敵の集団を引き裂いていく。
ヴェルナーたちを狙う者たちを優先しているのも間違いないだろう。
今、彼の愛馬は先ほどまでのような危機を訴えることをせず、ただ主人の走れという命令を忠実に守っている。
軍馬たちはよく知っているのだ。
あの翼の下に居る限り、自分たちはただ主人の命に忠実であれば良いのだと。
次々と新たな編隊が現れ、同じように光の雨を降らせていく。
そのいずれもが精鋭に相応しく、正確に敵を斬り裂いてくのは、上空を飛んでいるのが精鋭集団であることの証拠だ。
ヴェルナーは再び上空を仰ぎ見て、ちょうどその眼前を通過する飛龍の装具に刻まれた部隊番号を読み取ることができた。朝日の光に照らされた番号は、九〇四。
皇国の誇る栄光の、世界最強の九〇〇。皇国空軍第一航空戦技教導軍が彼らの空を支配していた。
◇ ◇ ◇
〈皇兄中佐殿! 楽しいですなぁ!〉
「当たり前だ! 制空戦も嫌いじゃないが、大義名分のある戦争ほど楽しいものはない! 義母上にも良い報告ができる!」
部下の飛龍が送りつけてきた念話に、エーリケ・フォン・リンドヴルム中佐は上機嫌に返した。
皇王即位に合わせて昇進させられたときには多少なりと不満を抱いたものだが、所属が変わることもなく職務を続けられると聞いてその機嫌は直った。
父ほど偉くなりたいとは思わないが、敬愛する義母のような悲劇を繰り返さないためだと思えば、職権が大きくなるのは悪いことではない。
自分が精鋭として腕を磨き、それを空軍全体に広めることができれば、それだけで皇国の空は安全に近付く。あの贔屓を嫌う父が、エーリケの教導軍入りを後押ししたことの意味を、彼は良く理解していた。
「下にいるのは俺たちの同輩が命がけで逃がした家族だ! ここで怪我でもさせて見ろ、皇国航空教導軍のこれまでの歴史は全部否定されるぞ! 気合い入れて敵を討て!」
〈了解!〉
反復攻撃を繰り返す。撃っては敵の反撃を避け、上空へと戻る。
そして新たな敵を見定め、また一糸乱れぬ編隊降下を行う。
彼らは地上攻撃を専門とする爆撃騎でもなければ、急降下攻撃騎でもない。
しかしそれらの飛龍にも技術を叩き込むだけの技量を持つ、教導騎であった。
(ん? 街道の脇から別働隊か……)
エーリケは街道脇の森に、敵の集団が移動しているのを認めた。
数は多くないが、このままでは先回りして街道を塞がれる可能性があった。
「――よし、准尉! ガーデル准尉! 付いてこい! 森の木に接吻できる超低空飛行の手本を見せてやる!」
〈了解!〉
エーリケは編隊を分け、一騎のみを連れて敵別働隊に向かっていく。
翼を翻して垂直に空を駆け下り、その瞳に醜悪な敵の姿を捉えた。
「くたばれクソ野郎!」
今度は輸送隊への被害を考慮した光軸砲ではない。
着弾点を中心に破壊を撒き散らす凶暴な炸裂弾であった。
「ここは俺たちの空なんだよ!」
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