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第四章:万世流転編
第三話「来訪者来たりて」 その五
しおりを挟む幾つもの火球が映像の中で煌めいては消えていく。
皇国空軍第五航空艦隊が放つ魔導射爆と空爆の残影だ。
「外周の敵はまだしも、中心部には強力な何らかの障壁が展開されていると思われます。ええと、そのため、我々が現状で投入し得る爆撃能力では、これを突破できません」
空軍元帥アレックスの隣で冷や汗を浮かべながら映像を説明する空軍参謀総長。
爆撃のなんたるかを知らない高級官僚たちの侮蔑の混じった視線も、同僚である他三軍の参謀総長たちの同情の眼差しも、今の彼には何の意味もない。
彼は、彼の責任に於いて立案された作戦によって繰り広げられている盛大な無駄遣いを、彼が仰ぐ君主になにひとつ評価されていないことを感じ、胃痛を覚えていた。
少しでも侵攻を遅れさせるために行われている空軍の爆撃は、現場の竜騎兵や飛龍が悪態を吐くほど何の効果も挙げていない。
映像に混じる現場の声を誰も咎めないのは、今まさに会議室でも同じ悪口雑言が放たれているからだ。
それは無論、誰かに対するものではない。空軍も、今まさに敵に立ち向かうべく準備を進めている陸軍基地も、決してその対象ではない。
「戦略級魔法による長距離弾道砲撃もだめ、転移による部隊の緊急展開もだめ、唯一実行可能な空挺による増援も殉職者を増産する意味しかない。なんだこれは、我々は何をしているのだ!」
陸軍元帥ゲルマクスの静かな罵倒は、多分に自分たちへ向けられているものであった。
正体不明の軍勢による転移で、次元座標はまるで嵐の海のように安定していない。転移を実行しようものなら何処に飛び出すか分からず、戦略級魔導砲撃はその照準を付けることができない。
着弾観測騎を飛ばしても、照準の調整ができないのだ。“まぐれ当たり”を狙うには戦略級弾道魔導砲撃の威力は大きすぎる。万が一味方の基地に当たれば、今現在皇国が投入できる時間稼ぎのための部隊を消滅させてしまう。
膨大な数の増援部隊が四方八方から向かってはいるが、効果的な防衛戦を構築するまでにあと四半時間は必要だ。
病的なまでに他国からの侵略を恐れる皇国は、軍が機能していれば国土そのものを要塞とすることができる。
大型の要塞都市を基点として、国定街道とそれに沿う鉄道によって結合。各地に点在する中小規模の都市も、その地下に大型の魔導兵器を接続してもなお有り余る出力を持つ魔導炉を持って軍の拠点としての機能を有している。
〈アルストロメリア民主連邦〉のように大型の魔導炉設備を設置して、そこから架空導線を用いて各都市の導力を送ることもしない。
架空導線を使わないのは、魔獣がそこから漏れる魔素に引き寄せられるからだけではなく、各拠点がそれぞれ独立した戦闘能力を維持するための方策だ。
皇国では都市があって道が作られたのではなく、要所に都市を建造する計画が立てられ、それを繋ぐようにして街道が敷設されたのである。
彼らは自分たちの国が特異だと理解していた。攻められる理由が山のようにあることも分かっていた。
だからこそ、莫大な国防予算を投入して国土を要塞に作り替えた。
内応さえなければ、かつての連合軍も皇国本土に足を踏み入れることはできなかっただろう。
実際のところ、今回のように軍が転移してくることも想定されていた。しかしそれは、あくまでも一個旅団程度の戦力であると考えられていたのだ。
魔導先進国である皇国でさえ、この規模の転移がようやく実験段階になったところだ。他国がこれ以上の戦力を送り込むことは想定していなかった。
「――次元断層型障壁の予算、どうやって分捕るか頭抱える必要はなさそうだな」
アレックスが呟くのを、参謀総長は確かに聞いた。この状況で何を言っているのかと文句を言おうとして、その横顔に自分以上の悔悟があるのを見て俯く。
「どうすることもできはしない」
空軍元帥は、自分たちの持つ戦力が世界最強の一角を占めていると思っていた。そしてそれは、他国からの評価としても間違っているものではない。
今回の件でも、爆撃騎隊を送り込んだ空域は護衛の制空戦闘騎隊によって完全に支配されている。彼らは空にある限り、確かに最強なのだ。
ただそれは、敵が地上にいるなら、地上に彼らの信頼する陸上部隊があって初めて意味を持つ。空をどれだけ支配しても、戦場を限定する意味しかないのだ。
その限定された戦場にいるのは、輸送基地ひとつ。
戦力としては、二個中隊二四〇名あまり。そのうち四〇人弱は、基地周辺の村落に住む住人たちを避難させるために基地を離れる。
たった二百人の決死隊。
それも、通常装備の歩兵中隊だ。基地に拠り、その周辺にある防衛設備を使用したとしても、何分稼げるかといった戦力でしかない。
薄紙の防衛線。否、触れれば弾ける石鹸玉だ。
「陛下、各国より支援の申し出が」
アレックスはレクティファールの耳元に秘書官がささやいたのを聞いた。
指向性の高い彼の聴覚は、その声が抑揚に乏しい機族じみたものであることまで判別していた。
「〈トラン大同盟〉、〈統一帝國エリュシオン〉、〈北ウォーリム教国〉、〈南ウォーリム教国〉――はッ、実に耳の良い人たちだ」
秘書官が手渡した用箋を眺め、皇王レクティファールは笑った。
次元空間世界という概念が実証され、自分たちの世界が幾つもの世界の浮かぶ次元空間を漂う存在だと知ってからも、同じように異世界からの侵略を受けた例は少なくない。
そのうちの大半は完全に殲滅され、一部はこの世界に同化した。
皇国の民の幾らかは、そうしてこの世界に住処を移した者たちの子孫だ。
ただ、第一次文明の終焉によってそれらの侵略はほぼ途絶えた。
世界の有り様が変化し、この世界に到達することが困難になったからだと研究者は言う。
安全なこの世界は、第一次文明の贈り物だとする者もいる。
しかしそれでも、絶対に安全であるとは言い切れない。
自分たちがかつての文明ほど大きな力を持っていないことを、今を生きる人々はよく知っていた。だから、もし万が一にも世界の壁を越えるような侵略勢力が現れた場合、協力してこれを討つという暗黙の了解が出来上がった。
実際にこれまで“世界の敵”が現れたことは四回。
南北のウォーリム大陸にそれぞれ一回。暗黒大陸と呼ばれる環境異常地帯に一回。そして、もっとも大きかった衛星〈ルイナ〉に一回。
いずれも皇国誕生より前のことだが、当時の世界勢力が協同して対処に当たった。
ウォーリム大陸では大規模戦略魔法による人工湖形成という爪痕を残して殲滅。暗黒大陸では大陸の一部を海に沈めて対応。
そして月は、それを砕くことで対処した。
いずれも大きな代償を支払い、ようやく対処出来た。最後の月破壊など、地上へ大量の落下物をばらまく羽目になった。
今ならばもう少し被害を少なくすることができるだろうが、当時の技術ではこれが限界だったのだ。
各国はその状況を踏まえ、レクティファールに判断を求めてきた。
これを皇国に対する侵略と判断するなら、彼らは準備を整えて静観する。
しかし世界に対する侵略と判断するのなら、すぐにでも投入可能な最大戦力を送り込んでくる。
「すでにイズモの〈天照〉は離水してこちらに向けて加速中。周辺国の軍は即応態勢に入ったようです。あと、各代四龍公がこちらに向かっているせいで周辺の空域、宙域、海域がもの凄いことになっています」
転移してきた軍勢よりも、龍公たちの動きの方が現状でこちらに与える被害は大きかった。
「惑星地殻流内をこちらに向かってきているのは、多分陛下の義理の曾祖母様でしょう」
会議場中央の中継映像の隣に、各地から皇国へ向かう光点が表示される。
星空の彼方から来るものもあれば、海を渡るものもある。地中を進んでくるものもあり、大圏軌道で近付いてくるものもあった。
アレックスはその光点ひとつひとつが、国をひとつ滅ぼしてもお釣りが来るほど強力な存在だと知っている。龍族は年齢と共に力が増していくから、少なくともあれらの光点の中に現在の四龍公に劣る存在は居ない。
彼らに頼るのも良いだろうが、それは果たして自分のすべきことか。
「――――」
悩む彼の手元に、部下が資料を差し出した。
先ほどまで行われていた空爆の成果評価報告書だった。よほど急いでまとめられたのか、誤字脱字だらけの手書きの報告書だった。
「有効弾有り、正体不明の障壁に命中した場合、障壁の存在情報に揺らぎ有り、よって、我国の保有する兵器の敵に対する一定の効果を認む」
相手がこの世界とは全く別の理に拠って存在しているのではない。それが分かっただけでも十分だった。
「反対押し切って撃ち込んで良かった」
正体不明の敵に、攻撃を加えていいものかと空軍内部でも意見が割れた。それを押し切ったのは、レクティファールの意向を受けたアレックスだ。
撃たねば、どちらにせよ滅びるのだと、レクティファールはそうアレックスに命じた。
「よし、やるか」
彼は自分の襟元に触れ、元帥の階級章に指を這わせた。
これは、彼に皇王への奏上を許している。
彼は息を一つ吐き、立ち上がった。
「陛下」
低く、良く通る声だった。
喧噪が少しだけ和らぎ、議場の人々の視線がアレックスに集中する。
「何だ、空軍元帥」
レクティファールは秘書官が手渡した鋼筆を手に、先を促した。
「奴らは正体不明ではありますが、どうもこの手で殴れるようです」
ぶん、とレクティファールに向けて拳を突き出したアレックスに、周囲の空軍幕僚たちが顔を蒼くする。
不敬罪の適用範囲だった。
「全鋼弾も、魔導弾も効果があったようなので、どうやら彼らは我々と戦争をするつもりのようです」
一方的な虐殺ではなく、殺し殺されの戦争。
アレックスはようやく、自分が元帥として満足できる言葉を発することができた。
「偉大なるレクティファール陛下、これはあなたの国で行われるあなた様の戦争です。あとはお気の向くまま如何様にも」
皇国に於いて、戦争は皇王の専権事項だった。
そして、レクティファールは後世、こと戦いに関しては躊躇しない皇王として悪名を馳せる男だった。
「そうか、ならばやろう」
通称『一〇〇時間戦争』と呼ばれる戦いの幕開けであった。
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