白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二話「日常と非日常の境界」 その後

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 北レムリア海イズモ領久隆島沖。
 皇国海軍第三艦隊旗艦〈エルノシア〉の艦橋に、探測儀を覗いていた観測士官の声が響く。
「敵味方識別信号を感知。所属不明艦隊はイズモ海軍北師第一艦隊と確認」
 これまで投影海図に所属不明を表す橙で表示されていた艦隊が、同盟艦を示す空色に変化する。続いて演算器の弾き出した通りに、海図のイズモ艦隊の各艦に重なるようにして名前が表示された。
 皇王即位に合わせた海軍人事異動で第三艦隊司令長官に収まったイズナ・レイセンジ中将はそれに目を向けたあと、第一艦橋から見える暗闇の向こうにイズモ艦隊の光を見付けようと目を細めた。
 しかし、通信士官が彼女の下に歩み寄り、通信文の印刷された記録紙を差し出す。イズナはそれを受け取ることなく、その場で読むよう命じた。
「イズモ艦隊旗艦重戦〈天城〉よりの暗号圧縮通信です。〈我、コレヨリ当海域ノ哨戒任務ヲ行ウ。貴艦隊ノ精勤ニ敬意ヲ表シ、母港ヘノ無事ノ帰還ヲ祈ル〉以上」
「返信――〈友人たる貴艦隊の武運長久を願う〉、以上だ」
「は、〈友人タル貴艦隊ノ武運長久ヲ願ウ〉。返信いたします」
 二カ国が共同で哨戒任務を行うようになってから、すでに三カ月が経過している。
 帝国海軍は二カ国の艦隊に喧嘩を売ることができる訳もなく、母港に引っ込んだまま動かない。イズナとしてはもう少しこちらの動きを探るような挙動を見せると思っていたが、宛てが外れた格好だ。
 政争に敗れた亡命イズモ人の父を持ち、非主流派であった自分が今、イズモ艦隊と共同作戦を行っているという現実。イズナは何とも不思議な心持ちであった。
 だが、海軍本営で閑職にいた彼女を艦隊司令長官にまで引き上げてくれた〈大提督〉に対する恩と、それを認め、親補してくれた皇王への義理もある。
 そうなれば自分個人の感想など、職務には全く関わりのないことだ。イズナは気を取り直し、艦橋の一角にある長官席に戻る。
「航海参謀。当初の予定通りに帰還する。航路策定」
「はッ」
 海図台を囲んでいた参謀のひとりが部下を促し、据え付けられた専用筆や定規、両脚器を用いて海図に航路を描いていく。それは即時に演算器に回され、数字を伴った航路として海図へと反映された。さらに気象参謀が天候図を追加する。
「ふむ、まずまずか」
 天候状態もそう悪いのではないらしい。現時点では、予定通りの帰還となるだろう。
「よろしい。艦隊全艦に航路伝達」
 イズナの言葉に従い、幕僚たちが慌ただしく動き始める。
 艦長の命令が艦の各部署に伝えられ、出力を上げる機関に巨大な〈エルノシア〉の艦体が震えた。
 その震えの中、次元探測儀に向かっていた観測士官は自分の担当である表示窓の中に不思議な波形を捉えた。
 次元探測儀は空間探測儀と並び、敵の転移攻撃に備えるものである。これによってその兆候を掴み、場合によっては空間断層による防御機構を作動させるのだ。
 しかし、彼の目に映る波形は、どうやら遠く離れた地点の次元振動を捉えたものらしく、あまりに弱々しい。
 またどこかで召喚魔法でも使用されたのかと思った彼だが、念のためにと上官である管制長にそれを報告する。
「管制長、西の方角から微弱な次元振動」
「ん? んー……遠いな」
 管制長は自分の席で、艦隊各艦の次元探測儀の情報を照らし合わせる。三角観測が基本の彼らは、自分たちの権限で共通演算領域に上げられた他艦の情報を得ることができた。
「一応、本国にも送っておくか」
 第三艦隊だけではなく、他の艦隊や陸上基地の情報を照らし合わせれば、具体的な位置が判明するかもしれない。
 次元の向こうに存在するのがこちらに対して友好的な存在ばかりではないのだと、軍人である彼らはよく知っていた。
「艦長に伝えてくる。お前は情報纏めておいてくれ」
「了解」
 席を立ち、艦長の元に歩いていく上官を見送り、彼は波形を記録する仕事に戻った。
 その後、彼らは帰還中ずっと同じ波形を捉え続け、それは他の艦隊や陸上基地も同じだった。
 そして彼らが導き出した観測地点の中心は、皇国北西部ブラオン荒原だった。
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