白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第一話「不平等の巷」 その後

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 後宮の屋上の片隅でマティリエを抱きかかえて夜空を見上げてみれば、そこはすでに多くの星々が煌めいていた。
 暖かいお茶と焼き菓子を用意し、乙女騎士たちは屋上の入り口まで下がっている。
「うわー」
 マティリエが目を輝かせ、声を上げる。
 夜空から降り注ぐ流星は、遠い過去にこの世界に弾き出され、その衝撃で主を失った星船たちだ。それらは普段、高重力を発生させる機関中枢でお互い引かれ合い、空の一角で漂っている。
 一年に一度、その近傍をこの星が通過する際、星の引力に引き寄せられたものが、地表へと落下してくる。
 時折燃え尽きないと判断された大型の落下物を撃ち落とす光条が夜空を切り裂くも、それは珍しい光景ではない。
「――うちのご先祖様」
 指を夜空に向け、どこか誇らしげにレクティファールに顔を向けるオリガ。
 彼女の言う通り、先程から空に向かって伸びる光の内は、この世界に初めて降り立った始祖龍四頭が放っているものだ。
「今は月のどれかにいるって、言ってた」
 この世界の理から外れた者たち。『超越種』と呼ばれる彼らの血を引いている。それだけで龍族の力の根源が理解できる。
「蒼の始祖様は最近、海底海流の中散歩してて、白の始祖様は……たまに空泳いでる。紅の始祖様は、この間太陽に喧嘩売り行った」
「――はぁ」
 レクティファールは感心するやら呆れるやらで言葉が出てこない。
 オリガがマティリエを脇に寄せ、レクティファールの膝の片方に座っても、何も言わなかった。いつもならばオリガとアナスターシャが同じように座っている。
「寒くはないですか?」
「だいじょーぶ、です」
「ん」
 大判の毛布に三人纏めて包まれば、お互いの体温で暖を取ることも容易い。
 マティリエの尻尾が毛布の中でふぁさふぁさと揺れているのは、彼女の機嫌が良いからだろう。
 レクティファールはふたりを抱き寄せると、改めて空を見上げる。
 ふたりは少し顔を見合わせ、レクティファールに身体を預けた。
「また、こうして夜空を見ることができるか」
 ぽつりと呟いた言葉は、レクティファールの本心だ。
 簡単に変わっていく人生。一年前、レクティファールの腕の中にいる女たちは、レクティファールの存在さえ知らなかった。レクティファールも、彼女たちを知らなかった。
 それが、たった一年でともに夜を過ごし、同じ場所で寄り添って空を見上げている。
「――来年は、子どもがいるかも」
 オリガの呟きは、多くの人びとの希望でもある。
 打算的な願いから、純粋な望みまで、レクティファールの系譜が子や孫へと繋がっていくことを願う者は多い。
 カールとフレデリックが乙女騎士団に月に一度の経過報告を求めるのも、マリアが後宮に入り浸っては後進の教育を怠らないのも、それこそ乙女騎士たちの実家が鼻息荒くなっていくのも、総ては「皇の系譜」が続くことを願ってのことだ。
 アナスターシャだけは、多分に食欲で入り浸っているらしいが。
「さすがにそんないきなりは……」
「ファリエルが、顔青くしてた、けど……」
「え」
 レクティファールの顔が青くなった。
「龍族の出生率に喧嘩売るのか、とか、ぜったい故障だ、とか、クソ親父がうざくなる、とか」
 まだ可能性の段階であるとオリガは前置きし、とりあえず黙って待っているようにと、レクティファールに求める。
「――暫く待ちますけど、ねぇ」
「うん、この時期の検査は誤報も多い、から」
 精神状態の変化で数値に違いが出るのが龍族である。何度か検査を重ねれば、正確な結果がようやく出てくる。
「でも、いつかは……」
 マティリエがそう言って微笑み、レクティファールを見る。
 ひたすらに自分は味方であると示し続け、オリガたちの手を借りて、そしてようやくここまでマティリエとの信頼関係を築くことができた。
 余人に問えば、それは単なる一時しのぎでしかないと言われるかもしれないが、高貴なる者の義務だけで子を産み、育てることが、果たして良い結末を迎えることになるのか、レクティファールには分からない。
 だからせめて、信じ合う相手の子を産み育てて貰いたいと思った。
 愛など深く考えても分からない。相手の感情など確信できない。
 ただ自分の心だけならば、如何様にも信ずることができる。
「お母さまがおてがみで、わたしが本当にしあわせなら、子どももしあわせになるっておしえてくれました。おにーさまがしあわせなら、おにーさまの系譜はしあわせになります」
 マティリエの言葉にレクティファールは頷き、オリガは少し驚いた。
 母からの手紙だけで、皇王の血の行方まで理解するのは簡単ではない。
 ただの幼子ではないと思っていたが、確かにあの元皇太子の血を引き継いでいるようだ。
「そうですね」
 レクティファールは不安を抱いている。
 幸福であるならば、不幸に怯えるのが自然だ。
 しかし自然であるとしても、彼の不幸は彼だけに留まらない可能性が高い。
「多くを得るならば、多くを失うことになる。ははは、何も持たないことの幸福は、何も失わないことか」
 レクティファールの声は小さく、しかしオリガとマティリエの耳にはしっかりと届いていた。
 ふたりは毛布の中でレクティファールの手をしっかりと握り、自分はここにいると愛すべき男に教える。
 握り返された手に震えがあっても、彼女たちの心に震えはない。
 それが、彼女たちの強さであった。

                            ◇ ◇ ◇

 なお、ファリエルの件は精査の結果、「今回はお預け」であった。
 情報を得てそわそわしていたフレデリックが結果を聞き、その場で崩れ去ったのは、奥方ふたりの笑いの種である。
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