白の皇国物語

白沢戌亥

文字の大きさ
上 下
324 / 526
第四章:万世流転編

第一話「不平等の巷」 その一

しおりを挟む


「あかん」
 毎朝の日課である庭木への水やりを終えて宿舎に戻ろうとした乙女騎士ポーニィは、これまた日課のような光景に出くわした。
 確かに立場が変化しようとも変わらないことはある。
 むしろ、そちらの方が多い。
 具体的に言えば、同僚が夫を追い回しているなどである。
「――おっかしいなぁ、何であの娘まだ後宮におるん? 陛下の側妃って離宮暮らしに統一するって話だったんじゃないの?」
 確かに、結婚しても仕事は続けると聞いた。
 仕事中は殿下ではなく、以前と同じく官姓名で呼ぶようにとも通達があった。
 しかし、後宮ではなく適当な離宮で暮らすのだということを、本人の口から聞かされた。
「えー」
 ポーニィは後宮の屋根上に登り、付かず離れずの距離を保ったまま走る夫妻の姿を眺めていたが、ふと気付けば周囲には、同じように首を傾げる同僚たちが次々と顔を出していた。
 同僚たちが近場の者と交わす会話の内容を聞けば、昨夜は件の同僚の順番であったらしい。
 しかしブラオン荒原方面で原因不明の次元振動が観測され、その対応のために「一回休み」が決定したのだという。
「この間もメリエラ様のときに『一回休み』なかったっけ?」
「この間っていうか、初めてのときでしょ。メリエラ様が正妃様たちの中では最後で、今回のウィリィアも正妃様方や他の側妃様と順番調整して最後だったんだけど……また『一回休み』」
「それってつまり、メリエラ様とウィリィアだけ賽子振ったら『ふりだしに戻って一回休み』が出た状態ってこと?」
「――うん」
 その会話が聞こえる範囲にいた乙女騎士たちが、揃って居た堪れないといった風の表情を浮かべる。
 その中にはレクティファールとそこそこの仲にある乙女騎士もおり、彼女は心底同情するような眼差しを夫婦げんか真っ最中の同僚に向けていた。
「ウィリィア、めっちゃ緊張してたよなぁ」
 ポーニィの呟きは、周囲の同僚たちに同意を求めるものだった。
 婚礼の儀が終わり、自分が関わらない諸々の儀式の間もずっと、ウィリィアは落ち着かない様子で仕事を続けていた。
 マリカーシェルはあまり気に留めていない様子であったが、ウィリィアの直属の上司となった侍女大尉は胃痛に悩まされたらしい。
 準皇族を部下に持つ苦労など、ポーニィは御免被る。
「緊張してぷるぷるしてたかと思えば、にへらって気持ち悪く笑って、はっと何かに気付いた顔したかと思ったらウンウン唸って蹲ってたり……」
 果たしてそれは緊張なのだろうかという疑問も抱きはしたが、ポーニィは独身で異性と関わった経験もない。個人的な考え方も含め、分からないのが自然であると諦めていた。
「メリエラ様のときは確か、帝国からの使者が深夜に面会求めてきたんだっけ?」
 ポーニィの背後に立った乙女騎士がぽつりと漏らす。
 火急の用ということであったが、実際は宗主国からの使者に対する礼儀がなっていないという、皇国からすれば言いがかりにも等しい抗議だった。
 それを聞いたメリエラが一瞬呆然とした後、堪忍袋の緒を焼き尽くして怒り狂い、そのまま帝国本土に攻め込もうとしたというのは記憶に新しい。
 そのときは正妃と後宮の乙女騎士総出でメリエラを押さえ込んだのだが、乙女騎士たちはほぼ全員が、あれは帝国の嫌がらせだったのではないかと思っている。
 それぐらい、騎士団は精神的にも肉体的にも疲労してしまった。そう考えれば、実に効果的な攻撃方法である。
「なんというか、義理とはいえ姉妹やなぁ」
 あの二人、運の悪さは折り紙つきだ。同じ様な異性の好みを持ち、そのせいもあって同じ男を想うようになり、最終的には同じ日に結婚式を挙げることになってしまった。
 ポーニィからすると、それはあまりにも惨く不運だ。
 彼女たちは常に、自分と相手を較べるだろう。そして、その決着は永遠に付かない。レクティファールがそれを認めないからだ。
 正妃と側妃。
 龍族と龍人族。
 恋人と姉。
 レクティファール自身がそれを自覚していたかどうかは分からないが、ふたりの関係は常に比較されていながら、明確な基準がないためにどちらが優位であると断言できない。
 立場が違う、種族が違う、関係が違う。
 乙女騎士たちがレクティファールに抱く幾つかの不満点の中に、常にメリエラとウィリィアの問題があったのは、彼女たちが自分たちとあのふたりを重ねたからだろうか。
「あんな仕打ちされたら、追い回すのもしかたないよなぁ」
 うんうんと同僚たちが頷くのを見て、ポーニィは心底困ったという表情を浮かべた。妃の中で男運のない者を決めれば、間違いなくあのふたりが一、二を争うだろう。
 そして一番の不幸は、本人たちが自分たちの置かれた状況を客観的に見ても、それを捨てる覚悟を持てないかもしれない。
「平等な愛なんぞない。不平等上等。それが当たり前。だけどなぁ……」
 屋根の上から夫妻の姿が消え、どごん、という爆発音が響く。
 続いて現れた夫妻は、気絶した妻が夫に横抱きにされているという状況だった。どうやら盛大に自爆したらしい。
「自分の方が愛されている、そう信じないとやってられんわ」
 そしてそのせいで、やはり決着はない。
「やれやれ」
 ポーニィは額に手を当て、次いでレクティファールに向かって手を振る。
 ウィリィアの応急処置をしなくてはならない。
「なんとも和気あいあいとして愛の溢れる職場だこと」
 溜息と共に呟いた彼女は、件の義姉妹が平等に『一回休み』を命じられた結果、他の妃との公平性を期するために『纏めて一緒』にされることを知らない。
 それを知ったとき、ポーニィは同僚たちと共に、ふたりの男運の無さに思わず乾いた笑いを上げてしまうのだった。
 関わる悪が総て必要悪で、他に如何なる反応も示しようがなかったのである。
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。