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第四章:万世流転編
第一話「不平等の巷」 その一
しおりを挟む「あかん」
毎朝の日課である庭木への水やりを終えて宿舎に戻ろうとした乙女騎士ポーニィは、これまた日課のような光景に出くわした。
確かに立場が変化しようとも変わらないことはある。
むしろ、そちらの方が多い。
具体的に言えば、同僚が夫を追い回しているなどである。
「――おっかしいなぁ、何であの娘まだ後宮におるん? 陛下の側妃って離宮暮らしに統一するって話だったんじゃないの?」
確かに、結婚しても仕事は続けると聞いた。
仕事中は殿下ではなく、以前と同じく官姓名で呼ぶようにとも通達があった。
しかし、後宮ではなく適当な離宮で暮らすのだということを、本人の口から聞かされた。
「えー」
ポーニィは後宮の屋根上に登り、付かず離れずの距離を保ったまま走る夫妻の姿を眺めていたが、ふと気付けば周囲には、同じように首を傾げる同僚たちが次々と顔を出していた。
同僚たちが近場の者と交わす会話の内容を聞けば、昨夜は件の同僚の順番であったらしい。
しかしブラオン荒原方面で原因不明の次元振動が観測され、その対応のために「一回休み」が決定したのだという。
「この間もメリエラ様のときに『一回休み』なかったっけ?」
「この間っていうか、初めてのときでしょ。メリエラ様が正妃様たちの中では最後で、今回のウィリィアも正妃様方や他の側妃様と順番調整して最後だったんだけど……また『一回休み』」
「それってつまり、メリエラ様とウィリィアだけ賽子振ったら『ふりだしに戻って一回休み』が出た状態ってこと?」
「――うん」
その会話が聞こえる範囲にいた乙女騎士たちが、揃って居た堪れないといった風の表情を浮かべる。
その中にはレクティファールとそこそこの仲にある乙女騎士もおり、彼女は心底同情するような眼差しを夫婦げんか真っ最中の同僚に向けていた。
「ウィリィア、めっちゃ緊張してたよなぁ」
ポーニィの呟きは、周囲の同僚たちに同意を求めるものだった。
婚礼の儀が終わり、自分が関わらない諸々の儀式の間もずっと、ウィリィアは落ち着かない様子で仕事を続けていた。
マリカーシェルはあまり気に留めていない様子であったが、ウィリィアの直属の上司となった侍女大尉は胃痛に悩まされたらしい。
準皇族を部下に持つ苦労など、ポーニィは御免被る。
「緊張してぷるぷるしてたかと思えば、にへらって気持ち悪く笑って、はっと何かに気付いた顔したかと思ったらウンウン唸って蹲ってたり……」
果たしてそれは緊張なのだろうかという疑問も抱きはしたが、ポーニィは独身で異性と関わった経験もない。個人的な考え方も含め、分からないのが自然であると諦めていた。
「メリエラ様のときは確か、帝国からの使者が深夜に面会求めてきたんだっけ?」
ポーニィの背後に立った乙女騎士がぽつりと漏らす。
火急の用ということであったが、実際は宗主国からの使者に対する礼儀がなっていないという、皇国からすれば言いがかりにも等しい抗議だった。
それを聞いたメリエラが一瞬呆然とした後、堪忍袋の緒を焼き尽くして怒り狂い、そのまま帝国本土に攻め込もうとしたというのは記憶に新しい。
そのときは正妃と後宮の乙女騎士総出でメリエラを押さえ込んだのだが、乙女騎士たちはほぼ全員が、あれは帝国の嫌がらせだったのではないかと思っている。
それぐらい、騎士団は精神的にも肉体的にも疲労してしまった。そう考えれば、実に効果的な攻撃方法である。
「なんというか、義理とはいえ姉妹やなぁ」
あの二人、運の悪さは折り紙つきだ。同じ様な異性の好みを持ち、そのせいもあって同じ男を想うようになり、最終的には同じ日に結婚式を挙げることになってしまった。
ポーニィからすると、それはあまりにも惨く不運だ。
彼女たちは常に、自分と相手を較べるだろう。そして、その決着は永遠に付かない。レクティファールがそれを認めないからだ。
正妃と側妃。
龍族と龍人族。
恋人と姉。
レクティファール自身がそれを自覚していたかどうかは分からないが、ふたりの関係は常に比較されていながら、明確な基準がないためにどちらが優位であると断言できない。
立場が違う、種族が違う、関係が違う。
乙女騎士たちがレクティファールに抱く幾つかの不満点の中に、常にメリエラとウィリィアの問題があったのは、彼女たちが自分たちとあのふたりを重ねたからだろうか。
「あんな仕打ちされたら、追い回すのもしかたないよなぁ」
うんうんと同僚たちが頷くのを見て、ポーニィは心底困ったという表情を浮かべた。妃の中で男運のない者を決めれば、間違いなくあのふたりが一、二を争うだろう。
そして一番の不幸は、本人たちが自分たちの置かれた状況を客観的に見ても、それを捨てる覚悟を持てないかもしれない。
「平等な愛なんぞない。不平等上等。それが当たり前。だけどなぁ……」
屋根の上から夫妻の姿が消え、どごん、という爆発音が響く。
続いて現れた夫妻は、気絶した妻が夫に横抱きにされているという状況だった。どうやら盛大に自爆したらしい。
「自分の方が愛されている、そう信じないとやってられんわ」
そしてそのせいで、やはり決着はない。
「やれやれ」
ポーニィは額に手を当て、次いでレクティファールに向かって手を振る。
ウィリィアの応急処置をしなくてはならない。
「なんとも和気あいあいとして愛の溢れる職場だこと」
溜息と共に呟いた彼女は、件の義姉妹が平等に『一回休み』を命じられた結果、他の妃との公平性を期するために『纏めて一緒』にされることを知らない。
それを知ったとき、ポーニィは同僚たちと共に、ふたりの男運の無さに思わず乾いた笑いを上げてしまうのだった。
関わる悪が総て必要悪で、他に如何なる反応も示しようがなかったのである。
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