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6話 忘れていた現実
しおりを挟む今、アンノウンはリビングのソファに座りその膝の上に美姫が座る形だ。流石に恥ずかしい。
「あの、アンノウンさん?重たく無いですか?」
ちらりと見上げて尋ねるとアンノウンはクスリと笑った。
「羽根のように軽いよ。それにアンノウンさんなんて他人行儀なのはやめて欲しい。アンと呼んでくれ」
「アン。…………あのアンノウンって言うのは本名じゃ無いんですよね?なら本当の名前は?あ、私は桜坂美姫です。」
尋ねてそれからハッとして自己紹介するとアンノウンは楽しそうに笑っている。
「貴女の名は知っているさ。だけどこうして聞くとやはり良いね。………私は前の世界でも名前は無かった。だからアンノウンで良い。…………いや確かこちらでは斎藤アノンだったかな?まあ良いさ。アンとそう呼んで欲しい。それが私の名前です」
「はい。アン………」
キス出来そうなくらいに顔が近い距離でじっと見つめられて思わず美姫は視線をそらしてしまう。あの夢を思い出してしまった。アンノウンとキスをしたあの夢を。
「照れているの?ミキ?………もしかして初めて出会った時のあのキスを思い出してしまったかな?ごめんね。あんなムードも何も無いキスをして。でも我慢できなかった、今ここでもう一度ちゃんとやり直させて欲しい。駄目ですか?」
そう言うアンノウンに美姫の胸はドクンドクンと鼓動が早くなる。
「え?………嘘。あれって夢じゃなかったの?」
ポツリと零すとアンノウンは美姫の耳にそっと唇を寄せた。
「夢じゃない。現実さ……。それを確かめて見ませんか?」
そう甘く囁かれて美姫は瞳を閉じた。あの意識を失う前と同じ柔らかな感触が唇に触れた。
(本当に……夢じゃなかったんだ。)
◆◆◆◆◆◆
2回目の初キスを済ませて美姫はアンノウンの膝の上でカチンコチンに固まっていた。流石に恋愛未経験の喪女には刺激が強すぎた。そんな美姫を気遣うようにアンノウンはテレビをつけた。本当にこちらの世界の知識も常識も有るようだ。
テレビから流れるニュースを見て美姫はハッとする。人が沢山死んだとそう報道されて居た。道路に置かれた沢山の花を見て美姫はゾッとする。
(っ………人が沢山目の前で…死んだのに。なのに私………浮かれて。こんな風に幸せを感じるなんて………最低。)
冷水を浴びせられた気分だ。先程までの幸せな気分が全て消え去った。
「……………ミキ。ごめんね。テレビはやっぱり消そうか」
そう言ってテレビを消して頭を撫でてくれるアンノウンの手にも今度は胸が高鳴らない。それよりも胸に有るのは悲しみと自身への怒りだ。
「ミキ。駄目だ。………ミキ。それは駄目だ。」
スッとアンノウンが美姫の頬に触れて瞳をじっと覗き込んできた。キラキラと光るアンノウンの黄金色の瞳を見ていると心が穏やかになる。
「ミキ?あれは仕方無かった。私もまだこちらの世界に降り立ってなかった。………助ける術は誰にも無かった。彼らはあそこで死ぬ運命だった。ミキが悲しむ必要も自分自身に怒る必要も無い。……人は今も世界中で死んでいる。明日も明後日も毎日。それを気にして、毎日悲しむ人間はこっちの世界にだって居ないのだろう?………さあ。大丈夫。大丈夫だ。ミキ、その感情は要らないよ。私の事だけ考えて………。そう良い子だね」
甘やかなアンノウンの声を聞きながら美姫はまた意識を失った。
「う……、ん?」
「起きた?ミキ。」
アンノウンの甘い声に思考がハッキリとしてくる。
「…………アン?……あ、私寝ちゃってました?ご、ごめんなさい」
ハッと身を起こすと広いベッドの上だった。傍らではスーツから着替えてラフな格好になったアンノウンが添い寝している。
「おはようミキ、そんなに長くは眠ってませんよ。安心して。」
クスクスとアンノウンは笑う
(うわぁ。やっぱり夢じゃない………)
笑うとアンノウンは少し親しみやすくなる。トクントクンと心臓は鼓動を早める。男性に免疫が無いのもそうだが美姫はもうアンノウンに恋をしてしまっている。
(助けて貰ったし。それにアンノウンって凄く優しいな………)
美姫の髪を優しく撫でる手に胸がキュンキュンする。
「あ、………。」
それから眠る前の事を思い出して少しだけモヤっとするがそれだけだ。あの悲しみも怒りも湧いては来ない。
(あれ?)
疑問に思っているとアンノウンは困った様に笑う。
「ごめんね。ミキ、私が……あの良くない感情を半分引き受けた。だから貴女は今、不思議に思っていたのでしょ?」
「え………。感情を?引き受ける?」
「はい。それも私の力です、ほんの少しだけ他者の感情に触れる事が出来ます。でも安心して。心の中を読んだりは流石に出来ないから、出来るのは相手が今どんな感情なのかって言うのを知る事。それから、それを半分引き受ける事……。だから悲しみも怒りももう薄まっている筈さ」
「え?感情を知る……?」
その言葉に美姫の頬は赤く染まる。それを見たアンノウンも頬を赤く染めた。
「ミキ。そうですよ、だから貴女の気持ちもちゃんとわかってます。私達はお互いを想っている。………幸せです。」
ぎゅっと抱きしめられて美姫はクタリとその身をアンノウンに預けた。全部バレているのなら自分の気持ちに正直になろう。そう思う。まだやっぱり恥ずかしい、だけどアンノウンには美姫の好きだと言う気持ちは丸わかりでアンノウンが美姫を好きだと言うのもこちらに伝わって来る。なら、素直になっても良い筈だ。まるで妄想がそのまま現実になった様で今だに実感は湧かない。ふわふわとした気分だ。
「アン。…………私の事を本当に好きなの?………私の気持ちも伝わっているの?」
言葉にして尋ねてみるとアンノウンは美姫の瞳をじっと見た。
「うん。伝わっているし、ミキ。貴女が好きです。愛しています。………貴女の感情は心地良くてまるで麻薬のようだよ。ずっとこうして触れていたいです。ミキ♡もっと私に触れさせて?貴女も私に触れて?もっと素直になってください♡もっと気安く接して欲しい。」
つうっと指が頬を滑る。くすぐったくて身をよじるとアンノウンの瞳に熱が灯る。
「…………貴女は私の恋人。将来の妻だ。………ミキ、私が今から何をしたいか分かる?此処で、貴女と何をしたいのか。………答えてみて?」
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