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1話 非日常の始まり
しおりを挟む「あの……。これ落としましたよ……」
隣の席から落ちて来た消しゴムを拾って渡すと男子生徒は盛大に顔を顰めた。その顔に浮かんだ表情を見て美姫は拾わなければ良かったなと思った。
「いや。もうそれいらねぇし。捨てて良いよ」
嫌そうにそう言われて美姫はコクリと小さく頷いて消しゴムを筆箱に入れた。流石に捨てるのは勿体ない。男子生徒は嫌そうに見ていたがそれは気づかないふりをした。次の休み時間に隣の席の男子生徒が他の女生徒達とこちらを見てクスクスと何かを話しながら笑っていた。絶対に良い意味の笑いでは無い。
(……………何もしなければ良かった。)
いつも気配を出来るだけ消して大人しく過ごしていたのに今日は何故かコツンと足に当たった消しゴムを拾い上げるなんて馬鹿な事をしてしまった自分にため息が漏れそうになる。だがそれも家まで我慢だ。また何かそれで陰口を吐かれてはたまったもんじゃない。
(はあ。私は空気空気空気空気になるんだ)
美姫の容姿はハッキリと言って良くない。だから小、中と何もしていないのに気づけば陰で容姿を笑われたり、名前を笑われた。酷いと面と向かってブスと言われたりと要するにいじめられていた。それでも高校に入ってからは表立ったいじめなどは無い。美姫も大人しく過ごして来たし何かされても出来るだけ反応もしないようにしていた。
どれだけ丁寧に梳かしてもウネウネとうねる黒髪は短くすると更に酷く跳ねるので長く伸ばしている。長めの前髪に隠された腫れぼったい一重の瞳。顔や体にそばかすも沢山有る。折角もち肌なのに台無しだ。体型はぽっちゃりで背も低い。
(………………はあ。神様は不公平だね)
クスクスとこちらを見て笑っている女子は大きな瞳にサラサラの髪の毛。肌は白くシミ一つない。手足も細くて長い。
(本当に同じ人間?)
そう疑ってしまう程に美姫とは全然違うのだ。考えていると気分が沈む。
(…………大人になれば少しはマシになるかと思ったけど。もう無理そうだなぁ)
美姫は今年18歳。今から劇的に変化する事はそう無いだろう。お金を貯めて整形とかも考えた事は有るけどバイト代もお小遣いも美姫は趣味のゲームや漫画や小説を買うのに使ってしまっている。正直色々と既に諦めていた。2次元に現実逃避だ。
(そう言えば今日漫画の新刊が出るんだった。帰りに本屋寄ろう。)
楽しい事を考えて早く放課後にならないかなと思い息を潜める。高校を卒業してからもきっと一生こうして目立たない様に、人を不快にさせない様にと気配を消して生きていくのだろう。だけどそれもそう悪くは無い。今の日本なら恋愛以外にも楽しい事は沢山有る。一生独身でも生きて行ける。何も問題は無い筈だ。
◆◆◆◆◆◆
待ちに待った放課後。外はどんよりと暗い。黒い雲が太陽の光を遮っていた。雨の匂いはしなかったが降る前に早く帰ろうと美姫は駆け足で本屋に向かう。
商店街の人通りの多い道に差し掛かった頃。ドカンと地面が揺れた。咄嗟に美姫はしゃがみ込む。
(うわっ……。地震?っ……震度3くらい?)
周囲の人達も身を低くしていた。次の揺れに備えて居たが次の揺れが来る事は無かった。代わりに聞こえて来たのは人々の悲鳴だった。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!!誰かぁ!!助けてぇ!!!!」
「うわぁぁぁぁ!!!!」
男性の怒声に女性の悲鳴。
商店街は大パニックに陥った。その理由は突如として現れた大きな黒い獣。それが人を襲い喰らい始めたからだ。
(は?)
美姫はしゃがみ込んだ姿勢のままぽかんとそれを眺めていた。まるで現実感の無いソレは映画やゲームを見ているようだ。黒い大きなライオンの様な姿の生き物。だが何かがおかしい。そう思ってすぐに気がつく。顔が無い。いや、だが口は有る。本来顔のある場所が全て口だ。ギラギラとした歯が並んだ大きな口だ。3体現れたその化け物は逃げ惑う人々を追いかけて頭から食べていた。
(え?…………あっ…………)
数分それをぼんやりと眺めていたように思う。だがいきなり恐怖心が湧き上がって来た。
その頃にはその周辺に居る五体満足で生きた人間は美姫だけだった。唖然としてその場を動かず声を出さなかったのが幸いしたのか。目の無いその生物は美姫を襲うことは無かった。
だが、恐怖心が湧き上がりその場に無事な人間が自分以外居ないと気づいた美姫は思わず小さな悲鳴をあげてしまった。本当に小さな悲鳴。なのに3体の魔物はその口だけの頭部を美姫へと向けたのだ。
「あ………………」
(殺される…………)
そう思った。ぶるぶると恐怖に震える体とは裏腹に頭は冷静にそう判断した。美姫の予想は正しく、3体の化け物は一斉に美姫へと襲いかかった。
(あっ…………声出ない。)
恐怖から声が出ない。美姫に出来たのはぎゅっと目を瞑り襲い来る痛みを待つ事だけだった。だが痛みは来ない。その代わりにギャンッと犬の様な悲鳴と生暖かい液体が美姫の頬を濡らした。恐る恐る瞳を開いた美姫が見たのは美しい燃えるような赤い髪を風に揺らした金色の瞳の騎士だった。何を言っているんだと自分でも思うがそれは、その人は騎士と言う他ない。白く輝くような鎧を身に纏い手には大きな剣を持っている。その刀身には紫色の液体が付着していた。そっと自身の頬に触れると指先が紫色に染まる。視線を騎士からその後ろに移すと化け物が紫色の液体を噴き出して倒れていた。3体全てだ。彼が斬ったのだとすぐに理解出来た。
(う、これ………化け物の血?)
吐き気がこみ上げるが目の前には人が居る。美姫は吐くのをグッと堪える。
(……うぐ。……助かったの?騎士?コスプレ……じゃない……?)
非現実的な装いはコスプレの様に思える。だが圧倒的なその存在感。鎧の質感もその下に着た騎士服のような服も手に持った剣も、そのどれもが作り物では無いとそう感じる。それにそれを纏った青年の美しさはただの人とは思えない。海外のどんなイケメン俳優とも違う。陶器のようなつるりとした肌に大きな黄金色の瞳。それから燃えるような赤い髪。服や鎧とは違いこちらは作り物の様だ。顔立ちは西洋風だがあくまで風だ。なんとも言い表しづらい。国籍不明だ。
(アニメの登場人物がそのまま抜け出して来たみたい。本当に生きているの?)
精密なドールの様な容姿だ。じっと動かずこちらを硝子玉の様な大きな瞳で見つめているその姿はやはり人形に見える。全てがテレビ番組のドッキリなんじゃないかと思える程に非現実的だ。
(……………全部、嘘?)
そう思うのだが先程の生々しさはドッキリでも作り物でも無い。周囲には血の匂いも漂っている。必死に視界に入れないようにしているがあちこちには死体が転がっている。
また気分が悪くなり美姫はグッと口元を抑えて俯いた。
(全部夢なら良いのに…。もしかして夢?)
俯いてぷるぷると震えているとそっと肩を叩かれた。今この場に居るのは作り物めいた謎の騎士と美姫だけだ。恐る恐る顔を上げると美しい黄金色の瞳と視線が交わる。その瞳は心配そうな色を湛えていた。
「%@^*()!$^^*%#)&%##%^」
口を開いた青年の言葉を美姫は聞き取れなかった。音が聞こえていなかった訳じゃない。今は周囲は静かだ。遠くからサイレンの音が近づいて来ているがまだ遠い。青年の言葉を遮る程の音は無い。それなのに美姫は聞き取れなかった。何故ならそれは知らない言語だったからだ。文字に表すなら意味不明な記号の羅列。人形の様な青年が動いて意味は理解出来なかったが声を発した事に美姫は動揺した。やはりこれは夢かも知れないとそう思った。そう思いたかった。
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