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132話 拒絶
しおりを挟む視線を合わせてくれないアーノルドに、ハルミは胸が苦しくなってくる。
(アーノルドさん。………結婚を考え直すって……なんで?どうして?…………ベルと話すって……何を?…………まさか)
頭を過ったのはマリアの事だ。昨日、アーノルドに結婚を申し込んでいた。
(あ…………嘘……。ち、違う……違うよね?そんなの……絶対に違う。…だって、私を選んでくれた………)
そう思うのだが、体の震えが止まらない。一度は断ってくれたが、昨夜もしかしてアーノルドは、やっぱりハルミより美しいマリアに、心変わりをしたのでは無いかと、そう思ってしまった。現にアーノルドはハルミとの結婚を考え直したいと言い出した。
(…………あ)
アーノルドは娼婦の言葉に傷ついてインポテンツになった。更には生殖能力の無い自分自身を欠陥品だと責めて、結婚を諦めていた。実際に、アーノルドに本音で話をした時にも、妥協してハルミを選んだのだと思っていたと告げて、その時のアーノルドは違うと否定してくれた、だが、今のアーノルドはインポテンツも解消され、あの美しいマリアから子が作れなくても構わないと結婚を申し込まれたのだ。心変わりしたとしても、何もおかしくはない。
(…………違う。アーノルドさんはそんな人じゃ無い……。でもなら、なんで?)
アーノルドを信じたいのに、ドンドン嫌な考えが浮かんでくる。
「あ、アーノルドさん。どうして?………私はベルと会う気は無いです……。、だって保護者変更も……したんですよね?っ………アーノルドさん、私の事が嫌になったんですか……?いや……お願い……アーノルドさん、いやぁ……」
縋るようにアーノルドの胸に飛び込む。ぎゅっと白衣を握ると、肩にそっと手を置かれた。
「ハルミっ……違う…、そうじゃ無い。君の事を嫌いに……なった訳では無い。だが、君はベルに会うべきだ……。保護者変更もまだしていない。………する必要が無くなったんだぁ。ベルに会ってくれ。ハルミ……、そうすれば、きっと君も理解出来る……今、ここで拙者の口から理由は話したくない……頼む………」
優しく肩を押し返されてハルミは抱きついていたアーノルドから引き離された。やんわりと、だが完全なる拒絶にハルミの心は凍りついた。
「保護者変更……してない?アーノルドさん?な、何言ってるんですか?問題無く終わったって……。だって、サイン貰えたんですよね?今更保護者変更の必要が無いって…、どうして?……なんで?だって……だって……、結婚してくれるんですよね?だから、だから、これからはアーノルドさんが面倒を見てくれるって………、アーノルドさん?それにグ、グレンさんは?グレンさんは結婚を考え直すって話を知ってるんですか?」
ハルミが、どもりながらも震える声で尋ねると、アーノルドは苦い顔で頷いた。
「グレンには朝早くに連絡を入れて有る。グレンも君がベルに会いに行く事に賛成している。…………ハルミ、とりあえず行こう?………行けば必ず君も納得する。………その後にグレンも遅れてやって来る。全員で話そう。……契の事や……これからの事を……少し長い話になるかも知れん………っ……」
嫌そうな顔でそう言い、こちらを一切視界に入れないアーノルドにハルミは泣きたくなる。
(あ………。グレンさんも賛成?………え?契……なんで?……グレンさんも結婚を考え直すって事……?今後も保護者はベルから変更しないって事?………どう言う事なの?………これからの話って何……?…………………っ…いや…)
「アーノルドさんっ!!!いや!!!嫌です!!!行きたくないっ!!!………アーノルドさん、好きですっ!!!愛してますっ!!!!好きなんです……、アーノルドさん、お願い……結婚を考え直すなんて言わないで………」
もう一度抱きつくとアーノルドの体は強張った。それにハルミの胸はナイフで刺されたかのように痛む。
(嫌。………ベルに会いに行ってどうなるの?……やっぱりベルに私を返すの?最初の保護者だから?…………アーノルドさんは、マリアさんと結婚したいから私が邪魔になったの?………そんなの嫌ぁ……)
体が震えて汗が止まらない。ベルに会って何を話すと言うのか。ベルが退院した後の事?ハルミは、またベルの所で暮らすのか?そんなの嫌だ。そんなの地獄だ。まだベルへの気持ちも完全に無くなっていない。そんな状態で共に生活なんて苦しいだけだ。それにベルはマリアを愛している。結婚はしないがマリアと子を作る。それを近くで見るのなんて絶対に嫌だ。しかもマリアはアーノルドと結婚するかもしれないのだ。
(なにそれ…、なにそれ。ずるい…。なんで………、ずるいずるいずるい!!!!そんなの嫌ぁ!!!!)
「アーノルドさん、お願い……。お願い、私、行きたくないです。……アーノルドさんとずっと此処に居たい!!!結婚したいですっ!!!愛してます!!!捨てないで……アーノルドさん……すき………」
必死にアーノルドに縋りついてキスをしようと背伸びをしたが、顔を背けられて唇はアーノルドに届かなかった。
(嘘………うそ、うそうそ、……)
キスすら拒絶されてハルミは心臓が潰れそうになった。アーノルドはハルミを愛してると言ってくれたのに………。妥協じゃないと言ってくれたのに…。あれだけ可愛いって言ってくれたのに。なのに今キスを拒まれた。美しいマリアに結婚を乞われて目が覚めてしまったのか?アーノルドは前に言った。ハルミの容姿が悪いから好き好んで相手をする奴は居ないと。
「アーノルドさん?……ど、して?………っ……嘘つき!!!!!!嘘つき!!!!」
そう叫ぶように言葉をぶつけるとアーノルドはグッと唇を噛んでから小さくすまないと呟いた。
▷▷▷▷▷▷
気がつけばハルミは人通りの少ない路地裏に居た。アーノルドの謝罪を聞いた途端に、頭が真っ白になって屋敷を飛び出していた。アーノルドの制止の声も振り切り、無我夢中で走って気がついたら薄暗い路地裏だった。ポタリと地面に涙が零れ落ちる。思いっきり走ったので、髪はぐしゃぐしゃで顔も涙と鼻水でぐちゃぐちゃで酷い有様だ。
(う………は…、……うぅ…アーノルドさんの嘘つき。やっぱり、皆可愛くて綺麗な人の方が良いんじゃん……、っ……でもグレンさんは?………っ……そうだよ。おかしい。……なんでグレンさんまで?)
しゃがみ込み目元を拭ってから呼吸を整える。それから落ち着いて考える。薄暗い路地裏に一人。それが、ある意味で良かったのか思考がハッキリとしてくる。アーノルドの心変わりで結婚を考え直すのは理解出来る。だがアーノルドとの結婚を考え直すのに何故グレンまで来るのか?ベルと何を話すと言うのか。
(っ、………嫌だけど……、でも、もしアーノルドさんが私との結婚を止めるとして、なんでグレンさんがベルと話すの?私もなんでベルと?………だってそうなればグレンさんとだけ結婚すれば良いんじゃん。…………っ……なら、どうして全員で話す必要が有るの?)
どれだけショックを受けてもこうして冷静に考える自分自身に本当に可愛げが無いなと思いながらもハルミは思考を止めない。
(……………っ……何か理由が有るの?マリアさんは関係無い?私が嫌われた訳じゃ無い?)
ほんの少しそう期待して、それから頭を振る。
(ううん。なら、なんでキスを拒まれたの?…………っ……アーノルドさんの馬鹿……。)
またボロリと涙が溢れた。
やっぱりどう考えてもアーノルドは目が覚めてしまったのだ。だからハルミをベルの元へ返す為の話し合いをする為に、会いに行くと言ったのだ。
(……………アーノルドさん。ベル……。なんでマリアさんばっかり……ずるいずるいずるい!!!!………うぅ……)
ボロボロと流れる涙をゴシゴシと擦る。着ているワンピースの袖がぐっしょりと濡れてしまっていた。
(……………グレンさんはお仕事中だよね?………話を知ってるってアーノルドさん言ってた。………グレンさんはどうしてベルに会うのに賛成したの?……アーノルドさんが何か言ったの?何を?………わからない……)
どう考えてもはグレンの事だけが腑に落ちない。
(………っ……、グレンさんに聞きに行こう。それが一番早いし……。ここからなら、詰め所も近いよね?……アーノルドさんが既に連絡してるのかな?……私を探してるよね?)
ノロノロと立ち上がって、もう一度涙を拭う。着の身着のまま飛び出してきたのでローブも無い。泣き腫らした酷い顔で詰め所まで行くのをほんの少し躊躇うが、どっち道帰るにしても外の通りを歩かないとならない。それなら、まだ詰め所の方が近い。
(……………っ……はあ。駄目だなぁ。もう少し考えて行動しなきゃ行けないのに……。昨日もそれで後悔したのに……、全然学習してないじゃん私。こっちに来てから、どんどん馬鹿女になってるなぁ………。感情的に行動して、それでどうなるって言うの?……落ち着かないと……、落ち着いて話をしないと……うぅ………っ……)
すーはーと深呼吸をしてから路地裏の入り口に向かう。人通りを確認してサッと詰め所に向かおうとそう考えていると路地裏の入り口に人が二人立っていた。
(…………人?やだなぁ……。今はローブも着てないし……。少し怖いな)
こちらの世界に来てから一人で出歩いたのは初めてだ。いや、前に一度だけグレンから逃げた時は、ほんの一時一人だったが。
静かにそっと横を通り過ぎようと考えたのだが通せんぼをする様にその二人の人影は立ち塞がっていた。どちらも大きい。逆光で良く見えないが背格好が良く似ている。
(あれ………?)
「………ハルミお嬢様。こんな所にお一人で居ては危ないで御座いますですよ?」
人影の片方がそう声を発した。
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