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太陽元気
閑話 太陽元気の後悔①
しおりを挟む「太陽ってさ、悩みとか無さそうで羨ましいよな」
そう言って笑う男子生徒に、太陽は、にっかりと笑って返す。
「そっスか?………だってオレ、難しい事とか、わからないっスから」
「あはは、だよなー。お前ってそう言う奴だよなー」
「そっスね」
「太陽ー。これってさー、……あ、わりぃ。お前に聞いてもわかんねーよな」
プリントを手に持った男子生徒が、太陽に話し掛けて、それからわざとらしく困った顔で頭をかいている。
「おい、流石に失礼だろ。それは」
別の男子生徒が笑いながらそう言って、太陽も少しだけ頬を膨らませて言う。
「そっスよ!!!!流石にオレ、そこまで馬鹿じゃないっス。見せて……………。ごめん。全然わかんないっス」
すると屋上のあちこちから、笑い声が上がった。
「だよなー!!!!お前って馬鹿だし!!!」
「知ってた!!!」
「ほんとに馬鹿なんだ。太陽君って」
「しっ……。聞こえちゃうよー」
「馬鹿だし平気でしょ……」
クスクスと笑う女子達。太陽はニコニコと笑顔でそれを聞いていた。
昼休みになると、数人のクラスメイトに屋上に誘われる、そして毎回こうして、太陽いじりが始まるのだ。
「じゃーな、俺ら、もう行くわ。馬鹿が伝染ると嫌だし」
「私達も戻るね。バイバイ、太陽くん」
(あ、………皆、行っちゃった。……寂しいっス)
一人残されて、太陽は俯く。後少ししたら、自分も教室に戻ろう。そう考えていた時、『上』から声がした。
「お前さん。馬鹿にされてムカつかねーんか?…………自分は聞いてて胸糞悪いぞ。それに煩くて寝られん」
塔屋の上から、誰かがこちらを見下ろしている。
「…………誰ッスか?」
「隣のクラスの鬼崎龍児。………先週越して来たんじゃ」
「隣のクラスの……転校生?」
真っ赤な髪の鬼崎龍児と出会ったのは、太陽が中学三年の秋だった。
朝早く、人気の無い廊下で、楽しげに笑い合う女子が二人。
「ねー、聞いた?太陽って、最近不良とつるんでるらしいよ。やばくない?」
「あー、それね。転校生の鬼崎とでしょ?……馬鹿だとは思ってたけど、そっち系行っちゃうかーって思っちゃった。大方パシリって感じじゃない?」
「そうなのかなー。でもさ、これは違う学校の子から聞いたんだけどね、太陽って昔………」
「朝っぱらから姦しい女共じゃな!!!どけぇ!!!邪魔じゃあ!!!!」
「きゃあっ!!!!鬼崎…。……邪魔って、別に道は空いてるじゃない。それに煩いのはそっちじゃん」
「や、やめとこうよ。もう行こう。香菜ちゃん……。太陽も居るし、さっきの聞かれてたかも……」
「げ、ホントだ。………やば……」
青い顔で逃げて行く女子二人を見送り、鬼崎はフンと鼻を鳴らした。
「女っちゅーのは、どうしてこう陰湿なんじゃ、………気にするなよ。元気。あんなのは、ただの陰口じゃ」
ニカッとこちらに笑いかける鬼崎に、太陽もニコニコと笑顔を返した。
「うん。オレ、平気っス。それにオレが馬鹿なのは、本当だし……、あ」
そこまで言って、太陽はバッと口元を抑えた。目の前の鬼崎の顔が般若のようだったからだ。
「前にも言ったろ。別にお前さんは馬鹿じゃない、ちょっと世間知らずでは有るがな。だけど、馬鹿なんかじゃ、絶対に無い」
真剣な顔でそう言う鬼崎に、太陽は笑顔のままで、ポリポリと頬をかいた。
「うん。ごめん。リュウ君」
◇◇◇◇◇◇
『別にムカつかないっス。オレ、馬鹿だし。皆が笑ってくれて、嬉しいッス』
初めて会った時、太陽はそう答えた。
それを聞いた、鬼崎は、塔屋の上から飛び降りて、ズイッと太陽へと顔を近づけて言った。
『嬉しい?自分には、そうは見えん。………無理して笑って、……馬鹿を演じて、笑い者になって、……見ていて胸糞悪い』
その言葉に、太陽はぴしりと固まった。それから、羞恥心で顔が真っ赤に染まった。だって、初対面の鬼崎に、隠していた本心を見抜かれたから。
分かる事を分からないフリをした。皆が欲しがっている反応を、ちゃんと考えて、そうして、馬鹿のフリをしていた。
(なんで、わかるんスか?……もしかして、皆にもバレて……?そんなの、……)
『いでっ!!!!』
眉間に凄い衝撃が走り、太陽は思わず、のけ反る。鬼崎から、デコピンされたらしい。
(う……急に何なんスか?痛いっス……)
『ははは、その反応は、面白いなぁ。……気に入った。お前さん、明日からは自分と昼飯じゃ!!!教室に迎えに行くから待っとれよ!!!』
そう言ってポンポンと太陽の肩を叩く鬼崎の笑顔は、太陽を囲んで笑っていた他の誰とも違う。眩しい物だった。
鬼崎は宣言通り、次の日から昼休みになると、太陽を迎えに来た。そして、それは昼休みだけじゃ無くなり、朝も放課後も、二人で過ごす事が増えていったのだ。
出会ってから3ヶ月。お互いに名前で呼び合う仲になったし、鬼崎は太陽が誰かに馬鹿にされていると、怒ってくれる。例えそれが太陽自身だったとしても。
「何、ぼうっとしとるんじゃ?よし、今から隣町のゲーセン行くぞ!!!」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて………。え?今からっスか?でも、授業が………」
「一日くらい、サボっても良いじゃろ!!!ほら、行くぞ!!!」
「じゃあな、元気。また明日」
そう言って手を振る鬼崎に、太陽も手を振り返す。時刻は午後の18時。
(楽しかったッス。へへへ。……また行きたいな。それに、サボりって、こんなにドキドキするんスね)
生まれて初めてのサボりだった。それに隣町のゲームセンターは、太陽が今まで行った事の無い、大きなゲームセンターで、そこには鬼崎の兄が働いていて、メダルをタダで貰えて、一日中遊べた。知らない大人の人達と仲良くなって、ジュースを奢って貰ったりと本当に楽しい時間だった。
(……………帰りたくないっスね)
家が近づくにつれて、太陽の足は重くなる。学校から親に連絡がいっていて、サボりがバレるから?怒られるから?いや、違う。
家に帰っても、誰も居ないから。キラキラとした楽しい時間を知ってしまった今。誰も居ない真っ暗な家に帰りたくない。
「ただいま」
鍵を開けてそう口にしても、誰からも返事は帰ってこないし、電気もついていない。シーンとした寒い部屋は、酒と煙草の臭いで臭い。
(母ちゃん、また飲んだ缶、そのままっスね)
台所の流しには、乱雑に酒の缶が放置されているし、その内のいくつかは、灰皿代わりにしたみたいで、灰が落ちている。
(後で片づけよ)
太陽元気は母親と二人暮しだ。昔は父親と妹も共に暮らしていたが、その二人は今は、居ない。その事は、思い出したくもない。
「………腹、減ったッス」
ぐうっとお腹が鳴って、太陽は居間へと向かう。居間の机の上には、1万円札が無造作に置かれていた。それを掴んで、帰って来たばかりの家を出た。
(1万円って事は、母ちゃん暫く帰って来ないっスね。コンビニ行こうかな。それともファミレス……。やっぱ………コンビニにしよ)
今日は金曜日だ。きっとファミリーレストランは、家族連れで賑わっている筈だ。そんな所に一人で行くのは嫌だった。
「あ………、おかえり。母ちゃん」
月曜の朝、学校へ行こうと外に出ると、酒臭い母親とバッタリ会った。化粧が崩れて、髪もボサボサ。太陽の事をチラリと見てから、フラフラとその横をすり抜けて、家へと入って行く。朝の挨拶なんて、返ってこない。そんなのは、いつもの事だ。
気にしない様にして、歩き出そうとした時、母親が何かを言った。弾かれた様に振り向くと、嫌そうな顔でこちらを見る母親と目が合った。
「……アンタ、金曜学校サボったらしいね。………ホント、あの人にそっくり」
母親はそう呟いて、バタンと扉を閉めた。
心臓がぎゅうっと痛くなる。
(…………分かってるっス。母ちゃんはオレに興味無いって……。でも、………)
ほんの少しだけ、怒ってくれるんじゃ無いかと期待した。だけどそんな事は有る筈が無い。だって昔から、母親は太陽が何をしても、無関心だった。反応が有ったのは、あの時くらいだ。それだって、もう――――。
(…………オレ、やっぱり馬鹿ッスね)
学校をサボったくらいで、何かが変わるはずもない。
分かっていたのに、傷つく自分に太陽は苦笑した。
(早く行こう。………リュウ君に会いたいっス)
「え?病院?……お前さん、どっか悪いんか?死ぬんか?!」
「あはは、………別に死ぬような病気とかじゃ無いっスよ。平気だよリュウ君。…………心配してくれてありがとう。だから、今日は一緒に帰れないから、ごめん」
「………それなら、ええんじゃけど、……自分もついて行こうか?心配じゃ」
「あー、ごめん。親と行くから……」
「そうか、それなら自分はお邪魔じゃな。……もし、何か有れば言えよ。友達じゃからな」
そう言って笑う鬼崎に、太陽は少しの罪悪感を抱いた。
(リュウ君に嘘ついちゃったっス。………でも、本当の事なんて、言えないっスよ)
◇◇◇◇◇◇
「元気君。その後どうかな?」
病院の先生は優しく太陽に笑いかける。太陽も笑顔を返した。
「めちゃくちゃ調子良いっスよ。薬が効いてるからかな」
「そうかい。……副作用とかも大丈夫かな?それなら、良かったよ。……また二ヶ月分渡しておくから」
「ありがとうっス。先生」
「……お母さんは、来れそうにない?」
「仕事が忙しいっスから」
「そう、…………それなら仕方ないね」
先生は、痛々しい物を見る目を太陽へと向ける。この目が太陽は嫌いだ。
その後は特になんの問題も無く診察が終わり、隣の薬局で薬を貰って、太陽は、はあと息を吐いた。
(面倒くさいっス。………これも、……意味無いのに)
貰った薬は袋にパンパンに入っている。それを太陽は近くのコンビニに寄ってゴミ箱に投げ捨てた。
「よし……。なんか買って帰ろうかな………」
そう思い顔を上げて、店内へと目を向けると、ポカンとした顔で小さな女の子と手を繋いでいる、鬼崎龍児とガラス越しに目が合った。
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