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観音坂琴音
4話 届かない声
しおりを挟む「ノア……、何を言って………。今話しただろう?………はは……ノアこそ、私を………からかっているのかい?」
さあっと血の気が引いて、嫌な汗が背中を流れた。エヴァが震える声でノアに告げると、ノアの眉間の皺は深くなった。
「エヴァ?……今……話したって何言ってるの……。エヴァは何も言わないで………ただボクを見てただけでしょ?やっぱり疲れてるの?………こんな状況だし、仕方ないけど。……………休んだ方が良い……。今のエヴァは少しおかしい………」
ノアの返答にエヴァはゾッとした。
(…………どう言う事だ?いや、私は、確かに話した筈だ。私の声が小さくて、聞こえなかった?いや、そんな筈は………)
「ノア、………私がおかしいのは否定しないさ。だけど、話を聞いてくれ!!!アノニマスだ!!!アノニマスが全ての元凶なんだ!!!3日後に出会う、アイツが化け物を操っている!!!!アイツさえ殺せれば全て上手く行く!!!此処から出られるんだ!!!ノアっ!!!」
もう一度、今度は叫ぶように告げた。言い終わり、ノアの様子を伺う。だが、ノアは小さくため息を吐くと立ち上がった。
「…………………エヴァ。一人でゆっくり休みなよ。話す気、無いんでしょ?………………はあ。ボクは自分の部屋に戻る………。明日からは探索とか……色々と忙しくなる、……ちゃんと休んで、………寝れば少しは良くなるよ」
そう言うとノアは部屋を出て行った。ゴトリと音を立てて手に持ったカップがカーペットに落ちて、珈琲が染みていく。それをエヴァは、あ然と眺めた。
(伝えられない……?そんなっ……。それなら、なんの為に……戻って来たって言うんだ………。………私、一人で頑張るしか……無いのか?それが代償なのか………?そう簡単に、過去は変えられ無いと言う事か?…………ノア…………、っ………)
ノアに全てを打ち明けて、アノニマスを殺すのを協力して貰おうと思った。だけど、それは無理だった。どんな力が働いているのかは分からないが、ノアには告げられない。
(…………体が過去をなぞり…、勝手に行動する時が有る……。その条件は今の所不明……。更には誰にも伝えられない?………なら、どうやって……。とりあえず暫く様子を見よう………。これが本当に、過去なら、まだ時間は有る……、色々と試してみよう。一番良いのは3日後、奴を出会い頭に斬り殺せば……。奴さえ斬り殺せれば、皆、助かる………。琴音も……、説明は後からすれば良い………。皆驚くだろうけど……。それでも……)
ぎゅうっと手を握りしめて、エヴァは、はあと息を吐く。
落としてしまったカップを拾い上げて、カーペットを汚した珈琲の染みを見て、眉を顰めた。黒い染みは血のようだ。
(もう二度と………、君を失いたく無い……。必ず助けるよ。琴音………)
◇◇◇◇◇◇
「ハルト………、聞いてくれ…。私は、時間を戻って来たんだ。皆、アノニマスに殺されるんだ………」
「エヴァ?………何?俺で良ければ全然話聞くよー☆…………んで、何?」
目の前の、ハルトはキョトンとしてから首を傾げている。それを見てエヴァは、小さくため息を吐いた。
「いいや………。何でもないよ。ありがとう、ハルト」
「んー、どー致しまして?」
(………やはり駄目か。ノアだけじゃなく全ての者に伝えられない……。アノニマスとは明日出会う筈………。その時私は、どうなるのか……)
もし、ノアがエヴァに魔法を掛けたのなら、術者のノアにも代償として、制限がかかっているのかと思ったが、そうでは無いらしい。やはり、誰にも真実を話す事は出来無い。声は聞こえていない。いや、話した事実が無くなっている様だ。向こうからは、エヴァが、ただ黙ってじっと見つめていたと認識されている。ならばと、手紙を書こうとしたが、腕がピタリと固まって動かなくなった。
(……………見えない何かが邪魔をしている。…………だが、全く動けない訳じゃ無い。きっと、何か手は有る筈だ。皆を助ける為に………琴音を助ける方法が何か…………)
「エヴァさんっ!!!!あの、少しお話しませんか?………私、エヴァさんの世界のお話聞きたいなぁ」
考え込んでいると、緑子が駆けて来て、少し頬を染めてはにかんだ。すると、エヴァの体は、また意思に反して勝手に動き出す。
「ああ、良いとも。……仲間としてお互いを知るのは良い事だね」
「あ、じゃーさ!!!俺も混ぜてよ!!!ね☆緑子チャン。俺の事も知らないんでしょ?色々と教えてあげるしさっ☆仲良くしよーよ」
「うん!!!じゃあ、皆で談話室に行こう!!!他の人も居るかな?」
緑子はタッと駆け出す。その瞳はキラキラと輝いている。この光景は記憶に有る。前回も同じ事が有った。
「ははは、そんなに走ると危ないよ?………緑子は楽しそうで、こっちまで楽しい気分になるよ」
(………折角これから、色々と試そうと思っていたのに。………はあ。どうせなら琴音と会いたい………。顔を見たい……、二人で話したい……。琴音……)
緑子の背を体が勝手に追いながら、エヴァは内心で思う。
『用事と言う程では無いのですけど、もしエヴァさんが良ければ少し二人きりでお話をしたくて………駄目?』
琴音の可愛い上目遣いを思い出すと、胸がキュンと甘く疼く。あの時は断ったが今なら絶対に断ったりはしないのに………。
(はあ…………。琴音………、まだ泣いているのかい?)
琴音とは、此処に時間が戻って来た初日以降会えていない。2度程、部屋を訪ねたが、泣いているのか出て来てはくれなかった。
(……………そう言えば、前の記憶では、最初の一週間は殆ど部屋から出て来なかったな。…………いや、だけど、………琴音と男女の関係になった記憶では、琴音は良く私に会いに来ていた……。っ……なら、あの記憶が嘘なのか?)
心臓がぎゅっと締め付けられる。ノアに、真実を伝えられなかった時よりも胸が苦しい。
(……………そんなの嫌だ。……だけど、………あの時の琴音と、今の琴音は全然違う。過去に戻ったのなら同じ筈だろう?…………どうして?)
前の記憶では、琴音は大人しくて、誰とも余り関わっていなかった。琴音一人で食料を貰いに来た事なんて無かったし、エヴァと二人っきりで話したいなんて言って来た事は無い。それは今の状況と同じだ。
(……………だけど、私は、覚えている。琴音は毎日私に会いに来ていた。可愛らしいアプローチをしてくれていた。……全部、思い出したんだ。………きっとあっちが本当の記憶だろう?一番最初の記憶だろう?………そうに決まってる)
そう思いたいのだが、今の状況と前の記憶。それは同じなのに、琴音と愛し合った時の記憶は全然違っていた。緑子の行動も、違っていた。
(そうだ………。あの記憶の中の緑子は、………ゲンキと仲が良かった筈だ。あの時に、こうしてハルトと私と3人で話した事が有っただろうか?………いや、無かった………、緑子は最初から……ずっとゲンキと居る事が多かった………)
その事実に気づいた時、エヴァの心臓は凍りつくかと思った。
(いや………。そんな筈は無い……。そんな筈…………)
◇◇◇◇◇◇
「何故っ!!!!何故っ!!!どうしてっ!!!!」
部屋中の物に当たり散らして、それからエヴァは頭を掻きむしった。
アノニマスと出会った。だが、殺せなかった。体が見えない力によって、勝手に前回の記憶をなぞる。殺したい程憎んでいる相手にエヴァは笑顔で共に来ないかと誘い、アノニマスは仲間として皆に受け入れられた。
「ふざけるなっ!!!ふざけるなぁ!!!化け物の癖に!!!!何が、仲間だ!!!!クソックソックソぉ!!!!全部お前のせいだろうっ!!!無知なフリをして、虎視眈々と私達を喰らう時を見計らっているんだろう?!化け物めっ!!!!」
枕を切り裂くと部屋中に羽毛が舞い散る。それから視界に入って来た床に転がる林檎をエヴァは踏み潰した。
(…………………どうしてっ……)
エヴァは嗚咽を漏らした。アノニマスが仲間に加わった事はショックだったし腹が立ったが、それだけで、ここまで荒れている訳じゃ無い。
(琴音………、琴音………。私は、あの記憶が……嘘だったなんて思いたく無い……。琴音は私を好きなんだろう?一目惚れだろう?私の顔が好きだろう?なあ?そうなんだろう?………私達は愛し合っている筈だろう?………それにノア……ノア、どうして私を信じてくれない!!!どうして私をそんな目で見るんだっ!!!幼馴染で………ずっと側にいたのに……。あの時だって……私はノアに協力したのに……。ノアは私を信用してくれていないのか?)
今日の昼間に、久しぶりに琴音が部屋から出て来た。問題無く体が自由に動いた。だからエヴァは琴音に話し掛けた。だが、琴音はオロオロとしてエヴァから逃げるように、部屋に戻って行ってしまった。まだ、その時は親しくも無いし、いきなりで驚かせてしまった、申し訳なかったなと思った。
(まだ……、この時の琴音は、私の事を良く知らないものね。……だけど仲良くなれば……きっと、また笑顔を見せてくれる筈だ。……だって一度は恋仲になったんだ……。琴音から私に惚れてくれたんだ……。後で何か食べ物を持って行って……それから二人きりで話したいと、私から言おう。……琴音、今度は私から好きだと伝えるよ♡はは、喜んでくれるかな………)
そう考えて、前回琴音が喜んでくれた林檎を手に取って、意気揚々と琴音の部屋に向かった。だけど、顔を出した琴音は困惑した様子で、エヴァを見上げていた。
『あの……林檎?私に……くれるんですか?』
そう言って、差し出した林檎を受け取ってじっと見つめていた。
(琴音……。やっと君とまた、話が出来る………、ああ、かわいい)
『ああ、どうぞ。君の為に持ってきたんだ。……ねえ、今から二人で話をしないかい?部屋に入っても良い?…………琴音……、君と仲良くなりたい……。』
そう告げると、琴音はじっとエヴァを見つめていた。その瞳に自分が映っていると思うと胸が高鳴る。やっぱり琴音はかわいい。
『あの………、他に用事が無いのなら、もう、戻っていいですか?、……その、林檎ありがとうございました』
(え?)
そう言って琴音は扉を閉めようとする。まさかこんな風に断られるとは思わず、咄嗟に腕を掴むと、琴音はビクリと震えて林檎を落とした。
『やっ!!!……いや…急に何……するんですか?……腕を…離して……ください……。怖いです……』
『あ、……すまない。だけど、私は、……君と仲良くなりたいんだ。………怖くなんて無いよ?ね?琴音。大丈夫。怯えないで?少しだけお話をしよう?きっと楽しいはずさ』
そう告げても、琴音はふるふると震えていた。
『………ひぃ………やぁ……こわいです……。離して………いやぁ……やだぁ……』
『琴音……、琴音。怖がらないでくれ……、私は、君が好きなんだ。……一目惚れなんだ、ただ仲良くなりたいんだ……。お願いだ、琴音……。怖がらないで……?ね?……君も私が好みだろう?』
優しく優しく、そう告げても琴音のエヴァを見る瞳には、恐怖の色が浮かんでいる。
『何してるの?エヴァ?』
『エヴァさん?』
ノアと緑子の声がして、ハッと後ろを向くと二人は並んで、眉を顰めてエヴァを見ていた。
『緑子ちゃんっ!!!助けてっ!!!』
そのスキをついて、琴音はエヴァの手を振り払うと、緑子の背中に隠れた。
『…………助けてって……、どうしたの琴音ちゃん?エヴァさんに、何かされたの?』
『うぅ……いきなり、腕を掴んで………じっと黙って……見てくるので……、私……こわい……怖かったです………』
琴音は啜り泣いていた。
(は?……じっと黙って……、琴音……何を言って……だって私は、……君に………)
そこまで考えてハッとした。
(聞こえて……いなかったのか?……全部?何処から?)
『エヴァ…………。これは流石に見逃せない。………どう言うつもり?彼女に何の用事だったの?』
『ノア……。違うんだ……。ノア……私はただ彼女と仲良くなりたくて……。彼女が好きなんだ……、誤解なんだ、ノア……話を聞いてくれ……』
そうノアに声を掛けた。だけどノアの眉間の皺はまた、深くなる。
『エヴァ…………。また、何も言ってくれないんだ?………おかしいよ、最近………。エヴァ、とりあえず部屋に戻って……。早く……彼女怯えてる。………ボクも後から行くから、早く戻って』
ノアは杖を脅すようにエヴァに向けた。
(嘘だろう………。そんな……。琴音に、気持ちも伝えられないのか?……………そんなの、嘘だ………。)
あ然とするエヴァに、緑子が林檎を拾って差し出す。
『エヴァさん。………琴音ちゃん、要らないって……言ってるので……。コレ……』
緑子は申し訳なさそうな顔だ。その少し後ろで、琴音は真っ青な顔で、瞳からはポロポロと涙が溢れていた。
(…………私が泣かせたのか………)
林檎を受け取って、エヴァはフラフラと自室へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
『エヴァ………、本当に、どうしちゃったの?何か悩みが有るならボクに話してよ……。友達でしょ?ボク達………』
部屋にやって来たノアは、心配そうな顔でエヴァにそう言う。
『………ノア、私だって言いたいさ……。だけど聞こえていないじゃないか……。話しても、聞こえない、……何故?…………くっ……ほら聞こえていない!!!なら、どうして私は、戻ってきたんだ?なんの為に?答えてくれよ、ノアっ!!!』
声を張り上げる、この距離で聞こえないはずが無い。
『エヴァ………。ちっ……またシカト?………本気でボクに対して、そう言う態度を取るっていうんだ?………見損なったよエヴァ。……とりあえずもう、あの子には近づかないで。………怖がってるから。もし近づいたら、ボク、容赦しないからね』
そう言ってノアは、舌打ちしてから部屋を出て行った。
バタンと大きな音を立てて、閉まった扉にエヴァは林檎を投げつけた。そして、気が済むまで暴れた。もう頭がおかしくなりそうだった。冷静なつもりだった。だけど、本当はこの不可解な状況に心は限界だった。
(………………琴音は私を好きじゃない?それならあの記憶は一体なんだって言うんだ……。この気持ちは何なんだ………。誰か……答えて………、神様………助けて………)
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