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観音坂琴音

2話 地獄の始まり

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「美奈っ!!!落ち着くんだ!!!!酷い血だ……怪我をしたのか?」

駆け寄って来た美奈は全身血に濡れている。ノアや緑子の事も気になったが、目の前の怪我人を放っては置けない。そっと肩に触れると美奈は、ボロボロと涙を流した。

「こ、これ………うちの血や無い……。み……緑っちの………う………」

口元を抑えて美奈は、吐き気をこらえている様子だ。

(一体何が………ノアと……緑子が……死?影の化け物が結界内に入って来た?)

そう思考した時、怒鳴り声が聞こえた。

「このっ!!!!ふっざけんじゃねえ!!!ブっ殺してやる!!!!ごらぁっ!!!クソざけんなぁっ!!!!!ミーちゃんを返せっ!!!!こんの化け物っ!!!!!!!!オレが全部ブッ殺してやる!!!!!!おらぁっ!!!!!」

「ひっ!!!!太陽君っ!!!駄目です!!!逃げないとっ!!!!もう、緑子さんは死んだんですっ!!!僕達は逃げないと駄目です!!!!戦っても勝てません!!!」

「うるせぇ!!!!オレに指図すんじゃねぇっ!!!!センコーは引っ込んでろっ!!!!邪魔なんスよっ!!!!!」

視線を声の方へと向けると、ゲンキがバットを振り回して影の化け物に攻撃を加えている所だった。ゲンキも体中血に濡れて、見たことの無い形相で唾を飛ばして怒鳴っている。そして影の化け物を、力任せにバットで吹き飛ばしているが、攻撃は余り効いていない。カエデが泣きながらゲンキに声を掛けているが、ゲンキは聞く耳を持たない。そうしている間にも二人の周囲に化け物が集まっている。

「エヴァさんっ!!!はよぉ助けてぇ!!!皆殺されてまう!!!!早く!!!!」

美奈の泣き声にハッと我に返る。すぐさま、腰の剣を抜き、ゲンキ達に加勢した。

(考えるのは後だ!!!まずは目の前の敵を倒さないとっ!!!!)

腐ってもエヴァは騎士だ。仲間の死に動揺はしているが、取り乱したりはしない。それよりもまずは目の前の助けられる仲間の救助が先だ。

「エヴァさんっ!!!ああっ………太陽君が………、僕じゃ止められません……うぅ………」

カエデがエヴァを見て、ガクリとその場に座り込んだ。安心して、力が抜けたのだろう。

「カエデっ!!!!美奈と私の後ろに下がっていてくれっ!!!………ゲンキは私がなんとか正気に戻す!!!任せてくれっ!!!」

叫ぶように伝えて、エヴァは正気を失ったゲンキに群がる化け物を切り裂いて行った。

(くっ………、ゲンキの、この取り乱しよう……。やはり緑子と、ノアは本当に……死んだのか?………ハルトは?ハルトは何処にいる?アノニマスもだ………)

ハルトとアノニマスの姿が見えず、エヴァは嫌な汗をかく。だが、まずは今此処に居る化け物を、全て倒さない事には、ハルトの事も、アノニマスの事も、ノアの事も、緑子の事もどうしようも無い。







◇◇◇◇◇◇





「はぁ…………は………っ…………、落ち着いたかい?ゲンキ……」

廊下に居た全ての化け物を屠り、肩で息をしながらゲンキに声を掛けると、その手からバットが滑り落ちた。カランと言う音が廊下に響く。

「あ………、オ、オレ……ぅ……。うぅ……エヴァ………。オレ守れなかったッス………。ミーちゃんの事……。ノアさんも……ハル君も………うぅ……」

顔を手で覆って、ゲンキは泣き出した。いつものゲンキだ。

「太陽君…………。」

フラフラとカエデが近づいて来て、ゲンキの背中を撫でるとゲンキは顔を上げた。

「センセ………オレ、さっきごめん……。オレ……カッとなって……また……。何もわかんなくなったっス……ごめんセンセー………オレ……オレ。うぅ……ぐす………」

「良いんですよ、太陽君……。うぅ………泣かないで太陽君。ほら、大丈夫大丈夫……」

青い顔でカエデは、泣くゲンキを安心させるように笑った。それを見てエヴァは一度深呼吸をして、それから口を開く。

「……………カエデ。何があったのか聞いても良いかな?……ノアや緑子は……どうなった?どうして化け物が結界の中に?他の皆は?ハルトやアノニマスは?」

「あ……、アノニマスさんは見てません。………、ぼ、僕も良くわからないんです。……佐藤さんの叫び声で……状況に気づいて……、緑子さんが……その、……食べられていて………ぅ……うぐ……ぼ、僕は吐いていて……その後は、良くわからなくて……、だけどノアさんも……殺されました……遺体を見ましたから……うぅ」

カエデはそこまで言って口を抑えた。それを見てエヴァの手は微かに震えた。

(…………ノアと緑子は…………食われて……本当に……死んだのか?くっ……駄目だ……、取り乱すな。まだ何も終わっていない………今私が冷静さを失ったら全員死ぬ……)

グッと手のひらを握る。ギリギリと指が食い込んで血が滲む。痛みに少し頭は冷静になった。

「エヴァさん………う、うちが話す……。ぅ……やけどその前に……、何処か安全な場所に……行かへんと……また、化け物が………結界は無くなったんやろ?」

顔を真っ青にして、震える美奈がそう言う。

「…………そうだね。私も少しなら結界を張れるから………。一度、何処か部屋に入ろう……あ」

そこまで言ってエヴァはハッとした。

(琴音……殿は?琴音殿は無事なのかっ?!)

余りの事態に忘れていたが、琴音の姿も無い。その事に気づいて血の気が引いた。

だがその時、扉の開く音がして、琴音が青い顔で出て来た。

「ひぃ…………血……血塗れ…、み、皆さん……、何があったんですか……?」





◇◇◇◇◇◇




とりあえず、所在のわからないハルトとアノニマスを除いた5人で、適当な空き部屋に入りエヴァは簡易的な結界を張る。ノア程では無いが半日は問題無い筈だ。

全員にそう告げると、皆は不安そうな視線をエヴァに向けていた。だが取り乱して暴れたりはしない。その事に内心でホッとする。

(……………覚悟は出来ていたと言う事かな……)

皆、心の何処かでこんな日が来る事をきっと分かっていたのだろう。

「じゃあ、聞かせてもらえるかい?」

「う………うん。」

美奈は震える声で話し出した。

「……うちもアノっちは見てへん。……何処から話したらええんやろ……、えっとな、エヴァさんとアノっちを除いた皆で………何時も通り、談話室で話……しててん。そんで……途中で緑っちがお腹空いたから、部屋に缶詰取りに行ってくるって……言って……。部屋を出ようとしてん………。そしたら……扉開けた途端に影の化け物が……緑っちを頭から……食べて………うぅ。」

「佐藤さん……。大丈夫ですか?」

「サトちゃん……。無理したら駄目っスよ」

カエデとゲンキが声を掛ける、それに美奈は片手を上げて大丈夫だと返していた。

「…………そんでな。……すぐにノアさんが、魔法でなんとかしようとしてくれたんやけど、……アカンかった。……ハ、ハルトが……いきなりノアさんを化け物の方へ突き飛ばして……そんで、……ノアさん、化け物にやられてしもて………」

美奈の言葉にエヴァは眉をピクリと動かした。

「ハルトが……。どうしてノアを?」

「………さ、さあ?…多分逃げようとしたんかなって……思うけど。良くわからへん……。そのまま、ハルトは自分だけ、部屋の外に出ていってしもて……。……そんで影の化け物はそっちを追いかけて行ったから……。うちらは談話室からは、逃げられてん………。ハルトは、もうあかんと思う。めっちゃ化け物に追われてたし、……う、うち、すぐに緑っちを助けようと思って抱き起こしたんやけど………緑っち………あ、頭が半分しか無くて………凄い血で……うぅ………おぇぇ………」

美奈はそう言うと、口元を抑えてうずくまった。それを見た琴音はスンスンと啜り泣いている。部屋の中には嫌な沈黙が流れた。

「…………そう、わかったよ。ありがとう。辛いのに話してくれて…本当にありがとう、皆はここに居てくれ。一度私は、部屋の外の様子を見てくるよ。この目で見ないと………納得出来ないからね。」

「え…………、あの。……い、行かないでください……。こ、怖いです……、そ、それにエヴァさんも危険です。結界の外に行くなんて……だめですよ……」

琴音がエヴァの服を掴んだ。顔は真っ青で頬は涙で濡れている。

「…………大丈夫。私一人なら化け物に負けたりはしないよ。それに、此処は半日は安全だから、君達は襲われる心配は無い。………様子を見たらすぐに戻るよ。ハルトや……アノニマスも探さないと……二人は、まだ死んだと決まった訳じゃない」

そっと優しく、琴音の手を離す。掴んだ手は小さくて冷たい。

こんな状況なのに、琴音に触れた時、トクンと心臓が音を立てて、エヴァはため息が出そうだった。





◇◇◇◇◇◇




心配そうな皆に「大丈夫、すぐに戻るよ」と、もう一度告げて、部屋を出る。向かうのは談話室だ。猶予は半日しかない。状況をしっかりと把握しておかないと、今後どうするか考える事も出来ない。





「ノア……緑子………。本当に……ぐっ……、ノア、緑子……すまない……。助けてやれなくて………うぐぅ……うぅ」

談話室には遺体が2体転がっていた。ノアと緑子だ。緑子は美奈の話した通り頭が半分無かった。その遺体を見た瞬間、エヴァは猛烈な吐き気に襲われて、胃の中身を全て戻してしまった。

「うぐぅ………かはぁ……はぁはぁ」

人の遺体を見るのは慣れたと思ったが、やはり知り合いの遺体を見てしまうのは堪える。

「ノア…………はぁ……、ノア……。何が有ったんだ?………一体……どうして結界が………」

口元を袖で拭い、目を見開いたまま事切れているノアの瞳をそっと閉じて静かに問う。悲しむのは後だ。

返事は返っては来ない。そんな事は分かっているがノアの遺体に声を掛けながらエヴァは考える。

「……………影の化け物が、扉を開けたら居たって、美奈は言っていた……。だけど……それはおかしい。そうだろう?ノア……君が何も気づかない筈が………」

(………………結界が破れたのなら……、ノアが気づかない筈が無い……。なのに化け物が入って来て緑子を襲うまで、ノアが何もしないなんておかしい………。どうなっているんだ?…………いや、待て……結界は………まだ有る?)

エヴァはハッとした。ノアの魔力はまだ周囲に満ちている。結界は術者が死んで直ぐに消える様な物では無い。今も結界は問題無く機能している。

(あ…………、しまった!!!!)

美奈達の話から、てっきり結界は破られたと思い込んで居た。だが、それは酷い思い込みだった。

「結界が効かないのか………?」

ハッとして、元来た方へ走る。談話室は、皆の居る部屋からはそんなに離れては居ない。まだ間に合う。そう思うのだが、何故か嫌な予感がする。

胸がザワザワとざわめいて、嫌な汗が背中を流れる。

(…………っ……皆っ……!!!琴音……殿っ!!!琴音っ!!!!)

先程、エヴァの服を掴んで、行かないで欲しいと言った琴音の顔が脳裏に浮かぶ。

(嫌だ……………嫌だ、琴音っ……、君を失いたくない……………、もう?)






◇◇◇◇◇◇





「あ…………あぁ………そんな………」


辿り着いた部屋は扉が壊されて、部屋の中からは酷い血の臭いが漂っていた。影の化け物の姿は、今は周囲には無い。ゆっくりと震える足に力を入れて、部屋の中に入る。そこは地獄だった。

「うそだ…………、あ………皆……そんな」

震えて掠れた声が出た。

美奈、ゲンキ、カエデ、琴音が部屋中に散らばっていた。

「琴音………、ことね……」

苦悶の表情で転がる琴音の首と目が合って、エヴァはガクンと膝をついた。










『エヴァ?………。どうしたの?』

ノアは立ち止まったエヴァを不思議そうに見ている。

『………………………なに?』

『う………。いや、……その、……。』

『………………きもい』

『……………琴音を、私達の世界に連れて帰る事は出来ないかな?……その……本気になってしまったんだ………。彼女凄く…優しくて………かわいいんだ…………』

そう告げるとノアは目を見開いてからため息を吐く。

『……………エヴァ。チョロすぎ。……抱いて惚れたの?』

呆れたようにそう言われてエヴァはうつむく。

『抱いたからだけじゃないよ……。琴音は凄く優しくて、可愛くて健気で、……いい子なんだ』

そう告げるとまたノアのため息が聞こえた。だけど少し嬉しそうだ。

『………………じゃあ本当に恋人になったの?………喜んでた?』

そう言われてエヴァは首を振る。

『まだ伝えてない。………今日帰ったら伝えるつもりだよ』

すると、またノアは呆れたような視線をエヴァに向ける。

『……………なら、エヴァが勝手に言ってるの?彼女が嫌がったら、無理に連れ帰るのは駄目だ……』

『……………だけど琴音はきっと来てくれる。私達の世界に行ってみたいって言ったんだ。……………それに私を凄く愛してくれている。絶対に言えば来てくれるさ』

『ふーん。………確かに、……。騙されても怒らない…………それくらいエヴァを好きだとボクも見てて思う。………良かったねエヴァ』

ノアの言葉に顔が真っ赤に染まった。

『…………ああ、……それで方法は有るのかい?』

『………今はわからない。けど、魔法でなんとか出来ないか考えてみる。………エヴァの初恋だから、応援する…………おめでと』

ニコリと笑うノアにエヴァは抱きつくと鬱陶しそうに振払われた。だけどエヴァはそんなの気にならない。

『エヴァ、顔……………きも』


(なんだ…これ………なんだこの記憶は…………)


『ノアっ!!!!!ノアっ!!!!頼むから!!!魔法でなんとかしてくれ!!!!治せるだろう?なあ?ほら………折角……ノアが見つけてくれただろ?髪飾りを………、これじゃ……琴音にプレゼント出来ない………、ノア……早く………早く治して………まだ伝えてないんだ……、愛してるって……、頼むからノア……早く魔法を…………』

『無理だ………無理だよ、エヴァ。………もう死んでる……、頭が……上半身が無いんだ………。死んだ者には回復魔法は、使えない………。エヴァ……、琴音はもう……死んだ……。治せない……』


体が固まって、頭の中に知らない記憶が溢れた。

(あ………………、ああ、)

つうっと頬に涙が流れる。

知らない筈の記憶。だけどそれは大切な記憶。

琴音との大切な記憶だ。

『エヴァさんの世界は魔法とかあるんですもんね。………行ってみたいなぁ……』

(琴音……どうして……。どうして……また私を置いて行くんだい?どうして……………)

目の前の琴音の顔が、歪む。涙は止まらない。

(………………どうして……、また同じ時を繰り返して………。私は………どうなって……)

そう考えた時、背後で足音がした。ゆっくりと首が勝手に後ろを向く。部屋の入り口に立っているのは、アノニマスだった。

フラフラとこちらに近づいて来るその手には、ハルトの首が揺れていた。

(アノニマス……、…………あ………)

エヴァの体は動かない。ただ近づいて来るアノニマスを見ている事しか出来ない。

(………………そうか…、そうだった………、全て……こいつが……)

エヴァは全てを思い出した。だが、思考できたのはそこまでだった。目の前でアノニマスの頭がグニャリと膨れて、エヴァが最後に見たのは真っ赤な大きな口だった。






グチャリ



◇◇◇◇◇◇




「大丈夫だったかい?君達。もう化け物は去った。暫くは安全さ」

そう言って目の前の3人の少女達に微笑みかけると、その内の緑の瞳の少女は目を丸くしていた。

「え?騎士?コスプレ?」

(…………あ、なんだ?これは……。一体どうなって………)

「コスプレとは何かな?先程も助けた青年に言われたけどよく分からないな。とりあえず奥に行こう。そっちには他にも人が居るんだよ。さあ」

(は?何故?勝手に口が………。え?……あ………琴音……?琴音っ!!!生きて…………あ………駄目だ………体が動かない……。何故?………これは、走馬灯と言うやつなのか……?すべて……夢?幻…………)

エヴァは困惑した。ハッと意識を取り戻すと、目の前には緑子達。まるで初めて出会った日と丸っきり同じ光景だ。エヴァの口からは勝手にあの日の台詞が飛び出して、緑子も同じ様に答えている。

(………………何なんだ、一体。何がどうなってるんだ………?は?)









エヴァ・フリーズ


後悔度


★☆☆☆☆☆




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