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アノニマス
閑話 アノニマスの後悔⑦
しおりを挟む「ナンデ?すぐに行かナイ?ナンデ?」
アノニマスはノアにそう言うと、ノアは顔を顰めた。それにアノニマスはビクリと肩が跳ねる。ノアは怖い。
「……………アノニマス。そんなに怯えなくても、別にアノニマスに怒ってないから。……エヴァとハルトには腹が立ってるけどね。…………ボクも本当は早く助けてあげたいけど。でも、今は無理。エヴァを眠らせたのと………アノニマスとハルトに魔法掛けたのとで魔力が回復してないし。……それに、無計画で突っ込むなんて駄目だよ」
(…………デモ、おれ……やだ)
5日後に会えると思ってたから我慢出来た。でも、そうじゃ無いなら嫌だ。ムカムカする。エヴァと琴音が一緒に居るなんて嫌だ。
アノニマスの不満な雰囲気がノアに伝わったのか、ノアは大きく溜め息を吐いた。
それにハルトがビクリと体を震わせて反応した。先程ノアとアノニマスに負わされた怪我はノアの回復魔法で綺麗に治っている。だが目は腫れて瞳も光を失って居るので、酷い顔だ。
「…………すみません。……俺………」
震える声のハルト。アノニマスは胸がぎゅっとなる。カッとして、ハルトを殴ってしまった。怪我は治ったけど、その罪悪感は晴れ無い。
「アノニマス、………気にしなくても良いよ。ハルトの自業自得……、殴られたくらいで許される事じゃないし、ね?自分でもわかってるよね。ハルト?」
ノアが尋ねるとハルトはコクリと頷いた。
「…………デモ、おれ。殴ったのはやり過ぎた。おれ、ナンデ、あんなに怒ったのかワカラナイ。………殴るつもりなんて無かったノニ……」
確かにハルトのせいで琴音がエヴァの所に行ったのには、少し腹が立つ。でも、あんなに殴る程の事じゃないし、ノアがどうしてこんなにゴミを見る目でハルトを見るのかアノニマスには分からない。
「…………アノニマスは、分からなくて良いよ。………ハルトは分かってるから。」
そう言うノアの言葉にアノニマスは首を傾げた。そんなアノニマスを見て、ハルトが唇を噛んだのが見えた。
(ハルト……?)
◇◇◇◇◇◇
ハッと気づくと朝だった。結界内から離れた、廊下にアノニマスは立っていた。いつもの事だ。
「朝だ………。」
昨晩は、ハルトとノアが何か作戦を立てていて、アノニマスはエヴァの部屋には近づかない様にと言われた。アノニマスが、部屋に近づくとエヴァが警戒して、作戦を実行するのに困る事になるかも知れないと言われたら、頷くしか無かった。それにノアが約束通り2日後に琴音を救出するから、それまでの辛抱だよ。と言ったのでアノニマスは素直に頷いた。
(………………おれは、ハルトが琴音を連れてキタら、結界の外に逃げる……)
詳しい事は分からないが、ハルトとノアで琴音を救出して、アノニマスは琴音を連れて結界の外に逃げて、暫くは外で琴音と二人で過ごすと言うのがノアの作戦だ。
『そう、なんだ。………アノニマス、………今は詳しく聞かないけど。その内ちゃんと話を聞かせてよ。…………もしかしたら、此処を出る為の何かヒントになるかも知れないし』
アノニマスが影の化け物に襲われないとノアに告げたらそう言われた。琴音が襲われない事は黙っておいた。何故だか、それは言わない方が良い気がしたからだ。
『アノニマスなら。琴音チャンを守れるよな?………俺が言うのもおかしいけど……、絶対守ってあげて……。俺……全部解決したら、ちゃんと琴音チャンに謝りたいし…………』
ハルトのその言葉にアノニマスは頷いた。
(琴音はおれが……ゼッタイに守る……。)
ハルトの言葉を思い出して、アノニマスはぎゅっと手のひらを握った。
◇◇◇◇◇◇
エヴァの部屋に近づかないようにして、談話室に向かう。すると真っ青な顔のハルトがアノニマスに気づく。
「あ、アノニマス。おはよ。……」
「ハルト……おはよ?ドウシタ?……おれ。もう怒ってナイケド?」
ふるふると震えるハルトにアノニマスがそう言うとハルトは首を振る。
「いや、………それで震えてるんじゃ無いから……。………平気だし、アノニマスのせいじゃないから。……気にしないで」
(ハルト?………ナニがコワイ?エヴァがコワイ?)
何かに怯えるような様子のハルト。アノニマスが怪訝な顔で眺めて居るとノアもやって来た。それから、ハルトを一瞥して、また溜め息を吐いた。ハルトはノアを見て泣きそうな顔をする。だけど昨日の様な喧嘩中と言う感じでは無い。
(ナンダロ?ヘンなの……)
様子のおかしい二人。だけど、どうしたのかと聞く事は出来なかった。
◇◇◇◇◇◇
結界から出て、食料や服を探す。それから部屋も。
この洋館内には部屋は腐るほど有るが折角なら広くて綺麗な部屋が良い。結界外の部屋は影の化け物に殺された人間の血や、体の一部で酷く汚れた部屋も多数有る。そんな所で琴音を過ごさせる訳には行かない。だからアノニマスは綺麗な部屋を探して、拾った物を集めて生活環境を整えた。
(………………おれだって、沢山タベモノも服も用意デキル……。コトネ、喜んでクレルかな?)
笑顔でお礼を言ってくれる琴音の顔を思い浮かべると胸が暖かくなる。
『……………あの子とずっと一緒に居るって約束したんでしょ?なら2日後に、絶対に助けだすよ』
ノアはアノニマスにそう言ってくれた。それも思い出してアノニマスはニコニコと微笑んだ。
(明日ダ…………。コトネ……おれ、ハヤク顔みたい……)
◇◇◇◇◇◇
遠くの方から爆発音が聞こえて来て、アノニマスは耳をピンっと立てた。
こっちに走って来る足音が聞こえる。一人だけ、何か重たい物を抱えている様な音。
(ハルトッ!!!コトネ!!!!)
すぐに曲がり角から琴音を抱えたハルトが現れた。
「アノニマス!!!!琴音チャン連れてこれたから!!!!俺はノアさんの加勢に戻るから早くっ琴音チャン連れて結界の外に逃げて!!!!アノニマスなら絶対平気なんでしょ?後は任せたからなっ!!!」
荷物でも渡す様にハルトはアノニマスに琴音を受け渡した。落とさない様にしっかりとアノニマスは琴音を受け取って抱きしめる。
「………………コトネ。………」
(コトネ……。元気そう……。おれ……ウレシイ。コトネコトネコトネ、おれもう離れない)
「ひゃっ!!!!」
驚いた声を出して目を白黒とさせている琴音はやっぱり可愛い。それにアノニマスの腕の中で安心したのか、笑った。
(コトネ……。コワカッタ?ごめんコトネ……)
「……………コトネ。……ハルトから聞いた。………おれ達のタメに……コトネェ……ゴメン。………もうダイジョウブ。逃げようコトネ?おれが守る……。コトネ、約束……ダカラ。これからはずっと一緒………」
(……………好き……コトネ。おれ大好き……、もうゼッタイ、離さない。おれ………コトネが大事……)
ぎゅうっと琴音を抱える腕に力を入れると胸がキューッと、また甘く締まる。
「あ………、アノさん………。っ……いえ。謝らないでください……。」
そう言って琴音は優しく微笑んでくれる。アノニマスは幸せで幸せで、このまま時が止まれば良いのにと思った、
「アノさん……。そう……ですね、ずっと一緒ですよ?ふふ…………アノさん…。」
(ずっと………一緒……………コトネ)
そう思って、フッと気を緩めた。何故か髪飾りを外して、それから琴音は今まで見た中で一番可愛い笑顔をアノニマスに向けた。
(……………………オイシそう)
◇◇◇◇◇◇
緑子の悲鳴にハッと意識を取り戻した。何故か腹が満たされた感覚と口元に甘いモノが付いていた。ペロリと舐めると鉄臭い匂いが口の中一杯に広がる。それから琴音の匂い。………血の臭い。
(アレ……?……コトネ………?え?)
「いけません!!!緑子さんっ!!!!見ては駄目です!!!」
「いやぁァァァァ!!!!」
「嘘やろっ!!!!!!嘘やぁぁぁ!!!!」
「アノニマス!!!!なんでッスか?!なんで………コトちゃんを……この化け物っ!!!!…」
アノニマスを見て叫ぶ緑子。緑子を抱きしめる和泉。泣き喚く美奈。アノニマスに声を荒げる元気。
そしてアノニマスの足元の血溜まりには、人間の下半身が倒れていた。濃厚な血の臭いに紛れては居るが、琴音の匂いがする。
(え?…………あ、ァアアアアア!!!!!!!!)
そうして、漸くアノニマスは全てを思い出した。自分が何者なのか、そして、琴音を食った事を。
(アアアああああ)
背後から走り寄ってくる。数人の足音が聞こえてアノニマスは反射的に駆け出した。自我を保つので精一杯で、今は何も考えられなかった。
(おれが、おれが、おれが食ったクッタクッタクッタくった!!!!おれがバケモノダッタ!!!!!あああああゝ嗚呼ああ)
走って走って、琴音と過ごす為に用意した部屋に逃げ込んで、アノニマスは震えた。
(ウソダウソダウソダウソダ!!!!)
ぶるぶると震える身体、気を抜くと何かに意識を乗っ取られそうで、アノニマスは壁に何度も何度も何度も何度も頭をぶつけた。血が滴り落ちる。だけどすぐに傷が消えた。
(おれ……おれ。ホントにバケモノナンダ………。おれ……コトネを……)
先程の光景と口の中にこびり付いた臭いで吐き気がこみ上げて来る。だけどアノニマスは口を抑えて必死に耐えた。琴音を吐き出したくなかった。吐いてしまえば、本当にお別れになってしまう。そう思った。
(コトネ………ずっと一緒……。おれ……、ずっと…………、コトネ……ごめんゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメン。おれ………おれが近づいたカラ……。おれが……好きになったから……。だから…………コトネは死んだ……)
激しい後悔、どうして近づいてしまったのか。自分は皆とは違う。だから近づくべきじゃ無かった。仲良くなるべきじゃ無かった。好きになんてならなければ良かった。
自らの内の邪神を抑えながらアノニマスは後悔した。
「やっと、見つけたよ?アノニマス。」
そう声を掛けられて、ノロノロと顔を上げるとエヴァが無表情でアノニマスを見下ろしていた。緑子達も遅れて駆け付けて来た。
「ハヤク………殺して……おれを…、ハヤク……じゃないと……もう、抑えられナイ……」
(おれ、このまま……自分のままで…コトネと……一緒に……死にたい……死にたいシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイ……ハヤクハヤクハヤクハヤクアアアアア!!!!)
アノニマスの言葉に、エヴァの後ろに居る緑子が息を飲むのが見えて、和泉が緑子を抱きしめていた。
(…………アアア………アア………ぐっ……ぁ……おれも……コトネ。)
自分のお腹を抱き締めるようにして、蹲ると上からエヴァの声が聞こえた。
「…………お望み通り殺してやる。………百万回首を刎ねても、……私は君を………許せない。……………醜い化け物め」
最後に聞こえたエヴァの声は憎悪に塗れていた。
(………………………おれ、……ミンナと仲良くなんて、シナケレバヨカッタ………。おれはミニクイ……バケモノダ……)
アノニマス
後悔度
★☆☆☆☆☆
◆◆◆◆◆◆
エヴァがアノニマスの首を刎ねてから、影の化け物は全て消滅した。緑子達の得た情報が真実なら、後は洋館の玄関に向かえば、皆、元の世界に帰れる。だがハルトやノアは茫然自失ですぐには動けそうも無い、なので今は和泉と緑子と美奈で様子を見ていた。二人が回復しだい、全員で玄関ホールへと向かう予定だ。
太陽は琴音の遺体をせめてベッドに寝かせてあげようと廊下を歩いて居た。だけど、その場には既に先客が居た。エヴァだ。シーツを被せた琴音の遺体の所でしゃがみ込んで居る。てっきりエヴァも琴音の遺体を片付けに来たのだろうと、太陽は思った。
「エヴァ?何してるッスか?エヴァも少し休んだ方が良いっスよ?………コトちゃんの遺体ならオレが片付けるっスよ?」
太陽は廊下にしゃがみ込むエヴァに後ろから声を掛けた。
エヴァは立ち上がるとゆっくりと振り向いた。
その口元は血に濡れていた。
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