13 / 39
宿泊の町―リグレット―
13話 ジュエリーネビュラ
しおりを挟む
受付嬢が訪問してきたのは、一番星が見える頃。
まだ地平線の向こうに赤色が残る時分だった。
「こんばんは、お早いですね」
「こんばんは、ウルティオラさん。専業冒険者の方なんてこの町だと珍しいですからね、仕事も早く終わるのです」
にへらとはにかむ彼女。
それから庭をきょろきょろと見渡し始める。
「それで、ジークちゃんはどこに?」
「あはは、ほらジーク。大丈夫だから」
「……きゅる?」
実はつい先ほどまで俺の隣で遊んでいたのだ。
しかし誰かが近づいてきているのをいち早く察知すると、あっという間に物陰に隠れてしまった。ジークは意外と臆病な性格なのだ。
「おいで、ジーク」
「……きゅるぅ!」
おいでおいでと手招きして、ジークを呼ぶ。
その強靭な足腰でスパイクシューズのように土を蹴りながら、ジークが飛び込んできた。……小さいうちに躾けておかないと大きくなった時に大変そうだ。
この子がジークですと、受付嬢に向けて見せた時。
彼女は既に、ありえないものを見たといった様子で固まっていた。いや、実際に「そんな、まさか」と呟いている。
「まさか、その子は……ジュエリーネビュラ!?」
「きゃう!」
「あ! ジーク!」
大声を出した彼女に対し、ジークは怯えて逃げてしまった。こうなった以上、しばらく出てくる事は無いだろう。
「ああ! す、すみません!」
「いえ、大丈夫ですよ。ジークは賢いですから、いつか仲直りできると思います。それより、ジュエリーネビュラとは?」
「あ、はい。そうでした。ご説明するお約束でした」
そうですね、と前置きして、彼女は語り出す。
「星雲宝石龍は龍種の中でも幻と言われる個体です。その鱗の一枚一枚が様々な種類の宝石で出来ていて、遠目に見ると星雲のように見える事からそう名付けられています」
「……ほ、良かった。そんな事ですか」
「へ、そんな事って……幻の個体ですよ!?」
「へー、そうなんですねー」
最悪の予想は外れていて、俺は胸をなでおろした。
張り詰めた緊張感がほぐれ、穏やかな心境に移り行くのを感じつつ、俺は俺の考えていた事を吐露した。
「病気とか、命にかかわることじゃないんでしょう? でしたら、問題ないですよ」
「病気ではないですけど……」
「俺、あいつの親を見たことがあるんです。そいつは普通の赤竜だった。でも、一向に親に似ないジークを見て、先天性の疾病を患ってるんじゃないかって不安だったんですよ」
「赤竜……? ジュエリーネビュラは赤竜から生まれるのですか?」
「さて、どうでしょうか」
俺はアイテムボックスからはちみつ瓶を取り出すと、それを受付嬢に向かってトスした。目の前に来たそれを、両手でしっかり受け止める彼女。俺は「ナイスキャッチ!」と声をかけて本題に入る。
「それは昔、旅先で養蜂家から頂いたハチミツです。その時、ちょっと面白い話を聞いたんですよ」
「面白い話、ですか?」
「はい」
俺は頷き、話を続ける。
「女王になる蜂と、働き蜂。この二つの違いって何かご存じですか?」
「い、いえ……モンスター学は修めてますが、生物学はちょっと……」
「あはは、ですよね! いや、安心しました。フルハイネスキュアーの時といい、星雲宝石龍といい、もしかしたらご存じかもと思ってたんですよ」
洽覧深識に思われた彼女にも知らないことはあるらしい。完璧な人間などいないという事に安堵しつつ、同時に知っていたら先のような質問は出てこないことに思い至る。
軽く零した笑みに続けて、主張を開始する。
「女王蜂も、働き蜂も、卵の時点では同じらしいです。違いは一つ。ロイヤルゼリーと呼ばれる分泌物を与えられて育つかどうか。たったそれだけの違いで体長も寿命も、普通のミツバチとは全然違うものになるらしいです」
「へぇ……不思議な生き物なんですね」
「そうですね。でもね、そんなことはどうでもいいんですよ」
そういうと、彼女の目が僅かに見ひらかれた。
どうでもいいと切り伏せたことに対してか、それとも俺から振った話題なのにという衝撃からか。両方という可能性が一番濃いか。
「俺が言いたいのは、ジークはジークってことです」
それ以上でも、それ以下でもない。
「生まれてきた命に特別なんてない、あるいはみんながみんな特別なんです。星雲宝石龍だったとしても、そうでなかったとしてもジークが大切な家族であることに変わりはありません」
「そう、ですか。……確かに、ウルティオラさんの言う通りかもしれません」
彼女の顔の強張りが、空の彼方へ飛んでいく。
代わりに覗かせた彼女の笑顔は、まるで雲の切れ間から見える満月のように柔和だった。
「今日はわざわざありがとうございました。ジークが病気じゃないってわかって良かったです」
「いえ! 私の方こそありがとうございます。星雲宝石龍なんて希少種までお目にかかれて幸せでした」
「家まで送りましょうか?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。私の家、すぐそこですし、ここは宿泊の町ですからね。御心配には及びません」
「そうですか、では。お気をつけて」
「はい! ありがとうございました」
そう言って俺は、彼女を見送った。
それこそ、彼女の姿が見えなくなるまで。
彼女の姿が見えなくなってから。
俺は茂みに向かって声をかける。
「さて、盗み聞きとはいただけないな。出てこいよ」
まだ地平線の向こうに赤色が残る時分だった。
「こんばんは、お早いですね」
「こんばんは、ウルティオラさん。専業冒険者の方なんてこの町だと珍しいですからね、仕事も早く終わるのです」
にへらとはにかむ彼女。
それから庭をきょろきょろと見渡し始める。
「それで、ジークちゃんはどこに?」
「あはは、ほらジーク。大丈夫だから」
「……きゅる?」
実はつい先ほどまで俺の隣で遊んでいたのだ。
しかし誰かが近づいてきているのをいち早く察知すると、あっという間に物陰に隠れてしまった。ジークは意外と臆病な性格なのだ。
「おいで、ジーク」
「……きゅるぅ!」
おいでおいでと手招きして、ジークを呼ぶ。
その強靭な足腰でスパイクシューズのように土を蹴りながら、ジークが飛び込んできた。……小さいうちに躾けておかないと大きくなった時に大変そうだ。
この子がジークですと、受付嬢に向けて見せた時。
彼女は既に、ありえないものを見たといった様子で固まっていた。いや、実際に「そんな、まさか」と呟いている。
「まさか、その子は……ジュエリーネビュラ!?」
「きゃう!」
「あ! ジーク!」
大声を出した彼女に対し、ジークは怯えて逃げてしまった。こうなった以上、しばらく出てくる事は無いだろう。
「ああ! す、すみません!」
「いえ、大丈夫ですよ。ジークは賢いですから、いつか仲直りできると思います。それより、ジュエリーネビュラとは?」
「あ、はい。そうでした。ご説明するお約束でした」
そうですね、と前置きして、彼女は語り出す。
「星雲宝石龍は龍種の中でも幻と言われる個体です。その鱗の一枚一枚が様々な種類の宝石で出来ていて、遠目に見ると星雲のように見える事からそう名付けられています」
「……ほ、良かった。そんな事ですか」
「へ、そんな事って……幻の個体ですよ!?」
「へー、そうなんですねー」
最悪の予想は外れていて、俺は胸をなでおろした。
張り詰めた緊張感がほぐれ、穏やかな心境に移り行くのを感じつつ、俺は俺の考えていた事を吐露した。
「病気とか、命にかかわることじゃないんでしょう? でしたら、問題ないですよ」
「病気ではないですけど……」
「俺、あいつの親を見たことがあるんです。そいつは普通の赤竜だった。でも、一向に親に似ないジークを見て、先天性の疾病を患ってるんじゃないかって不安だったんですよ」
「赤竜……? ジュエリーネビュラは赤竜から生まれるのですか?」
「さて、どうでしょうか」
俺はアイテムボックスからはちみつ瓶を取り出すと、それを受付嬢に向かってトスした。目の前に来たそれを、両手でしっかり受け止める彼女。俺は「ナイスキャッチ!」と声をかけて本題に入る。
「それは昔、旅先で養蜂家から頂いたハチミツです。その時、ちょっと面白い話を聞いたんですよ」
「面白い話、ですか?」
「はい」
俺は頷き、話を続ける。
「女王になる蜂と、働き蜂。この二つの違いって何かご存じですか?」
「い、いえ……モンスター学は修めてますが、生物学はちょっと……」
「あはは、ですよね! いや、安心しました。フルハイネスキュアーの時といい、星雲宝石龍といい、もしかしたらご存じかもと思ってたんですよ」
洽覧深識に思われた彼女にも知らないことはあるらしい。完璧な人間などいないという事に安堵しつつ、同時に知っていたら先のような質問は出てこないことに思い至る。
軽く零した笑みに続けて、主張を開始する。
「女王蜂も、働き蜂も、卵の時点では同じらしいです。違いは一つ。ロイヤルゼリーと呼ばれる分泌物を与えられて育つかどうか。たったそれだけの違いで体長も寿命も、普通のミツバチとは全然違うものになるらしいです」
「へぇ……不思議な生き物なんですね」
「そうですね。でもね、そんなことはどうでもいいんですよ」
そういうと、彼女の目が僅かに見ひらかれた。
どうでもいいと切り伏せたことに対してか、それとも俺から振った話題なのにという衝撃からか。両方という可能性が一番濃いか。
「俺が言いたいのは、ジークはジークってことです」
それ以上でも、それ以下でもない。
「生まれてきた命に特別なんてない、あるいはみんながみんな特別なんです。星雲宝石龍だったとしても、そうでなかったとしてもジークが大切な家族であることに変わりはありません」
「そう、ですか。……確かに、ウルティオラさんの言う通りかもしれません」
彼女の顔の強張りが、空の彼方へ飛んでいく。
代わりに覗かせた彼女の笑顔は、まるで雲の切れ間から見える満月のように柔和だった。
「今日はわざわざありがとうございました。ジークが病気じゃないってわかって良かったです」
「いえ! 私の方こそありがとうございます。星雲宝石龍なんて希少種までお目にかかれて幸せでした」
「家まで送りましょうか?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。私の家、すぐそこですし、ここは宿泊の町ですからね。御心配には及びません」
「そうですか、では。お気をつけて」
「はい! ありがとうございました」
そう言って俺は、彼女を見送った。
それこそ、彼女の姿が見えなくなるまで。
彼女の姿が見えなくなってから。
俺は茂みに向かって声をかける。
「さて、盗み聞きとはいただけないな。出てこいよ」
10
お気に入りに追加
1,058
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最後に言い残した事は
白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
どうして、こんな事になったんだろう……
断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。
本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。
「最後に、言い残した事はあるか?」
かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。
※ファンタジーです。ややグロ表現注意。
※「小説家になろう」にも掲載。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる